85話 下層の雷撃
ベルクハイルは的となる図体を補うための、防御と回復に卓越した能力がある。それを攻略せずに奴を殺すのは到底無理だろう。
しかしその回復の能力は、おそらく万能ではない。
先ず回復には氷がいる。
それもベルクハイルが生成する魔力を帯びた氷ではなく、自然発生した氷が必要なのだろう。そうでもなければ障害物の氷塊をわざわざ散りばめる理由も、食べて回復などの手間を惜しむ理由が考えられない。
また当然だが氷塊を食べている間は隙が生まれる。
初見の時は何が来るかの警戒で、食事をただ眺めていただけだが、片手で氷塊を掴む間はもう片方の氷斧だけを警戒すればいい。
ベルクハイルの体が青緑色に発光したことから魔法であることは間違いなく、その間に別の魔法を併用して使うことは巨人種の魔法適性からして不可能だと考えられる。
そもそも食事と戦闘を同時にこなすこと自体が至難の業であり、その間さらに攻撃を与えることができるかもしれない。
結局やることは変わらない。
ただ目の前のベルクハイルに、接近して攻撃を与えるだけだ。
「ムゥ、意思を持つ魔法道具に助けられたか……無傷とは驚いた」
「っ」
どうやらベルクハイルはあの岩石と氷斧で決めるつもりでいたらしい。
当然俺は無傷ではなく、今も横になりたいほどの苦痛を負っているが、一々教えるつもりもない。
俺はベルクハイルの間合いの外周を陸上競技場のトラックを走るようにして、巨人の背後を目指す。その間の氷風剣は魔力節約のため風刃だけを解除して氷剣にする。
「次は背中を狙う気か?グハハ、対巨人戦の常套手段だな」
ガチンコ勝負と言ったが正面は怖いのでもう立てない。
岩石のガトリングと氷斧の薙ぎ払いのコンボを避けきれる自信も正直ないのだ。それにベルクハイルに急所が無いので、正面に立つ必要性も少ない。
そんな無い無い尽くしだが、背後からなら一方的に嬲ることはできよう。
無論、ベルクハイルも俺の動きに合わせてゆっくりと身体を反転させる。
そんな二人の動きは児戯のように見えるが、これでも生死を賭けているので多少の醜態は許容できる。
「フッ、それくらいの対策は我輩にもあるわい——雪泥」
ベルクハイルが使った魔法は移動阻害であった。
彼を中心に俺の膝下の辺りの波が発生すると、この階層の半分の床が浸水することになる。
「重っ!」
これはただの波水ではない。氷属性による雪解けの水である。
ぬかるむ雪解け水には魔力を微量に含んでいる。
地面の水はシャーベット型のスライムのように膝にまとわりついて離れない。ここは氷塊や岩石の破片も隠れているので余計に走り辛い。
対してベルクハイルにその程度の浸水は無意味で、軽やかに俺との距離を縮める。
「グハハ、まるで羽を濡らした小鳥のようだ、ぞ!」
ベルクハイルはしたり顔で氷斧を斜めに振る。
俺は足を絡み取られているため上手く跳ぶことはできないが、真上に飛ぶことで何とか避ける。
「残念だが、俺に翼はない」
ベルクハイルの目線と同じ高さの空中で静止する。
俺は鳥と違い風属性魔法で身を包んで飛行しているので、飛翔動作の必要はなく飛びたいと思えば既に飛べている。
「フッ、これほどまでに捕まらんとは、天使以上に厄介、まるで羽虫だわい」
俺の飛行イメージが鳥類ではなく、ハエやトンボなどの昆虫を参考にしているため、ベルクハイルの指摘はあながち正しい。
「それは褒められているのか……チっ」
どうせならばと目隠し用に雪解け水を使おうと風で引っ張っていたのだが、地面に固く引っ付き剥がれてくれない。これではコスパも悪いため、早々に目隠しは断念する。
「まぁ、いっか……」
そもそも地面のぬかるみも飛行をしていれば影響はない。
さらに俺は飛行をすれば地の足よりも何倍も速い。ただ魔力の消費が著しくなるため、長距離走から短距離走へと切り替えることになる。
「氷風剣」
「羊群氷岩ッ!」
二人の魔法がほぼ同時に発動する。
飛行をすれば避ける方向が広がり、岩石くらいは容易に避けられる。
ベルクハイルを旋回して、背後を一気に目指す。
