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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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88話 魔剣

 珍しく、または初めてだったかもしれない。

 疲れた様子をしたクリスタルは、腰を下ろして大きく深呼吸したあと、意識を内部へと集中する。


『皆さんご迷惑をお掛けしました。ですが、もう心配なさることは何もございません』


 スヴリーの撃破と、クリスタル達の無事を聞いてダンジョンの内部では歓声が上がる。

 続けてクリスタルは数千のDPを大量に消費することで、自動修復機能の速度を速めさせる。

 時は金なり。

 セカイが死んでしまっては、集めたDPも敵の餌になるだけである。


『三分以内でお願いします。ルオットチョジクとレヴンはアカボシの所へ、トムテは回収作業を、レムルースはメアの所へ現状の報告をなさってください』


 クリスタルは完全修復するまでの時間、転移門を開くことにした。

 サポート班が続々と外へ出ては、クリスタルの指示に従う。


「大丈夫ですか?アカボシさん」

「……グルゥ」


 ルオットチョジクはぐったりと倒れるアカボシに触れると、急いで魔力贈与を開始する。

 中級中位であるルオットチョジクの魔力量は上級クラスに匹敵し、アカボシの魔力を半分まで回復させる予定である。

 アカボシはこれまでの戦闘によって、酷く身体を消耗している。

 しかしアカボシの種族は獄炎の魔大狼(ヘルハウンド)

 お風呂はマグマ、おやつは溶岩だと言われるほど熱傷に強い魔物である。

 スヴリーの雷撃のダメージも、麻痺して少し動けないだけだった。


「ほいさアカボシ!全て魔物が材料の、僕特製の肉料理だよ!」

「グォン!!」


 ルオットチョジクの時よりも、アカボシの反応が明らかに大きくなる。

 真にアカボシが求めていた物は魔力よりも料理であり、使用人のレヴンがワゴンで運んできた大量の大皿料理を無我夢中で食べる。

 さきほどまでの疲労した態度が嘘のようであり、ルオットチョジクは漠然とした敗北感を覚える。


「おお!さすがヘルハウンド、早い早い」


 レヴンは感心する。

 それはアカボシの早食いではなく、種族特性のことである。


「魔犬種の種族特性は代謝の促進……でもこれってもはや回復魔法に近いのでは?」


 ルオットチョジクは戦慄する。

 食べるごとに傷は塞がり、脈が打つのを容易に伝わるほど増血していた。 


「そりゃヘルハウンドってのは、魔界に生息する数少ない魔獣って言われるからね。過酷な環境下、糞尿からでも急いで栄養を補充しないと生きてはいけないのさ」


 レヴンが活溌に解説する。


「随分と詳しいのですね」

「みんなの食事を預かる身としては当然っしょ。ルオットチョジクの料理も僕に任せてよ!なんだったら今度一緒に料理しない?」

「……」


 にひっと笑う金髪金目の少年に、ルオットチョジクはどこか掴み切れない空気を感じた。


「……グフゥ」

「でもま、胃袋が満杯になると種族特性は使えなくなるんだよな?」

「グオン」


 そうだとアカボシは返事をして、食事は終了する。

 レヴンがアカボシの口の汚れと血を布で拭うと、綺麗さっぱりとまでは行かないが、重傷者には見えなくなっていた。


「アカボシも問題なさそうですね」


 アカボシの元にクリスタルが来る。

 クリスタルの姿はアカボシ以上に回復していて、腰の左右には雷撃で飛ばされたローサとリリウムもちゃんと装備している。

 着替えも済ましているため、当事者以外でクリスタルが戦闘後だと分かる者は一人もいないだろう。


「ところでバルセィームさんは?」

「バルは中で休んでもらっています。少年の姿では、却って足手まといになるでしょうし、彼もだいぶ疲弊していました」


 バルはアカボシのような回復特化の種族特性でもなく、スヴリーを退治した時に持てる全てを使い果たしていた。

 おかげでベルクハイルと直接対面する上級は、クリスタルとバルの二人のみ。

 バルは悔しそうな顔をしながら、甘んじて受け入れた形である。


「それでは時間も惜しいですので、参りましょうか——《アクセス》」


 クリスタルは外に出ていた非戦闘員を回収すると、いよいよ目的地へと馳せ参ずる。



◇◆◇◆


 氷河洞窟、第三階層の雪原にて。

 メアと総勢四〇〇の下級アンデッドが、第四階層へ下りる唯一の階段を半円の陣形で占拠することで、敵の侵入を許さずにいた。


「スケルトン、どうせ死ぬなら腕の一本は折ってから去ってね。レイス、敵は魔法が苦手なんだよ?スピリット、弱火が一人で戦わない。でも安心して、全部私が元通りにするから」


