67話 クリスタル班 炎の魔女vs氷の魔女
「……」
メアはアンデッドとトレントの戦況を上空から無言で眺める。
アンデッドが丘を目指し、トレントがそれを排除する。
地の利は敵にあるも、制空権を支配しているメアが、不足した分の戦力を逐次投入する。
その甲斐あって赤と青の絵具が交わるように、やがて混戦状態へと持ち込み、一体のトレントに対してアンデッドが三体で囲むように対処している。
理想としては、トレントの攻撃をスケルトンが身を張って防御し、霊体のレイスが動きを鈍らせ、スピリットが心臓部である核へと体当たりする。
およそ数にして二五〇のトレントに対して、五五〇のアンデッドが、三対一を可能にしているのは、メアによって統率の取れた一撃離脱の戦法と、疲れや怪我を知らないアンデッドの体力のおかげである。
死の軍勢は、まさに蟻や蜂に見える超個体の働きをする。
一人の少女によって一つだけの意思を持ち、トレントを翻弄しているのだ。
しかしトレントは下級でも体は大きく、枝の腕を振り下ろすだけでもスケルトンやレイスは損害を受ける。その場合はメアが、上空から支援魔法を発動する。
「汚濁の息吹き」
瘴気の塊が、黒い雪のようにゆっくりと地上へと降り注ぐ。
それを身体に浴びたアンデッドの活気は増し、反面トレントの身動きがやや鈍くなる。
アンデッド専用の瘴気による回復と、非アンデッドに対する弱体化を促す魔法である。
アンデッドの最大の武器は数。
骨は砕け、霊体は霞になり、火力が衰えようとも、魔本から供給された瘴気を受け取ったアンデッドは、何度だって蘇る。
死者にとっての身体は器にすぎず、重要なのは魂であるため、器が壊されれば補強すればいい。瘴気さえあればアンデッドに滅びはない。代替品の器は生者から奪い取ればいい。
そしてメアは、アンデッドの兵力を減らさないよう際限なく魔力を使い、下級アンデッドの操作と回復に勤しみ、クリスタルが戦いやすい環境を揃えていた。
ただメアにとっての唯一の誤算がーー。
「トレント、使えない」
「ぎゅう?」
「予定、早める。もう少しだけ、頑張ってね」
「ぎゃう!」
トレントがアンデッドにならない。
おそらく死後に、不死化を防ぐ保護魔法を掛けられているのだろうと推測する。
それさえなければ戦況は大きく優勢に傾き、トレントによる愉快な同士討ちを気楽に観戦できたのに、とメアは舌打ちする。
メアの戦闘とは、敵をも味方にする数の暴力である。しかし不死化対策によって自身の能力の半分が潰されたことになる。
それはおもちゃを取り上げられた子供のように癇癪を起しかけたが、一つの心配事がメアの沸点を高めてくれていた。
アカリヤが今、身を張って格上のカリアッハと対峙している。
火属性が優位に働こうとも、階級を跨るほどの差もあれば勝機は少ない。
アカリヤを救援するためにも、早々に作戦の第二段階へと移行する。
その必要な駒として、メアは敵の中級を分断している二人を見る。
◇◆
「回れ~踊れ~」
「うわぁ、ウリィくん飛ばしてるね……」
そこには愉快に飛び回るウリィと、それを見て顔を引き攣るフローラ、さらに自立型スケルトンとレイスが合わせて五〇もいる。
その二人の役目は、クリスタルの戦闘に邪魔が入られないように、中級のエルダートレントの注意を引くことである。
それは敵の殲滅ではない足止めに近いため、いくらか余裕もある。
またここに集められた自立型のアンデッドは、メアの命令を忠実に実行し、日頃のアカリヤによる訓練の賜物もあって、選りすぐった下級上位のアンデッドである。
当初五〇はいたエルダートレントも、クリスタルの奮迅により数を四〇にも減らし、前線に出向いている者の数を減らすと、ここには三〇体だけである。
その数ならば、ウリィ達でも十数分は持ち堪えられる。
「敵将~打ち取ったり~」
「それ敵将でもないからね!?」
しかも驚くことに、ウリィが目を見張る働きで、エルダートレントを翻弄していた。
火球よりも小さな蛍火を無数に操り、時にエルダートレントを金縛りにして膠着させる。
