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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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90話 雪渓の歌姫

 かつて巨人が万年も眠っていた氷河洞窟の最下層は、大火災に見舞われている。

 それはクリスタルが投入した大量の可燃物でもあるが、一番の原因は獄炎の魔大狼(ヘルハウンド)のアカボシにあった。


「……グルゥ」


 魔力の篭った火は自然火よりも消えにくいとされる。 

 アカボシが火に自身の魔力を分散して、溶けた氷の水で消えそうになっている火を存続させていた。

 そんなアカボシの全魔力を消費する勢いでの支援で氷塊を溶かしながら、火の勢いを保っていてくれる。


「炎熱でベルクの硬い氷の皮も強度が減っているはずだ。何とか魔剣の方を一瞬でも構わないから捕らえてくれ」

「お任せ下さい。魔剣は私が身命に賭しても対処しますので、セカイ様は攻撃のみを専念なさってください!」

「身命にって……俺も死ぬだろ?」

「ですね、一度言ってみたかっただけです」


 クリスタルと戯けた会話をしながら、これから行う作戦の打ち合わせとベルクハイルの状態を確認する。

 ベルクハイルは荒い息をしながら、右手の人差し指と中指が欠けているため魔剣を左手で持ち、ルビカの能力と災厄祓いで受けた炎を魔剣の冷気で消していた。

 元々能力の発動者で身体が氷のため、冷気では魔力が凍らないのだろうか。

 しかし他に注目すべきところがあった。


「氷瀑なりの別の魔法を使わないのか……?」


 それとも使えないのか、表面上はかなり疲弊しているのが分かる。

 しかし元から耐久力に秀でる巨人では、決定的に急所をつぶさない限り何度も立ち上がるだろう。

 ましてや身体能力だけで強大な技を繰り出すベルクハイルに、持久戦は有効ではない。


「強力な魔法には反動や危険性があるものです。ですがそれ以上に、これまでセカイ様が与えた負傷に原因があると思います」

「だといいけどな」


 狙うは首。

 巨人であってもその部位は比較的に細くなっており、接近できれば自傷しないよう反撃の速度も緩めるはずだ。


「すぅ……はっ!」


 次に地面に足を付けるときは、全てが終えている。

 俺は一度深呼吸とクリスタルを強く抱いてからベルクハイルへ突撃した。

 魔剣という誤差があっても、これはクリスタルと何度かシミュレートした状況であり、クリスタルの能力を盾として存分に使わせてもらう。


「来るがいいッ!!」


 ベルクハイルの間合いに突入すると魔剣が斜め上方から振られる。

 上体を下げて魔剣の下を潜って避けると、すぐにベルクハイルと同じ目線までに上昇する。

 するとベルクハイルが顔を逸らし、切り返しで魔剣を振り上げる。

 しかしこれは二対一であり、先程までとは状況が違う。


「——《アクセス》」


 魔剣が振りあがると同時に転移門を、ベルクハイルから目立つ前方の空間から現れる。

 転移門の中からは災厄祓いで作られた大水球がベルクハイルの顔面へ放出された。

 ただの水や岩石ならば無視もできた物を、好物の酒で可燃物と分かると注意は自然と逸れてしまう。


「ヌガ!」


 ベルクハイルがどうせ受けるならばと口を開けて大水球を飲み込む。

 阿保かお前!?

