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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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76話 帰還、そして攻略に向けて その1

「ここ、どこ?」


 幼き少女は雪渓の上に茫然と立ち竦む。

 自分は何者で、何故この場所に独りでいるのかも分からない。

 少女は分からないからこそ行動を起こすと、何か思い出すかもしれないと思い歩いた。


「わたしは、ようせい?」


 妖精種に親はいない。

 その多くが自然発生でこの世界に産み落とされ、生まれた瞬間から成体であるため、知識も能力も人格も既に確立されている。

 しかし少女は異例の妖精種であるがため、知識も能力も未完成にして、おぼろげな状態にある。

 そんな少女が魔の蠢く大自然の中、自己を確立するまでに生存できるかと言うと、無理な話である。


「グルゥゥゥゥ!」

「クゥオ!」

「え?きゃっ」


 突然少女は押し倒され、現れた白妖狼によって手足や背中を何度も噛みつかれる。


「いた、いたいっ、やめて!やめてよ!」


 少女は精一杯の抵抗を見せるが力は弱く、次第に身体はいくつもの傷跡が出来上がる。

 すると窮地に立たされた少女は、不運にも自身の能力の一部が覚醒する。


(わ、わたしで、あそんでいるの?)


 白妖狼の二匹の子どもは、狩りの練習相手として少女をあえて殺さない程度に痛めつけている。

 しかしそれが分かったからどうなんだと、少女は絶望の淵に落とされ、遂には抵抗することも諦めた。


(あー、わたしはしぬんだ。なんのために、うまれたのかなぁ)


 抵抗を諦めた少女に対して、白妖狼も反応が無くなると練習にならないとして、少女を仰向けに蹴飛ばし、その細い首元へと牙を持って行く。


「おそらってすてきだな」


 少女は空を見つけた。

 広大な青い空、汚れのない真っ白な雲、それが果てしなく小さな存在の少女にとっては、偉大な光景に見えた。

 自分も死んだら空に行けるのかな、と死を間近にした少女が苦痛を和らげるために見つけた儚い希望だった。



「分かるぞ。我輩ですら大空あれの前ではちっぽけな存在へと成り果てる」

「え?」


 突然、聞こえた男の声。

 それがルオットチョジクとベルクハイルの出会いだった。


◇◆◇◆



「大丈夫か?」

「は、はい。少し昔の夢を見ていました。もう大丈夫です」


 先程までルオットチョジクは額から大量の汗を流してうなされていた。

 俺はさすがにこれはまずいと思い、肩を揺らして起こしたのだ。


「そうか、やはり未練はあるのか?」


 今は八日目の深夜。

 ルオットチョジクを仲間に加え、クリスタルを目指して帰還中である。

 約束の日まではあと二日、会談をした日が六日目の夜であり、あれから飛行魔法と徒歩の移動を、ルオットチョジクからの魔力供給を受け取ることで繰り返し、今夜はもう体力と魔力の回復を優先している。

