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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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83話 道具の差

 獄炎の魔大狼(ヘルハウンド)のアカボシとベルクハイルの矛、氷人狼フリストガルー

 この階級も位階も同じとする両者の対決が、最も闘技場の面積を占領していた。


氷爪クロウッ、冷咆哮ブラストッ、疾風蹴ガストッ、オラオラオラァ!舐めてんのかァ!」

「グウッ!」


 しかし戦況はフリストガルーの優勢に傾き、今もフリストガルーの猛攻によって、アカボシの皮膚がまた一つ抉られる。

 既に滴り落ちた血の量は、人間ならばとっくに致死量を越えていただろう。

 アカボシは急所こそ避けていたが、その身体には無数の傷が残り、対してフリストガルーの白い身体には血の汚れ一つだってない。


「ヘルハウンドォ、俺様はお前との死闘を楽しみにしてたんだぜェ?それがこんなもんとは……呆れたぜ」


 フリストガルーは攻撃を止め、アカボシとの対話を始める。

 その顔には失望と侮蔑の意味が明確に貼られていた。

 同じ階級の魔物でも、ここまで一方的な戦闘にはならない。 

 それでもフリストガルーがアカボシとの勝負を優勢に進められたのには理由があった。


「何故魔法を使わねェ?何か強力な種族特性でも隠しているのかァ?違うような、俺たち魔犬の特性は決まって戦闘後に発揮される奴だ」

「……」


 その問いに、アカボシは沈黙で答える。

 アカボシは戦闘が始まって以来、フリストガルーに対して一度も魔法を行使していなかった。

 フリストガルーの氷も、アカボシの炎を持ってすれば、今も接戦となっていただろう。


「チッ、いいぜいいぜ、だったらもう、終いにしようや………氷狼王の大顎(フェンリズ・ナトゥス)


 フリストガルーの両手が鉤爪と化す。

 その刃は触れた物を、瞬時に凍らすほどの一撃必殺の能力が秘めていた。

 アカボシは砂粒のように凍った空気がパラパラと落ちる現象を見て、その魔法の危険度を確認する。

 またバルとクリスタルがスヴリーと交戦している様子をちらっと確認する。


 時間も掛けた、種も仕込んだ、だったらそろそろいいかと長い沈黙を破ろうか。

 策謀を巡らすのは、本人としても不本意で仕方がなかった。


「グロン、グルグゥ」

「おお!……ん?」


 済まなかったとアカボシが謝ると、いよいよ決着を付けるために首輪の魔法道具が点滅する。

 ついに魔力を消費したアカボシに、フリストガルーも気色を浮かべる。

 しかしそれはフリストガルーが期待していた火属性魔法ではなかった。


「闇属性、かァ?」


 アカボシの周辺から渦を巻く黒い煙が発生する。

 周囲を見渡すとアカボシが落とした血液も黒煙へと代わり、中心にいる二人を取り囲むように煙は広がり始める。

 この魔法の行使には時間と代償がいる。

 しかしアカボシの脳裏にはある声が囁く。


『良いですか、アカボシさん。これは私闘ではなく戦争です。セカイさん達が勝利を得るために、本人の意思よりも全体への貢献が求められます』


 それはアカボシとフリストガルーが戦闘をする前提に立てられた作戦会議のこと。

 ルオットチョジクが恐る恐るもアカボシへ助言ではなく、指図をしたのだ。


『フリストガルーの能力は攻撃特化型の当たればスヴリーですら負ける可能性のある強力な魔法があります。しかし反して性格は、戦闘狂い、短気、浅慮、横暴、単純と非常に罠に嵌りやすいタイプでもあります。ですのでアカボシさんには先ず——』