 メアは護衛のティラノとアカリヤを連れて、最も安全な階段の入口から罵倒のような指示を飛ばすがアンデッドの士気はむしろ高い。

 それはメアが魔本の死者の目録ゴースト・エディションから死属性魔法を使うのを止めないからだ。


 メアの本質は、個ではなく軍にあり。

 大本であるメアが力尽きない限り、アンデッドは幾度となく蘇っては生者を殺戮する。

 さらにメアのアンデッドが殺した敵を、強制的にアンデッド化させて味方にまでしてしまう。

 この最恐の死属性魔法によって、増殖するウイルスのようにアンデッドの総数は増える一方であった。

 これがアンデッドの姫、メアメントの大軍。


「上級決戦ハ終ワッタゾ。敵ハ皆殺シ、コチラニ死者イナイ」

「ん、さすが母様とその他」


 カラス型レムルースの一羽が、クリスタル達の報告を手短に行う。

 この時点でメアは、第四階層への通路を敵から守る必要がなくなった。

 それは天災級同士の戦いに於いて中級以下の小物では、台風から耐えることしかできない雑草でしかないからだ。


「私、ここに残るよ」


 だったら当初の任務を完遂してこそダンジョンに貢献できるのではないかと、この場に踏みとどまることにした。

 メアの役目は緊急時の逃走経路の確保と、勝利した時の戦後処理が任されている。

 その戦後処理とは残党狩りと、投降者の生死をセカイとクリスタルに変わって見定めることである。


「ウリィ、突出しすぎ」

「ガハハハー、その時は、オイラの屍を超えて行けェ!」

「ん、じゃあ死ね」


 メアはウリィからそっぽを向く。

 ウリィは命令違反の常習犯ではあるが、敵が崩し始めている要所を果敢に攻める。

 アカリヤとティラノが姫の護衛者となれば、ウリィは攻撃隊長でもあった。

 こんなランタンを片手にした二頭身カボチャで大丈夫なのか?

 とセカイは心配しているが、ウリィこそが最もアンデッドを本懐を遂げている強者である。


『死を楽しめ。束縛に外れし者こそ、この地は楽園たらしめる』


 かつてベルクハイルがいた旧世界を、混乱に陥れたアンデッドの王が明言した言葉である。

 アンデッドには睡眠も、食事も不要である。一定の瘴気を空間に確保さえすれば自身の出す瘴気で永遠に生きることもできる。

 そのため生者を恨むのではく悦楽を見せ付けることで、恐怖、忿怒、嫉妬など負の感情から瘴気を効率よく集めたのが、アンデッドの王であった。


「パパパパンプキーーン、(ボム)ッ!!」


 ウリィのカボチャ顔が破裂すると、カボチャの硬い破片と爆熱が周囲一帯の敵をまとめて道連れにする。


「フローラ、ウリィが死んだ穴、埋めてね」

「……はぁい……頑張りまぁす」


 げっそりとした顔の赤髪少女がウリィの爆破した後を陣取ると、防衛線が再構築するまで負傷した敵の憎悪を一身に引き受ける。

 不運だったのは、ここではメアの恩恵を一切得られないフローラが、ウリィが自滅をするたび死に物狂いで働く必要があったことである。



◇◆◇◆◇◆


「グハハハ、グッハッハッハッハッハー!」


 突然、ベルクハイルが氷斧を止めて笑い出す。

 俺はベルクハイルに天雷を与えた後、魔力の温存のため専ら時間稼ぎの守勢に回っていた。

 おかげでベルクハイルの負傷は欠損を除き大分癒えている。

 しかしベルクハイルも魔力の底が見えたのか、雪泥のねちっこさが消えていた。


「頭に電気を食らって耄碌でもしたか?」


 氷剣を解いた小杖で、俺は自分の頭をとんとんと叩く。


「そんなわけあるか戯け!しかし喜べ、お主の女が、我が愛馬スヴリーを討ったぞ」

「っ!?」


 クリスタルが勝ったのか!

