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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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78話 いざ氷河のダンジョンへ

 氷河洞窟の最下層。


「ガルー、ヴァド、そういうことだ。ルオットを敵に渡したのは我輩の責だ。相談も無しにお前たちには悪いことをした」

「……」


 巨人の姿をしたベルクハイルは、生き残った上級幹部である氷人狼フリストガルー絶壁の氷男(ヴァドウル)の前で、会談での顛末を包み隠さず述べ、氷の巨馬(スヴァジルファリ)のスヴリーは黙々と二体を値踏みするように見つめていた。


 その主の失態とも呼べるルオットチョジクの損失のことで、ダンジョンで待機させられていた彼らが呆れ、憤り、咎めてもなんら不思議ではない。それほどダンジョンの情報とは魔物にとって重大な物である。

 しかし彼らはベルクハイルの絶対的な信者であった。


「問題有リマセン、常ニ我ラハ、ベルクハイル様ノ御心ノ下二御座イマス」


 ヴァドウルは石像のように、顔色を一切変えないが、落ち着いた声からは不満は伺えない。


「ベルクハイル様の決断に、今更異論なんてねェよ、いつもらしくパーッと殺ろうぜ!!」


 フリストガルーも腕を大きく広げて、気にした様子は感じられない。

 ルオットチョジクと比べて、この二体がベルクハイルに眷属入りしたのは後の事である。

 ベルクハイルの胸中を察することはできていなかった。

 しかし相次ぐ幹部と、その部下の喪失により、ダンジョンに残る戦力も三千になり、この状態で主従の結束を揺らいでどうすると、二体の心境は一致していた。

 何よりも決戦を前に心昂っているのはベルクハイルだけでもない。


「ゴ安心ヲ、我々ノ役目ハ不変」

「敵は皆殺しだからなァ、数も強さも俺様には関係ねえや!」

「グハハ、さすがは我輩の矛と盾である。敵は近づいておる。遠慮はいらん、存分に闘うぞッ!」

『ハッ』


 ベルクハイルの矛と盾。

 フリストガルーの攻撃力と、ヴァドウルの防御力から取られた異名である。

 彼らもまたルオットチョジクと同じくして、ベルクハイルに拾われた元弱者。

 故に逆境には、良い意味で慣れていた。


◇◆◇◆◇◆


 決戦に備えての四日目。

 俺とクリスタルとルオットチョジクの三人はトムテの集落を訪れ、無事に彼ら四十人全てをダンジョンに迎え入れることができた。

 いきなりダンジョンの人口が倍に増えたのだ。他の眷属も困惑はしたが、すぐに馴染めてくれたのは、トムテの無邪気な人柄あってのことだろう。


 そんな彼らの仕事はミ=ゴウのお手伝い。

 家霊の特徴を活かしての日用品から家具に、住居の建設を着手してもらうつもりだ。

 その50cmにも満たない小さな身体で、予想以上に跳んだり跳ねたりと、金槌が妙に似合っていた。

 ミ=ゴウにはもっとダンジョンに足りない物を開発してもらいたい。

 ずっと簡単な作業で遊ばせるのは勿体無かったので、トムテ達の働きに期待している。

 そうしてトムテとの交流を深める内に、ミ=ゴウに頼んでいた武器が六日目に出来上がった。


「しっくりくる。さすがミ=ゴウ、いい武器だ」

「H□U'F'#§&$"」

「次は鍛冶屋を召喚してみては?と申しております」


 クリスタルが翻訳したミ=ゴウの疑問も納得だ。

 いくら工学に秀でていようが、雑貨から土木建築、はては武器作りと色々彼らにやらせ過ぎている。

 エイリアンのような図体をしたミ=ゴウは土属性を持つ植物種であるために、木材や石工はできても、火を扱う金属加工に関してはやや苦手な部分を持つ。


「分かったよ、これからは鍛冶のできる魔物を探してみよう。だが今回のこれは問題ないだろう?」


 ミ=ゴウに作らせた武器とは、木製の杖である。


「$&$τEC」

「杖くらいは問題ないそうです」


 俺の能力上は魔法職に分類される。

 今まで杖を魔法道具で開発しようとは思っていたが、ダンジョンマスターが自身で使う魔法道具はあまり効果がない。

 いい機会はないかとずっと探していたが、先日クリスタルがアッシュを捕らえ、最高品質の木材を手に入れることができた。

 後はミ=ゴウに杖の形で加工してもらえば、俺でも使用可能な魔法道具が完成した。


「ですが、その形で本当によろしかったのですか?」