 ルオットチョジクの指示に従い、魔法での反撃もせず、自身の血で円を描くように周囲へまき散らした。

 そうすればフリストガルーは苛立ちから集中力が散漫し、気づかない内に自ら断頭台へ上がっているとルオットチョジクは述べていた。


『そしてようやく使った魔法に対してフリストガルーも撤退や妨害をしようとはせず、迎え撃とうとするはずです』


 それは相手の性格を逆手に取った策であり、アカボシからすれば自分の戦闘に口を挟まれ、あまりいい気持ちではない。

 しかし準天災級のスヴリーを殲滅する目的から、アカボシ自身の戦闘も速く確実な勝利を求められていた。

 他にも同僚が、友人が、戦功を積み重ねている中、クリスタルを除く眷属の中では現在最も強い自分が眷属のお手本とならなければと、明確な想いがあった。

 それが我の強いアカボシがルオットチョジクの案を引き受けた最大の理由である。


「グウォン!!」


 黒煙が二人を完全に包み込むとアカボシの闇属性魔法が完成した。

 魔力以上に、使用者の血を欲する。その魔法名は血戦蠱毒。

 アカボシの適性を診たホラントによって教わった、闇属性魔法の二つの内の一つである。


「ほう、何も見えねェな……こいつはカリアッハが使う結界みてェなもんか」


 アカボシの使用した魔法は、空間内にいる生物の視力を奪う至って単純な魔法である。

 しかし一度魔法が完成すると、結界解除の方法が全生物に伝えられ、結界内にいる生物の魂を一つ犠牲に捧げない限り出ることのできない闇の決闘魔法である。

 いくら闇属性を持つアカボシですら、公平に視界不慮へ陥ってしまう。


「つまりは俺達の嗅覚コレを頼りに闘えってか?」

「グオン」

「……面白ェ!」


 特殊な暗闇の中、ついに雌雄を決する場面へと両者は向かい合う。

 視覚が失った以上、次に魔犬の両者が攻撃に使える感覚とは嗅覚である。

 しかし今まで失った体力を考慮すると、アカボシにとっては短期決戦が望ましい。


「……」


 早々に決着を付けたいアカボシは、闇に紛れて音を殺し、移動しながら隙を伺う。

 アカボシとて、氷の鉤爪を警戒せずには入られない。


「グオ!」

「視えてんだよォ!」


 試しに口から人を飲み込むほどの大火球を放つが、振られた鉤爪に当たると瞬間に火球が氷球となり、重さを持って地へと落ちる。

 やはりあれは恐ろしい。

 直接攻撃を与えない限り勝機はないと、不確かな感覚を持って正確に状況を推移する。

 フリストガルーの命を狩るために、その周囲を高速に走る。

 この速度に音を殺す必要はない、音を置き去りにすればいいからだ。


「今度は何が来るんだァ」


 対してフリストガルーにとってようやく始まった死闘を、受け手に回る。

 それはルオットチョジクが分析する、フリストガルーの性格が、浅慮で戦闘狂いな部分が出た結果なのだろう。


 しかし全てを凍らす自身の最大魔法に、並々ならぬ自負もあった。

 当てれば勝つ、だからこそ敵の最大魔法を迎え撃つことで、己の魔法を比類無き魔法と敵に認めさせることが、最大の勝利といえるのだ。


「……来い」


 前後左右さらに上方、とフリストガルーを撹乱する速度をもって走り続けたアカボシも、ついに生死を分ける行動に出る。


「グウォン!」


 フリストガルーは目が見えずとも、空気を燃やす音が、肌に触れる熱気が、アカボシが最大魔法を発揮したことを知る。

 アカボシは身体に炎を纏い、加速を乗せた身体でフリストガルーへと飛び込む。

 それはフリストガルーから見て前方。

 面白い、とフリストガルーは呟き氷の鉤爪と炎の流星が激突した。


「グウ!」

「グ、グ、ラァ!」


 それは一瞬の決着であった。

 首を狙って振られた炎の爪を、迎え撃とうと氷の鉤爪でぶつける。

 アカボシの身体をも燃やす炎は、例え鉤爪に触れても凍るまでには至らなかった。

 フリストガルーが最強と自負していた最大魔法も、火属性の最大魔法の前では効果は薄い。

 アカボシの爪が首から逸れ、フリストガルーの右腕を切り裂いた。


「さすがだなァ……」


 求めていた凍らない攻撃にフリストガルーは笑った。

 腕は飛び、魔法も破れ、これ以上ない敗北感と充実感がフリストガルーの心に潤いを与えた。

 しかし腕はもう一本ある。

