87話 一刀決着
『ルオットチョジク、スヴリーの対処に何か方法はございませんか?』
クリスタルはアカボシに騎乗しながら、元ベルクハイルの部下であるルオットチョジクと話をする。
身体は騎乗兵のように戦闘姿勢ではなく寝かして、全て騎馬のアカボシを信頼して任せている。
今、スヴリーはアカボシを捉えるため、背中で角を輝かせて疾走している。
「ヴァル!」
「グオン!」
紫電の矢と猛炎の壁が接触すると、炎を貫いて雷撃がアカボシを襲う。
元から炎は目隠しであり、発動と同時に進路変更をして逃げると、標的を失った雷は霧散する。
ダンジョン一の俊足が逃げに徹すれば、暫くは時間を稼ぐことができる。
しかし空中を駆けるスヴリーは最短距離を使うために、刻一刻と状況は追い込まれつつあった。
「すみませんでした……わたしも、スヴリーが雷属性の持ち主だとは知りませんでして……」
ルオットチョジクは口惜しい態度で、せめてもとバルの治療に専念する。
『バルのためにも今はスヴリーについてです。何か思うことがありませんか?』
「……はい。と言いましても、わたしも思い当たることはないです」
無理もない。
スヴリーはベルクハイルと同時に封印され、天災級であったがためにベルクハイルよりも速く封印が解かれることになった。
さらに性格は内向的で、準天災級の実力とベルクハイルとの信頼感から、他の眷属から畏敬の念を集めていたが、人格的に優れた人物でもない。
残念ながらスヴリーのことは、ベルクハイルしか知らない存在であった。
『そうですか……』
「ですが、角を切ってしまえばいいと思ってます」
『ルオットチョジクもそう考えておりますか?』
一角が発電器官だとは、誰もが見抜いている。
しかし当然スヴリーも警戒はする。強力な雷撃を躱した後に、やすやすと切られまいと空へ逃げることもするだろう。
「ただわたしは切ることに、今ある全てを賭けるべきだと考えます。雷属性を見て得心が行きました。あれは発電器官の他に生命維持にも欠かせない役割を果たしています」
『それはどういった意味でしょうか?』
「魔物の角は、見栄えや戦闘用、感覚器官としても使われますが……」
そういってルオットチョジクは頭を下げて、自身の鹿角を可愛らしく見せる。
ルオットチョジクの角は枝角であり、生え変わりがある。
人型の場合の角の役割はせいぜいアンデンティティー程であるが、角が重要な魔物もいる。
「中には力と引き換えに第二の心臓として魔石と角を合成する者もいます」
スヴリーのような幻獣種は、角に血を通わせ生涯を守り抜くことで、老いに反して能力が上がる特性を持つ。
「無論それは心臓を絶えず圧迫するような物で、魔法を使用するたびに体力は疲弊し、スヴリーにとっても大きな危険を抱えていると思います」
『つまり窮地なのは、私達だけでなくスヴリーも同じと?』
「はい。角を切ってしまえば勝敗は一瞬で付くでしょう」
それが追い詰められるまで雷属性を使わなかった理由と考えると辻褄は合う。
同じ角を持つ魔物のルオットチョジクの台詞には説得力もあり、セカイの元へ向かう時間を考慮すれば、クリスタルにとって賭けてみる価値は大いにあった。
しかし疑問に出るのは、誰がスヴリーの角を切るかである。
砲撃班では正確に角の芯を当てられない。そもそも威力が足りない。
クリスタルとアカボシでは、スヴリーが既に警戒して容易に近寄らせない。
となると、可能な人物は一人しかいない。
「バルセィームさんにやって頂きましょう」
『……しかありませんよね』
女性二人は、横たわる男へ鞭を振ることにした。
「バルセィームさん!バルセィームさん!」
ぺちぺちぺちと、時間の惜しいルオットチョジクは少年姿となったバルでも、容赦なく叩き起こそうとする。
しかし何度頬を叩いたり抓ったりを繰り返しても目覚めないバルに、ついに水でも浴びせようかとトムテに指示をとばした瞬間、バルは意識を取り戻すことができた。
「がっ、ぐぼ、ル、ルオットチョジクか?」
「はい!」
喜色をあらわにしたルオットチョジクは、すぐにバルの状況を確認すると、先程クリスタルと話し合った作戦を告げる。
「外の二人がスヴリーの注意を引きます。折を見てクリスタルさんがスヴリーの頭上へ転移門を開きますので、バルセィームさんが降りて一角を切断する。これが作戦です」
詳しい説明を交えながらも、作戦の概要を一分ほどで話終える。
死に物狂いでスヴリーの攻撃を避けているアカボシのためにも、一分一秒が惜しい状態である。
「了解した。つまりスヴリーは俺が倒すということだな?」
「そうです。非常に厳しいですが、頑張って下さい!」
ルオットチョジクの魔力贈与はバルではなくアカボシとセカイに取っている。
励ましということではないが、彼女ができることは精一杯の笑顔で送り出すことだ。
「……ふっ」
バルも呪剣の切れ味が増していると分かって微笑する。
こんな一大事の時に呪剣を見て何ほくそ笑むのかと後ろのルオットチョジクは顔を引きつらせるが、バルにとっては呪剣が背を押してくれたために小さくなった身体でも、前回より力を増したのは事実である。
「それでは後はクリスタルさん達の健闘を祈りましょう」
「ああ、あの二人ならばやってくれる。なんせダンジョン最強の眷属だからな……」
いずれは自分が一番になる、とバルは野心を燃やしながら出番が来るまで、精神を集中することにした。
「ヴァルルル!」
スヴリーの追撃からアカボシは逃げ続ける。
局所的に見て追い込まれているのはクリスタル達ではあるが、大局的に見るとその実クリスタル達が勝っていた。
それはダンジョンを攻略しているのはクリスタル達であり、その気になれば撤退という選択が可能だからだ。
逆に防衛側のスヴリーは、既に上級幹部を二体も殺されたため、今ここでアカボシを捕らえクリスタルを抹殺するしか生存する道は極めて少ない。
「……!」
衰え始めた雷撃を、アカボシはひらりと躱して見せる。
苛立つ相手にアカボシの負担は思いの外軽かった。
(やはり、初撃と比べて勢いがない?)
