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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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63話 アカボシ、バル班 その1

 本来ならば、手負いの魔物は有り難くダンジョンの糧にする。

 しかしこの白妖狼ホワイトウルフからは血の臭いの他に、雪大猿の臭いもいくつか混じっていた。

 今までの探索から魔猿種を見たら敵との認識をしており、その魔猿種との戦闘後を伺えるホワイトウルフは貴重な情報源である。

 バル達に判断は迅速で、助けて恩を売り、情報を聞き出す。

 もし近くに強敵の住処があるならば、教えてもらう。

 この地に生息している魔物なら山脈の地形にも詳しいだろう。


「アカボシ殿は周辺の警戒を……暗黒界の禁門(ゲヘナ・ハーヴェ)


 バルはすぐにゲヘナから治療用具と取り出してホワイトウルフの手当てをする。

 回復魔法を使えない以上、薬や道具が不足しないように蓄えは十分ある。

 バルは傷の具合から薬を選別しながら、山脈に入る前の出来事を思い出す。


『我らダンジョンには残念ながら回復職(ヒーラー)がいないっ!目録だけでもいい、誰か光属性を覚える奴見つけてこいや!報酬は500DPだッ!』

『父様、太っ腹……』

『ご、ごひゃーくー!?新しい中級眷属もできますねっ』

『この通りセカイ様は鼻息を荒くして待望しております……今のところは最低限の治療技術を、私とミ=ゴウから教わってくださいね。これは必修科目ですよ?』


 と耳が痛くなるほど眷属はセカイからの愚痴と要求を聞かされるため、医療知識を冒険者ギルドから独自に学んだクリスタルと、生物学に秀でるミ=ゴウから教わった。

 しかしバル自身も悪魔ゆえ人体構造の知識には多少の心得があり、どの眷属よりも応急手当は適格である。


「……ク、クゥ?」

「大人しくしていろ。俺達は一応お前の味方だ」


 元々半死半生の状態であるホワイトウルフに抵抗する余裕はない。

 為されるがまま手当てを受け、ものの数分で完了する。


「よし、これでいいな。アカボシ殿、良かったらこのホワイトウルフの翻訳をお願いしてくれ。眷属ではない以上、悪魔の俺では会話も少々苦労する」

『うむ』


 血の汚れも綺麗に落とされ、包帯を身体中に巻かれたホワイトウルフにアカボシが語りかける。

 片や黒い毛並みの大狼ヘルハウンド、もう一方は傷だらけの白狼。

 大きさも強さも数段階も上にいるアカボシが、子どもに金を巻き上げるチンピラのように見えなくもない。


『白の娘よ、己は元黒妖狼だが、今はある者に仕えるヘルハウンドだ』

『なんと高邁な風貌か……私を助けてくれたことに礼を言います』

『礼などいい、猿どものことで知っていることを話せ』

『しかし私は敵に追われている身……このまーー』

『くだらん!』


 翻訳を諦めたバルにはホワイトウルフの会話が「クゥ、クル」と鳴いているようにしか聞こえない。

 すると遠吠えを上げたアカボシにホワイトウルフは畏縮した様子を見せる。

 バルには少々アカボシが脅している風にも見えるが、アカボシを信頼して経過を見守ることにした。

 が、突然アカボシが踵を返すように体を反転する。


「む、どうしたアカボシ殿?」

『少し用ができた。バルセィーム、貴様はこの娘を見ておけ、己は半日で戻る』


 バルもアカボシがやろうとしていることに、すぐに理解できた。

 それでバルに待てと言うならば、アカボシ一人で何とかなる問題だとも分かる。

 しかしバルは闘う機会をやすやすと譲ることに、不満がないわけではない。


「……であるならば、これを持って行った方がいいだろう」

『すまぬな……ここにか?』

「損な役割を押し付けているのだ。それくらいの意地悪は俺でもするさ」


 バルは腰袋から取り出したゲヘナの手袋を、アカボシの尻尾の先へすっぽりと嵌め、紐で裾を固く結び始める。

 それは見事に手袋の中指の部分だけが綺麗に嵌り、残りの四本の指が風に吹かれて音を鳴らす。

 先程ホワイトウルフから称えられた風貌に、微かに気を良くしたアカボシも、手袋を尻尾に嵌めた馬鹿らしい格好には、さすがと喉を詰まらせたくなる。


 しかし誰かが見動きの取れないホワイトウルフを護衛する状況に今はある。

 その場合は能力上バルになる。

 アカボシの方が機動力も、体力も、戦闘方法も多才である。

 戦とは、守ることよりも攻めるほうに手数がいる。


『まあいい。臭いは記憶した、もしここを離れても問題はないぞ』

「承知した、アカボシ殿も達者でな」


 アカボシはホワイトウルフに聞かされた追手の迎撃にあたるため、雪山を疾走する。

 この二人の行動は、セカイに決められた班を更に分ける意味である。

 もしバルの所に天災級以上の敵が現れれば、間違いなく死ぬだろう。

 しかし二人はその判断に不安や後悔は一切ない。

 死ぬときは死ぬし、不運なんて自然の中では日常茶飯事である。弱い自身が一番悪いと帰結する。


「さて、アカボシ殿は行った。君には秘蔵の羊肉をやろうか。美味い物を食べれば回復も早くなるだろ?」


 なおもバルの中では、戦闘を独り占めされることでの気が晴れていなかった。

 その仕返しとして、最後のバロメッツ肉をホワイトウルフの傍らで焼き始めた。



 アカボシは走る。

 それはバルですら追いつけないほどの、自身の限界にも近いスピードであり、ホワイトウルフの着けた血痕を逆に辿りながら、徐々に敵との距離を縮める。

 アカボシ達も、班行動をしてから一度も敵と遭遇していなかったわけではない。魔猿やトロルを捕らえては、情報を聞き出そうとしたが敵は沈黙を守り続けていた。

 死属性のメアならばともかく、バルは闇属性魔法の洗脳などの精神支配魔法を性格上不得手としていたため、二人の行動は結局のところ味方を作り、それから情報を聞き出すことに一致していた。


