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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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66話 クリスタル班 死の軍勢

「アッシュ様、敵がこちらへと近づいておりますぞ」


 巨木の前で佇むのは老婆の姿をする青の魔女(カリアッハ)

 その背丈は二メートルを優に超え、五ツ星冒険者から殺し奪い取った魔法道具の杖を、まるで老人のステッキ杖のように悠然と扱う。

 しかし身体は痩せぼせ、そのアンバランスな見た目から醜悪で近寄りがたい雰囲気を持つ。

 さらに奇妙なのが、顔のない面を被り、僅かに見える口元からは、人でも簡単に喰べられる鋭利で恐ろしい牙を携えている。

 セカイが見ると、それは山姥だと形容しただろう。


『ゴーストを使い、こそこそと嗅ぎ回っておった奴らか……カリアッハよ、決して油断するでない』

「こ、心得ております。しかしこちらへ来る敵は上級が二体と雑魚のアンデッドかと。アッシュ様と儂に掛かれば――」

『長年の勘が告げておる。敵もベルク同様、王の素質を備えたものだ』

「……ベルクハイル様と同じ。つまりはルシナの手先とは関係なしと?」

『然り』


 そのカリアッハが敬うのはトレントの親玉、白き魔大樹(ホワイトアッシュトレント)

 高さは二十メートルを誇り、幹は太く直立し、枝には葉の代わりに雪を被せ、氷柱をぶら下げる。

 大きいものはそれだけで脅威であり、長い年月を経て上級まで成長したトレントは知性に溢れ魔法まで扱う。

 しかし最も恐ろしいのは魔法ではなく、経験により得た観察眼と勘である。


 敵を油断せず、見下さず、些細な環境の変化すら見逃さない。すでにアッシュは敵の情報から対策を講じていた。

 メアがゴーストを索敵に使うように、アッシュにはエルフやドワーフにしか感知できない氷精を使い、クリスタルとメア、アンデッド三体の情報を集めていた。


『敵との交戦はおよそ二刻か。そろそろ私の部下に、不死化の呪い対策をしておくれ』

「承知しました」


 早速カリアッハは、アッシュの部下である中級、下級トレント三百体にアンデッド化しないように、魔法を掛ける。


『アンデッド……かつてこの世界に存在しなかった忌むべき魔物か。この朝日も、これで最後になるかもしれんの……』


 アッシュは老齢の渋い声で、誰にも聞こえないよう陰で呟いた。

 それはなまじ勘が優れているからこそ、死期を悟っていたのかもしれない。

 氷精から知らされる魔力を持たない奇妙な女性が、アッシュには不気味でならなかった。



◇◆


 早朝、場所は大雪渓の最東、朝日を嘲笑うかのようにアンデッドの軍勢はトレントと対峙する。

 上級上位のアッシュが率いる戦力は、上級下位のカリアッハ。

 中級の十メートル級のエルダートレントが五〇、十メートル以下の下級トレントが二五〇。


 対してクリスタルに率いられるアンデッドの軍勢は下級ではあるも、その数およそ五〇〇。

 多くは下級スケルトンとレイスであり、人型、熊、猿、蛇、鹿、雪達磨に氷晶クォーツと多種多様なアンデッドがおり、中には武器を持つ者もいる。そしてその多くがこの山脈で生息する魔物の面影があった。