クリスタルはルオットチョジクの判断が正しいと分かるとすぐに作戦を開始する。
「アカボシ、ここからは二手に!」
「グォン」
耳元で簡易に作戦を囁いてから、クリスタルはアカボシから下りると、反転して攻勢に出たアカボシをわき目に、滑り込むようにして目的の場所へと到達した。
そこは丁度、アカボシが退治したフリストガルーの死体の側である。
「ローサ、血鞭!」
クリスタルはフランベルジェのローサをフリストガルーの死体に突き刺す。
ローサは階層攻略で魔物から溜め込んだ血液もヴァドウルを相手に使い果たしていた。
その補充として、フリストガルーの血液から奪うことにしたのだ。
「っ!良い子です」
クリスタルの想像を超えてローサの血鞭は従来の物よりも太さと固さを備ていた。
それは上級上位の血液がローサにして美味であり、回復した魔力と合わさって十分に能力を発揮することができたからだ。
「……グン」
しかしバタンとアカボシはスヴリーの雷撃によって倒されてしまった。
アカボシはこれまでの逃走によって疲労が限界状態であり、衰えた雷でも十分な痛手になったのだ。
「はっ!」
「……?」
クリスタルはアカボシにトドメをさせまいと、スヴリーに転移門の砲撃と強血鞭で注意を向けさせる。
「私も引きません、そろそろ決着をつけませんか?」
ローサは強血鞭を大蛇のようにしならせ、クリスタルを死守するかに周囲を躍動する。
リリウムも最大出力で風をきりきりと鳴らして、迎え撃つ構えを取る。
「……」
そんなクリスタルの挑発により、無言でスヴリーは相対する。
これで第四階層の闘いが終える、終わらせると両者の意見は一致した。
「ヴァァァァァアア!」
充電が完了して一角が黄金に輝くと、スヴリーは数歩後退してから助走を開始する。馬脚で全速力の特攻を仕掛けるつもりである。
スヴリーとて、残り一人となったクリスタルを警戒せずにはいられない。
それはクリスタルの防御力に氷属性では通用せず、多才な技と転移門から何が来るかも分からない状況に、雷属性と突進の合わせ技で勝敗を決めることにした。
クリスタルとスヴリーの距離が十数メートルになった所で、スヴリーの角は放電する。
「リリウム!」
その雷撃は初めにバルを焼いた物と同程度の威力であった。
クリスタルの身体を包むほどの巨大な雷撃に対して、リリウムの風属性を一点に放出することで極僅かな穴を作る。
クリスタルにとって、守る部分は胸のダンジョンコアだけである。
手足が千切れ、頭が砕けようとも、胸さえ守り通せば修復することができる。
「ローサ!」
さらに強血鞭を折り畳むことで胸部を重点的に守り、その時には雷撃が触れるほどに迫っていた。
「ーーーーッ!」
最後にクリスタルは転移門を強血鞭で隠すように召喚する。
リリウムの風、ローサの盾、転移門の三重防御で雷撃を対処する。
閃光と衝撃でクリスタルの思考が一瞬空白になる。
しかし今回は不意の雷撃の時とは違い、真っ向から防御することに成功した。
「ヴァ」
だがクリスタルは自身の無事を安堵する暇もなく突進するスヴリーが迫り、頭を下げ角でクリスタルの胸部を貫こうとしていた。
「くっ」
クリスタルは、ダンジョンコアは無事だが酷く損傷していること、そのため転移門が強制的に閉じられてしまったこと、雷の衝撃によって双剣を手放したことを瞬時に確認して、無手で迎え撃つことにする。
「ルゥ!」
魔力を帯びたスヴリーの角は、容易にクリスタルの身体を貫通させた。
しかしそれはクリスタルの左掌であり、続けて左肩を貫いた。
「あ゛あ゛あ゛っ」
クリスタルは手と肩を串刺しにされた苦痛に耐え、傷口の感触から自分に血液も骨も筋繊維もない、ガラス細工のような肉体であったことを壊されて初めて知る。
するとスヴリーがクリスタルを内部から破壊しようと、角に雷属性のための魔力を込める。
「いま、で、す——《ダブルアクセス》」
「ッ!?」
ガンッと勢いよく物がぶつかった音と衝撃に、クリスタルを刺したまま走るスヴリーの脚は止められた。