 と俺は唖然としながらも魔剣の追撃を平行移動で避けると、ベルクハイルの首元へと到着した。


「颶風一体っ!」


 樹齢千年を軽く超える大樹のような太い首に、颶風一体の太刀で薙ぐ。

 首はベルクハイルから見て右から左へ。

 これを切断できれば終わらせられるのだが、やはり硬い。

 とても一回での切断は難しく、せいぜい皮を剥いだくらいである。


「っ!?」


 ベルクハイルは魔剣の持たない右腕で、俺を殴ろうとしたので、慌てて後ろへ後退する。


「甘いわいッ!!」


 しかし次は待ち構えていた魔剣が背後から強襲する。

 首まで接近するのだ、危険が高まるのは承知している。

 この攻撃も、一人ならば(・・・・・)避けられなかっただろう。


「——《アクセス》ッ!」

「ヌ!?」


 俺と魔剣の間に転移門が立ち塞がり、転移門の外枠にぶつかりと魔剣が弾かれる。

 その魔剣が止まった隙に、一旦ベルクハイルから距離を置く。


「最高のタイミングだったよ」

「ええ、ギリギリでしたけど」


 転移門の召喚には、座標の指定とサイズの設定、門の完成に必要な時間で合計二、三秒が必要になる。

 しかし今回は一秒も経たずに、通常サイズの高さである3mの転移門を召喚してくれた。

 それはクリスタルが絶賛ドーピング中であることと、予め俺の進行方向を予測していたからだろう。


「グォン!!」


 また俺たちにはアカボシもいる。

 ベルクハイルに回復されないように、この燃え盛る階層の炎を操り、氷塊を一つ一つと溶かしてくれていた。


「クリスタル、次の段階に行くぞ!」

「はい!」


 ベルクハイルの間合いでも、魔剣との距離を出来るだけ離れて攻撃を交わすことだけに専念する。

 次に攻撃するのは俺ではない。


「——《アクセス》」


 ベルクハイルの頭上に、最大サイズの転移門を召喚する。


「ンン!?」


 するとバケツの水を頭から被せるように、大量の災厄祓いをベルクハイルにぶっかける。転移門から出されて間もなくして、厄災祓いは自然引火をする。


「ガァァァアア!?」


 ベルクハイルはかつてないほどの絶叫を上げる。

 今まで体の一部分や足元からの炎であった物が、今回は全身に酒を喰らったことで焼身状態にさせられたのだ。

 さらにアカボシもその炎を絶やさまいと、操作で身体に火を張り付ける。


「うぉぉぉぉおおおお!」


 焼身で隙だらけとなったベルクハイルに恐怖はない。

 すかさず炎を無視して首元へと到着すると、颶風一体の太刀を木こりが斧を打つように全力で振るう。


「グッ……グッ……」

「はぁぁぁ!!」


 アカボシの支援によって炎がベルクハイルの顔へと集中して視界不良に陥る。

 ベルクハイルの振られた攻撃に勢いがなく、空いた右腕は這うように俺たちを抑えようとしているが、その度に俺は逆側の首を切りつけるまでである。

 またクリスタルも見ているだけではなく、転移門での防御と大水球の支援を怠らない。

 するとついにブチっと血管らしき太い管を切断して、さらに中心の首骨まで到達した。

 しかしその時はもうベルクハイルの視界は、冷気で取り戻していた。


「凍ら、せよッ!!」


 我慢の限界が迎えたのか魔剣を盛大に輝かせ、俺は身の危険を感じて離脱する。

 すると冷気がまるで霧へとなってベルクハイルの全身を包む。

 魔力を凍らせる冷気に包まれては、俺たちは何もできない。


「人と構造が同じなら、骨まで行けばやれたはずなんだけどな」

「災厄祓いはまだありますが……魔力の方はどうでしょうか?」

「もって残り一回だな」


 ベルクハイルの霧が晴れると、身体と地面の炎は鎮火されていた。

 奇妙にもベルクハイルの周囲だけが極寒の地と変容している。


「グフゥ……やってくれるわい」


 ベルクハイルは出血を抑えるために、左側の切られた首を右手で抑える。

 脈を切られていても覇気が衰えていない。

 アンデッド以上の往生際の悪さだとつい感嘆してしまう。


