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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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79話 ダンジョンは踊る

 クリスタルは地上の雪を携えて、螺旋階段もまだ途中の状態から一気に地下の入口へと飛び降りる。

 地下は曇った窓ガラスのような氷壁に囲まれ、前方に中級トロルが七体、後方に変異種のトロルが三体いる。


「ギギィ?」


 トロルは音の異変に気づき、クリスタルを発見すると迎撃に入るが。


『遅い』


 と静かにクリスタルは呟き、トロルの元へ疾走する。

 既に専制攻撃として左手に持つショートソードのリリウムからは何枚もの風刃ウィンドカッターが放たれ、トロルの足元を狙っていた。


「グギ?」


 二体のトロルは膝を着き疑問の声を上げる。 

 リリウムの風属性魔法は俺ほどの威力はなく、脛に斬り傷を与えるだけで切断には至らない。

 この程度に傷ならトロルの種族特性ですぐに回復する。

 しかしクリスタルは最前列を歩くトロルの態勢を崩し、足を止めることに成功した。

 互いの間合い、激突するタイミングがクリスタルの支配となり、トロルが受けに回ることになる。

 尚も威力の抑えたリリウムの風刃で牽制をしながら右手に持つローサの切っ先が、足の負傷したトロルの太っ腹を横にかすめる。


「グゴゴ!?」


 トロルの白い肌に血の線が引かれる。

 その目的は戦闘不能へと追いやること。

 ローサの能力は、切った苦痛を何倍にも引き上げる。

 効果は猛毒に近く、いくら生命力の強いトロルとて、リリウムからローサの攻撃を立て続けに受ければ、死にはしないが泡を吹き倒れる。


 クリスタルにとってのトロルは独活の大木だった。

 三メートルほどの図体はデカいだけで回避は造作なく、攻撃を与えるには格好の的である。

 トロルの振り下ろされた腕も時にリリウムの風刃や風球で腕ごと薙ぎ払い、ローサの闇属性を持って種族特性ですら癒えない傷を精神に与える。

 まるでドミノ倒しでもするかのように、前衛のトロルからばたばたと倒れていった。

 速く、正確に、最善の選択を瞬時に判断して、敵を殺さず圧倒する。

 クリスタルは倒れたトロルの血をローサに啜らせ、フランベンジェの形態を鞭のように伸ばすと、リリウムの方も刀身が輝くと風刃を纏うことで切れ味を飛躍的に高める。


『これで残りは後衛の三体ですね。時間も惜しいので、ここからは避けません』


 クリスタルが前衛のトロルを相手にした時は、準備運動も兼ねていたのか踊るように攻撃を避けていた。

 そもそもこの程度の相手では、防御や回避は不要である。

 刺し違えるように、敵の攻撃を真っ向から受け止めて空いた身体を突けばいい。

 防御が最大の攻撃手段となるクリスタル本来の戦闘法であった。




「ほはぁ~~、なんだかあたしが戦ってる気になりますねっ」

「わ、私なんて目で追えてないようぅ……」


 とスクリーンの映像がクリスタル目線であるためリンネル、メラニーの運動音痴組が手に汗握る感想を漏らすと。


「速っ!ボク今度、剣の稽古をクリスタル様にお願いしてみようかな。バルくんもどう?」

「お暇を見計らって申し出るのもいいな。ローサとリリウムの方も良くやっている」


 とフローラ、バルの近接戦闘組が口々にクリスタル達の戦闘を褒め称える。

 有り難いことに、この二人はクリスタルの戦闘を解説してくれる。


「よく三人で息の合った攻撃ができるよね?」

「いや、合図はちゃんと送っている。クリスタル様の指を見ていろ」


 え、マジで?