 リンネルの方は酔いは醒めたが、怪我は未だ治らず、寝床以外は治療に専念してもらっている。


「未練……どうなのでしょうか。でもセカイさんのご厚意に甘えている自覚はあります」

「眷属入りのことか?」

「はい……今されるとわたし、その温かさに依存してしまいます」

「依存!?」


 ルオットチョジクは未だ俺の眷属になっていない。

 それは彼女がベルクハイルとの決着を付けてから、改めて願い出ると言ったからだ。

 おかげで命名も保留となり、ルオットチョジクはルオットチョジクのままである。


「眷属の繋がりが失うとですね……こう胸にぽっかり穴が開いたように、心が愛情に飢えてしまっています」


 他人事のような口調で、心境を吐露する。

 それはベルクハイルとの絆が深かった証拠なのだろう。

 ルオットチョジク自身はベルクハイルを愛している。しかし奴の野望を見過ごせないがために、敵対することになった。

 他にもベルクハイルを説得できなかった自身の弱さを痛切している。

 そもそも全人類を敵に回すとは無理な野望だ。その自殺願望に付き合う眷属もどうかしている気がする。


「仲間と合流すれば、ルオットチョジクは忙しくて依存する暇も与えないから覚悟しろよな」

「はい。望むところです」


 挑発を受け入れるかのようにほのかに笑い、ルオットチョジクは再び顔を毛布で包んだ。

 心に穴が開いたのならば、何かで紛らわせばいい。

 生憎と彼女が度肝を抜く秘密を、こちらは沢山持っている。


「さて、お前もこそこそしてないで寝ろ!」


 うつ伏せで寝ているはずのリンネルが、ビクンと反応する。


「だって、ご主人さまとルオットチョジクが何か怪しいんですっ!」

「五月蠅い。大人には事情があんだよ」

「だったらクリスタルさまに相談ですっ」

「そこでクリスタルの名前はやめてくれ!」

「ふんっ!」


 そりゃ魔力供給を致す時は、リンネル達に隠れてこっそりやっていますよ。

 まあ三回目からは、慣れと互いの距離が縮まったことで、服の上からになりましたけど、家政婦が見たら間違いなくアウトだろう。

 そんな俺は以前にも増してしつこくなったリンネルを宥めるために、あの手この手の言い訳を覚えることになった。




 九日の早朝。

 背中にリンネル、肩にソンチョー、触手を使って腰の辺りにルオットチョジクを抱きながら飛行魔法を行う姿は、遠目から見ると化け物である。

 飛行魔法中でも有りながら、俺は何とか意識を別のことに集中させている。

 クリスタル、クリスタル、クリスタル、クリスタル。

 頭の中で、クリスタルのイメージだけを想像する。それはなぜかと言うと。


「見つけた!レムルースの野郎、ちゃんとやってくれたぞ!」


 飛び立つ前に、俺の魔力が僅かに自然回復していたのを感じて、さらに三徹が二徹になるほどの睡魔が解消されていた。

 つまりはクリスタルとの物理的な距離が近くなっていた証拠である。


 俺とクリスタルは一心同体。

 眷属以上に魂が繋がっているため、距離が戻ると相手の位置を探知できないかと、考えていた。

 一度離した絆は二度と離さない。

 俺は新たに手に入れた能力を使い、魔力が空になるまで飛行すると、ついに上空からクリスタルを目視することができた。


「クリスタル!」


 俺達は適当な地上に降りると、クリスタルの方からこちらへと走ってきてくれた。


「おかえりなさいませセカイ様、リンネル!」

「ただいまです!あたしもこの通り無事です」


 リンネルは俺の背中から降りると、杖を使ってゆっくりと立ち上がる。

 戦闘は無理だが、日常生活に問題がないくらい回復はしている。


「ただいま。心配させて悪かったな」

「確かに私は心配をしておりましたが、それ以上に無事であることを確信しておりました」


 嬉しいことを言ってくれる。

 お互いの息は荒くもない、汗一つも流していない、怪我もなく見るからに健全そのものだが、待ち望んでいた出会いに俺の鼓動が速くなる。

 見つめるクリスタルに暗い顔は微塵もない。つまりクリスタル達も上手くやったのか。


「そっちも無事のようだな?」

「はい!アンデッドの目覚ましい活躍もあり、無事に目的を達成できました」


 目的とは素材回収、情報収集、そしてアンデッドの強化である。

 ベルクハイルがアンデッドを嫌おうとも、俺がアンデッドを主戦力にすることは変わりない。


「そうか、だったら俺は早速だが寝る。何か緊急な要件はあるか?」

「ございません」

「だったら指示はリンネルに伝えてあるから、クリスタルはそれを聞いて判断してくれ」

「承知しました——《アクセス》」


 転移門を見て、ルオットチョジクが「え?えぇ!?」と大変宜しい反応をしているが、俺はもう三日も徹夜しているので、説明は任せることにした。

 早いところ、体力を回復させたい。

 ルオットチョジクのこと、トムテ達のこと、そしてダンジョンのことはリンネルが上手く取り持ってくれるだろう。


 俺は転移門を潜り、久しぶりのダンジョンへと帰還する。

 やはりここが俺の居場所だ。

 カーペットを踏む柔らかな感触、嗅ぎ慣れた埃の匂い、物音のしない清閑な空間、青々と輝くダンジョンコア、それら全部が懐かしくて心地いい。

 俺は五感で堪能すると、どっしりと玉座に座り、深い眠りへと入った。



◇◆◇◆


 ごしごしごし。石鹸の滲み込んだタオルで身体を拭く。

 現在はマナーの小さい方の浴場で、汚れを綺麗に落としている。

 風呂とトイレだけは、俺自身の精神衛生上の問題もあって妥協を許さなかった。

 石鹸やシャンプーなどの整髪剤、冷水温水の出るシャワー、大きくて綺麗な鏡、サウナ機能など、地球と比べて遜色がない物をマナーとミ=ゴウに揃えさせている。


