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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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81話 賭け

 第四階層への通路を塞ぐために、メアとアンデッド三人組、下級アンデッド四〇〇体ほどが狭い空間の中で押し合いへしあいの奮闘を始める。

 アカリヤが負傷から下級スピリットへと能力低下中だが、今回の敵はカリアッハ不在でアンデッド化可能のため、戦線はしばらく持ちこたえられるだろう。


「行こうか、主賓が遅刻してしまっては主催者に申し訳が立たん」

「そうですね、ただパーティーにしては少々物騒ですけど」


 うん、クリスタルの生声は心地いい。

 クリスタルに負傷や疲労の様子はなく、衣服が少々汚れている程度で戦闘に支障はでない。

 双剣の方も、ローサが敵からドレインした魔力をリリウムに渡すことで魔力は万全な状態である。


 第一、第二、第三階層はクリスタルの多大な貢献もあって半日も経たずに突破できた。

 今は第四階層の闘技場と呼ばれている階層を目指して長い階段を下る。 

 ここは氷で作られた折り返し階段ではあるが、階層と階層を繋いでいるためか薄暗い視界の中、既に二度は折り返しているほど長い階段だ。

 また幹部以外の立ち入りを禁止となっているためか、意匠を凝らした豪勢な階段で、中間地点に飾られている氷の彫刻が今にも動き出さないかと思い神経を尖らせてしまう。

 そんな長かった階段を下りた先には、コロッセオのような円形闘技場が広がっていた。

 ルオットチョジクの予想通り、ここには上級眷属しかおらず、三体が中央で佇んでいた。

 よかった、これで遊撃班をメアの方へと回せられる。



「ヨウコソ、ダンジョンマスタート、ソノ眷属ヨ」


 あれがヴァドウルだろうか?

 氷のブロックを人型に組み立てたゴーレムのような魔物であり、丁寧にも挨拶をしてくれた。


「ヘルハウンドよォ、俺様と闘え、逃げんじゃねぇぞ?」

「グルゥゥ」


 アカボシと向かい合うのは、氷狼人(フリストガルー)で間違いないな。

 アカボシが直立でもしたかの巨軀に白毛、氷属性魔法と色々似て非なる両者である。


「……」

「あれがスヴリーか……見事だな」


 バルがスヴリーを見て戦意を高揚する。

 スヴリーは馬と言っても伝説に登場する麒麟だ。アカボシよりも一回りは大きく、氷で出来た竜のような鱗を持ち、頭には黄色の長角を一本持つ。

 こんな奴が上級でのさばっていられるのが不思議でならないほど美しく荘厳な魔物である。

 その終始無言のスヴリーが、俺だけを睨み付け、まるで他の眷属など意に介していない余裕ぶりだ。


「俺はベルクハイルと闘いに来た。俺だけはこの先に通してくれないか?」

「元ヨリ我等モ、ソノツモリダ。ベルクハイル様ガ待ッテオラレル、直グニ行クガ良イ」

「おう、ありがとな」


 ヴァドウルの指す方向は、コロッセオで言う対戦者の入場門だった。

 まるで第四階層の出口が、魔王ベルクハイルへの入口に見えて、粋な演出に思えてならない。


「フローラ、メアの護衛をお願いします」

「お任せ下さい、メアちゃんには傷一つだって付けさせません!」


 俺が話している間にクリスタルも遊撃班の二人を召喚して、フローラにはホワイトウルフではなく連絡用のレムルースの烏をダンジョンから二羽を引き連れて、来た道を戻って行かせた。

 これで第四階層に幹部の魔物しかおらず、遊撃班にも余裕があり、バルが同意した場合の作戦を決行しようとする。


「本当にやるのですか?」

「心配はいりません。スヴリーの相手は俺に任せて下さい!」


 バルが己の胸を強く叩いて、自信の表れを見せつける。

 俺とベルクハイルの決戦にクリスタル達がいち早く駆けつけるには、拮抗している上級同士の争いも、出来る限り早く決着を付けなければいけない。

 本来の戦力では、クリスタルがスヴリーの相手をするのだが、ルオットチョジクから聞いた情報を分析すると、相性と上級中位のヴァドウルの階級差を考えれば、クリスタルをヴァドウルに当てた方がいいとなった。


 つまりクリスタルが早々にヴァドウルを退治して、足止め役のバルとミカに合流して三対一、アカボシが上手くやれば四対一にする。

 これはかなり危険な賭けになる。

 一時だが準天災級の相手を上級下位のバルと、素早さだけなら上級に匹敵する中級上位のミカに任せるのだ。

 何よりその挑戦を、スヴリーが乗るかの問題もあった。


「俺は行く、お前達も無事でな」


 だが考え尽くしたことを今更どう考えても、無駄な心配事である。俺は対峙する両者の端へと移り、ベルクハイルの元へと向かおうとする。


「いってらっしゃいまッ!?」

「ヴァルヴァルヴァルルルゥ!」


 すると視界が突然暗くなる。

 門へと目を離した隙に、スヴリーが俺に高速で接近して、子供頭部ほどの馬蹄を振り下ろしてきたのだ。

 この時の俺は、敵側も大将同士の一騎打ちを所望していると分かったために油断していた。

 ドンッ!