それはクリスタルの背後に現れた通常の転移門が壁として阻まれたためである。突然の頭部から伝わった衝撃によって、スヴリーの思考が真っ白になる。
クリスタルはダンジョンである自身が、ダンジョンの中へ入ることが出来ない。
その制約を逆手に取り、クリスタルの背後に強固な壁を作った。
むろん制約には、クリスタルに接触する衣類や武器、生物も含まれているため、スヴリーにも適応された形である。
また二つ目の転移門は、スヴリーの死角となる上空に召喚する。
スヴリーの足が止まった瞬間を見計らってバルが現れたのだ。
ダンジョンの内部でもダンジョンコアの損傷によって、明かりは消え、立ってはいられなくなるほどの地震が発生していた。
さらに外界の情報を知らせるスクリーン映像も消えて、一同が狼狽した。
するとバルの前に長方形でもない台形をした不格好な転移門が現れ、気を高めていたバルは迷うことなく直行した。
外へ跳び出たバルに、一秒弱の猶予しかない。
さらに視界が水平から垂直になる。
それは真横を向いた入口の先が、真下を向いた出口であったからだ。
今さらバルは躊躇うこともない。
そういった状況も待機中に、脳内で試行を重ねていた。
すぐに感覚を合わせ、十メートル以上も下にいる標的を見つけると、身体はもうスヴリーの間近まで迫っていた。
地面に足が着いていない状態だと足腰を使うこともままならず、膂力だけを持って目的を切断しなければならない。
「(やってください)」
バルはクリスタルと目が合い、クリスタルの声が聞こえた気がした。
これはクリスタルとアカボシが傷付いてまで用意してくれた機会である。
バルの失敗はクリスタルの死、強いてはセカイの死をも意味する。
この一振りが、セカイ達の命運を決めることになる。
だが研ぎ澄まされた悪魔の精神力はダンジョン一、目標を斬ることしか頭になかった。
「ハッ!!」
バルが声を発したと同時に、呪剣が黄金角の根元に触れた。
落下速度と膂力を乗せて呪剣を振り下ろす。
「!?」
クリスタルは傷付きながらも微笑む。
それは身体が重力に従って落下を始めたからだ。
バルはスヴリーの角を、音も漏らすことなく完璧に切断してみせた。
「まだ、だッ!」
角を切ったとはいえ、殺した確証はない。
クリスタルよりも早く着地をしたバルは、瞬きをする間に次の攻撃を仕掛ける。
狙うはスヴリーの首元。
一度バルが切ったが致命傷には至らなかった箇所である。
「ヴァルヴァルヴァルゥゥ!」
角を切られて動転したスヴリーは、バルが着地した場所に無我夢中で足を振る。
「終わりだァ!」
バルの身体はスヴリーが知っていた以上に小さい。
バルは身体を捻ってスヴリーの足を躱すと、足りない背丈の分を跳んで呪剣を振った。
「……」
バルとスヴリーが佇み、静寂が生まれる。
クリスタルはただ地べたに座って、二人の行く末を見守った。
「……ヴァル」
するとスヴリーがクリスタル達を無視して反転すると、最下層への階段を目指して歩き出した。
「ヴァ……ル」
その首元からは破裂するように血が流れ続けている。
バルがスヴリーの急所を裂くことに成功した証である。
「バル、やったのですね?」
「……はい。時期にスヴリーは死にます」
ダメージが酷く自動修復中で動けないクリスタルは、バルの返事を聞いて胸をなで下ろす。
スヴリーの歩いた道には青紫色の血が残り、ただ主の下へと続いている。
「ヴァ……ヴァ……」
バルの耳にはスヴリーが泣いているように聞こえた。
主を守れず先に死ぬ。
バルにとってもそれは耐え難い物である。
しかし死んでも主を守ろうとした生涯に、羨望したのもまた事実である。
「……ヴァ、ル」
スヴリーは程なくして倒れると息は耐え、第四階層の決戦は終結した。
「バル、貴方は絶対にああならないでくださいね」
セカイと生死を確約されているクリスタルは、スヴリーの死に様を羨ましそうに見つめるバルに釘をさす。
「……まだまだ俺は、強くならないといけませんね」
その問にバルは肯定や否定でもなく、ただ曖昧に答えるのが精一杯であった。




