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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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89話 灼熱氷河

 それはクリスタルが最下層へと到着する前の一部始終のことである。

 最終決戦に向けて砲撃班とトムテ、上級決戦から帰還したミカとバル、総勢およそ五〇名が第三階層の雪原エリアに集結していた。


『いいですかルビカ? ここからは貴女の出番です』

「ははははい、頑張りまする!」


 ルビカはガチガチに体を震わせながら、セカイが悪ふざけで教えた敬礼をする。

 普段なら長い金髪と水兵服セーラー姿が相まって可愛らしいはずの敬礼も、この情けなさい動作では駄目だなと一同が不安に苛まれる。

 しかし当のルビカが最も緊張しているため、誰もが顔に出さないように気を使う。

 これでもルビカは中級中位のルサルカであり、一応は砲撃班の役割に位置する。


「ルビカ、ギュっとやってバンっですよっ!」

「アタシは水を作れないのよ……」

「だったら水よ、水と一体になる感じよ、私も分からないけど!」

「さすがにアレには浸かれないわよ……」

「Ё#Σк£!」

「ごめん、なんて言ってるか聞こえないわ!」


 同じ砲撃班仲間のリンネル、ファウナ、ミ=ゴウから激励を受けるがその効果は薄い。

 無論それは阿保と横着者と宇宙言語使いの三者に原因の一部があることは、砲撃班を見守る者の全員は分かっている。しかし同じカテゴリーにされたくないのか近づかない。


『ルビカ、自分に自信を持って下さい。練習では何度も成功したではありませんか?』

「は、はい……」


 随時物事を完璧にこなすクリスタルでは、人を励ますことはできても、緊張を和らげることは不得手になる。


『これは貴女にしかできない大役ですよ』


 優しい笑顔で応援をしているつもりが、かえって負担は増すばかり。

 クリスタルは、弱者が弱者なりに持つ責任への重圧を知らない。

 最弱の駒が戦況を一変することが、栄光としか有りえないと思っている。

 ルビカからすれば、自分が仲間の命運を左右するなど嫌で仕方がないのだ。


「でもアタシ、あんなの実戦で操るのは初めてでして……」


 ルビカはちらっと、側に置かれた水槽へと目を向ける。

 ルビカの属性は水属性ではあるが、その能力は水の生成ではなく操作になる。

 今回ルビカに操ってもらう物とは、災厄祓いという天災級すら酔わせられるほどの蒸留酒である。

 災厄祓いのアルコール度数は90度以上と非常に高く、可燃物のエタノールとほぼ変わらない。

 それを氷河洞窟の攻略準備期間中に、ルオットチョジクの協力によってありったけ集めさせた。

 あとはセカイがルビカに酒も水の一種だ! と強引に覚えさせることで、ルビカは見事に視認または接触さえすれば、操れるようになっていた。


「あ、いえ、精一杯やらせて頂きます!」


 音だけが大きい、不安の含んだ声である。


『……』


 氷には火を。

 ベルクハイルほどの天災級に、弱者が太刀打ちできる手段とはこれくらいだった。

 クリスタルがダンジョンたる収容能力によって、階層丸ごとを火の海にするほどの燃料を用意した。

 しかしこの作戦にはルビカの協力が必要不可欠であり、それを理解している本人は決戦を前にしても緊張状態にいる。

 これでは不味いと、クリスタルも何か策を講じなければ頭を巡らしていると、ルビカに声を掛ける人物がいた。


「落ち着け、ルビカ!」

「ひィ!?」


 少年の姿となったバルである。

 互いの身長はほぼ同じになっていたが、直属の上司であるバルには出逢いからの縁もあって、ルビカは頭が上がらない。


「緊張は誰にでもあるなんて生優しい言葉は言わん! ルビカは俺の眷属だ。失敗の責任も全て主の俺が取る」


 時間の惜しい中、今度はバルが手短にルビカの緊張を和らげるため手を指し出す。

 どうやら握手をしろとの意味だけを理解したルビカは、おずおずと小さな手を握った。


「……」

悪魔の握手(デビルハンド)