 二刀一対、大顎とは上下の力をもって獲物を食い殺すものである。


「だが勝つの俺様だァ!!」

「グッ!?」


 交差を終えた瞬間の、がら空きとなった背に、左腕の鉤爪がアカボシの背を真っ直ぐに貫いた。

 視覚はない、嗅覚を使っている余裕もない。ただの歴戦の経験と勘だけで、アカボシの背を見つけて捉えることができた。


「グゥ……グゥ……」

「ハァ、ハァ……」


 体内を貫かれたアカボシは、内部から体を凍らされ、やがて外部の炎までも鎮火されると巨大な氷塊へと成り果てていった。


 それを見て、フリストガルーは静かに呼吸を整える。

 右腕は無くなり、左腕は腕を飛ばした張本人の氷塊が突き刺さったままである。

 制御する余裕すらなかったと、たった今終息した戦闘を振り返る。


「ァン?」


 しかしフリストガルーは気づく。

 アカボシが発動した血戦蠱毒が、未だ解除されていないことを。 

 左腕に刺したアカボシは確かに殺したはずである。であればこの状況は一体どういうことだと不審を覚える。


 ボワン。

 とフリストガルーは再度、空気を燃やす音が、肌に触れる熱気が、アカボシが最大魔法を使用したことを知る。


「ッ!?」


 ありえないとフリストガルーは頭を振る。

 しかしそれが事実とすれば——。


「グウォン!!」

「クッ!?」


 今度は左腕が見事に切断され、さらに首にも鋭い一撃を与えられていた。

 これで勝敗は決した。 

 フリストガルーの負けである。


「一体、これは……どういうことだァ?」


 腕は無くなり、首からも大量の血を流して倒れたフリストガルーは、アカボシに解答を尋ねる。

 本来その気のアカボシならば、首をも切断できていたはずだと、戦ったフリストガルーには分かっていた。

 きっと尋ねれば、冥途の土産に種を教えてくれるはずだと確信していた。


「グゥ、グーグン」

「偽物?なんだアレは影だってのかァ……」


 ホラントから教わった闇属性は二つ。

 一つは血戦蠱毒、もう一つが暗影分身。

 その魔法は影分身といっても、光を浴びれば霧散し、影として実体に戻る。影を必要としない闇の中だからこそ使用できる魔法である。

 故に血戦蠱毒、新月の夜、光の届かない洞窟と、真の闇の中しか使用する機会はなく、敵がもし光属性が扱えれば無意味な魔法でもある。

 しかし発動できれば強力で、魔力総量の半分を消費するが、能力は本体と全くの同じな、血戦蠱毒と連続して使用される最強の闇属性魔法であった。


「フン、あの鹿女めェ……」


 アカボシはフリストガルーに全ての事情を説明した。

 この状況までもが、ルオットチョジクによる策謀で、最初から死闘ではなかったことを。

 せめてもの情けで、優れた方が勝ったわけではないと、アカボシとて懺悔の意味はあった。


「ヘルハウンド、俺様を馬鹿にするなァ……勝った方が強い。勝者の慰めなんて、敗者には無用だァ!」

「……グォ」


 済まなかったと、これが死に逝くフリストガルーへ送った最後の言葉である。


「ベルクハイル様……アンタの願い、一つ叶えて……待っている、ぜェ……」


 そして血戦蠱毒は解除された。

 アカボシは首輪の魔法道具の効力を失わせると、次なる闘いの舞台へと意識を移す。



 アカボシとフリストガルー。

 階級位階を同じとする両者に於いて、アカボシが勝つとされる理由が二つあった。

 一つ目は、ルオットチョジクの分析によるフリストガルーの行動予測。

 二つ目は、神意か天然かのダンジョンマスターの違いであった。

 フリストガルーの与する天然ダンジョンのマスターは、ダンジョンを作る能力は有っても魔物召喚、魔法道具作製の能力は無い。


 まさに今回の戦闘で大きく活躍をしていたのが、セカイがアカボシへと贈った魔法道具であった。

 その能力は魔力消費量を抑え、魔法の精度を上げる。影分身のアカボシが、フリストガルーの右腕に競り勝てたのも、実は魔法道具の差であった。


 魔物は魔法道具も身体の一部と認識するため遺恨はない。

 ただダンジョンの違いこそがダンジョン戦の要になる。

 そのことをアカボシは、勝利によって強く認識するのである。


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