「次で決めるしかないですね」

「大丈夫だろ。ベルクの頭にはしっかりと焼き尽くされている」


 クリスタルが心配そうな顔で言ったが、俺はそれほど不安はない。

 クリスタルの脅威は、マスターの俺が一番理解しているつもりだ。きっとベルクハイルの頭には転移門のことでいっぱいなはずだ。


「やってみましょうか。——《アクセス》」


 クリスタルがベルクハイルの目の前へと転移門をわざとらしく開く。


「我輩は炎の巨人(スルト)でないわいッ!!」


 頭に血が上ったベルクハイルが、俺たちの仕組んだ罠だと知らずに魔剣を転移門へと突き刺した。



——《ダブル・アクセス》



 同時にベルクハイルの空いた首の真横に、第二転移門が開かれる。

 クリスタルは今まで転移門を一つしか召喚していない。

 一つしかないという固定観念が、二つ目を出した時に隙が出来上がる。

 ベルクハイルは今まで、転移門による燃料投下、鉄壁の防御、頭上からの奇襲で、転移門に対する憎悪は深まっていた。

 そのため次に転移門から何が来るか分からないという不満も生まれる。

 そうなると防衛本能が働いて、中へと攻撃をしたくなる。


「グッ!?」


 薙ぎ払うでも、振り下ろすでもない、ベルクハイルとの決戦が開始されて初めて見た渾身の突きが、ベルクハイル自身の首を刺した。

 魔剣に突き刺されたことで頭は大きく傾き、ベルクハイルも何が起きたか分からず頭がフリーズする。


「うぉぉぉぉおおおおおおお!!!!」


 俺はベルクハイルが固まっている一瞬に首元へ接近を果たすと、ローブの触手蛇でクリスタルの身体を巻き付け、両腕で颶風一体の太刀を持つ。

 その太刀を魔剣の下へと潜り込ませる。

 魔剣の切っ先はかなり硬い首の芯である骨に止められている。しかしこの芯を切れば首が飛ぶのが分かる。

 俺は徐々にだが、電動ノコギリのような太刀で骨を削り始める。


「ウごォバぇンウウッ!!!!」

「なにっ!?」


 どのような経緯でそんな思考に至ったのか、ベルクハイルは魔剣に魔力を流すと冷気を発生させる。

 冷気が腕から身体へと侵食を始める。

 道連れか、どちらが先に死ぬかの我慢比べになってしまった。


「ガァァァア!!」

「くぅぅぅぅぅそぉぉぉがぁぁぁああ!!」


 まだだ、まだだ、まだなんだ。

 身体は徐々に冷たくなり、颶風一体の出力も低下する。

 これでは駄目だ、止まるな、俺は奴に勝てないのか!?


「あと僅かです!」

「っ!?」


 すると俺の両手にクリスタルの手が被さる。

 クリスタルが後ろから抱きしめるような形で、冷気避けになってくれる。

 しかし暴風は容赦なくクリスタルの腕をも破壊して、冷気は遠慮もなく俺の身体を凍らせている。


「おおおおおおおおおおお!!!!」


 それでもクリスタルの想いは、心を熱くした。

 俺は颶風一体の暴風を、制御することを止める。

 しかしそれは諦めではない。

 制御すらできないありったけの爆風を、俺たちごとベルクハイルにぶつけることにしたのだ。

 凍った身体に無理矢理魔力を流させ、凍っていない小さな箇所を見つけると、そこから容量以上の魔力を送って風に変換する。


「どぉぉとでもぉぉおお、なりやがれぇぇぇぇ!!!!」


 バンっ!!


「ぅくっ!?」

「きゃっ!?」


 音と衝撃が発生すると、俺とクリスタルは地面へ投げ飛ばされた。

 飛ばされている最中に俺の瞳が映した物は、ベルクハイルの身体を背景にした俺の真っ白な右腕だった。 

 颶風一体の暴風は、ベルクハイルではなく俺の腕を切断した。

 腕がない、魔力も空だ。この戦いは俺の負けだ。

 このあと巨人の足で、俺は踏みつぶされて死ぬ。


「…………見事ッ!」

「ぇ?」


 そう思っていると、俺の後方でベルクハイルの声が聞こえた。

 訳も分からず顔を振り、視界の端が捉えた物は、清々しい顔をしたベルクハイルの生首だった。


「……っしゃ!!」

 