「えッ!?」


 契約の証に黒く不透明な糸が両者の腕に巻きついて消えた。

 しかしこれは契約というよりも誓約に近い物であった。

 ルビカの失敗は生死に賭けてもバルが償うと言った内容であり、ルビカがバルの眷属であるために、双方の同意もなしに契約は成立した。


「安心しろ。そもそも俺()の主はルビカの失敗すら帳消しにできてしまうほどの強いお方だ。お前はただ、活躍後の褒美だけを考えていればいい」

「…………うん」

「お前は死なせないし、皆も死なない」

「……うん」


 ルビカは静かに現状を受け入れた。

 その契約魔法は、当初は保身に走りがちなルビカへ、裏切り防止のため半強制的にさせられた物だった。

 しかし今回は信頼の証として使われた。

 そうしてバルが責任の一端を背負ったことで、ルビカは少しだけ肩の荷が下り身体の震えは治っていた。


『……大丈夫そうですね。もうすぐで最下層へ到達します。アカボシとルビカは火炎鞭のご用意をしてください』

「グォン!」

「はいッ!」


 そして後にルビカが操った水鞭を、アカボシが引火して火炎鞭に変えることで、ベルクハイルの背後に奇襲が成功することになる。



◇◆◇◆


「クリスタルっ!」


 クリスタルが来た、これで勝てる!

