84話 不屈の能力
「ミカは引き続き援護を、バルは顔、角、腹、腱など鱗の薄い箇所から削って下さい」
「クオン!」
「ハイッ!」
三人でスヴリーを囲み、支持を出したクリスタルは常にスヴリーと正面で対峙している。
準天災級のスヴリーの攻撃は多才ながら、身体はヴァドウルとまで言わなくても十分に硬いため、バルの斬撃やリンネルの弾丸をもってしても痛手にはなりえない。
むしろヴァドウルよりも俊敏なことを考えれば、どちらが厄介なのかは言うまでもない。
「ヴァル!」
スヴリーがバルに向けて氷塊を放つ。
「——《アクセス》」
しかし今度はクリスタルに寄って阻まれる。
その転移門は氷塊がギリギリダンジョンに入る、入らなくても、門の外枠にぶつかり弾かれる程度にサイズを調整されていた。
今までスヴリーが優勢だった状況とは違い、逆にスヴリーの魔法攻撃の多くは、クリスタルによって防がれる。
しかしクリスタルとてダンジョン内に、スヴリーが直接入ってしまわないように最大限の警戒心を払い、転移門を使った攻撃を自重している。
「ヴァ!」
次は魔法を同時併用しての足蹴と氷針をクリスタルへ放つが、魔法は双剣で捌くと蹴りに対しては腕を胸の前で組み無傷であることを見せつける。
「効きません、よ!」
スヴリーの首傷にローサを突き刺そうとするが、リーチに差があるため容易に避けられる。
スヴリーの直接攻撃は、クリスタルにとって骨にひびが入る程度である。
それくらい数十秒も経てば、元の形に修復されるのでどうってことはない。
お互い戦況が傾くほどの決定的な場面はなく、しばらく千日手の状態が続いていた。
しかしそれは、実にしばらくの間である。
「グウォォォ!!」
「……!?」
突如燃え盛る炎が現れ、その渦にスヴリーが包まれる。
その急襲を受けたスヴリーは、身体を振って暴れ回る。
スヴリーの属性は氷。
氷属性を持つ魔物は被ダメージに於て火属性が弱点である。
スヴリーは不意打ちの炎を受け、すぐに氷属性魔法で鎮火させたが、鱗の鎧には亀裂が入っていた。
「ふふ、アカボシの獲物はまだ残っておりますよ」
「ようやく来たか、アカボシ殿」
「クオン!」
クリスタルが、バルが、何度攻撃をしても深い傷を付けられなかった身体に、やすやすとダメージを与えた仲間を皆は待っていたのだ。
「グルゥゥ」
その黒い身体の大部分は血で汚れているが、微動もせず雄々しく立つ姿からは、抑えきれないほどの戦意を伺える。
クリスタルは今のアカボシに休めと言う方が無礼であると察する。
そもそもこの役者不在で、スヴリーの攻略は不可能ともいえた。
今までクリスタル達が守備に徹していたのも、アカボシの参戦を必要としたからである。
「ヴァルヴァルヴァル……」
砕けた鱗は氷を纏って補強する。
スヴリーの瞳には、やはり火属性を扱うヘルハウンドが最も脅威に映っていた。
しかしスヴリーにとっては厄介な敵がまだいる。
それは無論、攻撃が一切通用しないクリスタルである。
「ミカ、ご苦労様でした。あとは休んでいて下さい——《アクセス》」
「……クォン」
魔力、体力とも限界に近かったミカの役目は、アカボシの登場により終了した。
上級以上の戦火に巻き込まれないためにも、ミカは大人しくダンジョンへと帰還する。
それは追い込まれたスヴリーが発する殺気の重圧を、誰もがひしひしと感じていたからだ。
「アカボシ、バル、残りは一体、しかし最強の一体です。ルオットチョジクがおりますので、魔力が空になっても構いません。全力で行きましょう」
ルオットチョジクの立てた作戦も順調に向い。望んだ三対一の状況へと持っていくことができた。
防御のクリスタル、火属性を扱うアカボシ、巧妙に隙を狙うバルの三人が揃えば負ける心配はない。
「……ヴァル」
対して一人となったスヴリーは静かに急かさずに、不利的状況を打破すべく、一本の角に魔力を溜め始めた。
