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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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68話 クリスタル班 残火

「火色舞踊・九色」


 九つの炎。

 赤、橙、黄、緑、青、紫、白、黒、そしてアカリヤ自身の紅色を数得ての九色。

 残存魔力は少なく、タイムリミットは数分もない。


「同時発動か……中級ごときにこれまで使う気は無かったが、儂を甘く見るなァ!」


 しかし数ある魔法を併用して発動できるのは、アカリヤだけではない。

 地面から氷が這い出ると、次第に形を変え剣、槍、盾と武器に始まり、狼、蛇、小鳥とまるで生物のように動く氷の彫刻たち。

 その数は三十。

 アカリヤの火球よりも数は少ないも、彫刻には意思が宿りアカリヤを食い殺すかの殺気を孕んでいる。

 炎と氷が向い会い、一瞬の攻防が始まった。


「行きなさいッ!」

「防ぐのじゃ!」


 ヒューと音を鳴らして放たれる火球は花火ように美しい。

 先程までのアカリヤを例えるならば長く、ゆったりとした線香花火。 

 しかし今は唯一できた攻勢、瞬間の火力をひたすらに追及した爆竹やロケット花火。


 しかしアカリヤにはチマチマと要所を突いて炎を出す余裕はもうない。

 今取り得る作戦は、全弾発射。

 地面からは壮大な爆発と火柱、空からは無数の火の雨、他にも火球が肥大する物や微小になる物、鞭のように伸びる物や、雷のように不規則に移動する物もいる。

 あらゆる特性を持ったカラフルな炎がカリアッハ目掛けて四方八方から襲う。


「ガッ!」


 対してカリアッハは動物型の彫像を先行させて、できる限り炎の威力を相殺させ、武器型の主に盾の氷を自身の四方に展開させる。


 両者の魔法は激突した。

 炎と氷が大量の音と衝撃、蒸気を発生させ、氷の結界は霧で視界が塞がると、今までの騒音が嘘だったように、途端に静寂が生まれる。


「カッカッカァァァ!儂の勝じゃ死ねェ!」


 されどカリアッハは健在。

 アカリヤによる全弾の火球を持ってしても、カリアッハの防御氷壁を突破することは叶わなかった。

 笑うカリアッハは、霧の中から見えるアカリヤの陰を持つ鬼火に向けて氷槍を打ち込み、鬼火を消滅させた。

 これで勝利を確信したカリアッハは、歓喜で顔を綻ばす。

 しかしそれが、カリアッハの油断を誘うことになる。


「いいえアレは、わたくしではございません」

「な!?」


 ボワッと炎が鳴る。


「炎に抱かれてお逝きなさい」

「ギャアアアアアアア!!??」


 突然カリアッハの背後にアカリヤが現れた。

 そして息を突く間もなく背中へと抱擁する。

 炎の身体による抱擁。

 それは即ち、炎をその身で受けることになる。


「ヤァァァアアアッ……ヤメ、ロ……」


 全身を炎で焼かれながらもカリアッハは死に物狂いで暴れ、氷を打ち込む。

 しかしアカリヤに憑りつかれたカリアッハは、千度をはるかに超える炎熱によって集中力も失い、上手く魔法を発動できるはずもない。

 不恰好な氷はあられもない方向へと飛んでいき、やがて皮膚は剥がれ、喉は焼け、穴という穴から漏れ出た液体が、瞬間で気化する苦痛を味わう。


 ウィルオウィプスのアカリヤは、炎の身体をしているため、炎の温度も形状も、自由に変化することができる。

 それは全弾発射した火球の中に、自身を微小の火球へと変化させ、カリアッハの氷と炎が激突する中を埋火のように、ひっそりとカリアッハの背中へと張り付くことができた。

 カリアッハが狙った鬼火も、霧が発生することを予期しての、身代わりように置いてきたものである。


「わたくしは炎使いというよりも、炎そのものですからね……純然な魔法勝負では歯が立たなかったでしょう……お憑かれ様」

「ベル……ク、ハイ……ル様、もう……し……」


 その言葉を最期にカリアッハの命は尽きた。

 火達磨と変り果てた死体を見て、漸く火炎の抱擁を解除する。


「ああ、メアメント様ぁ、わたくし……や、り、ました……わ」


 しかしアカリヤの身体はこれで消えてしまった。

 この場に残るのは、カリアッハの死体のみ。

 炎と氷の衝撃の中、その身を無傷でカリアッハの元まで辿り着けるはずがなかった。

 それはカリアッハを抱いた時点でアカリヤの魔力はもう空っぽであり、カリアッハを焼いた炎は、自身の魂を燃料にするほかなかった。

 そのアカリヤは、カリアッハ同様の痛みを味わいながらも、最期は満足した顔で逝った。





「そんなこと、私がさせると思うの?」




 氷晶結界が解除され、壊れたガラスが散乱するような中からメアの声だけが響いた。

 殺さない、殺させない。

 メアの顔は焦り以上に、気魄に満ちた信念が現れていた。

 結界で空間ごと閉じ込められていたため、アカリヤの魂は僅かに残っている。しかし中級クラスのアンデッドの蘇生、それも魂を燃料にしてまで傷付いたアンデッドの蘇生には、メアも自信がない。