 しかし今はお互いの無事を祝福することより、ベルクハイルの問題が先決だ。

 背中の火傷と胸の傷で怯んでいる間に、俺とクリスタルは瞳で語り合う。


「——《アクセス》。アカボシとルオットチョジクですね」


 俺とクリスタルはダンジョンマスターとダンジョンであり一心同体だ。

 お互いの状況も以心伝心で確認できる……というか逼迫した状況下で初めて出来た。

 それでクリスタルがダンジョンコアの損傷をDPで強制的に治した。その副産物なのか、ドーピングでもしたかのように一時的に能力が上がっている。

 対して俺の方は魔力も残り二割を切り、右腕はもう使い物にならない。


「アカボシ、ここをいい感じに焼いてくれ!」

「グオン!」

「ルオット、全力で回復を頼む!」

「はい!」


 すぐに凍らされた右腕を見せると、焚き火で暖をとるような絶妙な火加減で、氷だけを溶かしてくれる。

 アカボシは火属性の扱いが上手くなったものだ。

 また反対側の腕からは、ルオットチョジクの魔力贈与が開始される。


「ベルクは俺でも直接でしか傷を与えられないほど硬い」


 以心伝心といっても、分かるのは互いの状態だけで、俺がベルクハイルと闘った情報を端的に報告する。


「あの魔剣には絶対に触れるな、冷気にもだ。あれに触れると魔力も凍らされる!」

「……魔力()ですか」


 クリスタルが神妙に頷く。

 たしかに魔力を持たないクリスタルならば、効果が薄いかもしれない。


「俺が狙う箇所は必殺の首だ。ぐずぐずしてると足元にある氷塊を食べて回復させられる!」

「硬い、回復、魔剣ですね……アカボシも理解できましたか?」

「グオン!」


 クリスタルの理解が早くて助かる。

 ここまでの会話は四十秒ほどしか経過していない。

 後ろのベルクハイルが暴れないかと不安で、悠長にしていられなかったのだ。


「グッハハハハー、壮健だったかルオットよ」

「ベルク、ハイル……様」


 傷を治したベルクハイルとルオットチョジクは向かい合う。

 未だ距離があり、俺が側にいるため安全ではあるが、俺の腕を抱く力は痛いほどに強くなっていた。


「なあに、今更お前に未練なんぞないわい。ここまで来た以上、苦痛を感じる暇もなく殺してやるぞ」

「……ッ! わたしは見てのとおり元気でやっていますから、ベルクハイルこそ一思いに殺してもらいますよ、新しい主人のセカイさんに!」

「ヌッ!」

「ムー!」


 痴話喧嘩かよ。

 それも見せつけるかのように、俺の腕を胸元まで抱きしめてくれて、誰とは言わないけど視線が怖い。

 しかしそうこうしている内に魔力贈与が終わり、会話で時間稼ぎをしていたのは、流石ルオットチョジクである。


「助かった、ルオット。あとは戻って休んでくれ」

「はい。どうかベルクハイル様を……お願い、しますッ」


 ベルクハイルには聞こえない声、さらに顔を見せないようにしてルオットチョジクはクリスタルが召喚した転移門を潜った。

 長年主従、親子関係にあり、ついに敵対することになったベルクハイルとルオットチョジク。

 これが今生の別れとなることは互いに覚悟をできており、先に決壊したのはルオットチョジクの方だった。

 俺はそんな何とも言えない思いから脱却したいがために、アカボシへと話しかける。


「アカボシ、もう十分だ」

「……グルゥ」


 悔しそうな顔をするアカボシ。

 結局ベルクハイルに凍らされた腕は凍傷程度の外傷に、魔力の方は元には戻らなかった。

 あの魔剣は実に厄介なものだ。


「作戦は予定通りだ。燃やし焦がし溶かして、最後は灰にするまでだ!」


 ベルクハイルを殺すのは止めない。

 もう止められない。

 俺たちにも絶対の目的があって、利害が衝突すれば全力で排除するまでである。

 俺たちは孤高となったベルクハイルを、殺すことこそ唯一の救いだと盲信して行動を開始する。


「——《アクセス》」

「ぉん?」


 クリスタルが真下に向けて転移門を召喚すると、そこから木材、布、石炭などの可燃物が、ゴミ箱をひっくり返すように落下していく。

 それらの可燃物は、俺たちがここまで来る八日間で、集められるだけ集めた燃えるごみだ。


 始まりの部屋にある倉庫と、居住区の倉庫を合わせれば巨人を焼き殺せる量はある。

 中ではきっと、ミ=ゴウやトムテなどの男衆がせっせと力仕事に励んでいるはずだ。


「グォン!」

「……ほぅ」


 次にアカボシが、家を埋め尽くすほど堆積した可燃物に引火すると、一瞬で大きな炎へと変化する。

 ベルクハイルはそれをずっと、大道芸でも見ている風に物珍しそうな目で見つめる。


「行くぞ、アカボシ」

「……グルゥ」


 最後に俺がアカボシの作った炎に、風属性魔法で火の勢いを飛躍的に上げる。


「上級の火属性に、天災級の風属性だ! つまりは天災級の炎(・・・・・)だ!!」


 魔力や能力でも足りない分は、自然の火から利用すればいい。

