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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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72話 魔神の手掛かり

「ん……ん……開始、します」

「お、お願いします」


 明かりを消したエスキモーの中で、上半身を裸に正座する俺は、同じく上半身を裸にしたルオットチョジクに後ろから肌を密着される。

 細い腕は腰へと回され、背に受ける彼女の体温と二つの膨らみには俺の思考能力を奪ってくれる。


 く、静まれ煩悩。

 いや、この際立ち上がってくれ相棒!

 しかし相棒は寸とも動いてくれず、蛇の生殺しのような気分を味わうことになる。

 どのくらいの時間だっただろうか。お互い激しく鼓動する心臓の音が、徐々に重なり合い、体温までも一体になり始めると、ようやく魔力贈与が開始された。


 魔力を受け取る側の俺には苦痛や疲労はなく、むしろ魔力が増えていることで、身体が少しずつ活性化されていく。


「んぁ……はぁ……」


 しかし送る側のルオットチョジクの額から汗の滴が肩に垂れ、耳元では熱い吐息が囁かれる。

 これはいけないことをしている気分になるな……。

 意図的に避けていたとはいえ、男子は一度階段に上がると、段差をぐんぐんと飛び越える生物なのだろうか。リンネルに続き、出会って間もない女性(ルオットチョジク)と、今日だけで俺は男として成長を果たせた気がする。

 

 だがお互いの顔や、こちらが身動きを取れないとなると、自然と繋がる相手にクリスタルを想像してしまった。

 調度ルオットチョジクの胸の大きさが、ダンジョンではクリスタルが一番近かったのもいけない。

 そもそもダンジョンをほっぽって、敵の女性とよろしくやっている気分に駆られて、クリスタルには悪い気がしてならない。 

 俺がそんな罪悪感に押しつぶされそうになっているとーー。


「はぅ……お、終わりました。これでセカイさんには、私の八割ほどの魔力をお渡ししました」

「ああ、リンネルともども助かった」


 魔力を送られている時は、広いプールに水を張るように、全体の総量を正確に計ることができなかった。

 だけど今は互いに背を向いて、服を着ながら確認すると、全体の七割以上も魔力が回復をしていた。

 それは天災級の俺の魔力をおよそ三割も回復させたことになる。


「驚いた、ルオットチョジクは随分魔力総量が高いんだな。並の上級魔物よりはあるぞ」

「私は特性上、ずっとそこだけを磨いて来ましたから」


 つまりルオットチョジクは魔力タンクとして機能すると大変脅威な存在である。

 魔力とは一日を安静にして、ようやく全回復するものだからだ。

 さらにトムテから信頼を集めている辺り、性格の方も素晴らしく、本当に仲間に欲しい人材である。


「さて、参りましょうか」

「そうだな。おかげでベルクハイル?と戦闘になっても、最低限の対処はできそうだ」

「そんなことは、私が命に代えてもさせません!」


 ルオットチョジクは気合を込めて拳を握る動作を取る。

 彼女には上手くダンジョンマスター同士の間を取り持って欲しい。


「是非そうしてくれ」


 人間というのは、体を許した相手には寛容になる。

 今では俺も、彼女の一挙手一投足までを目に追うようになっていた。

 立場こそ敵ではあるが、俺は彼女を嫌いになることは絶対になくなった。



 俺たちは衣服を整え、エスキモーを出る。

 ルオットチョジクによって、治癒に必要な魔力を十分回復したリンネルの寝息は、かなり落ち着いて、「うへへ〜」とアホな寝言を呟いている。

 おかげてあとはもう一人の旅の仲間に、重要な任務を託すだけである。


「何をしているのですか?」

「ルオットチョジクを信頼していないわけでもないが、こちらも警戒を怠るつもりはない。仲間への伝言だ」

『クアー、褒美ハ、生キタ目玉ダゾ?』

「ああ分かってる。その代わり絶対に、ぜーーたいに!クリスタルに渡すんだぞ!」

『案ズルナ、コノ屍肉ヲ、食ベル愚者ハ、ゴブリンニモ、イナイ』


 この半肉半骨(レムルース)のカラスは、正中線を隔てて、生きたままの姿と骨だけの姿を持つ、グロテスク極まりないアンデッドだ。また心臓や胃、肺などの臓器もちゃんと残っているため、骨の合間からドクンドクンと奇妙な脈を打っている。


 しかし飛行時間や飛行速度は優れておらず、定期的に地上で休ませないとならない。

 耐久力も紙飛行機並なので、その間に襲われでもすれば、計画は水の泡となる。

 レムルースは伝書鳩のように、首に手紙を入れたカバンを下げ、クリスタルのいる凍魔の巣窟を目指して飛び立つ。


「口頭でもちゃんと説明してくれよな!」

『クカー!カラスハ、賢イ、心配スルナ』


 飛行速度が遅いとはいえ、一日もあれば余裕で、クリスタルの元まで辿り着けるだろう。それだけ空を移動する利点は大きい。


 因みにクリスタルに当てた手紙の内容を要約すると。

・敵のダンジョンマスターに会談をさせられる。

・俺の魔力が回復せず、リンネルも負傷中。

・第二転移門を集合地点へ置いて、クリスタルはレムルースの案内で、こちらへ向かってくれ。


 と時刻や現状、指示を地球の文字で記したのだ。

 実は俺がエルドシラ大陸人種語の文字を勉強している間、逆に俺がクリスタルに地球の文字を教えていた。

 クリスタルさんは俺と比べて大変スペックが宜しいため、今すぐ地球へ嫁に出しても問題がないくらい言語をマスターした。おかげでこの際地球言語を暗号として扱うことにしている。