「な!?奴ら、これほどの数をどこから連れてきたのじゃ!?」

『面白い。やはりアンデッドを生産する死属性使いがいるとはな。しかしこのアンデッド……正確には人形だの』


 わずかな丘に立つアッシュとカリアッハは、迫り来るアンデッドを見下ろす形で観察する。

 アッシュはこのアンデッドの大半が、一体の魔物として自立で動くアンデッドとは違って、無理矢理に死体を動かされた偽物のアンデッドだと看過した。


 事実、クリスタル達のアンデッドでは、自立で動く本物の魔物が一〇〇体。

 残りのアンデッド四〇〇体は、未だアンデッドとして魂が定着せず、ここに来てから作った急増の戦力である。

 それでもクリスタルに負ける気は一切なく、数の利を生かし、勝つための準備をしてきた。



「初めまして、私はこのアンデッドを率いるクリスタルと申します」



 傍にはアカリヤとウリィが控え、恭しく挨拶をするクリスタル。

 その声は広い雪渓に響き、最後尾のアッシュの下まで音が聞こえる。


『私はアッシュだ!お主らの目的を聞こう』


 声のする方向からクリスタルは大樹を見つける。

 するとアッシュがトレントでも珍しい顔のある人面樹のため、クリスタルは僅かに驚くも、敵前での顔付きは崩さない。


 大将の言葉には大将のアッシュが答える。

 それはアッシュの主ベルクハイルの種族に伝わる古い風習であり、その眷属は主に習い、大戦の前では礼節を弁える。


「私たちの目的はダンジョンを攻略することです。もしあなた方が私たちと敵対するつもりであれば容赦は致しません」

『フン、これでもベルクとは古い縁でな。それはできんの』


 クリスタルとアッシュ。両者にもそれぞれ譲れないものがある。

 互いにそれを理解していての、相手への敬意を忘れない。


「それでは今より言葉は無用。全力であなた方を排除させて頂きます」

『ハハッ、存分に掛かってこい。その血を啜り長生きの糧にさせてもらおうかの!』

「血ですか、あなた方を素材と見ているのは私も同じですので、吸える物なら是非どうぞ」


 敬意や尊厳も、戦が始まれば何の役にも立たない塵芥へと成り果てる。

 どちらが死ぬまで終わらない、利己の極致と呼べる舞台に両者は上がった。


「メア!お願いします!!」


 先に攻撃を仕掛けるのはアンデッド。

 クリスタルの声と共に、ゆっくりと骸がトレントへと歩み始める。

 メアとは少女なのか、と疑問が過るもアッシュはすぐに理解する。

 後方から朝日を背に、旋回しながら空を飛ぶスケルトン。そしてそれに騎乗する一人の少女の姿を見つけたのだ。


「ぎゃうー」


 ティラノはバタバタと骨の翼を鳴らす。

 キマイラスケルトンのティラノはコモドオオトカゲから形態をプテラノドンへと変え、体重三〇キログラムにも満たないメアを乗せながらも数分間だけ飛行できる。


「ん、暗黒界の禁門(ゲヘナ・ハーヴェ)。先ずこれは挨拶、死んで私と友達になろう」


 メアのゲヘナの容積は二五〇立方メートル。

 そのメアが、魔本を通してゲヘナの中からは取り出したのは、一立方メートルを超える岩石、数およそ二百個。

 それを上空三〇〇メートルの高さからトレント目掛けて落とす。

 これはまさに、土属性魔法を使うミラージュレイヴンを真似た戦術である。


「チッ、小賢しい攻撃を。全員回避しな!」


 カリアッハの命令を聞き、トレントが上空を注視するも、所詮は樹の魔物で俊敏な動きは出来ない。

 勢いよく落ちる岩石を、避けきれずに正面を直撃、枝を折り負傷する者がカリアッハの予想以上に続出する。


 トレントは俊敏ではないからこその、密集して戦闘する習性が裏目に出た結果である。

 さらに敵が上空から攻めてくるとはアッシュの経験上一度もなかった出来事である。

 そもそもこの雪山に飛行できる魔物がおらず、制空権の概念すら稀薄な世界である。


「挨拶の次は、プレゼント」


 メア達も、これが挨拶程度と本気で思っている。なぜなら落とすものはまだまだある。

 岩石が全て地上へと落下し、アンデッドもトレントへと殺到したのを確認すると、更にメアは、ゲヘナから五〇の人魂スピリットと煙幕を一緒に召喚する。

 スピリットは、初級火属性魔法の火球ファイアーボールが意思を持ったと考えていい魔物である。


 その煙幕を携えたスプリットは花火が打ち上がるの時と似た甲高い音を鳴らし、トレントの核をただ目指す。

 岩石の次は正確無比の人魂の雨を降らす、予定していた空と陸の同時攻撃である。


