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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第一章 冥途の館
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9話 魔法修得

 現在、ダンジョン都市"ウェンバロン"から南におよそ二日の距離にある湿原にいる。

 二日というのは人間換算の距離であり、一日も無駄にできない俺たちは案の定で全速力で飛ばして半分以上の早さで到着した。

 持ち金のない中、冒険者ギルドに借金をすることで金を工面し必需品を揃える。


 冒険者ギルドは冒険者のお金を預かりまた借りることもできる銀行の役割をしている。

 ランクに応じて借りられる金額も異なるが、金を踏み倒した時点でランク関係なしに即冒険者の資格が剥奪され永久追放することになる。

 今回借りた額は、安物の装備と地図とリュックと革袋だけであるため、それほど金を借りたわけではない。水や食糧を必要としないのはダンジョンマスター様々である。


 この『フェルホック湿地帯』は冒険者ギルドで仕入れた情報から、近場では最も高レベルな魔物が多く生息する危険地帯だそうだ。

 今はまだ小さな草花がまばらに、池塘が所々に点在している程度であるが、奥へ進むほど、植物が鬱蒼とし、地面がぬかるみ、湖には強力な魔物の住処があるという。

 もしここが地球ならば、数多くの希少動物や植物が存在する自然の宝庫といえようが、ここは異世界である。そして自分がダンジョンマスターであるのなら、やることは決まっている。