 その情報を聞き出そうとする魔物が今回は魔狼種。

 会話も不足なく通じるアカボシと同種の魔物であったことに、幸運を感じるもののアカボシの心境には翳りがあった。

 それはアカボシが群れで生きる魔狼種であるにも関わらず、ずっと一匹で生きていたからだ。

 先ほどのホワイトウルフとの会話で放った「くだらん」も、今更群のために戦おうとする自分に向けた言葉でもある。


 魔狼種ならば、同種に誇りを持ち周囲とは同調する。一人は皆のために、を地で行く生態である。

 しかしアカボシは過去、その同種の社会に嫌気が差し、強者を求めて群れを飛び出た一匹狼。

 その現在は運命の巡り合わせによりホワイトウルフを助け、結果的には群れを助けることになる。

 ホワイトウルフが一匹でいることなど、まずあり得ない。

 同じ魔狼種のアカボシだからこそ、ホワイトウルフの心境を早く理解できた。


 くだらない。


「グォッ!」

「きぃ!?」


 ついに見つけた三十ほどの雪猿の群に、八つ当たりも兼ねて飛び込む。

 爪で雪猿の胴を切り裂き、中級ですらアカボシにとっては魔法を使用するまでもない。

 どうせならば上級よ出てこい、と悪鬼羅刹の如く次々と死体の山を築き始める。


「グロォォォォ!!」


 戻るために必要な時間は一、二時間。

 それまでの間、敢えて敵を呼び寄せるように暴れ回れば、敵を探す手間も省けよう。




 翌日アカボシは血を雪で落とすが、消すことの叶わない死臭を携えて、バルの下へと帰還した。

 暗闇も闇属性を持つ魔物にとって、真昼と違いはない。

 バルもアカボシの気配を察知して、テントの中へと迎え入れる。二人は外の気温に耐えられるが、暖かい環境に越したことはない。それに中では療養中のホワイトウルフがいる。


「お疲れ様、どうだった?」


 無言のまま、尻尾を振ってゲヘナを発動する。

 地面からは闇が表れ、その中からは討伐証明部位とされる雪猿の牙と魔石が百以上。

 中級のトロルと雪大猿、スノーマンの魔石が計五十はあった。

 討伐した魔物は魔石だけを回収するようにとクリスタルからの指示である。 

 新鮮な魔石さえあれば、その魔物の半分はDPへと変換できる。


 ダンジョンの眷属が外へ出て魔物を狩る。人が聞けばそれは悪夢でしかないが、それをダンジョン自身が指図しているのだから、悪夢も笑い話に聞こえてしまう。


「この数を短時間で……さすがだな」

『たわいない』


 いくらバルでも下級を百体以上相手にしながら、中級を五十も打ち倒すのは厳しいと思えてしまう。

 それをアカボシは無傷でやってのけた。やはり自分との差は歴然であると実感する。


 アカボシはバルが収穫物を確認したのを見て、闇の中へと再び戻す。

 それでもアカボシの態度からは、狩るよりも採取する方が面倒だったと放っている。

 それはセカイ達が雪猿の討伐依頼をしていたのも知っての牙回収であるため、思っていたよりも骨が折れた。


『娘の方は?』

「今は休むことに専念して、眠ってもらっている。明日の朝には動けるくらいには回復するだろう」


 ホワイトウルフは寝そべりながらも、耳が微かに動いたのをアカボシは見た。

 空寝をしてまで何をしたいのか、そこでアカボシの興味はもう失せた。

 バルはアカボシの尻尾からゲヘナの手袋を回収し、ついでに用意をしていた酒を椀へと注ぎ、アカボシの目前に置く。


『調度喉が渇いていた、助かる』


 ホワイトウルフのことは視界から消え、酒を熱心に飲み始める。

 血はあくまで肉に掛かるタレの一種で飲み物としては適さない。