 クリスタルの視界の端に映る指を注視すると、リリウムが風属性魔法を使う直前で、クリスタルの薬指と小指が剣の柄を叩いていた。

 あれが合図なのだろう……よくバルは気付いたな。


「ほ、本当だ!?バルくんす——」

「くッ、何故俺が握ると無愛想に嫌がるんだ!」

「そなんだ、あはははー」


 フローラがバルの観察力を称賛する前に、バルが悔しそうに表情を歪めた。

 やはりバルはローサとリリウムの双剣にやはり興味あったんだな、だから気づけたのか?まあ俺も紅いフランベンジェなんて浪漫武器すぎて欲しいと思う時があるけど。

 他に作戦参謀のルオットチョジクも中級上位を物ともしないクリスタルに戦慄を覚える。


「初めてクリスタルさんの戦闘を拝見しましたけど、闘うダンジョンって————」

「おっと、その先は言うな!自覚はある、それにもう、本当に、実に、聞き飽きている!これでも大変だった時期はあったんだぞ?」

「は、はぁ……?」


 ルオットチョジクの感想を途中で打ち切って有ったようで無かったような苦労を思い出す。

 俺自身も動けるダンジョンを要求したら、戦いまでこなせるダンジョンが誕生して驚いているんだよ。

 海老で鯛を釣ったなどと言われても否定できない。


『終了しました。トロルの死体は回収しても宜しいでしょうか?』


 倒れたトロルに止めを刺しながらの報告である。 

 トロルが亜人でクリスタルとの相性は抜群だった。


「あ、はい大丈夫です。ベルクハイルの感知の影響もその門を開けた箇所から始まります」

『畏まりました————《アクセス》。トムテの皆さん回収お願いします』

「はいでしゅ!」


 ダンジョン戦において特に仕事のないトムテが雑務として、倒れる死体回収を率先してやってくれた。

 巨体のトロルをトムテ数人がかりでせっせと運ぶ姿を見て、力持ちな紫トムテが一体だけでも植えて欲しいなと思ってしまう。

 トロルの回収を終え、ついにクリスタルは門の前に立つ。


『それでは門を潜りますが?』

「ああ、ここからクリスタルのタイミングで移動してくれ、何かあれば此方から声をかける」

『畏まりました。それでは……』


 クリスタルが門を開け、ダンジョン氷河洞窟の第一階層へ突入する。


『広い、だけど寂寥としておりますね』


 この第一階層は太く天井まで伸びる氷柱が、碁盤のマス目のように十数メートルの間隔でずっしりと並ぶ。

 また濁った窓ガラスの氷ではなく、ワックスでもかけられたように氷壁が光を反射して、あたかも神聖な空間に見えてしまう。因みにダンジョンの光源が何処から来ているのかは、ダンジョンマスターの力で何とかできる。


 しかしクリスタルの述べたように、この閑静とした空間に生物の気配もなく、荒野に独りポツンと立たされた気分に苛まれる。


「ベルクハイルの氷河洞窟。それは大きく分けて全五階層からなり、一見小規模で攻略が簡単そうに思えますが、第一階層だけで広さが神意ダンジョンの五倍はあります」


 俺達のダンジョンの階層は1km×1kmなので、その五倍とはかなり広く感じる。

 これが天然ダンジョンの厄介な所だ。

 俺のダンジョンと違って制約が一つもない。

 魔物の数も、ダンジョンの部屋も全てダンジョンマスターの思い通りにできる。


 おかげで天然ダンジョンのレベルはピンキリとされ、ベルクハイルのダンジョンなんかは、そもそも発見が困難なため天災級の中でも難易度は遥かに高いだろう。


「氷柱だけなのはどうしてだ?」

「五、四、三階層と下階層から順に整備しましたから、一番新しく出来た第一階層は遅れて氷柱だけなのです。ここは第二階層から溢れた眷属が好き勝手に寝泊まりする空間にもなっています」


 ルオットチョジクの説明では、ベルクハイルの氷の形を自由に操る能力で、最下層と入口を一変に繋ぎ、上へ上へと階層を広げていったとか。

 またダンジョンは地上から見て逆三角形の階層をしており、下の階へ降りるほどに空間は狭くなっているとか。


「ですが注意して下さい。決して魔物がいないわけではありません。ここには無生物のガードマンがいます」

『早速お出ましのようですね』


 クリスタルが視界に映った魔物は、氷の彫刻で出きた狼や鳥などの動物、弓や剣を持つ人型の魔物だった。

 その魔物の名はアイスガードマン。魔法によって作られた半生命体であるとか。

 氷の身体のためこの階層の保護色となり、氷柱の死角と合わせて、普段以上に不意の奇襲を警戒する必要はあるが、今回の相手は普通ではないクリスタルだ。


『これよりルオットチョジクは案内をよろしくお願いします』

「は、はい!しばらく北東の方角へ進んで見て下さい。純白の石柱が見えます」


 諭されたルオットチョジクは慌てて自身の仕事を開始する。

 クリスタルはガードマンの攻撃には眼もくれず、ルオットチョジクの案内に従ってただ走る。

 クリスタルの弱点といえば、胸の谷間のダンジョンコアであるが、天災級ダンジョンに成長してからは、コアの硬度も増して中級クラスの攻撃には、二、三度は耐えられるようになった。