 DP回収だ。


 移動を計算に入れて残り9日の期間で、できる限りのDPを獲得し強化しなければならない。


 今は初日の昼過ぎ。魔法の習得と言っては見たものの、現在のクリスタルの持つDPは76。

 魔法技能獲得に必要なDPは100も必要であるためDPが足りない。ここのところDPを獲得する機会がなかったのが悔やまれる。


「魔法習得とおっしゃりましても四属性のうちの一つだけです。何か決まりましたか?」

「火、水、風、土の基本属性のうちの一つだろ。全部使いたかったが一つしかできないのが残念だ」

「生物の持つ魔法適性は通常1、2種類までです。これからのことも踏まえて後悔のないよう選んで下さい」


 考えてみたもののどれもパッとしない。

 思えばこの世界にきてちゃんとした魔法を見たのは、レオニルさんの光属性魔法と、影男の闇と火属性魔法だけである。

 しかしそうこうしている内に早速魔物が現れた。

 ゴブリンである。

 ほんとお前はどこにでもいるなぁ。しかも湿地であってか泥に迷彩している。


「ゴブリンが6体来ましたね」

「あぁさっさと終わらそう。ゴブリン程度に武器を使う必要はない」

「承知しました。それではいつも通りの————」

「半分こだ」


 もちろん胴体じゃない、数のことだよ。

 基本的に何かない場合は、お互い数を均等になるようにしている。

 それぞれ魔物相手の経験を平等に得るためだ。


 殺し合いとは無縁の国に生まれた俺にとっては、経験値が圧倒的に足りない。どんな相手でも殺すことを躊躇わないように慣れておかなければならない。

 クリスタルもまた、戦闘を重ねるうちに最適な動作を記憶していく。

 彼女は俺の盾として遅れをとらないように技を磨こうと模索しているのだ。

 俺たちは慣れた動作で戦闘を即座に終わらせた。


「この程度じゃ時間の浪費だな。もっと奥へ進むか」

「それが懸命かと私も思います。あ、イズナ草ありました」

「ほんとか、高く売れるんだろ?ついでにとっとけ」


 クリスタルが見つけたのは、この地帯に繁殖する薬草である。

 俺が買い出しをしている間に、クリスタルはフェルホック湿地帯の情報を集めており、ついでに薬草なんかの知識も蓄えていた。

 え、俺?だって文字まだ読めないっすよ。


 俺たち二人は湿地帯の奥へ奥へと強い魔物を求めて進み出す。

 太陽がまだ高い位置にあるが俺の身体に光は届かない。樹木が生い茂り太陽の光を遮っているからだ。

 日中の時間帯であるのに薄暗い雰囲気と肌寒い温度が、普段以上の警戒を与える。

 現在、10を超える半人半植物の姿をしている魔物に襲われているからだ。

 半人半植物といっても、肌は緑色で顔には目も鼻もなく、口には鋭い牙をもち、人のイメージとは程遠い。

 木の上にぶら下がり、蔓のような手足で攻撃してくる。

 すでに6体を倒してもなお、数は衰えることはなく、木々を巧みに伝い、四方から多くの半人半植物が押し寄せる。

 どうやらここは半人半植物の群生地らしい。


 力はそれほどまで強くなく、一斉に捕まりさえしなければ脅威には感じない。

 左手首に巻き付いてきた蔓を、逆にこっちが引っ張ることで、樹から落として止めを刺す。


「しかし樹上にいる魔物は面倒ですね、私が樹に登り魔物を落としてきます」


 クリスタルは軽業の如し身体運びで、次々と樹々を飛び越え半人半植物の魔物を落としていく。

 それに俺は止めを刺すだけである。

 クリスタルの身体能力の高さにはいつも驚かされる。これで彼女はダンジョンだとかはや恐ろしい。

 魔物もおよそ25体を倒したころから、残りの半人半植物も逃げていって戦闘を終える。


「どれくらいDPが入ったか?」

「一体あたりは1.2DPほどです。今回ので合計106DPになりましたので魔法を覚えますか?」

「そうしてくれ、魔法さえ使えれば狩りの効率もぐんと上がるだろう」

「かしこまりました。それでは私の身体にあるダンジョンコアに触れてください」

「ぅえっ!?」


 そういってクリスタルは着ている革鎧を脱ぎ、服を緩め隙間から胸を……ダンジョンコアを露出する。

 胸の谷間にあるダンジョンコアに触れるためには、必然的に胸を直接触らなければならない。

 逸る気持ちを一度深呼吸で抑え、冷静に慎重にあくまでも事務的な様相で彼女のおっぱ……ダンジョンコアに触れる。

 はい、触った感想はとてもよかったです。

 これなら魔物の攻撃も防御壁としての役割を上手く機能できそうだと感心しました。

 最終防御ラインの調査も終えたところで、クリスタルの声が頭に響く。


『それではダンジョンマスターの強化に入ります。火、水、風、地の一つをお選びください』

「風で頼む」


 悩んだ末に風の属性魔法を覚えることにした。

 風を上手く使いこなすことができれば、飛行することも可能であり、これからの旅の移動に大いに役立つと思ったのが一番の理由だった。

 また回避や隠密、攻撃の能力も多様で、元が空気のため物理的な干渉が他の属性と比べて受けにくいとも考えた。


『————それでは風の属性魔法を取得します』


 すると、足下に緑の魔法陣が浮かび上がり、身体を下から上へとゆっくりと通過する。

 その間は金縛りにでもあったかのように身体が膠着して身動きができない。

 まるで身体の構造を書き換えられているみたいだ。しかし不快感はなく、内から溢れでる力に高揚する。

 一分くらいだろうか緑の魔法陣が消えると、ようやく身体を動かすことができ、クリスタルの胸から手をどける。


「終了しました。どうでしたか?」

「とてもいいよ、感じることができる」

「成功したようですね、私も初めてだったので緊張しました」


 なんだかお互い二重の意味を含んだ言い方のようだが、面と向かって口にするのも恥ずかしいのである。

 俺は身体の魔力を手に集中させ風球を作る。


「詠唱とかって必要ないのだな」

「魔物は一々口に出して魔法を使っておりましたか? それと一緒です。魔法と親和性の高い魔物は、手足のように身体の一部として魔法を扱います。その代わり、持っていない属性はどんなに成長しても扱うことができません」

「なるほどな、人の場合はどうなるんだ?」

「人は魔法を道具として扱えます。なので得意不得意はありますが全属性の魔法を扱うことが可能です。代りに親和性が低いために詠唱を必要となります」

「ありがとう、参考になったよ」

「恐れ入ります」


 人と魔物では魔法の認識がだいぶ違うのが気になった。余裕ができたら調べてみるのもいいかもしれない。

 魔法とは何なのか? 地球人だった俺にとっては非常に気になることである。


 しばらくは風属性魔法の練習をする。

 現在使えるのは、空気を圧縮して跳ばす風球ウィンドボール、空気を刃のように飛ばし斬りつける風刃ウィンドカッター、広範囲に強風を飛ばす風爆エアロバーストなどができるようになった。