このまま行けば、次第に目が動きに慣れてベルクハイルの懐まで到達できるだろう。
「ム、仕方がない。二氷小斧」
しかし俺よりもベルクハイルの方が判断は早かった。
右手に持つ斧の長さが半分ほどに縮むと、もう片方の手から新たな小斧が生成される。どうやら小斧による二刀流らしい。
どうやら当たる見込みのない岩石よりは、理に適う選択である。
ベルクハイルの荒々しくも小気味好く振るう小斧は、タイミングが非常に合わせ難い。
「舐めるなっ!」
俺は小斧になったことから、今までの一撃必殺の恐怖は払拭されていた。
小斧のためリーチも減ったことで間合いも縮まり、不思議と当たらないと確信を持っていた。
ベルクハイルの二斧を、上に、右に、急下降に急上昇と何度も避け、ついに二度目の体へ到達した。
「切れろ!」
「ゥグ」
画用紙に筆を下すように、肩から下にバッサリと切り裂く。
傷は浅い。所詮はカッターナイフで体を切っている程度のものだ。
しかし今まで以上に傷は長く、今度はさらに返し刀で深く切り続ける。
それにはさすがのベルクハイルも一つの斧を手放し、手のひらで捕まえようと励む。
俺が捕まらないと分かるとーー。
「しつこい!氷爆ッ」
「くあっ!?」
ベルクハイルの全身から滝のような爆風と氷の礫から吹き荒れると、俺は無理矢理に外へ押し戻される。体には礫を何発か貰ってしまい、長居は禁物ということか。
また俺が離れた隙を狙って、ベルクハイルは大量の氷塊を片手に握れるだけ集める。
「氷食い」
「させん!」
せっかく与えたダメージを全て回復させて堪るかと、ベルクハイルが氷塊を口へ運ぶ瞬間に、手首に風爆大槍を当て幾つか落とさせる。
いくら巨人種でも、内部の臓器まで鍛えることは不可能だったのだろう。
傷を受けると直ぐに回復しようと努めるのは、内部破壊の対策だと分かる。
「フン!」
「はっ!」
氷斧を振ると、風爆大槍で進路を微小に逸らす。
俺とベルクハイルは猛獣同士の取っ組み合いのように、付かず離れずの距離のままお互い決定打を撃てずに牽制し合う状態である。
するとベルクハイルは二刀流を止め、一本だけの斧に専念する。
かなり傷を回復させられたが、それ以上の疲労を与えることに成功している。
「……実に厄介な飛行だ、縛式魔層雲ッ」
すると大きく空気を吸うと今度は吐き、白い水蒸気ではなく黒い煙を大量に吐いた。
煙は最下層の天井に留まると雲を作り、次第に雲が増殖して膨れ上がると、黒雲からは長い雲のロープを何十本と垂らす。
どうやらこの黒雲は、空中に対する移動阻害の魔法のようだ。
つくづく小さくてすばしこい敵の対策を持っているなと感心する。
「捕らえろ!」
ベルクハイルの指示によって、ロープが俺に殺到する。
黒雲全体は雲よりも粘土質に近いため、全てを魔法で吹き飛ばすことは難しい。これも地面の雪解け水と同じようだ。
さすがの俺も黒雲とベルクハイルの斧を前に、飛行を発動していても危機を感じてしまう。
「風球……あとお前も働け!」
雲のロープごときに魔力を節約したいので、風球と氷風剣、寛衣の触手蛇の一匹で対処する。
天井から接近するロープは両断、蛇は器用にロープを薙ぎ払ってくれる。
しかしこの雲は邪魔で仕方ない。油断すると、隙を窺うベルクハイルから強烈な一撃を貰うことになる。
「く、も?そうかそうか、雲か!」
しかし俺は、あることを思いつく。
黒雲が雲である以上、利用できるかもしれない。
これは賭けだが試してみる価値はあるとして、ベルクハイルに最も離れた雲の端に移動すると接触する。
雲である以上は氷の粒が存在している。
「ぬ?」
ベルクハイルは自分から雲に捕まりに行った俺に訝しむ顔をするが、ロープは俺を着々と雁字搦めで拘束していく。
動きの止まった俺に対して、ベルクハイルはこれ見よがしに氷塊を掴んで自身の傷を癒す。
どうやら俺に警戒をして、傷の手当を優先したのか。
俺もこの際ベルクハイルに体力を回復させ、魔力消費を優先させる。
「それに利息はもらうからな……雷風一体」
片腕を黒雲に入れて颶風一体の雷属性版を発動する。