 実はあれからほぼ一日中眠っていたらしく、今日はもう約束の十日目で、時刻も早朝なのだ。


「それでその上級トレントは第三階層の雪原エリアにいるのか?」

『はい。メアの精神支配の練習相手にもなっております』


 俺は身体を洗いながら、クリスタルには聴覚だけを使わせて報告を行っている。

 クリスタルさんマジ便利である。


「メアが遊び過ぎないか少し心配だな」

『だ、大丈夫でしょう……』


 クリスタルが言葉を濁している時点でアウトと判断して良さそうだな……。

 精神支配の闇属性魔法は、危険性が高いゆえに(てい)の良い練習相手がいないのだ。

 先ずは失敗しても耐え得る精神力と生命力、言語を介する高度な知能が最低限必要だった。

 拷問や洗脳は非人道的で心が痛まないことはないが、持てる力を使わない方が主として情けないだろうと、メアには容赦をするなと言っている。


「それで眷属の状態はどうだ?」

『下級のアイススネークがそろそろ眷属になりそうです。それと新加入したトムテはミ=ゴウと仲良くやっておりますし、ルオットチョジクもだいぶ馴染んで来ている様子です」


 風呂に入る前に確認をしたが、ルオットチョジクの扱いは眷属化していないがために、他の眷属はやや余所余所しくなっている。

 例えるなら親戚の集まりの中に、親しい友人を連れて来て、親戚を少し困らせている状態だ。

 まあ俺は眷属以外の人物の相手をする良い機会だと思っている。


『負傷者につきましては、戦線復帰にアカリヤが全治三週間、リンネルが一週間ほどでしょう。ですがアカリヤの方は上級討伐により、上級へと進化が可能になりました』

「それは朗報だな、リンネルの方ももう少しで中位へと成長できる」

『はい。そのベルクハイルというダンジョンマスターを倒す頃には、成長も可能になるしょう』


 格上を倒したアカリヤの成長はさすがだ。

 一階層の守備を高めるためにも、是非アカリヤには上級となってほしい。

 それに彼女には渡したい物があった。


『それとアカリヤの討伐した青の魔女(カリアッハ)が、光属性魔法を習得できます』

「ほんとか!?」

『本当でございます。魔物召喚をなされば、氷、光の二属性になるでしょう。いかがいたしましょうか?』


 ついに我がダンジョンに光属性の仲間を加えることができる!

 これで一応の属性魔法をコンプリートしたことになり、念願の回復魔法を手に入れた。

 メアにはご褒美の500DPを贈ろうではないか。


「うーん……緊急時に備えて一枠は空けておきたいからな。回復魔法の精度も低いだろうし、今は止めておこう」

『承知しました』


 報告も大方終わる頃には、泡をシャワーで流し湯舟へと浸かる。

 ふぁあ、気持ちぃお。

 やっぱりお風呂は最高だな。十分ほど浴槽の端に腕を預け、浮力に任せて背筋から足までをだらんとする。

 マナーにお風呂を二つ作ってよかったわぁ。小風呂のユニットバスはザ・俺専用風呂なので存分に休める。


『気持ち良さそうですね』

「え!?見てるの?」


 瞬時に股間を手で覆う。

 俺はまだ一度も感想を声に出していない。無言のままお風呂を堪能していたのだ。

 つい不信感の籠った声をクリスタルに発する。


『み、見てませんよ……何でしたらお背中でも流しましょうか?』

「え!?いいの?」


 しかし今度は逆、歓喜して声を荒げる。

 なんだか急に話を逸らされた気もするが、それでクリスタルの裸を見られるのならお釣りが来よう。


『はい、では入ります』

「え?ちょっ、はやっ!?」


 ピュアな心は準備もできぬまま、浴室の扉が勢いよく開けられた。


「父様!」


 そこに裸で現れたのは、黒髪に黄色と赤色のオッドアイをした幼女でした。


「………………(よくも俺を騙したなアアアア!!)」


 その幼女メアは珍しく見せる笑顔を浮かべて、すっ裸でダッシュしては俺の入る浴槽へと飛び込む。すると小さな水飛沫を上げて、すっぽりと俺のお腹の前を占領した。

 おいおい身体も洗ってない状態でお湯に浸かるとは、マナー違反だぞメア。

 因みに開けたままの扉は、マナーが勝手に閉めてくれた。


「ぷはっ、おかえり!」

「おうただいまー、いい子にしてたか?」

「うん!」


 メアの身体は小さいので、俺に背中を預けるようにして座る。改めて見ると、ほんと小さな身体だな。

 お行儀の悪さは、十日ぶりの再会が待ち遠しかったのだろう。風呂に入る前に挨拶をしなかった俺も悪いので、今日は水に流す。


「クリスタルからメアの活躍を聞いたぞ。500DPはお前の物だ。何が欲しい?」


 眷属への進化とダンジョンの改装以外は、好きにしていいつもりだ。

 追加の魔物召喚でも、魔法道具でも、なんなら相応の金や道具、食料、玩具でもいい。


「うーん、頭洗って欲しい!」

「頭?ここでメアのをか?」


 メアはコクリと無言で返事をすると、胸に頭を押し付けるようにして預けた。

 それは親に甘えたい年頃の純粋な願いなのか。俺は頑張った褒美として、今だけはダンジョンのことを忘れて、メアの望む父親として接するのもいいと思ってしまった。


「分かった。目に泡が入っても泣くなよ?」

「父様、ありがとう!」


 この後俺は、報酬の500DPは別として、メアの頭を洗うと、今度はメアが俺の背中を流してくれた。

 結局背中を流すのはメアなんだな……。

 そして俺とメアが風呂から上がる頃には、アカボシとバルが無事に帰還したことを知る。

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