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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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73話 異世界と地球

「ここは一つ、お主の望んだ、この世界の歪み、汚された歴史を教えてやろう。それを聞いて後にまた、部下になるかを尋ねようかの」

「……」


 この世界か……ベルクハイルの口振りからして、こことは異なる世界のことを知っているのだろうか。


「かつて我輩が生きていた頃は、世界には主に龍種、妖精種、幻獣種、天使種、悪魔種、そしてこの我輩たち巨人種と、合わせて六種族が互いの領域を決めて、平和に暮らしていた」

「この大地にか?ダンジョンなら兎も角、今まともに出会えるのは妖精種だけだぞ?」

「そうだ。あの頃は天使や悪魔も対立することなく、皆が共存しておったぞ」

「……それは羨ましいな」

「そうだろそうだろ!」


 俺の返事を聞いてか、ベルクハイルは機嫌を良くする。

 途中で秘密にされても困るし、出来る限りの情報は聞き出せたいから、よいしょは忘れない。


 因みに現在では、ベルクハイルの言わなかった種族に、リンネルのような植物種、アカボシのような魔獣種、アカリヤ達のアンデッド種、まだ見ぬゴーレムのような機会種に、昆虫種など地域によってはまちまちいる。

 スライムなど少数の小さな種族も存在しているが、過去ではベルクハイルのいうその六種が繁栄していたらしい。


「しかし今からおよそ二万年を遡ったころか。この世界に未曾有の大災害が訪れた……セカイよ、何か言ってみろ?」

「隕石とか?地殻変動か?」

「グッハッハー!阿保ぬかせ、それくらいの災害は弾き返すぞ!答えは『人』だ」

「人?それこそ弾き返せよ」


 しかしベルクハイルの言葉には、今も禍根を残すようね、声にやや怒気を孕んでいた。


「それが無理だったのぅ……なんせ数百万を超える『人』が突然、別の世界から転移してきたのだ」

「ッ!?…………転移?人がそのままの身体を持ってか?それにその言い方だと、人種は元々この世界には存在しなかった生物なのか?」

「然り。人などおらん。ここはかつて、魔の楽園だったわい……」


 俺の前世は地球人だ。

 ベルクハイルの言葉が、他人事には思えない。むしろ転移ではないが、転生をした俺も当事者であるのは違いない。

 しかし二万年前だと、地球に百万を超える人口がいたのだろうか?

 無論、時間軸が地球と重なるわけでもないので、一概に否定はできないが。


「人が異世界人だったなんてな……」


 俺が地球出身であることは、今のところ隠しておいた方が良さそうだな。


「いい迷惑だ。それにな、来る人の姿も、言語も、果ては年代までもが別々だったぞ」


 マジかよ、異世界も苦労したんだな。

 ベルクハイルの話では、およそ鉄器時代までの地球人が、同年代に集団転移をしたらしい。

 さらに俺達ホモサピエンスとは違う人間のネアンデルタール人も来たとか。

 しかし人の種族といえば、当然の疑問も生まれる。 

 この異世界には、人間種、人獣種、人魔種と三種の『人』が存在する。

 人間種は地球人に間違いないだろうが、他二種は地球にはいない。あいにくと猫耳少女やロリババアなんてのは、地球では空想の存在なのだ。


「人獣種や人魔種も、別の異世界からの移住者なのか?」

「フン、それの話もちゃんと後でするわい、少し待ってろ」

「お待たせしました」

「したでしゅ」


 するとルオットチョジクとソンチョーが、料理の入った大皿や酒瓶をたくさん持って来てくれた。

 いつの間にソンチョーはルオットチョジクの所に行っていたのかよ。

 俺はスヴリーの警戒と、ベルクハイルの対話に熱中していて気づかなかった。

 スヴリーは部屋の隅っこで、音を立てることなく腰を下ろし、ただこちらを見ている……かなり恐いです。


「ほれ、我輩と酌み交わすぞ。巨人種の伝統的な酒だ、存分に飲むがいい!」

「頂こう」


 酒は飲みたいと思わない辺り、前世は好きだったわけではないらしい。しかし巨人種の酒と言われれば、好奇心を隠せられない。

 そんなそわそわしている俺とベルクハイルの間にルオットチョジクが上品に座り、物静かに酒を汲んでくれる。

 串焼きや干物、煮込み物などのつまみに、美女による給仕とは、ベルクハイルも乙である。

 俺もルオットチョジクに対抗して、クリスタルかファウナ辺りを呼んでみたかったよ。

 リンネルでは怪我以前に色々と力不足だ。酒も無理だろうし、おっちょこちょいで心配になる。

 ついでにスヴリー対策に番犬アカボシがいてくれたら、料理も堪能できたのにな。

 そんなことを想いながら俺はさっそく酒を一口飲むと、とたんに口が痺れ、喉も苦しいほどに熱くなり、身体中の血液が暴れ始める。


「んんんーーーーッ!?!?なんだこの酒はッ!」

「グハハ、その名も『災厄祓い』。巨人種秘伝のこの酒は、天災級をも酔わせるほどの効力を持つ。初めてでは刺激は強いが慣れれば、災厄祓いなしでは酒も飲めん!となるほど病みつきになるぞ?」