「リンネルみたいな大きいのだと邪魔になるからな。あくまで杖の役割はサポート。ちょっと魔力の変換効率を上げる程度だ」


 俺が持っている杖とは、小杖タクトである。

 それも形が包丁の様な片刃に削られた木の短剣で、剣のように腰からぶら下げる必要もなく、ローブの内側に収納できる。

 さらに魔力を流せば果物ナイフほどの切れ味を持つのは、アッシュの杖だからだろう。


 ことの始まりはたまたま回収したアッシュの立派な枝に魔力を流すと、霜が出来ていた。

 アッシュの属性は氷。

 氷とは、風と水を複合した上位魔法なので、俺にも使えないだろうかと、杖にすることを思いついたのだ。

 この小杖は、アッシュの身体の中心部にある心材を加工しているため、水分の含有率が高くライトグレーの表面をしている。

 心材の回収で、アッシュには悪いがダルマ落としのように輪切りになってもらったのだが、彼は喜んで「いいよぉ」と斬られてくれた……メアの精神支配はげに恐ろしい。

 そんなアッシュの犠牲もあって、完成した小杖は俺に新しい力をくれた。


「見ていろ……氷剣!」


 するとナイフ型の小杖からは氷が発生し、先端からはぐんぐんと氷が伸びると、細長い剣に姿を変える。


 小杖(コイツ)を使えば、空気中の水蒸気と杖の魔力が呼応して、氷が発生する。おかげで風属性魔法の応用は更に広がり、氷属性魔法も少しは扱えるようになったのだ。


「お見事です。ですがベルクハイルも氷属性を扱いますので、過信は禁物でございますよ?」

「分かっている。氷属性の風の部分だけを使えば、杖からはそこそこの補助を得られる。実際そっちがメインだ」


 氷属性のベルクハイルに、氷属性の技が通用するとは思っていないが、雷属性魔法の性能も少しは上げられた。

 この杖の欠点としては、酷く磨耗することと、発射点が杖に限定するため、颶風一体や旋風探知(レーダー)の使用に効果はない。

 それでもこの複合魔法道具(アルケミーアイテム)は俺の第二の魔法道具になりえる心強い武器である。


「これで俺がベルクハイルに挑む準備は終えた。あとはあれだが大丈夫か?」

「こちらは問題ございません。ルオットチョジクと協力して既に発見できました」


 クリスタルの本体は今、ルオットチョジクと彼女の護衛にとバルを連れて高層へのトンネルを進んでいる。ルオットチョジクを外に出したのも複雑なトンネルの案内と探し物をしていたからだ。


「だったらクリスタル。お前の力を全力で見せてやれ。眷属にも、ベルクハイルにもな!」

「お任せ下さい」


 クリスタルが佳麗に微笑む。

 その顔、姿勢は俺の知る誰よりも綺麗に見えたのは、美しさだけでなく心強さも兼ね備えていたからだろう。

 

 今回はクリスタルに戦闘を交えながらダンジョンを攻略してもらう。

 クリスタルの傍らには中級上位の双剣ローサとリリウムもいる。

 真紅のフランベルジェのローサには吸収(ドレイン)の魔法があり、白銀のショートソードのリリウムには風属性を使った強力な斬撃を持つ。


 さらにクリスタルの体力は最下層のダンジョンコアから送られるエネルギーによって無尽蔵であり、ダンジョンの自動修復機能で手傷を負ってもしばらくすれば元に戻る。

 その最硬の身体と双剣によって、如何に敵の幹部の所までに仲間の体力を温存できるかが、クリスタルに掛かっている。


「このダンジョンの前に立ち塞がる者は、何人たりとも屠ってみせましょう」


 クリスタルならやってくれる。無類の信頼を捧げられる自慢の相棒だ。


◇◆◇◆


 このユガキル山脈に来ておよそ一月が経過していた。

 麓の都市で調べ物や準備をして、中層との境の人獣種の村でシェルパを雇い、中層の中間地点にある氷魔の巣窟で遠征組以外の眷属の戦闘力を見極め、遠征組には単独行動もしてもらった。

 そして今日、ダンジョン攻略の八日目になり、クリスタルは単身でダンジョンのある湖に到着した。


「お前達、覚悟は出来ているな?」


 俺は眷属と向かい合い、その声に皆が黙って頷く。

 アンデッドの軍勢だけは第一階層の墓地エリアに待機させ、残りの全員は階級や役職も問わず居住区の空いたスペースに臨戦態勢でいる。

 モンスターハウスのマナーや最近眷属入りしたアイススネークでさえ、ここに移動している始末だ。


「今から俺達はダンジョンを攻略する。そこに全てをぶつける気で挑め!敵と交戦すればあるのは生きるか死ぬか、殺すか殺されるかの二択のみだ。敵に情も移すな、仲間の命取りになりかねる。今さら俺とベルクハイルの間に妥協も、停戦も、友好もない!」


