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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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86話 高層の雷撃 

 クリスタル達にとって、残すは強大な敵のスヴリーのみ。

 そのスヴリーはアカボシの参戦によって出方をじっと窺っているので、クリスタルは先ず仲間の状態確認を優先した。


(私はDPで万全の状態に治しましたが……二人は目に見えて消耗しておりますね。とくにアカボシは……)


 アカボシは予定通りにフリストガルーを倒せはしたが、身体中を血で汚し本来の素早さも出せないでいる。

 肝心の魔力の方も六割以上を使い果たしていた。


(彼にはまだ、役目がある。ここは私とバルでスヴリーを抑えて、アカボシには決定打のみを任せるのが最善でしょうか……)


 クリスタルがこの中のリーダーである以上、その判断が勝敗に左右される。

 アカボシにはまだ対ベルクハイル戦において重要な役割を残している。

 ゆえにこれ以上アカボシに体力を消費して欲しくないのが、クリスタルの心情であった。


「バルと私でスヴリーの動きを止めましょう。アカボシはその隙に私を構わずスヴリーに一撃を与えてください」


 二人はクリスタルの指示に従ってY字の陣形を取り、魔法職のようにアカボシが後衛となる。


「アカボシ殿、場合によれば俺の身体ごと貫いてくれ」

「……グルゥ」


 逡巡のない清々しい表情をするバルに、渋々とアカボシは了承する。

 影の身体を持つバルは、多少のことで死にはしない。

 スヴリーに嬲らていた身体も、今では戦闘に差し障りのない程度に回復している。

 正確には回復ではなく修復ではあるが、魔力体力共にクリスタルの次に良好なのは間違いない。


『リンネルとファウナ、そちらはどれくらい行けますか?』

「あたしは大丈夫ですっ!岩弾だけでしたのでまだまだいけます」

「私はあと、六発くらい」


 次にクリスタルは、ダンジョン内の砲撃班に確認を取る。

 この二人は安全圏からの砲撃によって疲労している様子はない。しかしこれまでの戦いでは何度か魔法で助けられ、双剣に次ぐ撃破数を誇っている。

 また、ミ=ゴウの矢ではスヴリーの障害とならないため、最終決戦に向けての準備をしている。


『分かりました。ファウナは牽制としてこれまで通りに重さと速さを追及してください。リンネルは……五つ。あと五つで構いません。岩弾の威力を少しでも上げて、いつでも射出できる用意をしていてください』

「はいっ!」


 促されリンネルは、杖の先端から岩弾を生成すると、絶えず魔力を消費して岩弾を加工する。

 これでアカボシの追撃として、開けた傷口を抉ることができるなとクリスタルは顔が綻ぶ。


「ローサ、リリウム。これで魔力の補充は終えましたね」


 最後に双剣のローサとリリウムに確認を取る。

 クリスタルは会話の最中に、転移門の中へ重ねて双剣を入れてローサだけを刺していた。

 その吸収ドレインの餌食となった人物は、魔力の質と量を兼ね備えた俘虜のホワイトアッシュトレントである。彼のおかげで双剣の刀身は輝きを取り戻す。

 これでクリスタルは残り三、四手で、スヴリーを仕留める算段を終えた。 

 あとは実行へ移すのみと、隣のバルに目配せをする。


「……ヴァル」


 しかし最善を尽くした行動が、必ずしも結果に結びつくとは限らない。

 クリスタルにも失敗はあり、ここは無理にでも攻撃を仕掛けるべきだったと後悔することになる。


「ヴァヴァル!」

「なっ!?」


 スヴリーの咆哮で空気が一変する。

 すると瞬間で氷の鱗は紺碧の艶気と重厚な武装へと代わり、頭部の一角も黄金色に眩き始める。

 クリスタルが追い詰めようと慎重に準備している間に、スヴリーの方もまた準備を終えたのだ。

 バルは息を押し殺して、一人で対峙していた時に不発した魔法が来ると覚悟を決める。


「ヴァアア!!」


 スヴリーが首を振り下ろすと、クリスタルにも見覚えのある雷撃(・・)が瞬く間に放たれた。

 氷属性の対処に見慣れた者には、紫電の一矢が本来より何倍に速く見える。さらにその雷撃はクリスタルのみを対象にした一点集中攻撃だった。


「え」


 クリスタルは驚倒と悄然に苛まれ反応が遅れる。雷属性魔法は敬愛するセカイ以外も使える。

 無論、セカイだけでは無いと理解していたが、まさか目の前の敵が窮地に立たされるまで使いもしなかったことと、何度と雷属性魔法の修練に付き合った思い入れが、既視感となって足を竦ませてしまった。


