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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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82話 最硬の勝負

 アカボシがフリストガルーと、クリスタルがヴァドウルと苛烈な戦闘を行われている。

 準天災級の氷の巨馬(スヴァジルファリ)スヴリーの相手をするのは、上級下位の悪魔、夜鬼ナイトゴーントのバルセィームと、中級上位の白妖狼(ホワイトウルフ)のミカの二人。

 その力の差は誰が見ても、バル達が役者不足なのは明白である。


「ヴァル!」

「グホッ……」


 実際に今も、バルはスヴリーによって一方的に嬲られている。

 スヴリーが氷属性魔法の氷杭を放てば呪剣で撃退か回避をするバルだが、スヴリーの攻撃はそれだけでは終わらない。

 その巨躯を持ってしての、高速の突進に蹴とばし等の体術も扱う。

 バルにとっては魔法の威力だけでも脅威な物を、さらに体術まで裁かなければならなかった。

 既にスヴリーからの攻撃を二度も貰い、吐血し、身体の影は蒸発するように少しずつ容量を減らしていた。

 そんなバルが戦闘を維持できているのは、スヴリーが馬型のため背後に回りやすかったことと、


「クウォン!」


 ミカの助勢があってのことである。

 ミカの役割はスヴリーへの戦闘を一切禁じられ、バルの補佐としてスヴリーの撹乱、注意を引くことである。

 時に口から水球を放ってスヴリーの視界を妨げ、こちらに敵意が向けば真っ先に逃げるなど、姑息な役柄ながらも多大な活躍をしていた。


「さすがは元天災級……」


 バルは重い身体を何とか働かせて走る。一ヵ所に止まっていてはスヴリーの良い標的になるからだ。

 しかしスヴリーがこちらの敵愾心を失わないように、狙われやすいギリギリの線を保ち続ける。

 バルが攻勢をかければ勝敗は一瞬で決着する。

 バルの呪剣では余程の事も無ければ、スヴリーの身体に深い傷を負わせられない。

 それは初めにスヴリーのセカイへの奇襲を逸らした時に、既に察知できた事実である。


「ヴァルヴ!」


 スヴリーがバルの足元に氷針を発生させようと、地面に魔力を送る。


「だが俺も、こんな所で死ぬ気はないッ!」


 それをバルが魔法完成の瞬間を見計らい、身体を投げ出すことでギリギリ回避する。

 次にスヴリーが鋭く尖った長い角で、バルの心臓を狙い突貫する。


「スゥーハッ!」


 しかし今度はバルの方から体を引くのではなく前進することで、スヴリーの軌道を見事に避け、さらにカウンターとして首元を呪剣で切ることに成功した。

 その斬撃は浅いが傷を与えたことになり、首元からは血の雫がすぅーと流れ出る。


「……?」

「慣れと勘だ、ペッ」


 バルはようやく入れた攻撃で不敵に笑うと、口内に溜まった血を氷の地へと吐く。

 本当は種族特性である肉体改造によって一時的に瞬発力を上げたことを、戦いの駆け引きとして黙っておく。

 時間稼ぎとしてネタばらしもいいが、武人としての性格を優先させたのだ。


 それにバルの脳裏には、同じ遠征組の少女達がいた。

 一人は部下を使っての格上を撃破、もう一人は単独で上級を退治して見せた。

 ダンジョン戦において立派な活躍をした二人に、自分も負けられないと強い想いがあった。