 俺が生きている以上はクリスタルも無事であることが分かっていた。

 眷属の死は、その主にまで伝わる。

 そのベルクハイルが言うのなら、正しいのだろう。


「そっか、ここにクリスタルが来るか……悪いがベルク、俺は元々サシでお前を倒すつもりはないぞ?」


 ベルクハイルがわざわざ情報を教えたのだ。これくらいは教えても問題はないだろう。

 それに俺はクリスタルが来るまでに、無事でいないといけない。 

 およそ五分。

 クリスタルならばそれまでに来てくれるはずだ。おかげで俺は、全力で生き延びることを考える。


「フッ、天災に飛び込む愚か者がおるのなら、まとめて相手をしてやるわい」


 これが戦争である以上、ベルクハイルもそうなることを想定している。

 大将同士の決闘も、所詮は両者の戦力が拮抗しているから用いられる協定である。

 その点をベルクハイルは弁えていた。


「しかしその前に、お主が生きていたらの話だがな……」


 ベルクハイルの空気が変わる。

 氷斧を地面に突き刺し、両手を曝け出す。

 どうやら話はここまでで、クリスタルが来るまでに決める気でいるらしい。


「……来るか」


 俺は何が来てもいいように飛行フライを発動する。

 天災級が天災だと言われる所以には自然災害に匹敵するほどの魔法を持つからである。

 そして気候や地形を変えた後は、その地をまるで自分の所有物であると宣言するらしい。

 つまりはダンジョン創造の魔法とも言えるモノだ。



凍てる太陽に栄光あれヒー・リオス・オベリスクッ!!』



 ベルクハイルの紅い魔石が輝くと、途端に雪泥の地は凍土と化す。

 飛行(フライ)のおかげで足を縫い付けられることもない。

 同じ失敗は二度もしてたまるか。

 ホラントの氷属性魔法が役に立ったのである。


「ムゥ、ちと小さいわい」


 その最強魔法は凍土を作るだけではない。

 むしろそれはおまけであり、ベルクハイルの手には氷斧の代わりに剣を握っていた。

 ただの氷の剣であれば、氷斧と注意の度合いは変わりない。

 しかしこれは見るからに何か恐ろしい能力が備わっていると分かるほどの異質さがある。


「魔剣……魔法道具なのか!?」

「真の魔法道具とは生物の思念が魔法で具現化したものだ。ゆえにこれは魔法、しかし魔法道具で違いはない!」

「ご説明ありがとよ」


 野暮のため聞かなかったが、ベルクを倒せたらもらえるのか?

 そう願うほどベルクハイルの魔剣は美しい。巨人らしい無骨の剣ではない。

 まるで儀式用の祭剣であり、見た目を重視しているのか刃先はのこぎりのようにギザギザとしている。

 中央の剣樋は最も濃い青色をしており鍔は青、柄頭は赤、と大小の太陽を模した装飾がされている。

 その細部に渡った精巧な作りと、剣身からは常に淡い光が漏れ、冷気が憑りつくようにうっすらと纏っている魔剣は、見る者全てを感動させるだろう……敵として現れなかったらの話ではあるが。


「粗雑な物で済まないが、これで終わりにしようぞォ!」


 ベルクハイルは元魔王級の魔物である。

 天災級に格落ちして能力が大きく後退したため思っていた魔剣とは違い、少し落胆している。

 しかし俺には、格落ちしたとは見えないほどの化け物である。

 ベルクハイルの魔剣には触れてはならない。決定的なのは、魔法道具のローブがひっきりなしに警報していることだ。


「フンッ!」


 ベルクハイルは残った片腕で魔剣を振る。

 憎いことにそれは氷斧のときの強振とは違って、当てることを念頭に置いていた。

 躱したと思った魔剣は途中で軌道を変えて、俺の右側から追撃する。

 体に冷気が触れるほど接近はしたが、風爆大槍を手の甲に当てることで、剣身をギリギリで避ける。

 今まで飛行魔法で何とか避け切れていた攻撃も、このままでは確実に捕まってしまう。

 打てば勝ちを、当たれば勝ちへと変えたのだ。

 さらに魔剣の光が強くなったのを見ると、俺は全速力で後退する。


「っ!」


 距離はベルクハイルの間合いとは関係なくかなり離れていた。


「逃走も結構、これは恥じにはならん。お主は我輩に剣を抜かせた。身体はもとより魔力すらも凍らせる魔剣をな!」


 ゆっくりとベルクハイルがこちらへ歩く。

 それは余裕であり、強者の奢りでもあった。


「ん?……ぁがっ!?」


 突然、右腕に痛みを感じた。

 ローブをめくると腕の一部が真っ白に凍っていた。

 ベルクハイルの言った通り、凍った部分からは魔力が感じることも、出すことも出来なくなっていた。

 最悪だ、これは治せるのか?

 魔剣に触れてもいないのにこの様である。

 右腕の半分を犠牲にして、これからは冷気にも注意を払わなければならないと分かった。


「ったく、何で俺の敵は当たれば即死系統の必殺技をもっているんだよ……」


 俺も欲しい。

 天災級はそれがデフォなのかと、不安に駆られてもしまう。

 だけど逃走は絶対にしない。


「こんな所で逃げる奴が、魔神になれるか!!」


 俺はベルクハイルの下へ走る。

 これで死ぬなら死んでもいい、と思わせるほどの全速力で真っ直ぐ走る。

 勇者が魔王を倒すとき、徒党を組むのは許されても、戦いから逃れることは許されない。

 目指す地位は反対だが、似た境遇(・・・・)からおかしなことを考えてしまっていた。


「おおおおおおおぉぉぉぉクリスタルっ!」


————《アクセス》


「ンガ!?」


 転移門から現れた強大な炎の鞭が、ベルクハイルの背中を強打した。

 それだけでは終わらせない。

 

「颶風一体!」

「フグッ」


 クリスタルの攻撃で注意が逸れた隙に接近すると、四度目の斬撃がベルクハイルの胸を裂いた。

 俺はその勢いで空から、駆け付けたクリスタルの元へと滑り込む。


「お待たせしましたセカイ様、巨人を殺す弾丸の用意はできております」


 五分なんてものではない。

 俺の予想をはるかに超えたクリスタルが、ついに登場した。


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