70話 蔓杖
それは雪の家と呼ぶのだろうか、家霊妖精の家は雪を固めたブロックで組み立てた椀型をした氷の家だった。
「どうぞなかへー」
「はいってくだしゃいー」
しかしこのエスキモーは小人用のため、天井も俺より低くて中へは入れない。
匍匐前進すれば何とか入れそうだが、壊しそうで何だか怖い。
何より離れたリンネルの方が心配だったため、できる限りは外の警戒に当たりたかった。
「済まないが、俺は外で待っているよ。仲間になるかどうかはトムテ達で会議してくれ。質問があれば何でも答えよう」
「おもてなしもできず」
「それはざんねんでしゅー」
妖精種の中には対象の心を視るため、種族や階級などを即座に見破る能力を備わっているらしい。
その能力で彼らは俺のことをダンジョンマスターだとすぐに分かり、力の差や言葉の真偽も分かっているそうだ。
それで確実に自分たちが勝てると思う相手としか戦わない。厳しい自然界で弱者が生き残るために手に入れた能力なのだろう。
「まったく恐ろしい力だ……しかしこいつらやけに文明的だな」
魔物が作った家は、見ているだけでワクワクする。
ここにはエスキモーが全部で六つと、たしかな集落があった。
みんなで狩りをしたのか、角兎の皮やキノコが干され、薪や斧なんかも床にある。
スノーマンに襲われていたのも狩りの帰りらしく、帽子の中にはキノコや薬草を持っていた。
「しつもん、いいでしゅか?」
「お、なんだ聞いてくれ」
扉の中からトムテがぞろぞろと現れだす。
それらのトムテの年齢や地位が高そうに見えるのは、髭が長いからだろうか。
「しゅうきゅうふつかせいでしゅか?」
「ざんぎょうてあてはでましゅか?」
「ぶらっくなかおりはしましゅか?」
「ぶふ!?」
あまりの御門違いな質問で、つい吹きだしてしまった。
恐らく自分でもその言葉の意味を理解していないのだろう。
週休二日制も、労働法も、ブラックな企業も、この異世界は法律としてしっかりしていない。
そもそも労働環境は黒より暗かったりする。
「安心しろ。俺の名に誓って、君たちを虐げるようなことは絶対にさせない」
「わ~~い」
これでどうやらトムテはうちに来てくれるそうだ。
魔物召喚のデメリットを検証しているため、無計画に魔物を増やすことはしていない。
おかげでダンジョンでは未だ労働人口は少なく、居住区の土地が有り余っている。眷属化不可の人種以外ならば絶賛移住者歓迎中である。
「そんじゃ眷属化を済ませよう。正直誰が誰だか区別が難しい」
「よろしくでしゅ!」
トムテ四〇体とハイタッチを交わす。
なぜだかこれがトムテの信頼の証らしい。
トムテはそれぞれのエスキモーへと帰り荷造りを開始する。
なんとここまでリンネルと離れて十五分。
妖精種は話が早くて助かる。
それもきっと、独特なコミュニケーション方法があるからだろう。
「ん?」
しかしそんな束の間も、突然終わりは告げられる。
草影の動きに不審を思って注視していると、こちらを睨む雪大猿がいた。
急いで旋風探知で確認すると、一〇〇ほどの雪大猿と雪猿がいた。
「トムテ!囲まれているぞ!」
「た、たしゅけてぇぇますたーー!?」
早速眷属入りしたトムテが俺に助けを求めてきた。
仲間にした以上は、俺がトムテを助けるのは必然。しかしこちらがその数で襲われているということは、レーダーで探ると……リンネルも一体の大きな雪猿と交戦中だった。
「待ってろリンネル……すぐに迎えに来る」
結果的にこれは二手に分かれさせた俺の失態である。
だったら尚更早く、こちらも全力で雪猿の排除をさせてもらう。
◇◆◇◆
「連射岩弾!」
「ググッ!」
リンネルは高樹の上から岩弾を発射する。
岩弾の形状は銛のように鋭く、大きさは球よりも小さく、さらに金属のように硬い。
これは敵が来るまでの時間に魔力を丹念に込めて生成した特別製の土属性魔法である。
「い、痛てぇーべ。ぐへへ、でも良い魔法だべな」
しかし雪大将猿は無傷。
顔を手で隠すだけで、全ての岩弾は急所を捉えていたはずが、皮膚を突き破ることはできなかった。
四メートルの巨体に、白い毛むくじゃらゴリラが作る、薄気味悪い笑みは何とも気持ち悪い。
「ふん」
これで仕留められない敵は上級以上だとすぐに悟ったリンネルは、先ず移動を開始する。
「む?逃げるべか?」
リンネルは出来るだけセカイのいる方角へと二本の蔓と巧みに操り、樹々の上を移動する。
その間にも追いかける雪大将猿の能力をしっかりと分析する。
相手が岩弾を無傷で防げた以上、土属性魔法による硬化だと看過した。
対魔物において、相手の種族特性や属性魔法を知ることは重要な戦術要素になる。
