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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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69話 氷の巨人

 氷の巨人、ベルクハイルの眠る氷河洞窟とは、高層のとある尖峰の斜面が、自然の経過によって抉られてできた圏谷。その圏谷の湖をまるごと凍らせて作ったダンジョンである。


 かつてベルクハイルが大天使に敗れ、湖に落とされ、封印をされた場所。

 しかし今、万年を超える悠久の時を終える。巨人の手足に繋がれた鎖は千切れ、聖杭によって作られた聖域結界が解かれる。



「うおおおおおお!。ついについについについにィィィうおんうおんうおんぐほッ!わ、我輩は肉体を取り返したぞォォォ!」



 あまりのはしゃぎっぷりで、地面に足を滑らせる。

 このベルクハイルは人の十倍は軽く超える背丈に、額にはその巨人の顔を輝かせる巨大な魔石が見える。

 ここはベルクハイルが動き回っても問題がないほど広い、床も天井も全てが凍緑石フフリアで出来た大空間であり、ベルクハイルの声が響き渡る。


「お早うございます、ベルクハイル様」

「ルオットか。我輩に何のようだ?」


 早速ベルクハイルは、自身の身体を丹念に解し、ブルンブルンと身体を振り回す。

 巨人が身体を振る。それだけで強大な風圧と音が生じて、ルオットチョジクの髪は乱れ迷惑そうに顔を顰める。


「敵がこちらへ向けて進行しております。私達はいかがいたしましょうか?」

「あ、本当だわい。我輩、解放感から忘れてた」


 自分で敵の浸入を察知しておいて何を言うか。

 しかし続けてベルクハイルは思わぬことを口にする。


「アッシュもカリアッハも死におったか。今宵はやけ酒だっ!!」

「……え?」


 ルオットチョジクは首魁であるセカイの監視を任されているため、アッシュ達がクリスタルによって討たれたことを今初めて耳にした。

 よく嫌味を言われ、存外な扱いを受けていたルオットチョジクも、カリアッハが故人となれば多少の追悼の意は現れる。

 しかし今は、恐らく勘違いしているであろうベルクハイルの認識を正す。


「アッシュを屠る強敵がここまで来ておるのか……」

「待ってください、アッシュ様を殺したのは、敵の主ではございません!」

「なぬぅ?……するとアッシュは、眷属同士の決戦に負けたというわけか?」

「……そのようになるかと」

「…………」


 アッシュは顎鬚に手を当て思考する。

 短絡的な巨人種が長い時間頭を使う。その場合は何かよからぬことを考えていると、ルオットチョジクは口を結び、覚悟を決める。


「決めたぞ!我輩はその主と……話がしたい!いや、するぞ。ルオットよ用意せい!」

「はぁ……かしこまりました。分身体の方は出されるのですか?」

「問題ないぞ!封印を解いた今、ほれこの通りだ」


 するとルオットチョジクの目の前に、人間種と変わらない背丈で中年の顔付きをした男性が出来上がる。

 それは見た目が人そのもののため、巨人種の持つ威圧感も若干薄れる。

 封印をされてなお、今までベルクハイルは分身体を使って、眷属を集め、力を蓄え、情報を仕入れていた。


「それで幹部たちはどう致すのですか?」


 分身体を使っている最中のベルクハイルの本体はぐったりとした状態にあるため、ルオットチョジクは分身体と向い会って話を始める。


「スヴリーを共に連れて行く」

「スヴリー様もですか?敵は対話所ではなく、一目散に逃げるかもしれませんよ?」

「その程度の器なぞ会話するまでもなく、追いかけてヤればよい」

「……やはりそうなりますか」

「ルオットの働きに期待しているぞ」

「……」


 今度はルオットチョジクが黙考する。

 ベルクハイルが対話を望んでいる以上は、全力でそれを支援するのが役目であり、自分の理想でもありえた。

 そしてベルクハイルは話の筋を戻し、命令を再開する。


「他全員はダンジョンで待機せよと伝えろ。王たるものは、座して待つのが王道だろう」

「先程まで座することしか出来なかった王が、よく言いますね」

「う、うっさいわ!音痴のくせに!」

「それは今の話と関係ないでしょが!そもそもベルクハイル様が、歌の良し悪しを分からない無学者なだけなのですッ」