 俺は残った左手をガッチリと握り、地面へ激突した。



◇◆◇◆


『なあルオットチョジク、山村の案内人(シェルパ)から聞いた話だけど、雪渓の歌姫ってお前のことだったりするのか?』

『……多分ですけどわたしでしょう。練習がてらに時々、危険地帯に侵入しようとした冒険者たちを魔歌で追い返したりもしてましたから』

『はは、そんなこともしてたのかよ。それで練習って?』

『ただの歌です……いつか歌が上手だと、褒めて欲しかったんです。それにいいストレス解消にもなりましたし』

『……そっか』


 あの時は「そうなるといいな」と思っていたが、決して口には言えなかった。

 それは褒めて欲しい対象が、誰なのかも明白だったからだ。



「……ぅぅ」

「お目覚めになられましたか?」

「クリスタル、か? 今どうなっている!?」


 気がつくとクリスタルの膝の上に頭を置いて、肘から下をばっさりと失った右腕は手当されていた。


「ご安心ください、私たちの勝利です。アカボシに消火を任せていますので、セカイ様はあちらをご覧ください……と申し上げましても聞いてくださいですけどね」

「あっ」


 クリスタルの向いた方角に目を動かすと、ベルクハイルとルオットチョジクが向かいあっていた。

 と言ってもベルクハイルは頭だけではあるが、ルオットチョジクの背よりも高い。


「まだ生きているのか……」


 額の魔石を壊していないとはいえ、首だけで良く生きていられるものだ。

 というか俺はどれだけ気を失っていたよ。


「だいたい十分ほどですよ。それに命も残り僅かでしょう。何かベルクハイルに仰しゃることはございませんか?」

「……いや、何もない」


 言うことは無いが、聞きたいことならいっぱいあった。

 しかしこんな状況を前にしたら、自分の欲求なんてのは些末な物だと思わずにはいられなかった。


「俺もルオットチョジクの歌が聞きたい」

「畏まりました」


 ルオットチョジクが死に行くベルクハイルへ最後の歌を披露していた。

 クリスタルが俺の前髪を優しく撫でると、なんだか木漏れ日で子守唄を聞いている心地になってしまう。



『フィーフョー(ルゥロロイ)フィーフョー(ルゥラライ)』



 ルオットチョジクの喉を詰める独特な歌唱法は、まさにこの広大な山脈を表現しているようである。

 炎の音も背景音楽に、歌詞はなく笛のような音と人の声を合わせた〝魔物〟の曲だった。


「いい歌だ」


 ベルクハイルが駄目だったとしても、俺が必ず拍手を送ろう……て腕がないんだったな、はは。

 それに身体のあちこちが凍り付いて魔力が練れない。

 これからどうしようか。

 しかし皆が無事だと分かって安心しきっていると、途端に眠気が襲って意識が遠退くのを感じる。


「お休みなさい」

「……うん」


 今は身体を休めることにしよう。あとのことはクリスタルが上手くやってくれるはずだ。

 そうして俺は、クリスタルの安らかな声を最後に深い眠りへと入った。



◇◆◇◆◇◆


「は?」


 目が覚めると、何故か白い空間にいた。

 両腕もあって初めは夢かと思ったが、見覚えのありすぎる空間のためすぐに夢ではないと訂正した。

 視線を感じて振り向くと、不吉なことに先客が椅子に座って待っていた。


「お久しぶりですね、星印さん」


 その女性は俺が想像している人物と顔も、声も、姿も似ているが、背中には大きな翼を生やして、髪は床に着くほど遙かに長い。

 記憶にはないが「久しぶり」だと言った女性は、山村で出会った宣教師から教わった異世界での俺の名前の語源である。

 そうなると思い当たる人物が一人いる。


「お前は、ルシナか?」

「そうですよ。それと私はこの世界の頂点に位置する魔神でもございますよ、ふふ」


 唐突すぎる出会いによって、俺は勝手にラスボス認定している魔神(ルシナ)と話をすることになった。




 人型移動式ダンジョン"クリスタル"

 DP:64,272+264,670=328,942

+264,670DPはこれまでの収支です。

これで三章は終わります。

四章はダンジョン攻略ではなく、ダンジョン運営を中心にやっていきます<(_ _)>

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