 と強い衝撃が、氷の地面にヒビを入れる。


「ご無事ですか?」

「お、おう……お前達、良くやった」


 瞬時に駆け付けたクリスタルとバルが、スヴリーの左右の前足を腕と呪剣で受け流していた。


 今のはかなり危なかった。

 ここは既に戦場で、用意ドンのピストルがあるはずのないことを再確認する。

 俺は二人のおかげで無傷であり、心臓には良いストレッチをして貰った。


「グルルゥゥ」

「クルゥウウ」


 アカボシとミカの二狼は、フリストガルーとヴァドウルの追撃を警戒してくれている。


「ハッ、手癖が悪いとよく主に叱られないか?」

「ヴルゥ!」

「今すぐに其処をお退きなさいッ!——《アクセス》」


 天災級の俺への不意打ちが失敗したスヴリーは、クリスタルの砲撃を突き進む形で交わすと背後に回り、反転したバルと対峙する。

 バルの挑発によって、上手くスヴリーの敵愾心がバルへと向かってくれた。

 思わぬアクシデントだったが、これでこちらの望む形にはできそうだ。


「全ク勝手二……非礼ヲ詫ビヨウ、シカシ」

「その死を持ってでなァ!」


 スヴリーの奇行、クリスタルの反撃によって済し崩しに、戦闘は勃発しようとしていた。


「私たちに問題はありません!セカイ様は行って下さい」

「助かった、最下層で待っているからな」


 俺は両者の戦闘を邪魔しないよう、さっさと最下層の門へと走る。

 警戒はしているが、魔法は使わない。

 ベルクハイルを相手に可能な限りの、魔力を温存しておきたかったからだ。


「ったく、変な鳴き声しやがって……」


 スヴリーはただの無口さんだったんだな。

 俺は背後から聞こえる戦闘音を他所に、ベルクハイルの元へと一人で向かった。





 この氷河洞窟の最下層への階段は第四階層よりも、倍以上の長さがあった。

 それもそうだ、この巨人であるベルクハイルが動き回れる天井が必要なのだからな。


「一週間ぶりだなベルク」

「グハハハ、セカイよ、一週間なんぞ万年も待ち続けた我輩には昼寝にもならんぞ」


 最下層へ到着すると、ベルクハイルが自身の巨大な背丈を見せ付けるかのように、腕を組んで立っていた。

 ここは床も壁も天井も、全てが凍緑石(フフリア)で作られ、宝石のエメラルドのように輝き訪問者を魅了させる壮麗な空間であった。

 さらに部屋の辺りには、ベルクハイルから見ると石だが、俺には岩に思える程の氷塊が無数に散らばっていた。


 そのベルクハイルの見た目は、会談の時に見た中年のおっさん姿とは違い、額には大きな魔石、瞳は赤く、髪はなく王冠のような角を生やし、体が悪魔のように青いのは、氷を全身に纏っているからだろう。

 人型ではあるが、凶悪な形相から人とは程遠い生き物だ。


「ガン〇ムって、それくらいなのかな……」


 しかし俺の第一印象何故かこれだった。


「ぉん?何だソレは?」

「飛んで、壊して、戦争では大活躍の機械種だ」

「ほう……我輩と気が合いそうだな、いつかそやつとも酒を酌み交わしたいの」

「残念だが俺のいた世界の()だ、死ねば会えるんじゃないか?それにそいつの好物は確かガスと油だ」

「フッ、そいつは誠に残念だわい」


 ベルクハイルの背丈は目算だが二十メートルは超えていた。

 そんな巨大な人型生物が存在するだけで、地球の物理学者が声を荒げそうだが、実際に目の当たりにすると、畏敬の念を自然と抱いてしまうものだな。


 何故なら身長に差があり過ぎて身が震える。

 見ただけで誰でも強敵だと分かる単純さこそが、返って恐怖を助長している。

 魔法も使わない拳の一振りだけで、上級の魔法に匹敵する威力であることは間違い。


「それでセカイよ、死闘の前に少しばかし我輩と話をしようぞ。そのクリスタルという女はなんだ?アレではまるで……」

「ダンジョンだ。かなり美人だろ?」


 即答してみては、冷ややかな笑みで睨みを利かせる。

 俺はクリスタル達が負けるとは考えていない以上、ベルクハイルとの会話を時間潰しとして大いに利用する。


「グハハ、グッハッハッハッハァーー!!ダンジョンの美醜を尋ねるとは、お主には笑わされる!ハハッ、中身ではなく外側に注目したのかッ!なんと奇想天外なダンジョン!だが面白いィィ、グッハハハー!」