「取り扱い注意にしろよ!天災級を酔わす酒とか、猛毒レベルの代物だぞ!?」


 どうせベルクハイルだ。

 更に上の魔王殺しなんて酒も、ありそうで怖い。

 俺は酒よりもつまみに集中しよう。敵地で酔い潰れるまで飲むとか、さすがにできんよ。


「問題ない、中級のルオットでも二杯はいけるぞ?さすがに三杯目まで行くと、我輩もドン引きするほどの愉快なルオットが観られるが」

「…………災厄祓いは、生きた聖蛇(フラウ)を百年程ある蒸留酒に漬け込むとできる、蛇酒のことです」


 蒸留酒?ねえそれ焼酎だろ?焼酎だよね?

 おっしゃ、ルオットチョジクよくやった。


「あ、おい、言うではないぞ!我輩が悪かった、済まぬ、許しておくれ!」

「私は給仕のお仕事がございますので、飲みませんし、飲ませないでくださいよ?」

「こ、今宵は我輩とセカイの二人だけで楽しむぞい」

「あはは、はぁ。そろそろ話を戻してくれよベルク」

「う、うむ」


 不承不承な態度を取りながらも、ベルクハイルは話を戻す。

 早く集団転移した地球人の行く末と、六種族の興亡を聞きたいのだ。


「当時転移して来た人のせいで、我ら六種族は大慌てしたぞ。そもそも原因や、世界に空間の穴が開くとは、誰も知らなんだことだ」

「それもそうだろうな。原因は分かったのか?」

「……一応な。それは最後の方に教えようか。そして人と魔の二つの支配者が混沌とする世界が新しく誕生した」


 ぷにぷにぷに。

 眠っているリンネルのほっぺを堪能しながら、人の発展の歴史を聞く。

 しかしこの災厄祓いのせいで、思考が段々とおぼつかなくなっていきそうだ。

 遅効性なのか、一杯目を飲まされてから、さっそく酔いが回ってきた。


「人が転移して来た当初は、魔法を使えん、小賢しいがゴブリン以下の雑魚と変わりなかった」

「今じゃバリバリ使えているな。魔物以上の多様性を持っている」

「三百年くらいからか。この世界の魔素を取り込み、魔力を練れるように人は世界に適応していったのだ。その瞬間からだ、後戻りできないほどに歴史が動いたのは……」



 転移させられた地球人の子孫は、魔力があり、魔物のいる世界でも、着々と根を下ろしてきたそうだ。

 時代もバラバラだったが、文明の先を行った人たちの知識と経験により、六種族の領土の隙間を縫うように細々と国を発展させてきた。

 むろん多くの人がその過程で犠牲にはなったが、人以外の知的生命体のいる星では、人も魔物と変わらない、眷属の契りのような団結力を発揮したらしい。


 そんな三百年間を無事に乗り越えた人々は、ついにこの世界の祝福を授かることになる。

 それは魔法。

 火を起こし、水を生み、土を耕し、風を操る。

 今まで原始的に行っていた労働も、魔法一つで効率は飛躍的にあがった。



 しかし人は満足を覚えない生物である。

 それが地球上では、他種を圧倒するほどの進歩を遂げたのだ。

 時間と労力を持て余した人が、次にとった行動は他種族に対する侵略行為である。

 今まで奪われた分を、奪い返すのだ。と身勝手な正義を掲げて、次々と六種族の領土を侵攻した。


「かつてないほどの死者が出た。我々魔物は喰うために生物を殺すが、人のようにくだらぬ正義や快楽で、必要以上に生命を奪う者はいなかった。その三百年間で人種を虐げなかったことを、今でも悔いとるわい」

「それで人との戦争はどうなった?」

「無論我ら六種族が圧倒的に勝ったぞ!!魔法が使える?狡猾で残忍?そんなもの、我らの武力の前では、児戯に等しいぞ!!」

「つまり、その死者ってのは人のことか。やるな六種族、現地人の意地を見せたな」


 地球人にも立場や考えがあったのだろうけど、今はベルクハイルへのよいしょを忘れない。

 ルオットチョジクは黙々と、空になったベルクハイルの盃に酒を注ぎ込む。

 こいつこれで十二杯目だぞ、話の間を置くたびに飲んでいるとか本当に頭と胃がおかしい。


「だがそれが、更なる悲劇を生むことになった……」


 魔法が使えて、団結もする人ですら、六種族には敵わなかった。

 だったらどうするか?