 パラパラと魔本が自動的に捲られ、掃除機のバキュームのように一帯の魂を吸い込む。


「私、ずっと見ていた。アカリヤ、頑張ってたよ……」


 実のところ、結界が邪魔をしてメアは今まで立ち入ることが出来ていなかった。

 アカリヤの雄姿を間近で見て、何もできなかった自分が許せない。

 そもそもカリアッハの相手は、メアがするべきものをアカリヤが買って出た。

 メアの単体戦闘能力は遠征組の中でも最弱。

 負傷しても傷の治りは遅く、これから先のダンジョン攻略を考えてアカリヤが、時間稼ぎならと、上位者と闘うはめになった。


「だから絶対に、死なせない!死の鐘声(キツネノテブクロ)ッ」


 生者にとっての猛毒も、不死者にとっては万病の薬になる。

 魔本から吸い取ったアカリヤの魂を癒し、カリアッハの焼死体に残るわずかな残火からだと繋ぎ合わせる。


 単純そうに見えるが、外科手術でもするように、バラバラになったアカリヤの魂を細い糸で繋ぎ合わせる。

 繋げる箇所を失敗すると、別の物が蘇生してしまう。メアは大量の汗を流しながら慎重に、確実に、着実に魂と体を一体にする。


 ポンっ。


「あっ。アカリヤ?」


 すると小さな鬼火が、残火から浮かび上がり、メアの周辺をくるくると回りだす。

 蘇生は成功したようだ。メアは安心して可愛らしく雪地に座って一息つく。


「ふぅ……良かった。これで私達の、勝利が決まった」


 戦況を左右したのは、このアカリヤとカリアッハの戦いだった。

 何故ならクリスタルは、絶対に負けないからだ。



◇◆◇◆


 クリスタルとアッシュ。

 両者が激突している場所は、地面は抉られ、氷塊が山を築き、氷の大地ができていた。


『うぐ……あ、ありえん』

「どうやら、アカリヤが勝ったようですね」

『ッ!?』


 しかしその戦いは、完全なまでのワンサイドゲームだった。

 飄々としているクリスタルに対して、アッシュは玉の汗を滴らせている。

 クリスタルはアッシュの氷塊を避けるまでもなく、その身で弾き、冷気の攻撃にもダンジョンの体はびくともしない。

 アッシュの攻撃が通用しない時点で、まさしく独活うどの大木へと陥った。

 対してクリスタルの攻撃はーー。


「降参して頂けると、一思いに介錯しますが?」

『私にも誇りがある……できぬ』

「——《アクセス》。まあ、それはそれで有り難いのですけど」

『グッ』


 アッシュの大木は、至る所に矢が刺さり、水槍で枝も折れ、根の足は風刃で切断されていた。

 クリスタルは一人ではない。

 その中には、ミ=ゴウ五人が弩を構え、ファウナが水属性魔法で援護をしていた。


 鉄壁の防御に、ローサとリリウムも合わせた多種多様な攻撃手段。

 さらに転移門はアッシュの視界外から突然現れ、避けることも魔法で防ぐことも間に合わない。

 アッシュにできることは、クリスタルを近づけさせないことのみであった。

 しかしそれもここまで、ついにメアがクリスタルの元までやって来た。


「お疲れ様です、メア。準備はよろしいですか?」

「ん、コレも早いとこ終わらそ」


 クリスタルは、一度メアの胸元にアカリヤの存在を確認すると、そっと頭を下げる。


「それではファウナ……お願いします」




 ダンジョンの居住区にて、ファウナはある魔物に命令する。


「ほら、出番よ。結果次第で、生命の保証、労働環境の改善、眷属入りなんかもあるのよ」

「コケッコォォォオ!シャシャヤヤヤーー!」


 ファウナに後押しさせ、溢れんばかりのヤル気を漲らせるのは半鳥半蛇コカトリス

 彼らはアカボシとセカイによって拉致られ、その地位は捕虜よりも低い家禽。

 狭い鶏舎に入れられ、日々不味い飯を食わされ、ただ卵を産み続けることだけを課せられていた。ダンジョンの中では最も悲惨な扱いを受けている魔物だと、誰が見ても間違はいない。