「っ!」


 敵として現れた雷撃は、風よりも速いため転移門では間に合わない、炎よりも広がるため直撃を免れない。

 クリスタルは咄嗟に胸の前で腕を組み、背中を後ろに逸らすが、強大な一撃がダンジョンコアを破壊に至らせようとしていた。


「あ゛がぁぁあ゛ぁ!?!?」


 クリスタルは目を閉じても脳裏に焼き付く閃き、雷鳴の轟音に混ざる人声、生肉が焦げた不愉快な臭い、最後に自分が無傷であることを知覚する。

 彼女はスヴリーの雷撃から自身を守った者を見るために、怖々と顔を上げる。


「……バル?」

「ク……タル、さ、ま……オ……夫で、す」


 バルがクリスタルの正面に立って庇っていた。

 バルの反応が速かったのは不完全ながらスヴリーの魔法を一度見ていたおかげである。

 また本来ならば死に至るほどの雷の衝撃に、即死を免れたのは身体がゴム質であるのが功を奏したのかと推測する。

 しかし感電の衝撃によって、身体は力なく地面に倒れ、足が酷く傷ついている。

 これではもう立つこともままならず戦闘も不可能だと判断を下すと、クリスタルは直ちに転移門を開く。


「——《アクセス》。バル、礼は後ほどに、今はダンジョンの中へ……アカボシ!」

「グウォン!!」


 クリスタルがリリウムで放った風刃の後に、アカボシが身体に炎を纏ってスヴリーに突撃する。

 その隙にバルはトムテ達に引きずられながらダンジョンの中へと運ばれると、サポート班の治療に当たらせる。


「……ヴァ」

 

 これで状況は二体一。

 クリスタルは表情を強張らせて、アカボシの行方を見守る。

 スヴリーの雷撃には、一定のタイムラグが必要らしく角は元の色に戻っている。アカボシの攻撃に対しても前足を振り上げて対処しようとしていた。

 しかし振り下ろすかに見えた前足で、そのまま空中を駆けた。


「な!?」


 スヴリーは空中を飛ぶのではなく、天馬のように駆けることでアカボシの攻撃を躱したのだ。

 アカボシも想定外の行動で追撃は止める。

 雷属性は撃てずとも、氷属性は健在であると察していたからだ。

 さらに身動きの取れない空中では、今の体力では反撃を受ける可能性も大きかった。


「ヴァル!」


 スヴリーは空中を天井まで駆け上がると、階層の反対方向まで距離を取って着地した。


「グゥル……」


 アカボシはクリスタルの元まで戻ると、スヴリーの魔法について相談する。


「ええ、そうですね。どうやら空中で静止することは出来ない……それも駆けられるのは短期間でしょうか」


 最後の方は地に降りるのではなく落ちたと、クリスタルとアカボシは観察した。

 それが見間違えにせよ、空中からの一方的な空襲をしなかった辺り、セカイの飛行(フライ)よりも不完全な能力だと推測できる。


「ですがアカボシ、やはり今は雷属性ですね」

「グルウ」


 遠目から見るスヴリーの角は、再び黄金色に輝いていた。


(あの時は攻めるべきだったでしょうか……)


 それは守勢に長けるクリスタルだからこそ、攻勢に出る好機を逃した失敗である。

 誰も奥の手が氷属性と同等の上位魔法だとは予想出来なかったにせよ、魔法は既に完成させてしまった。


(セカイ様、申し訳ありません。もう僅かでセカイ様のお命すら、危機に晒しておりました)


 ダンジョンであるクリスタルの死が、マスターであるセカイの死に直結する。

 意思を持つダンジョンだからこそ、ダンジョンを守るためにマスターが存在するのではなく、ダンジョンマスターを守るためにダンジョンが存在すると、そこにクリスタルは生きる意義を見出している。

 彼女にとってはマスターの死因がダンジョンであっては、死んでも許されない大罪なのだ。


(もう少しだけお時間を頂きます。どうかそれまで無事でいて下さい)


 スヴリーの雷撃は、セカイの雷属性魔法よりも威力は高く、クリスタルのダンジョンコアでも損傷は免れないと、クリスタルは出ない汗を拭いたい気持ちになる。


「グォン!」

「ひゃ!?」


 するとアカボシがクリスタルの背を尻尾で叩き、続けて黒い背中を指す。

 つまりそれは乗れということである。


「よいのですか?」

「グルゥ」

「分かりました。無理を重ねますが、今は避けることだけに全力を向けて下さい」

「グルグゥ」


 クリスタルはアカボシの背に騎乗する。

 これで雷撃から直撃を免れることは出来る。

 しかしアカボシの負担は増すばかりであり、その間クリスタルはスヴリーの対処法を精一杯に練り上げる。


(私が守られている……少し奇妙に思えますが、頼もしいですね)


 時間も惜しく、危機的状況に陥ったクリスタルは意外と冷静でいられた。

 それは身を挺して庇ったバルと、絶えず傷口から血を流して走り続けるアカボシに鼓舞されたからである。

 気持ちを切り替えたクリスタルは、この状況下で最も分析力に長けるベルクハイルの配下であったルオットチョジクに意見を聞くために、ダンジョンの中へ意識を向ける。




 スヴリーの電撃を全身に受けたバルの意識は、思考の渦の中にいた。


(久しぶりだのバルセィーム)


 頭の中に、中性的な男性の声が響く。


(呪剣か……何のようだ?)