 決まっている。六種族以外の種族から奪えばいい、と人の標的は更に弱く、小さな領土で懸命に生きる弱小種族が狙われることになった。


「そこに寝ておるアルラウネ……かつてのアルラウネも、小娘と似て優れた容姿をしていたぞ」

「……それは本当か?今のアルラウネってゴブリンみたいな見た目だぞ?」

「それには所説ある。人と姿が似ているために、必要以上に標的とされた。そしてアルラウネの身体は古来より万病に効くとされている。人が戦争を吹っ掛ける度に、不運にも乱獲され、数を減らされたのだ」

「つまりアルラウネは自ら容姿と能力を下げ、人からの標的を受け難くくしたと?」

「阿保らしいだろ?しかしそんな愉快のところを我輩は気に入っているぞ」


 リンネル蜜を巡って、そのような壮絶な過去を持っていたとはな。

 アルラウネらしいというか、リンネルらしいというか、空回りな生存競争をしたんだな、ぷにぷに。


 クリスタルの属性である『人』は、あくまで『地球人』の容姿や知性に近づけるだけではなく、リンネルの場合は古代アルラウネの姿に進化したと、貴重な情報を手に入れられた。

 絶滅や退化した魔物も、クリスタルとの魔物召喚では昔の状態で召喚できるらしいのだ。



「そうして少しずつ、この世界のバランスは崩れていった。極めつきは、アンデッド種が誕生したのだ」

「その時代にはアンデッドがいなかったのか!?」

「アンデッドの生産に必要となる物は、魔力よりも瘴気。その瘴気とは、高濃度が『人』の怒りや怨念から発生しているのだ」

「人から高濃度の瘴気が出る根拠はなんだ?魔物の死体からでも瘴気は取れるぞ?」


 メアにはよく、殺した魔物をダンジョンの一、二階層で放置して、瘴気を多く獲得してもらっている。

 しかし最後に人を殺したのが、メアが生まれる前の出来事のため、ベルクハイルの言葉の裏を取れていない。


「では訊くが、何故アンデッドの多くが人型をしている?スケルトンもグールも、レイスもゾンビも、多くは人の死体から作られるだろ!!人以外の瘴気が可能ならば、もっとアンデッドの種類も多いはずだ!」

「……一理あるか。アンデッドのおよそ七割は、人型だった」

「アンデッド。この種族が生まれて、ついに六種族の均衡が壊れてしまうんじゃい」


 しかし、その話の続きは一旦打ち切られる。




「ふぁ~、あれ、ここは何処ですか~?」



 リンネルがついに目覚めてくれた。

 俺のぷにぷにが効いたのだろう。


「お早うリンネル。怪我の具合はどうだ?」

「あ、ご主人さ……イッ!?てて、すみません、少し背中が痛いです」


 やはりまだ怪我の具合は酷く、目覚めはしたが、身動きが出来ないらしい。


「ここは敵地ではあるが安全だ。背中でも貸すから、今は安静にしていてくれ」

「は、はい……あのぅ、でしたら、そこ、貸してください?」


 するとリンネルは、おずおずとした様子ではあるも、俺の胡座の部分を枕にして、耳掻きをされる体勢で横になった。

 少し恥ずかしいが、頑張ったリンネルが求めたならば、それくらい応えよう。


「何か必要な物があれば、そこの給仕に用意させるから、言ってくれ」

「あ、お飲物をいただけないでしょうか?少し体内の水分が不足していまして」

「只今お持ちします」


 しかしルオットチョジクが場を離れた隙を、ベルクハイルは見逃さなかった。


「おう?コングを殺ったアルラウネが目覚めたか。ほれ、望みの水だ」


 そう言って、ベルクハイルが差し出した杯は、一向に減らない俺の杯だった。


「あ、ありがとうございます」


 当然さっきまで寝ていたリンネルは、その中身が災厄祓いだと知らない。

 リンネルは体を俺に預けながら、ベルクハイルから杯を受け取った。


「おい、馬鹿、何を与えている!」

「名前は物騒だが、これは立派な薬酒だぞ?怪我の回復にも(一応)効くぞ、グハハッ!」


 寝起きで上手く頭が機能していないのか、水を待ち望んでいたのか、リンネルは杯に口を付ける。

 それでも俺は、リンネルから杯を奪い取ろうとすると、卑しく笑うおっさんに腕を掴まれた。

 さらに隅ではスヴリーが敵意を持って起き上がると、俺は膠着するしかなかった。

 また災厄祓いが、薬酒だと甘言に唆された結果ーー。


「んぐ、んぐ、ぷは~~!とぉ~てもっ!美味しいお水ですねっ!」

「おぉ!いい飲みっぷりだぞォ!」

「おきゃわり!」

「グハハ、我輩ますます小娘を気に入ったぞッ」


 リンネルの顔色と言動は、完全にもう出来上がっていた。

 その時の俺は、やはり判断能力に欠けていたのだろう。ルオットチョジクが戻り、ベルクハイルを諌めることを願い、二人の狂乱をただ見ていた。

 これからは酒を止めると決意する……生きて帰れたらの話だけど。

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