 そもそも胸の一点に攻撃を集中することは難しく、さらにクリスタルは自分に弱点がなんてありませんよ、と公言するように警戒らしい行動を見せない。

 明確な防御体勢を取ってしまえば、そこから弱点を見破られかねないからだ。


『ハッ!』


 リリウムの風刃で、人型ガードマンの首を刎ねる。

 第二階層への進行方向に立ち塞がるガードマンは、全て何らかの深い傷を負うはめになり、クリスタルの通った道には倒れた魔物で溢れている。


「この階層の責任者であったカリアッハは、それは残忍で狡猾な魔女でした……」


 クリスタルの縦横無尽の快進撃に、ルオットチョジクは驚くことを止められない。

 周囲を見渡すとルオットチョジク以外の眷属もアカボシを除いて皆似たような反応をしていた。しかし慣れていくと、次第に会話をする余裕が増えていった。


「でした?すると今は?」

「ただの偏屈なお婆さんに見えてしまってます」

「随分と可愛くなったもんだな」


 それほどクリスタルの前では罠も策略も、意味をなさない。

 戦術が戦略を凌駕できないように、ただのダンジョンでは人型ダンジョンの足を止めるには力不足である。


『石柱を発見しました!』

「次はその柱から、真っ直ぐに進んで下さい」


 尤もそれは、内部に入る仲間(ルオットチョジク)の助けがあってのことではある。


『あれが第二階層へと下りる階段でしょうか?』

「合っています。第二階層からは、気色が変わりますので、さらに警戒をお願いします」


 クリスタルは二時間ほどで第一階層を走破した。

 次は第二階層。

 折り返し階段を下りた先は左右に別れた二つの扉があった。


「左です。この階層は居住区のような物で、部屋と部屋が幾重にも繋がる階層です」


 さっそく左の扉を開けると中には、牙を尖らせたスノーマンが待ち受けていた。

 今さら動揺もしないクリスタルに、スノーマンは手に持った雪玉を投げるが、クリスタルの身体にダメージは無く、接近しては次々とスノーマンの胴体を切り倒す。


「まるでこの階層はメア迷宮だな。ちなみに右を選ぶと?」

「十ほどの部屋を延々とループします」


 第二階層は、先程までの磨かれた氷とは違い、薄青色の氷とやや濁っている。

 部屋の大きさもまちまちで五メートル四方から、始まりの部屋と同様の五十メートル四方の大部屋まである。

 通路だけや、地下へと通じる横道もあり、各部屋に十匹の下級と一体の中級は必ずいるが、クリスタルは苦労もなく軽快に進める。

 このままだと、ローサとリリウムも上級への進化が可能になりそうだな。


「この階層はヴァドウルが責任者ですので、もしかすると彼と遭遇するかもしれません」

『むしろ遭遇してもらった方が有難いですけど』

「だな、飢えた猛獣たちの餌食にしてやれ」


 「うぉー」と中にいる眷属が歓声を上げる。正直皆は退屈している。

 まるで友人のゲームプレイをじっと隣で眺めている雰囲気である。

 そのためベルクハイルが最下層に居ながら、のこのこと上級眷属が現れれば、皆で袋叩きにしてやるつもりだ。

 クリスタルがダンジョンであることは転移門を出さないことで極力隠しているが、無傷で上級中位の戦力を落とせれば安い情報量だろう。

 そもそもルオットチョジクの存在が確認出来ない中、迷うことのないクリスタルの歩みを見て、今頃ベルクハイルも不審に思っているはずだ。


「この部屋で最後になります」


 第二階層も四時間ほどで突破した。

 結局上級のヴァドウルは現れず、敵も上級同士の決戦を望んでいるのだろうと結論付けた。

 やはり一々敵の相手をしているとそれなりの時間を消費するため、途中から俺の許可を得ての農園を見る者や、内職に励む者もいた。

 

「ふむふむ、結構美味い物を食べてるな」


 かく言う俺も、料理に舌鼓を鳴らしていた。

 敵が来ないのでクリスタルに畳んでいた背負い袋を広げさせ、食料庫へ寄ってもらったのだ。

 肉に酒と、魔物ながらよく集めている。


『賊の真似事とはあまり関心をできませんが……』

「いいんだよ、酒は有って困ることはない。それにクリスタルが減らした分くらいは、頂いても罰は当たらないだろう」


 クリスタルがここまで退治した魔物は八〇〇を超えていた。

 ルオットチョジクの計算では、無視した魔物を差し引いても、第三階層には一五〇〇近くの魔物はまだいるらしい。


「次の第三階層は雪原です」


 奇しくもそれは、俺たちの階層と酷似している内装だった。


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