その隙にスケルトン達が核を壊すなど、ウリィ筆頭に下克上が何度か起きていた。
メアがいれば、アンデッドは蘇る。
さらにウリィ自身は形代であり、ダンジョンの中で隠している鉢植えを壊されない限り、独自で蘇ることができる。
おかげで魔力がある限りトライ&エラーが可能であり、それはアンデッドの中でも、異例の能力を誇る。
「二人とも、よくやってる」
「ぎゃぎゃあ」
そんな渦中に、メアも飛行を止めてウリィ達が築いた分断線へと踏み込む。
上空から見た戦況は、メアの想定した形へと配置できた。ここからはメア自身も戦闘に加わり、敵の主力を一気に叩くことにしたのだ。
「メアちゃ……さんお疲れ様です!」
「これ土産だ~」
「ん、吸収」
そのためにメアは、フローラ達が半殺しにしていたトレント数体とエルダートレント一体を頂き、魔力を吸収する。
相手の魔力を吸収する魔法は、闇属性に秀でた者しか扱えない。
ある意味それは、光属性の回復魔法の対とされる魔力版の回復魔法である。
しかし対象は個人限定で、吸収された物は大抵悉く死に至らしめる使用用途から、残忍で冷徹な魔法と見なされる。
「よし……ティラノ、フォルムチェンジ」
「ぎゃーーう!」
ティラノは胸部にある魔核を残し、積み木が崩れるように、骨が一切崩れ始めると、ゲヘナの中から飛び出た骨が、今度は胸部に集まり出して、コモドオオトカゲを形成していく。
ゲヘナの中には、メアの秘蔵の骨やティラノの変形用の骨が収容されている。
さっそく魔力を回復したメアは、すぐにティラノを戦闘モードの骨格へと変形させたのだ。
「私は、アカリヤを助けにいく」
「後のことはボクたちに任せてください!」
「ぎゃう!」
「おーらい!」
急増の四〇〇体と、メアの精鋭によるトレントを挟み打ち。
上空からの指示も回復も止め、アンデッドにはトレントを殺せと至ってシンプルな命令しか与えてない。
つまり急増のアンデッドは消滅する可能性が高いだろう。
しかしそんなことをメアは一々気にしない。精々囮や盾として扱うのが、正しいアンデッドの使い道で、むしろスケルトンに自爆機能があればいいな、など恐ろしいことまで考えている。
「終焉の波動…………ドレイン」
メアは唯一使える闇属性の攻撃魔法で、邪魔なエルダートレントを弱らせ、そのままドレインで魔力を還元する。それを数度と繰り返し、魔力の半分を回復したところでアカリヤの方へと一人で向かい出した。
◇◆
「火球!」「氷球!」
「火柱!!」「氷柱!!」
「火鳥!!!」「氷狼!!!」
炎の魔女と氷の魔女。
容姿も、種族も、属性も正反対の二人が十数回もの魔法攻防戦を繰り広げている。
「クッ!?」
「ほれほれ、それじゃ儂にまで届かぬわい。氷槍!」
「二連火球!」
しかし力の差は歴然。
氷で出来た槍を、連射した火球で起動を逸らすも、氷槍がアカリヤの肩を掠めた。
何故ならカリアッハは魔法戦が始まって、一歩もその場を動いてはいなく、対してアカリヤは氷を避けることに必死でいたからだ。
氷は物質、炎は現象。
例え氷球を火球で打つけても、水は残りアカリヤの身体を侵しにいく。
火属性が氷属性に相性がいいとされるのは、使用者の被ダメージが氷魔法使いの方が大きいだけで、魔法自体に相性はそれほどない。
そもそも火属性魔法は基本属性であり、氷属性魔法はそれよりも高位の魔法である。
そのため同じ魔力量では相殺することも叶わず、アカリヤは足りない部分を身体能力で賄っていた。
更に魔法の精度、魔力総量からしてカリアッハの方が圧倒していた。
「ハァ……ハァ……」
さすがのアンデッドも、魔法攻撃の前では疲労を蓄積する。
肩を上下しながら、次の攻撃をどう対処するか頭を悩ます。
「クッカッカ、アンデッドに似合いの、地べたを這うがいいのじゃ」
「お生憎とわたくしは……地に脚を着けたことは、未だございません……」
会話による時間稼ぎ。
アカリヤの脳裏には、その言葉が浮かぶ。
勝てないならば、クリスタルが、メアが、ティラノやウリィでもいい。
誰かが助けに来るまで、危険を避けて行動するべきだと。
「それにどうして貴方はそこまでアンデッドを憎むのですか?」