氷で駄目なら奥の手である別の属性を使うまで。
それは本来味方を、自分すらも巻き込み兼ねないため封印していた魔法を、ついに発動しようとしていた。
◇◆◇◆◇◆
氷塊の陰に隠れてドシドシと重い足音を立てて近づくベルクハイルを観察する。
今の俺の気分はさながら針で鬼を退治する小人である。
「氷風剣」
アッシュの小杖からは剣状に氷を伸ばし、さらに切れ味が増すように風を纏う。
杖が小さいため細い剣ではあるが、氷の密度は高くて意外と重い。これだけで魔剣として敵の肌を簡単に斬り裂きそうな程、常時剣身からは風を切る音を鳴らしている。
これが颶風一体以外で、最も攻撃力は高い魔法である。
「グハハハ!隠れるなんて小さき者しか出来ぬ芸当だの」
お前が大きすぎるんだよ。
まったく、あの巨人には隙があるのか。
大きく硬い身体というのはそれだけで脅威であり、一撃でも攻撃を食らうのは御免被りたい。
「……しかし当てないと、勝算は皆無だからな」
遠距離での魔法では火力が足りない。
だが傷を付けられるかどうかの問題は、同じ階級である以上さっさと片付けようか。
「ぬ?」
ベルクハイルの前方、俺が隠れている辺りにある数十の氷塊がガタガタと震える。
さすがに重い。
しかし一度浮かして見ると操作は容易く、これでベルクハイルの持つ氷斧では打ち返せないほどの球を手に入れた。
巨人と野球ではないが、目くらましにはなり得るだろう。
剣を持たない片方の腕を、シャベルで砂を掻き揚げるようにして、思いっきり振る。
「ふっとべ」
「そこかッ!」
俺はベルクハイルに向けて氷塊を投げつける。
しかしベルクハイルにとっての小石の氷にわざわざ防御態勢を取らない。むしろ俺を見つける手間を省けて顔は笑っている。
「破裂」
すると数十の氷塊がベルクハイルの顔元で爆発する。
「ぬ!?小癪なッ」
そのバラバラになった氷塊は吹雪のホワイトアウトのようにベルクハイルの視界を一時的に奪う。
その作った隙に、俺はベルクハイルの氷斧の間合いに侵入する。
一度内側へと入ってしまえば危険度は減る。
大きな腹を狙って飛び上がり、その跳躍の勢いはそのまま離脱も出来るようにと全力を乗せていた。
「ハァァ!」
「ゥグッ」
一瞬の跳躍で絶壁の身体まで接近すると、半回転をしながらベルクハイルの硬い腹に氷風剣を斬りつける。
この剣の大きさでは皮と筋肉の一部までしか入れられない。
だが俺はベルクハイルの腹を斜めに裂くことができた。
「はっ」
一撃離脱。
巨体にへばり付く案もあったが、まだ見ぬ魔法のリスクを考えて、離脱を優先した。
一瞬でベルクハイルの間合いから抜け出すと、再び対峙し合う。
「はぁ、はぁ」
緊張から呼吸が乱れる。
ベルクハイルは腹に出来た浅い傷を撫でると、感慨深い顔で呟く。
「我輩を斬るだけの力はあるようだな……」
ベルクハイルは手に付着した血を舐める。
俺は確かにベルクハイルへ攻撃を加えた。
この攻撃を繰り返せば、勝算はあることを発見できた。
しかしベルクハイルの余裕の表情を見ると、俺の方が精神的に追い詰められている気でならない。
「ふぅ、随分と余裕そうだな」
「グハハ、巨人だからな、昔はよく的にされてたわい……氷食い」
するとベルクハイルの身体が青緑色に輝き始め、足元にある氷塊を握ると口の中へと運び、ボリボリと食べ始める。
氷の巨人が氷を食べて一体何をしている? しかし何か魔法を使った気配だけはあったので、いつでも防御できるように警戒をする。
「ンモグ、我ら巨人種は魔力総量も少なく、巨大な身体は格好の的となることが多かった。その弱点を克服するための技も、無論磨いてきた」
「……」
氷を食べながら、子供に昔話でも聞かせるように、ゆっくりと語り始める。
「一つは防御能力を高めるため己の身体に鎧を纏ったこと」