「この、糞アンデッドどもがッ!」


 カリアッハが上空のスピリットを狙って無数の氷塊を空に放つ。


「無駄、広がれ」


 しかしメアの合図によって、スピリットは、火の輪のように円に広がると、氷属性魔法はその中心を無残に素通りする。

 スピリットは常に低空飛行をしている魔物である。

 下降中ではあるが、ある程度空中を飛び回ることができ、メアの的確な指示によってカリアッハの魔法も容易に避けることができた。


「うぬぬぅ」


 カリアッハは苛立ちから歯軋りをする。

 憎くもスピリットは、確実に下級トレントばかりを狙い、トレントの弱点である浮き出た核にぶつかり爆発する。

 初撃の岩石とスピリットの攻撃で、早くも五〇体の初級トレントは殺された。

 地上のアンデッドと合流を果たし、着々とトレントの数を減らしていく。


「アッシュ様、儂はあの小娘を撃ち落とします。あの高さなら儂は届きます」

『私も待っていないで出向くかの。ちーと早いと思ったが、敵も相当の手練れだ』


 アッシュは空への対策をカリアッハに任せることにした。

 これ以上アンデッドを野放しにすると、次に何が出てくるのか不安でたまらない。

 その憂いを晴らすため、蛸のような根の足でのそのそと前線へと移動を開始する。


「殺すゥ殺してやるゥ、アンデッドの分際で、この儂を翻弄させやがってェ!」


 一転してカリアッハは横柄の態度を敵へと向ける。

 アッシュの背中が遠くなると、不協和音のような不気味な詠唱を開始する。

 人と違って魔法を身体の一部として扱う魔物に本来詠唱は必要ない。

 しかし魔女の名を持つ魔物は、とてつもなく長い詠唱をすることで、己の魔法の精度と威力をかなり高められる特性を持つ。


 そのカリアッハがぶつぶつと唱えながらイメージする。

 一直線に伸びる氷柱が、飛行するティラノもろともメアの体を貫通することを。

 ついに長い魔法詠唱が完了し、カリアッハは高笑いを上げて、天に向けて杖を振りかざす。


「クッカッカッカーこれで終わりじゃい、食らうがいい!儂の最大冷凍魔ほーーグべっ!?」


 するとボンっと大きな音が発生した。しかしそれはカリアッハが魔法を発動した音ではない。

 音はカリアッハの顔面に火球を受けたことが原因であり、それによって魔法の発動が阻害された。


「わたくしの姫に手を出すことは万死に値します。代わりにわたくしのお相手するのは如何でしょうか?」


 カリアッハの目の前に立つ者は、ウィルオウィプスのアカリヤ。

 炎を操り、老いることない妖艶な姿は、カリアッハと対比して赤の魔女と言えよう。


「よくも……よくもよくもよくも儂の面に傷をつけおったなァァ、不死化した恥知らずの妖精種がッ!」

「あらまあ、老いた妖精種はアンデッドよりも薄汚い心になるのですね」


 両者は互いに恨み言を述べ睨み合う。

 苛立ちのなかカリアッハは、トレントの群の中をどうやって突破したのか、アッシュはどうしているのかと疑問が過るも、アカリヤとの戦闘に応じることにする。

 どちらにしろ、集中力のいる詠唱魔法をアカリヤに邪魔されては打てない。

 それに中級程度を殺すのに、それほど時間の必要はないと、カリアッハは怒りを抑えて冷静に分析する。

 そしてアカリヤがカリアッハの下まで辿り着けたのは他でもないクリスタルのおかげである。



『驚いた……早くもお主がここまで来ようとはのう』

「あれくらいで私の足を止める方が無理ですよ?」


 クリスタルの辺りでは、十を超す穴の空いたエルダートレントの亡骸が散乱している。

 アッシュを待ち受けるように、クリスタルはもう敵の本陣を突破していた。


 クリスタルが行った戦法は冥途の館でも発揮した、敵陣中央突破のダンジョンの体を使ったごり押しである。

 アンデッドの軍勢も、岩石も、スピリットとの煙幕も、空を飛ぶメアの存在も目くらまし。

 全てはクリスタルが、敵の大将と対峙するための囮であった。


『その種を、是非教えてほしいものだな』

「ご安心下さい、死に際で嫌というほど私の秘密を見れますよ」


 クリスタルは双剣ローサとリリウムを構え、アッシュもまた枝に無数の氷柱を生成する。

 未だ前線はトレントとアンデッドの戦いによる乱戦状態である。

 しかし今、敵大将同士の戦いが、火蓋を切ろうとしていた。


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