アカリヤとて、冥途の館でホラントによってウィルオウィプスとして生み出されたため、自ら選んで不死化したわけではない。
しかしアカリヤの疑問は最悪の形で現れる。
「フン、小癪な。時間稼ぎが見え見えなのじゃよォ!」
「チッ」
今度は無数の氷針が、アカリヤ目掛けて放たれる。
時間稼ぎをしていたのはカリアッハも同じで、氷針が追尾する高度な仕掛けで、避けてもアカリヤを追う。
これには迎撃しかないと、アカリヤは防御の火炎を前面に放出するが、火炎から溶けきれずに残った小針が何本もアカリヤを刺す。
「イッ……タイです、わね……」
「まだ終わらんよ!氷弾!」
「ッ!?」
更にカリアッハは負傷したアカリヤに、立て続けで氷弾を放つ。
炎の身体であるために、血や傷は残らない。しかし氷弾がアカリヤの胸を貫通すると、痛々しく蒸気が上がる。
するとアカリヤは霊体が不安定に陥り、一時的に魔力をまともに練れなくなった。
無論、カリアッハはその隙を見逃さず、特大の魔力を練り始める。
(まずい……その魔法は今のわたくしでは直撃を免れない……申し訳ありません、メアメント様……)
上手く魔力を練れない以上、アカリヤに勝ち目はなく、苦悶の表情をしながら最後を待つのみだった。
「アッシュ様より油断はするなと仰せつかっておる。儂は遊ばんよ、蘇られぬほど徹底に殺し尽くすま、で……うお?」
「あっ……ッ!」
二人の頭上に黒い雪がシンシンと舞う。
それを瞬時に理解したアカリヤは、カリアッハが打ち払うよりも先に、瘴気を体内へと吸収する。
(ありがとうございます……メアメント様)
アカリヤは、メアの保護を一身に受け、先ほど受けた負傷や消費魔力を回復する。
「こ、小娘がァ!!」
遅れて黒雪に触れたことで、カリアッハは理解したものの、その時既に遅し。
蘇ったアカリヤが、ここに誕生していた。
「おかげで覚悟が決まりましたわ。死んでもわたくしが貴方を殺して差し上げます!」
アンデッドが何の冗談を言っているのか。
しかしアカリヤの中では、時間稼ぎや、助けが来ることを忘れ、カリアッハを殺す方法だけを専念する。
「下らん……回復したからと言って、貴様が成長したわけではないじゃろ?」
「そうですわね、それで強くなるのなら、初めから使っております」
アカリヤは何処かで甘えていたと、自覚する。
敵との差は、階級を跨ぐも一つしか違わない。そんな相手に見え透いた時間稼ぎ、逃げ回り、無様にも生にしがみ付いていた。
(違う……アンデッドは、所詮は死人。生者を妬み、死すら遊びに使うのが、正しい生き方なのですわ)
アカリヤの中で覚悟が完了したことで、リスクを省みない新たな選択肢が生まれていた。
それは特攻。
身を挺しての、確実に一撃を加えることである。
それが失敗すれば即敗北。
一撃で決まらなくても敗北は必須。
敵に切り札があれば、無駄に終わる。
しかし死を賭けた者の意地は、酷く歪んで恐ろしい。
対してカリアッハも、アカリヤとの決着を急ぐことにする。
それは黒い雪が降り止まず、負傷すれば絶えずアカリヤの身体を癒そうとしているからだ。
アカリヤを滅ぼすために用意して特大魔法を発動する。
「氷晶結界ッ!」
分厚い氷の膜が半円球となり、二人の魔女を閉じ込める。
カリアッハにしてみれば、一々敵が癒えるのを待つ必要はない。退路も断ち、確実に殺すまでだと大きな結界を張る。
アカリヤの方こそ氷の結界に閉じ込めたことで、もうメアの支援を止められた。
しかしアカリヤの様子は、艶美で、悠然と、飛び火するかの威圧感を携え、紅蓮の炎で燃え上がっていた。
「死を思え、いいえ違います、死を遊べ!これより無様で愉快な死の狂奏を御覧に入れましょう」
足りない魔力は、自身の炎を使うまで、アカリヤの周囲には、赤、橙、黄、緑、青、紫、白、黒、色持つ炎の球が五十を超え、宙に舞っていた。
主人公が息をしてない…すいませんクリスタル班はあと一話続きます。
そのため明日にでも続きを投稿できたらと思います<(_ _)>
でもこれ(一応)ダンジョン物ですから…ね?