そして雪猿種は戦闘においての種族特性はなく、魔法も不得手とされるため、精々使用できる属性魔法も一つ、その硬化の土属性魔法だけだろうと推測する。
「いいえ逃げません!」
だったら勝算は自分にも十分あると、リンネルは樹の上から雪大将猿と堂々と向い会う。
リンネルには土属性魔法以外にも、水属性魔法や種族特性による蔓や毒など、使える武器はまだまだある。
上着を失くし、ダンジョン内での白いワンピース姿と小鎌の入ったベルトだけを装着して、背中の花は満開にして見せる。
しかしその姿を見た雪大将猿は、思わぬ言葉を告げる。
「ぬふふ気に入った、おめぇオデの女になれ」
「ひぇ」
まさかの求婚である。
さらに雪大将猿の固く起ち上がった下腹部を見て、リンネルの顔は赤くなるどころかますます青くなり、背筋も凍りついてしまう。
「これは新手の精神支配ですか?」
「違う、オデたち魔猿種は魔法特性が低い。だったら強い魔法使いと子を為せばいい。オデはおめぇが気に入った」
「い、嫌です!断固拒否しますっ!!」
魔猿種の雪猿族は雪山のゴブリンと呼ばれるように繁殖力が強く、多種とでも子を為せる種族特性を備わっている。
しかもゴブリンよりも母体が人型に近いと無理という制限がある代わりに、母体の能力をも受け継ぐという稀有な魔物である。
「だったら仕方ない。無理矢理オデの子を孕ませる」
「ひぃぃぃ、死ね死ね死ね死ね死んでくださいっ!」
怒りと羞恥の表情を持って、リンネルはありったけの岩球を放つ。
「痛て、痛て、でもこれはオデには効か……ぬぅ?」
すると雪大将猿の胸元がシューっと音に皮膚が焼け焦げた臭いが出る。
それは岩球に混ぜて種族特性の溶解液と合わせた水球である。
「やはりこれは効くようですね」
巨躯の身体に分厚い皮と毛が遮って効果は薄いが、確かな攻略の糸口を見つけたリンネルは、土属性から水属性を主体にした戦法に変える。
「いいべ、ますますオデは気に入ったべぇぇ!!」
「ふんっ、あたしの体は安くないのですよ!」
アルラウネの繁殖方法は二つある。
もし最悪な場合には、自身で穴を潰そうなどと決意するリンネルだった。
そして前哨戦を終え、いよいよ本格的な戦闘を始める。
まず雪大将猿はリンネルの水球を軽快に躱しながら、リンネルの乗る樹々を殴り倒す。
樹々は強い衝撃を受け、リンネルも立っていられないと分かると、別の樹々へと移動する。
魔法使いのリンネルが、近接戦闘型の雪大将猿に距離を縮められまいと魔法と蔓での移動の繰り返しである。
意外にもリンネルの移動速度は雪大将猿よりも速かった。
正確には森の地形がリンネルを大きく後押ししていたのだ。
十メートルの蔓で自在に進行方向を変え、根の足は不安定な枝の上でも、しっかりと固定するため逆さまな状態からでも、水玉を放つことができる。
それは蝶と呼ぶよりも蜻蛉のように、美しくはないが巧みに空中を動き回っていた。
しかしリンネルにも欠点はある。
先ずリンネルの属性が土水であって、水土ではないため、水属性の扱いが土属性よりも苦手なこと。
他にリンネル蜜が月に一度しか産出できないように、溶解液や毒にも限界量が存在すること。
そのため安全圏からの水球では、敵を当てることはできず、体力を無駄に減らすだけである。
「ハァ……ハァ……」
「どうしたべ?もう息が上がって、追いかけっこもお終いだべか?」
決着をつけるのならば早めた方がいい。逆に逃げ回ってセカイの増援を待つことも十分にできる。
しかし一瞬の思考の末に出した結論は、『あたしが雪大将猿を殺す』であった。
「やりますか……メアもきっと頑張ってるでしょうし」
仲間を、主人を、守る力が欲しい。守られてばかりの弱い女にはなりたくはない。
それがリンネルを死地へと突き動かす行動原理であった。
「ふんっ!」
「お?」
即座にリンネルは地上に着地すると、蔓の形状を太く、刺々しい形へと変える。
それはリンネルの持つ、最大の近接戦闘の型であり、棘に刺さり毒を注入できれば、抵抗力の低い者はすぐに死に至る。
しかし通常の蔓に比べて長さはやや短いため、魔法を牽制にして使う必要がある。
「決着をつけましょうっ!」
「グフフ、ついにオデの女になるべか」
互いの距離は二十メートル。
間合いを測りながら、リンネルは背の蔓二本と杖を掲げる。
雪大将猿も全身を硬質化させ、リンネルの魔法と蔓を警戒する。
「行くべ」
「っ!?」
先に動くのは雪大将猿。そもそもリンネルの足は遅く、先制攻撃に出るほど能力はない。
雪大将猿はリンネルの目では追いつけないほどの速さで、左右ジグザグにとリンネルを襲う。
しかしその距離が残り十メートルを切ったところで、リンネルは頬を緩ませる。