「なんだとぉ!」

「ムゥー!」


 いがみ合う二人に険悪な雰囲気は感じられない。

 ベルクハイルとルオットチョジクの関係は、ルオットチョジクが幼少のころからの付き合いであるため、眷属の中でも古参の部類に入る。

 そんな二人はある一点の思想を除いた時は、互いを親子と意識していたりもする。


「しかし雪大将猿ゲビルゲ・コング様だけは、調度首魁の下まで近づいております。どうやら気になるお相手がいるとか」

「アイツ我輩より好戦的の癖して、無鉄砲で馬鹿だからなあ、連れ帰ることはもうできんのだろ?」

「……そうかと思います」

「だったらよい。命賭けの戦とは、本来誰かに決められてする物でもないからの……どうしても行きたいのなら構わん。他の眷属にもそう言ってやれ」


 これでルオットチョジクは指令を全て受け取り、眷属の支持、対話の準備、さらにセカイ達の行動予測と仕事は多い。

 直ちに部屋を後にしようとすると、背後から呑気な声が聞こえる。


「あーそういえば我輩、ルシナの封印を解いても、結局この部屋から出られんぞ……これは野望の先駆けとしてもヤバイ、どうすればよい?」

「封印されている時点で、気づいていなかったのですか!?」


 ここは湖の真下にあるため、ダンジョンの天井を突き破らない限り、ベルクハイルは地上へと出られない。

 それでは折角今まで築き上げた天然のダンジョンを無駄にすることになる。


「これがルシナの罠か……まあよい、敵対者をどうにかしてから考えようか」


 悩んだ末にベルクハイルの出した答えは保留である。

 やはり巨人種は考えることが嫌いなのだと、ルオットチョジクは小さなため息を漏らす。



◇◆◇◆◇◆


 今日で六日目。帰りの寄り道として見つけた森林の中で、昼食休憩を交えながらリンネルと優雅な一時を送っている。


「よし、次は『コカトリスは1羽あたり週に5個の鶏卵を産みます。コカトリスのメスが全部で6羽いますので、月(四週間)で計算すると鶏卵の合計はいくつになるでしょうか?』」

「あー、えと……うぅぅ、うちにはメスがもう1羽いますよ!?」

「そこは問題だから考えんでいい。さっさと答えろ」

「ひぃぃぃぃっ」


 迷ったからって、現実の話を意識するなよ。

 分かりやすいように、リンネル農園を例にしたのが間違いだったか。


「ちょっとこれ、三桁超えるじゃないですかっ!足しきれませんよ?」

「足し算でやってたんかい!?」


 道理で背中の蔓がそわそわしていたわけだ。

 二人での会話にも飽きて来たため、趣向を変えて、リンネルに算数を教えている。

 慣れれば危険も察知できる。

 そもそも魔法を習得する前でも、俺はそれなりに危機回避能力は高かった。


「ひゃくにじゅうですっ!」

「おっ、合ってる合ってる。リンネルも上達したな偉いぞ」

「ふふん、もっと褒めてくださいっ!」


 やっぱり馬鹿だわコイツ。

 やっと掛け算を覚えたリンネルは、雪をノート変わりに計算していた。

 子供の成長を見守る親や教師の気持ちとは、こんな感じなのだろうか。


 リンネルが成長するたびに、感涙する思いに駆られるのは、ついに足し算から掛け算を使うことに慣れてくれたからだ。

 本当にリンネル農園に、マカリーポン姉妹がいて良かった。

 と森林の中でリンネルの教育をしていると「ぎゃー」と人の声が遠くから聞こえた。


「ん?こんな奥地で人の声が?」

「どうしますか?遭遇すると、面倒事に巻き込まれますよ?あたしはバルみたいに人助けなんて起す気はございませんので」


 人を見捨てるような言い方だが、それは俺の魔力量を心配して助言をしてくれているのがすぐ分かった。


「まああれだ。義を見てせざるは勇無きなり……小心者の屁理屈に付き合ってくれ」

「いえ、あたしもお昼時の小運動をしたかったので……どうぞ」

「助かる」


 リンネルが手を差し出すので、その手を引っ張り上げてお姫様抱っこをする。

 この一連の動作も慣れたものだ。

 脚の遅いリンネルを抱えて何度走り回り敵と交戦したものか。


「行くぞ。罠の可能性も十分にあることを、考慮してくれ」

「はいです!」


 音の方角だけでは分からないので、旋風探知を使う。

 移動中ではあるが、おおよその位置を割り当てるだけならば可能だ。

 リンネルを抱えながら割り当てた方角へと走ると、全部で六つの魔物を見つけた!