 そのコカトリス方も、いつ黒い狼に食べられるのかと、夜も眠れぬ日々が続いていた。


 しかしそんなある日、コカトリスにとっての女神クリスタルがある提案をした。

 これからの行う戦闘に協力をすれば、命の保証も、広いお庭と美味しいご飯も与える、ダンジョンに忠誠を誓うのならば、眷属入りもさせると。


 実際は、コカトリスの卵に有精卵が混じっていたため、親の必要性が低くなっただけである。

 鶏卵の成長は早い。半年もすればメスは卵を産むまで成長する。


 それでもコカトリスにとっては天恵であった。

 劣悪な環境から一転、悠々自適な生活が目の前まで来ていた。

 生まれる子に自分の労働を従事させればいい。割と自然界の認識ではこれは普通であり、コカトリスも子を殺されようが、自身の生活が保障される限り割と気にしない。


 そんなコカトリスは、植物に対する猛毒の息を吐く特性を備えている。

 植物種のファウナ達でさえ毒息を全身に浴びると、瀕死の重傷を負うほど強烈な毒である。

 その毒息が今、転移門の先にいるアッシュに向けて放たれた。




『ヌオォォォォォ!?』


 転移門はアッシュの頭上に召喚され、バケツの水をぶちまけるように、アッシュの全身にコカトリスの毒息を浴びせられる。

 トレントにも効果があることは、すでにエルダートレントで実証済み。

 アッシュの樹の身体からはミシミシと音と鳴らし、徐々に表皮は溶けて、身体に穴を開けていく。


『き、効かぬわい!』


 すぐにアッシュは毒息を防ぐために氷を纏い、転移門の前で氷の傘を展開する。

 しかしそんなことは、誰でも予想できる行動である。

 クリスタルが、メアが来るまでコカトリスを使わなかったのには理由もあった。


暗黒界より出でる魔手ゲヘナ・ハーヴェ・ルオ


 メアがゲヘナの闇で地面を覆う。

 しかしその闇の範囲は普段のゲヘナ・ハーヴェよりも広く、さらに物質を収納するのではなく、闇からは暗黒の長い手が何十本も生えてきた。


『ヌヌゥ!?』


 魔の手がコカトリスの毒息によって身動きの取れないアッシュを捕まえる。

 これは収納ではなく収奪。

 魔の手は徐々にアッシュの体を鯖折にするように力を強め始める。


「これでチェックです。ローサ、存分に吸収ドレインして下さいね」

『私の魔力があああ!?』


 上空からはコカトリスの毒息、地面からはメアの魔の手、さらに今、クリスタルによってアッシュの体表を刺したローサが、魔力を存分に吸収しては吐き出す。

 暴れようとも暴れられないアッシュは次第にぐったりと佇む。


『わ、私の……負けだ……殺せ』


 元々クリスタルによって、十分に傷を受けていたアッシュは、ついに魔力を失い敗北を認めた。

 しかしこれは、クリスタルの計画の一旦に過ぎない。


「それは出来ません」

『何……だと?』

「貴方は殺しません。ずっと私の中で、半死半生のまま飼われつづけます」


 上級のトレントならば、かなりの素材になる。

 ここで殺すのは勿体無く、そもそもこの戦闘でだいぶ傷をつけてしまっている。

 何より敵ダンジョンの重要な情報を持っていそうな奴をやすやすと殺すはずがない。

 メアはアッシュが無力になると魔法を解除して、不気味な笑みを浮かべてアッシュの身体へと触れる。


「ん、それではおやすみ。骨ではないけど、いい枝してるよ」

『ヤメロォォォォ』


 魔力は全て吸い取られ、枝も根も切断され、人で言う所のダルマにされたアッシュは、メアの精神支配によって気を失わされた。

 目覚めたアッシュが待ち受けるのは、拷問と洗脳であることは間違いない。



「さて、ウリィ達を助けて、残りのトレントも回収しましょう」

「この素材の宝庫、見逃すわけには」

「いけませんよね」


 カリアッハの遺体とアッシュをダンジョンの中に回収すると、母娘で残りのトレントを掃討し始める。

 この戦闘でアンデッドの半数以上は失ったが、トレント三〇〇体の木材を確保でき、カリアッハが光属性の素質を持った上級召喚可能の妖精種だったことが、二人にとっての臨時収入になった。


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