 燃料投下のクリスタル、炎操作のアカボシ、火力調整の俺たち三人が揃って出来る特大の魔法である。

 そのあまりに強大な炎熱は、生半可の耐性持ちでも近づけない。

 俺ですらベルクハイル戦に備えて、DPを使って火耐性の能力強化を行っていた。


「グオオオオン!」


 アカボシが操ることに成功した天災級の火属性魔法は、空を泳ぐ龍のようにベルクハイルへ飛び立った。


「面白いッ! 龍種との熱き戦いを思い……出すわァ!!」


 ベルクハイルは欠けた指でも魔剣を両腕で持つと、上段から力強く振り下ろす。

 魔剣と炎がぶつかりと、炎は凍ることはないがアカボシの制御下から分断させられる。

 しかしこのレベルの火属性魔法では、やすやすと凍らせれないと分かって大収穫だ。


「オウラァ!」


 最後にベルクハイルが咆哮を上げると、炎は魔剣の左右に裂けて消失したが、奴の両肩には焼けた跡がしっかりと残っていた。

 これならアカボシでも、遠距離からサポートすることができる。


「クリスタルは底が尽きるまで出し続けろ! アカボシは第二射行くぞ!」

「グォン!!」


 クリスタルが快速となった脚でベルクハイルの周囲を走り、可燃物を続々と投下させる。クリスタルにしては雑な置き方で、高度から落としては広い丘を築いていた。

 俺とアカボシは共同で、ベルクハイルへ二発目の火炎を発動する。


「一度でもう慣れたわい!」


 今度の火炎はベルクハイルの左右に裂けられたが、体に火傷は負っていない。

 しかしさすがのベルクハイルも、天災級の火属性魔法は堪えているのか注意力が散漫になり、背後へクリスタルの接近を見逃していた。


「——《アクセス》。これは先ほどの物とは毛色が違いますよ」


 固体の可燃物を出し尽くせば、次は液体燃料の出番である。

 ルビカの魔力が帯びた災厄祓いが、ベルクハイルの身体へ断続的に放射される。

 そのすぐ後にダムの水が決壊したかのように、限界サイズに広げた転移門から大量の酒が押し寄せる。


「ン? この匂いは……」


 足元に大量に流れた酒が気化した匂いから、ベルクハイルは異変に気付く。


「好物の酒だ!」


 俺は指をパチンと鳴らして、雷属性魔法で引火させる。

 すると目を見張るほどの青い炎が、最下層で炎上した。


「ガァァァァアアア!?!?」


 ベルクハイルは身体が炎に包まれ、悲鳴を上げる。

 ルオットチョジクによると災厄祓いは、上級クラスの聖蛇フラウを焼酎風味の蒸留酒に数百年間も漬けて作る酒である。

 ベルクハイルが封印される前に残っていた酒と、封印された後で作った酒を合わせると、酒蔵には十分すぎる量の災厄祓いが置いてあり、十メートルのアイススネークの何倍もある大きさのフラウを、小学校のプールほどの広い容器に入れていたのを見た時は、呆れてものが言えなくなった。


「巨人サイズで、飲んでみたかったんだろうなぁ……今はベルクが飲まれているけど」


 達観した顔で、暴れるベルクハイルを観戦する。

 場が整えるまで俺にできることは、せいぜい火が消えないように、風で煽り続けることだった。


「何を馬鹿なことをおっしゃるのですか? 量にも限りがありますし、早く転移門を閉じないと(ダンジョン)の中も危険でございます」


 クリスタルが転移門から酒を大量に流しながら、俺とアカボシに合流する。

 ダンジョンと最下層との気温が違うからといって、酒を流している以上は安全とは言い切れない。

 まあ最悪の場合を想定して、いつでも放棄できる雪原エリアに集まってもらっているけど。


「グルゥ……グルゥ……」


 アカボシは美味い酒を燃料に使われているのが悔しくて泣いている。

 火の海の中、俺たちや転移門がこうして無事でいられているのも、アカボシが火を避けているからだ。

 刺激的な苦みの臭いが立ち込める中、余った酒は必ずたらふく飲ませて上げようと思う。

 しかしそれもベルクハイルに勝ったらの話である。


「さっさと決着をつけようか。いつ鎮火されても不思議でないからな」


 最下層は急激に気温と湿度が上昇して蒸し暑いが、最もアカボシの支援が得られる状況だろう。

 しかし魔剣や雪泥の魔法で蒸留酒や他の可燃物が押し流されないとも限らない。

 俺はクリスタルに手を差し出す。

 今回はクリスタルと共にベルクハイルのとどめを刺すことにしている。

 すぐに意図を察したクリスタルが転移門を解除すると、差し出した手を嬉しそうに握ってくれる。

 この手の温もりが、何度も俺に勇気と活力を与えてくれたことか。


「……?」


 俺が一心に手を見つめていると、クリスタルが不審に感じ始めたので、さっさと腕でクリスタルの腰を抱きしめ飛行(フライ)を発動した。


「終わらせるぞ!」

「はい!」



次回三章ラストです……長かった<(_ _)>

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