64話 アカボシ、バル班 その2
色々あって遅くなりました<(_ _)>
『こっちだ!こっちだ!』
『分かっておる』
跳ねるようにして身軽で進むのはホワイトウルフ。
しかし脆い足場を警戒すらしない様子に、さすがのアカボシも大丈夫なのかと、能天気な同僚を思い出し、嘆息をもらす。
これからの予定としては、一度東へ向かい妖精種を狩り、帰り道に高層の雲を下見する。
要件を済ませたのちは、可能な限りホワイトウルフのための魔猿種退治にあてることにした。
進路もホワイトウルフのガイドによる最短ルートである。
三日だけだとアカボシは言ったのだが、場合によってはそれ以上の日数を掛ける。
それは単なる余興や気まぐれ、アカボシにとって魔猿種はすでに殲滅される手筈でいるため、ホワイトウルフに対して好奇と慈悲の心が芽生えていた。
「昨日の緊張感から驚くほどの気の抜けようだな」
『……全て貴様が発端だろうが』
「大丈夫だ、嘘はついていない。それに役に立つ仲間が増えて、困ることはないだろう?」
この悪魔、精神支配を使えないくせに詐術は使う。
バルも主人であるセカイとクリスタル、客人であった案内人の二人がいない環境では、溌剌と上級悪魔らしい意地の悪い顔を、友人のアカボシだけに見せる。
それはバルすら自覚のない、ダンジョン外での活動を楽しんでいる証拠である。
昨夜、正確には日を跨いでいたのだが、アカボシとホワイトウルフの間に契約を結んだ。
ホワイトウルフの群を魔猿種の危機から救う。その報酬としては中級上位のホワイトウルフの忠誠をダンジョンへと捧げる。それが双方の同意の下で交わされた契約である。
しかしその報酬のはずのホワイトウルフは、英雄を見る子どものような、眩い瞳で二人を見る。
一体バルは、自分が迎撃にあたっている間に何を話していたのかと、アカボシには不安でしかない。
元から魔猿種を始めダンジョンを攻略するため、本来は報酬すら必要はなかった。
ホワイトウルフにとっては、たった数週日の時間を先送りして救われるだけである。
年若い娘を騙してダンジョンへと連れ去るのは、クリスタルに叱られないだろうかと、アカボシの背中からは汗が流れる。
クリスタルがダンジョンであろうとも、アカボシの主はセカイだけであり、クリスタルは立場上の先輩だと位置づけている。そのアカボシの態度にはクリスタルもそれが正常だと納得を示している。
クリスタルが食糧管理をしているために、実質頭の上がらないアカボシは、あまりクリスタルを怒らせたくはなかった。
肉と共に巨大豆など出されては、かえって飯が不味くなる。
「ホワイトウルフもいい道を知っている。もうすぐで妖精種の棲む洞窟らしい」
『うむ……急かされているのが、やや気に食わんが』
「それくらいの可愛げはいいだろ。ホワイトウルフのためにもさっさと妖精退治を終わらそう」
『……随分と、ヤツの肩をも持つのだな』
実のところバルは、妖精種の目録採取をそこまで重視していない。
例え上級の光属性魔法を覚える妖精種がいても、回復魔法を扱える保証はなく、目下の敵勢力を衰えさえた方が戦略上有効であると考えていた。
本格的な妖精種の目録採取はダンジョン攻略を終えてからにすればいい。
創造とは破壊より何倍も難しい。
回復魔法は他の魔法と比べて、高度で、魔力消費量が多く、それでいて死者の蘇生や瞬時に欠損を治すなどの便利で都合の良いものではない。
人の社会でも回復職は、他の属性魔法の使用を禁じて回復魔法だけに専念しているほどだ。
魔物でも、天災級が扱う回復魔法ならいざ知らず、上級魔物や人が使う魔法は精々、回復促進や軽傷を治す程度であるため、即戦力にはなりえない。
「ほう、ここか……」
三日目の夕方、三人は妖精種の住処へと到着する。
そこは両側を岩壁で挟まれた峡谷を陰に、ひっそりと隠れる小さな入口の洞窟。
洞窟の中は小川と連なるため足下まで雪水が浸り、横幅は狭いも天井が高い。
そんな秘境を、山脈に来たばかりの二人が見つけられるはずはないが、秘境であるがためにバルは当然の疑念も生まれる。
「こんなところに妖精種がいるのか?」
『この先には湖がある。偶にだが谷底からは反響した妖精の歌声も聞こえる』
「ほう、すると水棲妖精か。てっきりスノーマンに似た物を想像していたが、これは面白い奴がいそうだな」
案内された洞窟を見て、バルは高い興味を示す。
水棲妖精は、滅多に見ない。
それは妖精種が生息できる条件が厳しく、水が綺麗であることは第一条件として、魔水であること、生物が多様であること、穏やかな環境であること、天敵がいないこと、妖精種がピラミッドの頂点であること、など条件が厳しく、狩るよりも見つけることが難しいとされる。
そのような貴重な魔物ならば、セカイもきっと喜んでくれる。
また地底湖の多様な生態系にも興味がある。ここでしか存在しない魔物、植物、鉱石など、採取するものが色々あるかもしれない。