「ぬぬっ!?」
雪大将猿が、設置していた泥の落とし穴に引っかかった。
地に足を着けば、地上の土もリンネルは扱える。雪大将猿の慢心から直ぐに襲わなかった隙に、前方一帯に落とし穴を作ることが出来た。
しかし落とし穴は即席のため、せいぜい腰まで落とす深さしかない。
リンネルは急いで、蔓を振り上げて雪大将猿の体へ落とす。
「せいっ!」
魔法で水球を飛ばしながら、蔓を使った二段攻撃。時間がないため、ありったけの溶解液や毒を使う。
「グフっ」
雪大将猿は半身を泥に浸かり、両腕はそれぞれ蔓によって拘束される。
「捕まえたっ!」
皮膚は固く、刺して毒を盛ることはできない。しかし棘がスパイクとなり、それぞれの腕をがっちりと掴まえる。
ここまで拘束すれば、後はゆっくりと溶解液で溶かしていけばいい。
しかしリンネルの予想外だったのは、雪大将猿の諦めの悪さだった。
「いやまだだべ」
「えっ」
腕が塞がったならば、歯を使えばいい。
雪大将猿の判断は早く、躊躇いも一切なかっため、リンネルの反応は遅れることになる。
両腕に巻きつく蔓を根元から噛み砕き、自由になった両腕を使って一瞬で落とし穴から抜け出る。
口の中は大量に毒液を盛られるも、同じ階級ともなれば、毒液の抵抗力は段違いである。
「止まれっ!」
リンネルは水球や土弾を何度も打ち、土壁で進行を邪魔するも、雪大将猿の勢いは衰えることはなかった。そしてついに決死の覚悟が実り、リンネルに向かって大きな拳が振り下ろされる。
「終わりだべぇ!」
「ちっ!」
接近を許したリンネルも、直ぐに杖を捨ててベルトから小鎌を取り出すと、右側の蔓に鎌を握らせ、左側の蔓は牽制と目隠しとして雪大将猿の顔面を狙って振られる。
「グフっ!」
「いっ!?」
拳と小鎌が、刹那に交差する。
しかしヒットさせたのは雪大将猿の方だった。
リンネルは拳によって背中を強打され、小鎌を持った蔓は千切れ、三メートル右横の樹木へと勢いよく飛ばされる。
雪大将猿はうっすらと胸に切り傷を受けるも、致命傷にはギリギリ至らなかった。
「あー痛てぇべ、あれも魔法道具だったべか……だがこれでオデの勝ちだ」
ゆっくりと雪大将猿はリンネルの元へ向かう。
リンネルは体を樹へとよしかかり、残った腰の蔓も力無く伸びきり、意識は朦朧としている。
リンネルは抵抗もなく捕まりと、体は宙へ持ち上げられる。
リンネルの背骨は折れており、大きな手で腰を握られると、朦朧の中でも呻き声だけは微かに漏らす。
「死なれると困るが手足は……必要ないべか」
「あがっ!?」
そしてグギッとリンネルの片腕の関節は、真逆の方向へと曲げられ、その激痛により意識を取り戻す。
「い、痛いこと……してくれるでは、ありませんか……」
「魔法対策だ、悪く思うなべよ」
雪大将猿も、皮膚は焼け落ち、口は血で赤く染まり、今も毒が体を蝕んでいた。
お互いの体はボロボロの状態だが、立っていられるのは雪大将猿の方である。
「あなたの子を産むくらいなら……あたしは今、舌を噛んで死にます……」
「む、それは困るべな、どうしようべか……そうだ、首も折れば自殺もべきなくなるべ、名案だべ!」
何を馬鹿なことを言うのか、とリンネルは思ったが、リンネルの頭へ腕を伸ばされたので、すぐに止めさせるための言葉を選ぶ。
「わ、分かりました……」
「おぉ!」
「だったら、あなたが……死んでくださいっ!!」
「むぅ?」
しかし雪大将猿の疑問は直ぐに身をもって理解する形となる。
スパンっと音を鳴ると、雪大将猿の視界が反転した。
「あ?」
雪大将猿が見たのは、自身の慣れ親しんだ胴体。しかし首よりも上は存在していなかった。
つまり生首が見事に切断されていた。
一体どうやって?
雪大将猿が死の間際に捉えたものは、リンネルの腰から伸びる蔓が、鎌を拾っていたことだった。
「植物の……生命力を舐めないで……ください!」
しかし蔓は、鎌を拾い、後ろから奇襲するほど伸びない。
そもそも間近で蔓が伸びていたのなら、雪大将猿も気付いていた。
つまりリンネルが会話をしながら密かにやっていたことは、残った左の蔓を自切した右の蔓と繋げる、接ぎ木をしていたのだ。
そのおかげで蔓は、左右を合わせた二倍の長さで鎌を拾い上げ、雪大将猿の首を切断することまでに成功した。
「ふふ、あたし……やりました。……さまは、褒めて、くれ……な」
雪大将猿の胴体は倒れ、合わせてリンネルも地面へ落とされると、再び意識を失ってしまう。
しかし内容はどうであれ最後に生きている方が自然界では勝者だと、強かな意地を通した勝敗に、リンネルは朗らかな顔付きをしていた。