それは氷の皮のことを言っているのだろう。
あれが邪魔をして、ベルクハイルの肉を上手く裂くことができなかった。
しかし次の発言が、氷の皮以上に厄介な物だと知る。
「もう一つは、何度傷を受けてもいいように、超回復手段を見つけたことだ」
「な!?」
「ン、ン、グッ!ハハハハー」
ベルクハイルの裂けた腹が、まるで傷が受けていなかったように、元通りに回復する。
「自己治癒能力か……反則だろ」
光属性でもないのに、回復魔法を使えるとはさすがだな。それはトロルの種族特性に近い魔法なのか。
ただでさえ硬い身体で、命懸けの接近で与えたダメージも氷を食べると綺麗に回復する。
俺にとっての陰となる氷塊が、この階層に散らばっていたのもこれで納得する。
そうなればもう、俺の打てる手は一つしか思い当たらない。
「フッ、天災級以上の魔物なら、他を圧倒する能力の一つや二つ、持っておるはずだ」
そう言って空の左手で、照準を定めるように開いた手を向ける。
傷を受けて、ようやくベルクハイルのエンジンが掛かったのか、出し惜しみをしない様子が見て分かる。
ここからは力の出し合い、技の見せ合い、身体の削り合いと戦いのペースがぐっと早まるのだと、考えずにはいられない。
「グハハ、お主はどんな隠し技を持っておる?——羊群氷岩」
ダダダッと左手からは岩石が降る。
それはリンネルの出す岩弾の、氷バージョンである。
しかし数が一つではなく、連続した岩弾の嵐だった。
「まだまだまだァ!!」
憎いことに腕は当然二つある。
右手の氷斧も同時に振ることで、更地を作る勢いで身体の上を通過する。
「ちっ!風爆ッ!!遠距離魔法も使うんかい!」
「なあに、圧倒的殲滅力こそ我ら巨人種の誉れ。中途半端でなければ誰も咎めんよ」
岩石は風爆で容易に反らせるも、氷斧はそうはいかない。
今度は俺のやった奇襲の意趣返しをされる。
「甘いッ!」
「ーーッ!?」
岩石で視界が狭まった隙に、斧の切っ先ではく面の部分が地面すれすれの横から、避けられない位置にまで迫っていた。
これは無理だ、当たる。耐えてくれよ金蛇。
斧が振れる瞬間、俺の反射に呼応して自動でローブから生えた二匹の大蛇を、クッション代わりで身体に巻き付ける。
さらに風の盾である不可視の鎧を最大限に発動して、力が分散するように球体をイメージする。
「フンッ!」
ベルクハイルの氷斧に打たれた俺は、天地がひっくり返ったと錯覚するほどの衝撃を受け、氷の壁へと激突する。
「ぐッ、がッ……」
激突した衝撃は凄まじく、手足が麻痺して無様に地面へ放り出される。
面の攻撃でもこれだ。切っ先で直接受けていたら、手足の一つは使い物に無くなっていた。
「骨は……大丈夫そうだな。ローブはもってあと一回か」
だいぶ階層の端まで飛ばされたため、ベルクハイルが近づくまでに体の感覚は戻ってくれているだろう。
しかしローブの方は、自己修復機能があるとはいえ、蛇の一体は観音開きとなり耐久値を超えていた。
魔法道具は生き物ではないため心配こそしていないが、完全にローブの中に引っ込んで、しばらくは出てくれないだろう。
俺は打撲傷と身体の痺れに耐えながら、ゆっくりとベルクハイルの元へと歩き、今までの戦闘を分析する。
「硬い体で遠距離せこせこ攻撃も無理、自己治癒能力で速度を活かした一撃離脱戦法も無理。だったらもう、やることは限られてしまったな……」
氷を食べさせない。または回復する以上のダメージを与え続ける。
常時接近戦を仕掛け、魔力切れを先に起こさせる。
ベルクハイルの魔力総量は、俺よりも少ないことは見た感じ分かるのが救いであった。
「ガチンコ勝負を始めよう」
クリスタルが来るまでにベルクハイルの体力を大分削っておかないと主の面目が立たないので、何とか雷属性魔法の手段を練ることにする。