 俺の返事を聞くとベルクハイルは独りでに楽しそうに笑う。笑い方は人と変わらないようで、不思議と安心した。

 氷河洞窟の中で最も狭いとされる最下層、と言っても俺達の一階層よりも少し狭い程度、にベルクハイルの笑い声が煩く響き渡る。

 音圧だけで下級の魔物なら殺せそうだな。


「……それに似ておる」

「え?」


 笑いから一遍して、急に真面目な顔になる。

 ベルクハイルは小さく呟いたつもりだが、巨人の声のために、俺の耳にはよく届いていた。

 話の文脈からして、クリスタルに似ている、誰と?つまりそれは——。


「いや、何でもない。それでセカイよ、やはり我輩はお主が欲しい」


 しかしベルクハイルは話を急に逸らす。

 全くやり方が雑すぎる。聞いて欲しくないなら、そう言えよ。

 それにベルクハイルのその言葉を、俺が無視できるはずがない。


「まだ言うのかよ……懲りない奴だ。勝手にしろ、俺はお前を殺す気で行くからな」

「当然だ。そんなお主を屈伏せしめてこそ、我輩に仕えようと気が変わるやもしれん」


 さすが元魔王級だけあって態度には余裕がある。

 厄介なことに、俺の面目を潰さんでくれよな。だが利用しない手はない。


「だったら俺をたやすく捕らえてみろよ、その手が穴だらけになるかもしれないがな」


 大気を圧縮して四本の大槍を作ると、全てベルクハイルへ刃先を向ける。


「フッ、望むところだ」


 対してベルクハイルは、右手から巨人のサイズの氷の斧を形成すると、槍を迎え撃つかの構えを取る。


風爆大槍(エアロバースト・ビッグランス)ッ!!」

氷斧(アイスバイル)ッ!!」


 風の槍と氷の斧。

 ここに二つの魔法がぶつかり合い、一つの天災が発生した。


「チッ、やはり固いか」

「フン!痒い痒い」


 風槍の三つはベルクハイルに無残にも振り払われたが、一本は脚に直撃した。

 巨人だけあって的は大きく、数を増やせば当てることは容易だった。

 しかし懸念していた通り、ベルクハイルの氷の身体は固かった。

 当たれば上級のヒュドラでも皮膚を貫通させた魔法の、更に威力を上げた魔法でも、黒板に画鋲を刺す程度。ダメージとして大したものではない。


「直撃しても死ぬでないぞ!」


 次はベルクハイルが持っていた氷斧で、地面を抉り取る勢いで横に振るう。


「ヌゥ、ちょこまかと」

「そんな大振り当たるかよ!」


 当たってたまるか、俺は飛行フライの要領で跳んで、飛んで、上へ躱す。

 空振ったベルクハイルの氷斧が地面に転がる幾つもの氷塊を粉々にする。

 その威力からして、クリスタルならともかく他は一発KO、または即死を免れないかもしれない。


「おぉ、こわ……」


 風爆大槍でもベルクハイルには効かないとなると、接近して直接攻撃を行う必要になる。

 どうやってベルクハイルの間合いを無事で突破できるか、俺の手持ちの武器、魔力量、ベルクハイルの戦闘方法、魔法をしっかりと見定めて計算しないと、思わぬ技に捕まるかもしれない。

 ここは様子見を兼ねて、慎重に行く。

 防御力や攻撃力はそちらが遥かに優位である。しかし速度ならば小柄で風属性を扱う俺の方に分配が上がる。

 ベルクハイルの背後に高速に移動するとーー。


「風爆槍!」


 数百本と目視の難しい小さな槍を、上下左右、四方八方から放つ。

 質より量、狙うは眼球、そして額の大きな魔石。

 弱点を浮き彫りにしているとは、巨人種の考えを理解できないが、これを是として集中的に狙う。


「効かぬわァ!」

「っ!?」


 しかしベルクハイルは顔を一切守ることをせず、躊躇いもなく氷斧を振る。

 俺は咄嗟に身の危険を感じて、全力の飛行魔法によって何とか距離をとる。


「巨人種って眼球も固いのかよ……」

「そんな小細工など、()うの昔に克服しておるわい。何ならどうだ?下の急所も狙ってみるがいいぞ?」

「野郎のポロリなんて死んでも見たかねーよ!」


 さて、どうしようか。ベルクハイルの固い顔には擦り傷一つとてない。

 また、使い勝手の難しい雷属性魔法はここぞいう時にとって置きたい。

 なのでここは一つ、アッシュの杖を頼ることにする。どうか怒らないでくれよベルクハイル。


「氷風剣」

「ぬ?」


 ローブの懐から小杖を取り出すと氷剣を作り、さらに剣身に風刃を纏い威力を底上げする。

 ベルクハイルに一太刀を入れる。

 彼を傷つけられると確証を得ない限り、勝算すら無いに等しい。

 ここからベルクハイルが得意な接近戦だ。

 焦らず、慎重に、確実に彼の間合いを欺けないか作戦を練り始める。


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