バルにとって、主の目録採取に貢献できるほか、土産を献上できることに強い喜びを感じる。またそれだけではなく。
「さっそく入ろうか」
『バルセィーム……分かって言っておるな?』
「フン、もちろんだ。泳ぐことになれば、俺だけでも行く」
場所が湖、恐らく魔物は水属性、火属性で四足歩行のアカボシでは活躍する機会は少ない。
ここからは水陸戦闘可能なバルに機会が回る。
ようやく来た戦闘を目前にして、悪魔の口角がゆっくりと広がる。
バルは呪剣の代わりに短剣を構え、意気揚々と先導する。
ホワイトウルフが暗闇の中では音と臭いを頼りにバルの後ろを慎重に歩くと、それを見かねた最後尾のアカボシは、火球を明かりとして浮かばせる。
思いかけないその気遣いに、ホワイトウルフの足は段々軽くなる。
洞窟は一列でないと進めないほど横幅は小さく、薄い色をした岩石が上下所々に突出し、足の踏み場や、天井には注意が必要になる。
道はいくどと曲がるも横道はなく、ただ先へ先へと三人は歩みを進めるほかない。
しばらく進むと次第に岩壁の幅が徐々に広がり、三人が横に並んで歩いて問題がないほどの道ができる。更に奥へ進むとついに広い空間へと出る。
「まるでここは別世界だな。明かりもある」
夜明けのうっすらとした明かりではあるも、暗闇に比べれば幾分もマシである。
ここには幻想的な光を放つ青い鉱石と、先を湖で埋め尽くほどの光景が広がっている。
川の水流は湖へと続き、三人は崖を下りるように、濡れて滑りやすい地面へと着地すると、透き通った水面に鉱石の光で反射した青景色には息を呑む。
バルの述べるように別世界。
ここに雪は一切なく、山脈の雪地が表の顔だとすると、まさしく裏の顔。
ダンジョンの力が影響しない、楽園が存在していた。
「目当ての妖精種は見当たらないが、魔物はいるな」
『全て下級の、獲物にもならないが?』
天井からこちらをじっと見つめる縞模様のコウモリ、動く白い毛玉や青いスライム。
アカボシにとっては敵にすら認識しない、道端の小石程度の魔物だった。
「いや、こういう原生的な魔物ほど、召喚目録を増やすクリスタル様の手助けになるそうだ」
『このスライムが?』
人型ダンジョンのクリスタルは、魔物の部分的な要素を組み合わせることで召喚目録の中身を作り替え、増やすことができる。
例えば、妖精種のゴブリンと、アンデッドの人魂を混ぜることで、ゴブリンメイジや妖精型のスプリットなど新たな魔物召喚を可能にした。
眷属の中にもミ=ゴウやダンジョンクリエイターの召喚をクリスタルは可能にして、ダンジョンに多大な貢献をもたらしている。
「そうだ。そしてセカイ様は、スライム娘なる魔物を作りたいらしいが、必要な素材にスライム二十種の遺伝情報と機械種ホムンクルスの肉体情報が足りないと嘆いていた」
『我が主とクリスタルは、またも奇妙な物を作ろうとしておるな……』
アカボシとしては、新たに生命創造をしようとする二人に畏怖するよりも呆れ入る。
バルは地面に転がる小さなスライムに近づき、そのままスライムの体内に手を突っ込み、核を握り潰して仕留める。
スライムは丁重に袋で包み、すぐにゲヘナの中へと回収する。
「セカイ様の道楽に、クリスタル様が不承不承で付き合っているだけだ。俺も尻尾を素材にさせられた」
『む、それは大丈夫なのか?』
バルは悪魔の尻尾を見せつけるようにアカボシへと振る。
「問題ない。欠損くらいすぐに生える」
『便利な身体だな』
もし自分の毛や爪をセカイが回収しに来たら、全力で逃げようなどと決心するアカボシだった。
そうして手当たり次第、光る鉱石や魔物を回収した後、いよいよ湖の中へと潜水する。
「アカボシ殿は俺の命綱を持って、そこで待機していてくれ」
『仕方あるまい。だが本当にこれは、千切れはしないのか』
アカボシの脚首には黒い糸のようなものを巻き付けられている。
「俺製だから普通の命綱よりは丈夫なつもりだ。では行って来る」
『合図を忘れるなよ』
バルは腰から伸びる黒糸を携えて湖へと浸水していくが、この糸とはバルの尻尾である。
それは肉体改造を行使して、尻尾の部分を細く長く強靭な素材へと作り替える、実態を持たない種族ゆえの能力である。
現れないならあぶり出すまで。
バルは妖精種の魔物を求めて、深い湖の中へと泳いでいく。
装備は短剣のみ。水中を自由に泳げる相手ではさすがのバルも手の出しようがない。そのため護身用の武器だけで、狙いは自らを餌にした釣りである。
水深は深く、底は光のない暗黒の世界。
しかしバルの目には、しっかりと先を見通せているため問題なのは、吹き上がる砂ぼこりで視界が塞がること。つねに暴れず冷静でいる必要があり、そうすれば三十分くらいは息継ぎなしでも潜水していられる。
泳ぐこと十分足らずで、目的の魔物と遭遇する。
(っ!?)