 女子供が結果を残すなか、大の男がのうのうと生きていられるほど、面の皮が厚くもなかった。


「あいつらだけに、恰好の良い役を回されるのは、俺が許せん!」


 その身体は強風が吹けば倒れそうな朽木をしているが、精神だけは深く根を下ろした大樹であった。


「……」


 スヴリーもバルの覇気に気圧され、その黒い瞳をじっくりと眺める。

 結果、スヴリーはバルを強敵と定め、自身の持つ技の危険性を恐れずに、全霊を持って直ちにバルを排除することに決めた。


「ヴルルルゥ」


 するとスヴリーの氷の鱗には青みが増し、黄色の角は黄金のように輝き、毛は逆立ち、空気が震え始める。


「こ、これは……」


 バルも何かヤバい物が来ると呪剣を強く握り、最大の警戒心を持って動きに注視する。



「良くやりました、バルセィーム。————《アクセス》」



 バンッと、スヴリーの顔面に岩石が炸裂する。


「ヴァ!?」


 スヴリーの魔法は、突如来た加勢によって失敗へ終わった。


「クリスタル様ッ!?」


 バルはクリスタルの登場の早さに目を見張る。

 バルの体内時計ではまだ戦闘が始まって五分程しか経過していないからだ。


「バル、まだ動けますよね?やられた分は、きっちりとお返しを差し上げましょう」

「はい!」

「私達の主を足蹴にしようとしたのです。必ずやあの駄馬を死で償いさせますす」

「は、はい……」


 そっちかよ、とバルの心境には若干の無念もあったが、主であるセカイにスヴリーが無礼を働いたのは事実であり、静かに怒るクリスタルを目にして、バルの疲労は消えていた。

 賭けは成功し、準天災級のスヴリーの舞台へクリスタルが上ることになった。



◇◆◇◆


 クリスタルがヴァドウルと戦闘を始める前に、時間は少し遡る。


「我ノ相手ハ貴様カ。スヴリー様ノ攻撃ヲ生身デ受ケ止メルトハ、随分ト頑丈ノヨウダナ」


 互いの距離は数十メートル。

 ヴァドウルの両手には氷の鉈を持ち、二刀流の構えを取る。それはクリスタルと似た武器だが、この空間では最も大きなヴァドウルが持つ鉈だけあって大剣のようである。


「申し訳ありませんが、お話している余裕も私にはありませんので……」 


 クリスタルにとって魔法道具でもない氷の武器に、警戒をする必要はない。

 これは時間との戦い。

 如何に敵を倒すかではなく、如何に敵を早く仕留めるかが、最重要の課題であった。


「————《アクセス》。早々に終わらせて頂きます」


 クリスタルの転移門からは、リンネルの最大限の威力による高速の弾丸が放たれ、ヴァドウルの大きな腹部へ一直線に吸い込まれ、直撃の結果として甲高い音を鳴らした。


「我モ甘ク見ラレタ物ダ」


 しかしヴァドウルの身体には傷は疎か、直撃した跡だってない。

 さらに雪大将猿の時と違って痛がる様子すら見せていない。敵幹部の中で、防御力の順位を決めるのならば、ヴァドウルが一番だとクリスタルは理解した。


「ベルクハイルの盾、と言われるだけはあるようですね、だったら」


 とクリスタルはヴァドウルの元へと走り出す。

 砲撃班の中で、最も威力の高い攻撃はリンネルである。

 そのリンネルの岩弾を持ってしても、傷を付けられなかった以上、威力を高めるためには距離を縮めるか、直接双剣で氷壁を削り取ればいい、そして剣で駄目なら自身の体を矛にしようとクリスタルは考える。