 良かった、人じゃなくて……そこにいたのはスノーマンに襲われている、小人の魔物だった。


家霊妖精(トムテ)だ!リンネルはスノーマンだけを狙い撃て」

「水球っ!」


 リンネルはちゃんと考えていたのか、殺傷能力の低い水球で、スノーマンの注意をまず俺達に向かわせる。


「ギィ!?」

「おらっ!」


 さらに俺はリンネルを下ろすとスノーマンへ走り、T字杖を振りかぶってスノーマンの顔面を強打する。

 その隙に五体のトムテを保護し、あとはリンネルに任せる。


「おしまい、ですっ!!」


 リンネルが腰の蔓で握った小鎌(フォルクス)でスノーマンを袈裟斬りにした。

 その蔓の長さは十メートルほど伸びているため、離れた位置からでも十分攻撃できる。


「蔓つぇぇぇー!?」

「でしょでしょう?この通り、手足よりもやる子なのですっ」


 触手モンスター全般に言える疑問だけど、その小さな身体でどうやってあの長さの触手を伸ばしているのだろうか。穴に手を突っ込んでやりたいが、雑念もこれまでにして俺とリンネルは偶然助けた妖精種のトムテに挨拶をする。


「大丈夫か?人種の姿だが、俺とこいつもお前達と同じ魔物だ」

「た、たしゅけてくれて、かんしゃしてましゅ」


 背丈は50cmにも満たない、小人の妖精。

 顔に白い髭を生やすが子どもの声をしており、個性なのかそれぞれ変わった色や形の帽子を被っていた。

 丁寧に土下座をするトムテを見て、一瞬驚いたが、妖精種は対象者の思念を読み取り、最適なコミュニケーションを行うと聞く。

 おそらくは俺の記憶の中の、最高級の謝罪方法を学んだのだろう。


「ご主人さま、それでこの子たちはどうしますか?」

「どうって……トムテ達、俺の家(ダンジョン)に来るか?身の安全と生活の保証はするぞ?」


 とりあえず勧誘してみる。

 アイススネークの洞穴で見つけた死体の中に、トムテが混じっており、目録には加えていた。

 だから直ぐにトムテが家霊だと分かっていた。

 彼らは物作りが好きな種族で、事実彼らの腕には手作りの小さな槍を持っていた。

 ミ=ゴウの弟子としての使い道がありそうだ。


「「「どうしよー?」」」


 ごにょごにょと仲間同士で話会うトムテは見ていて可愛らしい。なんだか猫型ロボットの小さいやつを想像してしまう。


「ぼくたちにもおうちと」

「なかまがいるのでしゅー」

「ほかのみんなとはなしあって」

「きめることにしたー」

「おうちにきてください!」


 結局トムテの勧誘は一旦トムテの家に招かれることになった。

 警戒心がないのも、妖精種の特徴なのだろう。


「分かった。それでトムテは他に何体いる?」

「「「「「いっぱいくらい」」」」」

「おおう……」


 その後ゆっくりと話し合い、数が四〇体もいると分かった。

 四〇って思ったよりも大所帯だな。

 距離もどうやらこの辺りに家があるらしく、俺の速さでは十数分もあれば到着する。


「リンネルはここで待っていろ」

「え?何故ですか?」

「すぐ近場だ。ちょくっと行って話を付けてくるだけで、すぐに戻る」


 ずっと二人きりってわけにもいかない。

 魔力もリンネルの献身あって七割もあるので一人でも十分。そして周囲を調べても魔物の存在はなかったのでリンネルを残しても問題はない。それはなによりもーー。


「お前の手に持っているやつを見せろ」

「えへっばれました~?見てください!エーデルワイスですよ!」


 リンネルが見つけた植物は、花弁は五星を象って広がり、色は真っ白よりも銀色の姿をしている。それはあたかも星の輝きのように美しい。

 綺麗だが、こんな花が高く売れるとは世の中よく分からないものだ。


「あーはいはい。ダンジョンで育てたいのなら構わないが、売る分も取っておけよ?」

「むー、もっと他に言うことはないのですか……」


 消沈しているリンネルをエーデルワイスの群生地に残し、トムテ達を抱きかかえて一度離れてみることにする。


「売り上げの一部は報酬にやる?俺達は行く」

「いってらっしゃいませーご主人さまー」


 ぞんざいに手を振るリンネルに見送られ、俺はこの場を後にした。


◇◆◇◆


「やっぱり所詮はおまじないです。この際全て掘り起こしちゃいましょうかっ」


 セカイと離れ、リンネルは一人で黙々と採取を続ける。

 ここは運良くも群生地であり、数が多いため、根や花を傷つけないように慎重に掘って土属性魔法で作った鉢植えに移し替えていた。


「ッ!」


 するとリンネルの背後からは影が迫り、突然大きな手で身体を抑えつけられる。


「ん、なんだ服だべか」

「残念でした、あなたの接近はもう感知していました!」


 抑えつけたかに見えた物は、リンネルの上着を着せていた土人形デコイ

 根の足を持つリンネルは、地面の振動には敏感であり、こちらへ接近する敵をいち早く察知して、高い樹へと登っていた。


「連射岩弾!」

「ググッ!」


 アルラウネ対雪大将猿(ゲビルゲ・コング)

 ここに上級同士の戦いが始まった。

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