「それでは行こうか。ソンチョーも世話になる」

「がんばるでしゅー」


 俺はぐっすりと眠るリンネルを背負い、一人のトムテ……名前をソンチョー(村長)にした。

 ちょび髭を生やし、トムテの中で最も審美眼に優れるソンチョーを、敵の毒や罠、嘘を警戒するために同行してもらう。


「会談場所は三時間ほどで到着する、山肌を削った洞窟でございます」

「分かった。それまでに、会談に来るダンジョンマスターと眷属の種族や性格、階級くらいは礼儀として教えてくれるよな?それは戦闘行為を避けるための、最低限必要な情報だ」


 正直これが聞きたくて会談に了承した。

 ダンジョンの場所までとは言わないが、俺たちは客人ゲストなのだから、相手の素性くらいはちゃんと説明してもらわないと、不意の無礼で戦闘行為に勃発するかもしれない。


「それくらいを教えることは、ベルクハイル様も心得ております」

「うんうん」

「先ずダンジョンマスターであられるベルクハイル様の種族は氷の巨人(フリームスルス)。階級は魔王級」

「……え?」

「そして同行なされる眷属は、ベルクハイル様の一番の忠臣、スヴリー様のみでございます。種族は氷の巨馬(スヴァジルファリ)。因みに階級は天災級です」

「はひ?…………んげぇええええええええええ!!!!!?????」


 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいとてもヤバい。

 今すぐ山脈から逃げた方が良くないか?

 こっちは天災級が俺しかいないんだぞ!

 せめてやるなら魔王級一人だけにしてくれよ!全滅エンド間違いなしだろ!

 敵の戦力を聞き、汗が滝のように背中から流れ、手足がわなわなと震え始める。


「あはっ、あーはははははっ!変な顔っ!んげって!あーはっはっは!」


 するとルオットチョジクが顔を歪め、腹を抑えて笑いだした。


「何笑ってんだよ!」

「いや、だって、くすっ、あははっ。失礼……さっきの説明は真実ではございません。ご安心してください天災級・・・のセカイさん?」

「おまっ!俺を騙したのか!?」

「ですが私は嘘をついてはおりませんよ。ベルクハイル様とスヴリー様は()魔王級と天災級なのです。今はそれぞれ一段階も落ちています」

「なんだ、そうだったのか……」


 脅かすなよマジで、心臓に悪い。

 しかしルオットチョジクってこんな風に笑えるんだな。ずっと敏腕秘書の鉄仮面ってイメージを持っていたため、新たな一面を知ることもできた。


「あれ、聞きませんでしたか?大天使ルシナと、巨人による激闘の伝説を?あれに封印をされて、力もだいぶ衰えているのです」

「やはりそれは史実だったのか?」


 ルシナ教徒のハクサンドラから聞いた物語を思い出す。

 それは数日間の戦闘の末、ルシナが巨人を封印し、巨人種の圧政から人々を救い、平和な世界を築いたって。


「ルシナ教徒の話には多数脚色が混じっておりますが……一つ、大きな間違いがございます」

「まあ聖典を弄るのは、どこの宗教もやっているわな」

「いえ、高次元の死闘ともなれば、人は観測することすら無理があります。そして間違いとは、ベルクハイル様はルシナによって瞬殺されたらしいです。当時のベルクハイル様は魔王級、対して大天使ルシナは天使を束れる魔帝級。さすがに為す術もありません」

「おい、魔帝級ってのは、現存では三体しか確認されていないんじゃないのか?ルシナは何者なんだ?」


 魔帝級とは、エルドシラ大陸中央の三帝領に君臨する、獅子、怪鳥、竜の魔物だとか。

 そこに天使は存在しないと聞く。


「魔帝級ともなれば、寿命はないに等しいらしいです。そして世界に魔帝級は三体しかいない……つまり、ルシナは天界で隠居をしているか——」

「魔神にでも、なったのか?」


 その質問の返事は笑顔だけであった。


「詳しい話は、その時代を生きた本人に訊いてみるのは如何でしょうか?ベルクハイル様はお酒を交わしながら昔話に興じるのを、大変喜んでなさります……ただ少々面倒くさいですが」