それは勢いよくバルの背中へ抱き着き、水属性魔法を行使したのか右手に持っていた短剣が手から離される。
気配を察知して警戒していたはずだが、一瞬で距離を縮められ、この体たらくである。
水中の立体を駆使した羽交い締め。
バルはもがいて振りほどこうも見事に関節を掛けられ、無駄に空気を外に漏らす。
(さーさーらー)
さらに追い打ちをかけるのか、その敵は耳元で歌い始める。
妖精種の歌には精神支配をする能力がある。
それで獲物をおびき寄せ、蛇がゆっくりと獲物を絞め殺すように徐々に衰弱させる。
これが妖精種の敵を殺すセオリーである。その手際の良さにバルは敵ながら称賛する。
ただ相手にとって不運なのが。
(悪いが俺に、精神支配は効かない)
(ええ゛!?)
可愛らしい少女の声が耳に聞こえた。
少女が驚くのはもう手遅れ、バルは魔物の細い腕を握ると糸状の尻尾を引っ張りアカボシへと合図を送る。
するとサルベージするように、ぐんぐんとバルの体は地上へと引き出される。
(ちょ、ちょっとーー!?)
魔物は羽交い締めを解除して、懸命にバルの腕を魔法や力業で強引に解こうとするが、悪魔に繋がれた手は簡単には振り祓えない。
一分もしない内にバルは地上へと引き戻される。
「フハッ。アカボシ殿、よくやってくれた!おかげで」
「は、離しなさいよ!どうしてアタシの歌が効かないのよ!」
「悪魔だからな」
「何なのよもう!」
その魔物はもう陸に上がった魚である。
バルに首根っこを捕まれては小さな手足で抵抗をするほか術はない。
悪魔のバルは、本人が精神支配魔法を使用しない代わりに、使用されないようにと眷属の中ではぶっちぎりで精神支配の抵抗力が強い。
「それでこの魔物……ルサルカか。をどうする」
『また姦しいやつを……』
「ひぇ!?あ、アタシは美味しく、なななないですよ?」
アカボシの返事を翻訳できない妖精種のルサルカにとっては、アカボシが吠えたように聞こえて悲鳴を上げる。
そのルサルカの見た目は金色の長髪に、薄いシャツ一枚を纏った姿で、泳ぎやすいように手足の指の間には水かきもある。
手足以外はただ真っ白な肌をした可愛げある少女の姿をしているため、バルも少し殺すのには抵抗が生まれる。
「お願いですお願いです、何でもしますからどうか殺さないでください。襲ったのもちょっとお腹が空いて魔が刺しただけです。でもこれ正当防衛ですよね、アタシ悪くないですよね、だからどうか食べないでください!」
膝を曲げ全力で命乞いをするその姿に、アカボシも呆気にとられる。
しかし見た目で贔屓をしていては、今まで殺してきた敵の侮辱にあたる。
そのためバルの下した判断は。
「ならば問おう。服従か死か?」
「全力で服従しますっ!!」
「契約しろ。裏切り者には容赦しない」
「しますします!あ、これでいいのですね、はい握手っ!」
裏切り防止として、闇属性魔法の悪魔の握手を発動する。
これは数週間しか効果はないも、契約を違えば精神世界で十三の死を体験して漸く死ねるという厳しい罰が課せられる魔法である。
『はあ……』
アカボシはこんな小娘仲間にする価値あるのかよ。とまたも嘆息をもらすも、このルサルカは中級中位とそこそこの実力がある。
またここに棲む妖精種がルサルカ以外いないと聞くと、要件を果たしたとしてさっさと洞窟の外へ出る。
「ホワイトウルフのために先を急ごうか」
『そうだな!仲間のためにも早いとこ天つ雲へ行こう』
「アタシは極寒の雪山では凍死しちゃうわよ!」
『ム……やはりこの小娘もか』
ここに悪魔、ヘルハウンド、ホワイトウルフ、ルサルカの四人パーティーが結成され、数日後には魔猿種の前で大暴れをすることになる。
サブの話が連続しましたがアカボシ、バルの話はこれで終了です。
次はセカイ班一話→クリスタル班→セカイ班にするつもりです<(_ _)>