この新たに覚えた雷属性魔法を使用することで、雲内の電荷操作もだいぶ速くなる。
ベルクハイルの魔力を俺の魔力で消滅させると俺の雲へと染め上げる。
やはり雲が既に出来ているというのが、有難かった。
魔雲はゴロゴロと音が鳴り、ミラージュレイヴンに落雷を落とした時よりも、短時間の数十秒で作ることに成功した。
「こ、これはまさか」
ベルクハイルが手を振って黒雲を解除しようと努めたが、すでに雲の支配下は俺に移行している。
それに目的の雷は、もう完成していた。
俺は勝利を確信したわけではないが決定打を前にして、つい悪役じみた表情になる。
「天雷っ!」
「ッ!?」
ダンジョンに閃光が鳴る。
その時既にベルクハイルの頭上に雷が落ちていた。
「あががあ゛あ゛がっががあっがァァァ!?!?」
直撃を受けたベルクハイルは口を大きく開けて、為す術もなく落雷を受け入れる。
これはただの落雷ではない。巨大な光の柱がベルクハイルを絶え間なく圧倒する。
撃った本人の俺ですら、前回よりも威力が上がって驚きを隠せない。
「ア……グ……ア、ァ」
黒雲が晴れて天雷が止むと、まさかこれで倒せたか? とつい思ってしまうほどあのベルクハイルが膝を着き、ぐったりと放心状態にいる。
電熱で氷の皮も剥がれ、身体からは焦げた臭いと火傷の跡が随所に見て分かる。
さらに感電によって身体が震えて不自由となっている。
つまり今が千載一遇のチャンスだ。
「颶風一体ッ、うおぉぉぉぉ!」
氷風剣よりも威力の高い颶風一体の太刀を使ってただ無心で斬り続ける。
氷斧を握れないように片方の指を切断して、最後に首を狙おうとするが。
「……氷爆」
「くっ」
ベルクハイルからは冷風が押し寄せたので、瞬時に離脱する。
それにこちらも駆け足すぎて、体力が持たなくなっていた。
「はあ、はあ……ふぅ」
地面に着地をすると、呼吸を整えながらベルクハイルの様子を確認する。
右指の二本は何とか切断して、氷の皮が薄くなった部分からは結構な量の血を流している。
おそらく内部の筋繊維や臓器も雷によって、ズタボロになっているはずだ。
「こ、これは……効ィたぞお……まさか、我輩の雲を奪うとはな……」
当然だ。
こちらも魔力を半分以上は消費したんだ。
もし氷塊を食べようとするならば、再び特攻を仕掛けるまでだ。
「雷が体を巡る、そんな貴重な体験をご所望ならもう一度雲を出してみることだな」
わざとらしく親指と人差し指の間にパチパチと電気を発生して見せ付ける。
今回は魔雲を作る手間がなかったため、魔力を温存できたのが幸運だった。
今の魔力では無論、雲を作ってもらわないともう一発は撃てない。
そもそもあと一発天雷を放てばそれで終いになるほど、だいぶ魔力は底を付いている。
なので本音を言うと、魔雲を出して欲しくないためのブラフだ。
「グハハ、風属性を応用した雷属性か……お主は存外知恵者のようだな」
「……いや、元いた世界の知識だ。俺が賢いわけではない」
「そうか……しかし、それでも驚いたわい」
ベルクハイルは興味深そうに頷くと、続けて驚く言葉を発した。
「まさかスヴリーと同じ属性を使えるとはな」
「え?」
氷の巨馬のスヴリーが氷属性以外の、それも上位属性である雷属性を使えるだと? だったらクリスタルでもやばい気がする。雷属性魔法は火属性より威力を備わり、風属性よりも速いとされる魔法だからだ。
そんな俺の困惑顔に釣られて、ベルクハイルは自慢そうに笑顔を見せる。
「グハハ、我輩の愛馬もお主と同じ、雷属性を持つモノだ。まあそんなことはどうでもよい、我らも再び死合おうぞ!」
ベルクハイルの体力は俺よりも削れているはずだが、毅然と立ち上がる。
さすが巨人だ。
タフネスなのは承知していたが、心臓や首を切断しない限り延々と戦っていそうである。
「そうだな。氷風剣」
不運なことにクリスタル達も一筋縄では行っていないらしい。
俺の使える技は全て披露した状態だが、もう少しだけベルクハイルの相手を粘る必要があると確認する。
「って、どうしようか……」