 ルシナが魔神級の可能性が生まれた。

 まさかこんな所で、ラスボスの手掛かりを見つけるとは、思いもしなかった。

 今まで俺たちの知っていた魔神級の情報は、最大の敵で、俺を精神支配する邪魔者で、しかしクリスタルの生みの親だということだ。

 種族や人柄を少しでも知れただけ大きい。


「ありがとう、この(・・)世界の歴史を知るためにも、続きはベルクハイルにでも訊いてみるよ」

「うん?まあ、頑張ってください。飲まないと話してくれるとは思いませんが」

「やっぱ飲むのか。まあ天災級がアルコール程度の毒で酔うこともないから良いか」

「…………頑張ってくださいね」



 日が沈むころに、ベルクハイルと会談をする洞窟へと到着した。

 その洞窟の入口は鉄の扉と、松明よる明かりがあり、洞窟と呼ぶよりも悪の秘密基地な雰囲気を持っていた。


「ベルクハイル様!ただ今、ダンジョンマスターとその一行を連れて参りました!」


 すると扉が一人でに開き、ルオットチョジクが「入りましょう」と促すので、警戒をしながらも洞窟へと入る。

 ルオットチョジクの会話から聞くベルクハイルとは、典型的な巨人種の性格らしい。

 それは短気で、酒豪で、豪胆で、戦好きで、されど正々堂々で前例主義的な、要は頑固なおっさんである。

 毒や闇討ち、裏切りといった卑怯なことは決してしないので、安心してほしいだとか。


 また洞窟の長い通路は、まるでダンジョンの中と同じだった。

 一定間隔に松明に、整備されたコンクリートの地面を歩いているような気をした。


「この扉を開けると、広間へと出ます。今夜はそこで、ベルクハイル様と話し合ってください」


 俺はルオットチョジクの説明に無言で頷き、慎重に扉を開けた。



「よく来たぞダンジョンマスター!単身で敵地へ趣く気概は良しッ、今宵は我輩と語り合おうぞ!ガッーーハッハァァ!」



 そこには仁王立ちをして、体育館ほどの広間でも、耳が痛いと感じるほどの大声で騒ぐおっさんがいた。

 俺はこいつは確かに巨人種だな、とルオットチョジクの評価を全面的に信頼することにした。


 ベルクハイルは、白髪に豪快な髭を伸ばし、逞しい筋肉を見せつけるかのように薄着の恰好をし、年齢は四、五十代ほどのナイスミドルな人間種と変わらない姿だった。


「俺はセカイだ。連れが寝ている、頼むから静かにしてくれ。ルオットチョジクからは戦闘行為を一切しないと聞いたが本当か?」

「うむ、我輩はセカイと闘う気はない。それに見てみろ。この身体は分身体、本体はダンジョンの奥底におるわい」

「……それでも上級上位の力はあるようだな。分かった、ベルクハイルを信じよう」

「よし、ここに座れ。既に我輩のことを聞いているようだが、ベルクと縮めて呼ぶがよい」


 俺は促されるまま雪豹レイユオルで作られたカーペットへと座り、ベルクハイルと向い会う。

 リンネルは俺のすぐ横に寝かせて毛布を掛け、ソンチョーは俺の背に隠れるように、ベルクハイルをじっと観察する。


 この広間にはテーブルや椅子などはない。

 あるのは、カーペットと酒樽、冷凍した食糧や木箱などだった。

 ここは元々食糧庫なのだろうか。部屋全体が物静かで暗い雰囲気がある。


「ルオット!直ちに飯と追加の酒を用意せい!!」

「すぐにお持ちします」


 ルオットチョジクは広間から出ると、入れ替わるようにして一体の馬が現れた。

 しかしそれはただの馬ではなく、伝説上の麒麟のように、雄々しくも気品のある見事な氷馬だった。

 そのスヴリーを見て、正直今の俺では(・・・・・)勝てる気がしなかった。

 こいつも強い。この空間ではベルクハイルよりも警戒する必要があるほどだ。


「さて、先ずは自己紹介からだ。我輩はベルクハイル、この先にある氷河洞窟アイススケーブの主をしておる」

「俺はセカイ、ダンジョンを残して絶賛放浪中のダンジョンマスターだ」

「うぬ、これが真のダンジョンマスターか。……魔神め、よう作るわい」

「魔神のことを知っているのか?良かったらベルク、魔神や世界の歴史について聞かせてくれ」


 この訳知り顔で語るベルクハイルの姿は、魔王級の風格を匂わせる。

 階級は同じだが、格は一段も上にいる。悔しいが認めざるを得ない差が明確にあった。


「その前に一つ、セカイに提案がある……お主よ、我輩の部下になれ」

「断るッ!」

「……野望を叶えた暁には、世界の半分をくれてやるぞ?」

「ますます嫌になったわ!」

「何だとォ!?」


 どこの勇者の冒険だ。

 さすが元魔王なだけあって言うことが、予想外だった。

 ベルクハイルは本気で世界を手に入れようかと、野望に燃える目をしていた。


「グッハッハッハ!!まあ、最初はそんなものか……ここは一つ、お主の望んだ、この世界の歪み、汚された歴史を教えてやろう。それを聞いて後にまた、部下になるかを尋ねようかの」


 ベルクハイルは自分専用の酒瓶を直接口に付けて飲み、語り始める。

 俺はこの世界の謎を、思いの外呆気なく聞けることになる。さらにそれは、俺にとっての重大な決心を生むことになったのだ。

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