 これから地球の知識と、魔法の制御を上手くなることで、ますます強力な魔法を使えることになるだろう。

 性能テストも兼ねて魔物の探索に走る。

 すると茂みから巨大な歩く茸を発見した。歩くといっても足はなく、胴体のような長い柄が一歩一歩跳ねて移動している。


「あれは魔茸ファンガスですね。刺激を与えると毒の粉を散布しますので、私は大丈夫ですが、セカイ様は気をつけてください」

「だったら一発で仕留めればいいんだな、風刃ウィンドカッター!」


 ファンガスに向かって放たれた風は、狙い通りの軌道で近づいてくるファンガスの身体を袈裟斬りにする。


「お見事です」

「威力も申し分ないな。回収を頼む」


 次に発見したのは蛙だった。沼に近いからだろうか、しかし発見した蛙は見た目こそ地球の蛙と変わりないが、大きさが馬鹿でかい。

 牛を丸のみするのかと思うほどの大きな口と腹部を持っている。こちらを向きながら「グッグ」と鳴く声に足が止まり生理的な嫌悪感で身が震える。


「これは中級の大物喰い蛙(デミイーター)です。溶解のブレスを吐くのと長い舌で獲物を捕獲します」

「なるほど、クリスタルが食らえば服だけ溶けてくれるんだな」

「ふざけないでください、今回は絶対に守りませんからね!」

「分かっている。そもそもこれは魔法の性能テストだ。お前が側で見てくれるから俺は安心して魔法を使える」


 ふざけた詫びの思いも込めて、クリスタルに日頃の感謝を伝える。

 それでクリスタルは多少機嫌がよくなったのか、後ろで戦闘の邪魔をしないよう静かに見守る。

 しかしまるで子供の授業参観をするお母さんの様で、こちらが気恥ずかしくなる。


 すると、さっそく大物喰い蛙(デミイーター)は溶解液のブレスを出してきた。

 対して俺は風爆エアロバーストで押し返し、今度はこっちが風球ウィンドボールを二発、蛙に攻撃するが蛙の皮膚は風球程度じゃびくともしない。

 ブレスが不発に終わったのと、風球を受けたのに多少腹が立ったのか「ググェ!」と大きく鳴き、長い舌を鞭のような速さで俺を襲う。


 それを待ってましたとばかりに、用意していた風刃ウィンドカッターで長く伸びた舌を斬ると、蛙は舌を斬られた苦痛により大きく怯む。

 その隙に俺は蛙の目の前まで疾走し、蛙の大きな背に飛び込んだ。

 右の拳には、先ほど放ったより二回りもの大きさの風球を纏い、がら空きの大きな背中に叩き込む。


「おうらッ!」


 風球を放たず拳に纏い、ゼロ距離で攻撃することにより、拳の威力も加わって強烈な一撃となる。

 蛙は殴られた衝撃で内臓を口から吐き出し絶命する。


「おめでとうございます、魔法の扱いも見事ですね」

「いや、まだまだ改善の余地はありそうだ、まあ中級相手にはこれで十分か」


 クリスタルはさっそく蛙の生命力マナをDPに変換する。


「中級の魔物を変換するのは初めてだよな、どれくらいだ?」

「今回が初になりますね、35DPも入りました。単体では過去最高です。やはりここに来て良かったですね」

「おお!それはいいな。中級となると、初級に比べて数が少ない分実入りがいい。どんどん狩るぞ」

「はい、ですが魔力の消費をしっかり頭に入れておいてくださいね」



 それから日が沈むまでの間、二人で中級の魔物を2体、初級の魔物を12体ほど討伐した。

 俺が風の属性魔法を覚えたことで攻撃のバリエーションも増えたのが一番の原因であり、順調にDPを回収したのだった。





 人型移動式ダンジョン"クリスタル"

 DP:109

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