 バルが呪剣と出会ったのは二度目である。

 しかし呪剣の本体と思しき姿を見たのは今回が初であり、何故求めてもいない対話に姿まで見せるのかと甚だ疑問も出る。

 また姿と言ってもただ真っ暗な人影であり、バルは足下に向って会話をする。


(それはバルセィームが今、死の淵にいるからだ)


 精神世界の中では全て呪剣に思考を読まれる。そのためバルもどのような甘言を吹き込まれないかと、会うことすら躊躇う存在である。


 道具はあくまで道具として扱う。

 たとえ意思を持つ魔法道具インテリジェンスアイテムといえども、道具を生物と同様に扱ってしまっては、精神の均衡は崩れて生命の道理から外れるというのがこの世界の通説であり、会話などは以ての外だった。


(それでどうして出て来た?お前の力は使わないと言っただろ?)

(我を使わんから、バルセィームがこうも役立たずなんだぞ?本来の我の力なら、あの時氷馬の首を真っ二つに切断できていたぞ)

(黙れ……お前は俺の邪魔さえしなければそれで十分だ)


 眷属の中でも一二に懐が深いバルでも、激昂したくなる言葉であった。

 意思を持つ欠点なのか、呪剣の切れ味は相手によって変わり、人でいう所の気分で決まることがある。

 それが今回のスヴリーに関しては最低レベルの魔力伝導率であったため、ほぼ低質の魔剣と変わりなかった。

 おかげで魔力総量の多い悪魔のバルでも、魔法の使用もしないで魔力を大分消費してしまっている。


(十分?このままではバルセィームの活躍は遠征組で最下位だぞ?それにあの氷馬を相手に二人だけでは勝てん)

(……何が良いたい?)

(我が特別に力を貸そう。代償も血の数滴でいいぞ)

(クっ!?)


 血の数滴、つまり呪いの影響は受けない。

 頭の回転の早いバルは直ぐに呪剣の意図を察する。

 呪剣はただ、代償がどうであれバルは呪いを頼ったという既成事実が欲しいのだ。


(呪いもない。それは強大な魔法道具を使うと変わらんだろ?)


 呪剣の影が、笑っているように見えたのはバルの勘違いでないだろう。


(我を頼れ、我もお前達を死なせたくはない)


 それは本心で言っているのだろうかと、バルは悩むが即時に違うと頭を振る。

 呪剣がそんな優しい奴だと思ってはいけない。

 気を許しては行けない相手だとも、実際に呪剣を使用したクリスタルからバルは教えられている。


(呪剣、何度でも俺は言おう。訳も分からない呪いに頼って分不相応の力を得る。俺自身がそんな生を容認することはできない。強大な力とは与えられる物でも、代償の上に成立する物でもなく、自身の鍛錬で育ませる物だ!)


 魔法道具の意思とは? 呪とは何か? 呪剣の底知れぬパワーは何処から来ているのか? そして等価交換を破る取引に応じれば、いつか何倍の負債となって自身に却ってくることを、他ならぬ悪魔のバルが熟知している。


(それでは仲間を救えない日が来るぞ?)

(俺の仲間を馬鹿にするな! 皆もそれを覚悟の上で戦ってくれている)

(つまらん男だ。ならば何故、我を所持している)

(お前が主君から頂いた大切な魔法道具だからだ。それに俺は……お前とも気長に付き合っていくつもりでいる)

(……)

(また会おう相棒)

(……)


 自分はまだこんなところで寝ては入られないと、バルは呪剣から背を向け意識を外へと集中する。

 すると精神世界は崩壊を始め、無言のまま呪剣が目覚める許可を与えたらしいと胸をなで下ろす。



「バ……ルセィ……ムさ……ん!バルセ……ム……ん!」

「がっ、ぐぼ、ル、ルオットチョジクか?」

「はい!」


 バルが目覚めると、側にはルオットチョジクがいた。

 傷の手当てといっても、バルの身体は触ると危険な部分も多いため、応急手当は中級以上のルオットチョジクに割り当てられていた。


「それで身体の方は、その姿(・・・)で問題ないのでしょうか?」

「あ、ああ。少し動き辛いが、欠けた足よりは何倍も増しだ」


 バルがダンジョンに運び込まれてから経過した時間は五分ほどである。

 その間にバルは無意識の中、自動で種族特性による肉体改造が行われていた。


「……子供ですけど」


 減少した影は、その分だけ身体が小さくなる。

 バルは180cm後半だった背丈も、今ではメアと変わらない少年となっていた。

 しかし声だけは変化のないため、ルオットチョジクも何処かもどかしい気持ちになっていた。


「それで今すぐに出ても?」

「問題ない!」

「でしたら、これからあのスヴリーを打倒する策を教えます」


 今、防戦一方のクリスタルとアカボシはスヴリーの攻撃を躱し続け、砲撃班も全力でサポートしている。


「————です」


 ルオットチョジクの説明も一分ほどで終了する。


「了解した。つまりスヴリーは俺が倒すということだな?」

「そうです。非常に厳しいですが、頑張って下さい」


 バルは立ち上がって幼い手で呪剣を握る。


「……フッ」


 すると呪剣の魔力伝導率が最大レベルになっていると分かり、バルは微かに顔を緩めた。

長かったですが、90話には三章も終わります<(_ _)>

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