 この口上は眷属に何回も言い聞かせている周知のことだった。

 これは俺自身への覚悟の確認でもあった。

 俺には一つだけ不安がまだ残っている。


「だがお前達が俺とクリスタルよりも先に逝くことは許さない。身の危険を感じたら、すぐにクリスタルの下を頼れ!」


 子が親よりも先に逝くことは絶対に許されない行為である。

 ましてやダンジョンの防衛であるなら話は別だが、敵ダンジョンを攻めるのは俺のエゴでしかない。

 それに付き合わされている眷属が、ダンジョン外で死んでいい理由は一つもない。

 ダンジョンの眷属はダンジョンの中でダンジョンを守って死ぬのが本懐である。

 俺のせいで、眷属の役割が逸脱しているのが心残りと言えたのだ。


「勿論俺は死ぬ気はない。だからお前達さえ死ななければ全て丸く収まることを忘れないでくれ!」

『貴方たちは種として替えが効くようで、その心は替えの効かない貴方たち唯一の宝物です』

「そうだ。だから自分が死んでもいいなんて絶対に思うな!生きてダンジョンに帰る。それがお前達の一番に優先することだ」


 主より先に死ぬなと言われて眷属は困惑しているが、大事に思われていることははっきりと通じたようで、それぞれの顔付きが一層引き締まってくれた。

 ここにいる全員が魔物召喚で再召喚できる。

 しかしそれで呼び出された魔物は、違う魂をもった別の魔物である。

 おかげでリンネルが雪大将猿に瀕死に追いやられた時も、俺は動揺せずにはいられなかった。

 もしアルラウネのリンネルが死んで、魔物召喚で再度呼ばれたアルラウネはリンネルではないのだ。


「これで俺とクリスタルの言いたいことは終わった。クリスタル、行動を開始してくれ」

『承知しました』


 クリスタルが自身の視界と音を映したスクリーンを出すと、皆は黙ってクリスタルの雄姿を観戦する。

 俺もベルクハイルが会談の時に置き忘れた雪豹の皮で出来たカーペットの上をぞんざいに座る。

 スクリーンは前回よりも大画面アンド高画質に進化しているため、不謹慎にも映画を観賞しているような愉快な気分になる。録画機能がないのが残念なほどだ。


「お飲み物です」

「あ、どうもメラニー」


 さらに使用人のメラニーが、ジュースや菓子なんかも頼めば出るので、ダンジョンの外と内では緊張感も大違いである。

 しかしこのスクリーンの能力を使いながら戦闘すると、ダンジョンコアに負荷が掛かり、僅かだがDPも消費するため使う機会は少ない……実に惜しい。



 このベルクハイルの眠る氷河洞窟。

 トンネルを抜けて、半日ほどを進めばすぐに発見できた。

 圏谷の凍った湖を丸ごとダンジョンにしたのだから圧巻である。

 吹雪が舞う中スクリーンに映るクリスタルの視界もややうっすらとしているが、軽快に進んでいるのが足音から伝わる。


「北東に五分ほどで、入口が見えます」


 それはルオットチョジクのガイドが大きかった。

 洞窟に繋がる入口は全部で六つある。

 しかしベルクハイルの元まで繋がる入口は半分だけで、残りはダミーや罠、物置らしい。


『有りました。以外と大きな入口ですね』

「はい、端にある螺旋階段を使って降りてみて下さい」


 入口の穴は、直径八メートルほどの大穴だった。

 既にルオットチョジクにより、蟻の巣のようなダンジョンの内部を図で説明され、今の所はその通りの構造をしていた。

 にしてもダンジョンへの入口が螺旋階段とは、ベルクハイルの趣味か?カッコいいじゃねーか。


『入口を守護する魔物はアイストロルですよね?』

「はい、中級上位は有りますので、クリスタルさんでも最低限の注意は必要でしょう」

『数が聞いていた話よりも多いですね……それにストーントロルに、フレイムトロルまでおりますよ』


 螺旋階段を下りた先には大きな門があり、その側には蠢めくトロルで溢れていた。


「どうやらルオットチョジクの行動ルートは読まれていたみたいだな」

「すみません!」


 うおっと、ルオットチョジクが頭を下げると、角が顔に来て危ないので、からかうのもこれで最後にしよう。


「いや、ベルクハイルへの最短ルートなんだろ?敵もそれくらいの予想はする。クリスタルは構わずやれ、俺達に一魔力も、ミジンコほどの心配もさせるな」


 クリスタルの役目は俺達を万全な状態で、それぞれを作戦の要所に送り届けること。

 さらにこの段階ではリンネル達砲撃班の役目も先である。


『心得ております。皆さんはお茶でも飲んで、気を楽にしていて下さいね』


 クリスタルは「参ります」と言ってトロルの中へ飛び込み、ダンジョン戦がついに開幕した。

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