 生憎と硬い体はヴァドウルだけではない。


「我ハ不滅!」

「リリウム、全力ですよ!————《アクセス》」


 両者の攻撃が、それぞれの無防備の身体へと向かう。

 ヴァドウルの巨鉈がクリスタルの前頭部へ、リリウムの風刃とリンネルの鋭く尖った岩の銛が、ヴァドウルの大腿部へと攻撃が入り、クリスタルだけが地面へ大きく飛ばされる。

 常人が見れば両者の防御無視の攻撃は、自殺志願者か酔った馬鹿者の強行である。


「ムゥ、我ノ攻撃ヲ受ケテモ立チ上ガルカ」

「……ジョンですからね、これくらい何とも有りませんよ」


 しかし無防備で鉈を受けたクリスタルの頭部は僅かに凹み、ダンジョンの自動修復機能が無ければ、せっかくの美人も台無しであっただろう。

 そんなクリスタルが特攻の成果を見ると、修復された顔で佳麗に笑う。


「それにほら、傷を受けたのは私だけではないようですね」

「……ソレガドウシタ」


 ヴァドウルの大腿部には、2cmほどの小さな傷跡が残っていた。

 ヴァドウルからすれば五メートルほどの巨体に出来た浅い傷など、あってないような物で戦闘に支障はない。

 そうであるのにクリスタルが笑ったのは、これで勝利するための条件が整ったからだ。


「ローサ、次は貴女の出番です……それとこれは置いていった方が宜しいですね」


 先程受けた攻撃が前頭部で良かったと、クリスタルの心の内では強くほっとしていた。

 それは命の次にクリスタルが守るべき大切なモノ。

 後ろ髪を飾っていたバレッタを外すと白藍色の髪がはらりと広がる。

 クリスタルはバレッタをダンジョンの中へ仕舞う。


「クドイ!」


 ヴァドウルは再び特攻を開始したクリスタルを迎撃しようと、二刀の巨鉈を左右同時に振る。

 しかしそれがクリスタルの罠だとまんまと気づいていなかった。


「《ダブル・アクセス》」

「ムッ!?」


 ここでクリスタルは、第二転移門の行使を決意する。

 新たに召喚した二つの転移門で、ヴァドウルの両腕だけがダンジョンの中へ吸い込ませる。

 転移門は空間に固定されているため、見事に嵌った腕は上下に振っても外れはしない。クリスタルは一時的にヴァドウルの腕を拘束することに成功したのだ。

 さらに悪賢いことに、クリスタルは転移門の大きさを徐々に狭め、その隙に滑り込む形でヴァドウルの大腿部まで到着する。


「ローサ、血鞭!」


 急いでクリスタルがヴァドウルの傷にローサの剣先を刺すと、ローサの柄からは血の鞭が発射され、クリスタルとヴァドウルの足をぐるぐると巻き始める。

 これで二人は生半可な衝撃では離れることはなくなった。


 ドレインの条件には、手で触れる、体温を同調させる、接吻するなど使用者によって方法が異なる。リビングウェポンのローサの場合は、対象者の身体へ直接刃を突き刺すことだった。

 リリウムの作った傷を無駄にはしない。ローサによる全力のドレインが始まった。


生命力吸収(エナジードレイン)ッ!!」

「何ッ!?」


 二人の身体を固定させたローサは、ヴァドウルから生命力を奪い始める。

 エナジードレインとはアンデッドのみが使用可能の種族特性に近い闇属性魔法である。

 それも吸収とは名ばかりの、他者の生命力を徒に奪い取るだけの凶悪な魔法。


「小癪ナァァ!!」


 ヴァドウルは急いで身体を後退させ、鉈をダンジョンの中で手放すことで、すぐに転移門の拘束を解く。

 クリスタルを、正確にはドレインを続けるローサを引き離そうと、懸命にクリスタルの身体を何度も強打する。


「離セ、離セ、離セェェ!我ハ不滅ナノダァァァ!」


 十、二十とクリスタルの顔を、背を両の拳で殴り続けるが、クリスタルは頑なにローサを握る手だけは離さない。


「コレデ、終ワリダァァ!」

「くっ!」


 しかしそれは時間の問題であった。

 ヴァドウルの硬く大きな拳で殴られ続けたローサの血鞭は次第に綻び、ヴァドウルの渾身の一撃によって、クリスタル諸共吹き飛ばされた。


「ええ、これで終わりです————《アクセス》」


 しかし、クリスタルの顔は勝ち誇っていた。

 殴打を受けている最中は、転移門を再度召喚する余裕はなかったが、離された今は穏やかな様子で転移門を召喚する。


「おやりなさいリンネルッ!」


 ドン!


「ッ…………ア?」


 リンネルの岩弾が、今度こそヴァドウルの胸に大きな穴を空けた。

 既にヴァドウルの生命力が底を尽き始め、自慢の防御力も大幅に低下していたからだ。


「我ハヴァドウル……ベルク、ハイル様ノ……忠実ナ部下……テ、ソ、盾デア……」


 ヴァドウルは擦れた声でゆっくりと地面へ倒れた。


「ローサ、失った魔力は彼から吸収してください」


 クリスタルは戦闘に最低限の礼は尽くすが、矜持や悦楽などは存在しない。

 既に息絶え始めているヴァドウルを、消耗品であるかのように魔力回復の道具と見る。

 するとヴァドウルは魔力も生命力を完全に底を着いて瓦解して滅びる。


「さて、バルの方へ助けに行きましょう」


 戦闘が始まって六分弱、その頃はまだセカイがベルクハイルと会話をしていた時間帯である。

 ローサのドレインが完了する頃には、クリスタルの傷ついた身体は綺麗さっぱり修復をされていた。


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