 アカボシは、自然界には存在しない人の作る酒を好むようになっていた。

 肉と酒さえあれば、疲労など彼方へと飛んでいく。


「それでこれからどうする?アカボシ殿が奮闘している間、こちらもホワイトウルフとの会話に奮闘し、何とか話をすることができた」

『大方、仲間を助けて欲しいと言われたのだろ?』

「フッ、よく分かったな。だが俺達にはそれをする余裕がある」

『余裕?』


 バルには護衛以外にもやることはあった。

 ホワイトウルフの看病から事情聴取、カラスのレムルースを使った周辺地理の作成。

 このカラスは、戦闘力は皆無だが非常に賢い。さらにクリスタルの影響も加わり片言だが言葉を交わせる。


「どうやらこの辺りの高層には敵ダンジョンは存在しない。おそらく北西側、セカイ様のおられる方だ」

『すると己らはハズレ……随分と暇になるな』

「だろ?その場合は八日まではクリスタル様の下へと戻らず好きにしろと、仰せつかっている」


 一度高層の雲へ向かうとしても、二人ならば明日にでも到着する。

 すると残りの時間はどうやっても暇になる。昨日のアカボシがやった雑魚狩りでは、目録採取もできず成果が無いに等しい。

 バルはアカボシと共に酒を交えならが、詳細にホワイトウルフから聞いた話を説明する。

 元はホワイトウルフが中層の北西に群れを形成していた。

 しかし、急激に勢力を伸ばす雪猿やスノーマンに追いやられ、次第に東側まで逃げてきた。


 魔物にとっては氷魔の巣窟を中心に、北西にホワイトウルフ、北東に様々な妖精種、南西に氷皮蛇アイススネーク、南東に雪豹レイユオルと領分を持っていた。


 しかし今は、西側全ては魔猿種とスノーマンの領域となっており、東側の縦半分もすでに二種の支配領域とされている。

 スノーマンはともかく、魔猿種の繁殖力の前にはどの魔物も成す術はなく、傘下に加わらない魔物同士で、残された僅かな領域で獲物を奪い合っている状況にある。


『ならば調度そこにいる、妖精種を捕らえようか。妖精種ならば光属性を覚える奴もおろう?』

「そうだな。上級の魔物ならば、セカイ様の期待にお応えできるし、俺達の力試しにもなる」

『ククク、報酬のDPを山分けしたとして、バルセィームは武器を、己はコカトリスでも頼もうか』


 バルの同意にはホワイトウルフの耳が残念そうに萎れる。

 先程から、懸命に会話を盗み聞きするホワイトウルフの様子に、二人は気づきながらも会話を止めない。

 バルはホワイトウルフがどう動くのか興味本位で、アカボシは単に興味すら無くして存在しない者として扱っている。


「俺はこの際アカボシ殿の意見に従う。どうしたい?」

『だったら決まりだ。高層を下見した後』

「そうだな」

『東へーー』

『無礼を承知でお願いする!』


 ホワイトウルフはアカボシが方針を言い切る前に、勢いよく起き上がるとアカボシへと嘆願する。

 チッと、アカボシは含み笑いをするバルを見て、バルが意図的にこうなるよう仕組みを入れていたと察する。


『我々にはもう頼る者はいない!天つ雲への道を案内もする。妖精種の住処だって案内できる。西方も元は我らの住処であり、誰よりも詳しい!だからどうか、我らの窮地を救ってくれないでしょうか!?』

『必要ない。その程度のことは、己らだけで何ともなる』

『ならば……この私の全てを差し出す!その主の元に売るもよし、アカボシ様の好きに使うもよし、私は他の同胞よりも幾らか強いと自負もある。きっとこの命は十分な供物となるはずです!』


 このホワイトウルフ一人だけならば、この山脈でも生きていける実力はある。しかし弱者のために強者が尽くす心境をアカボシには理解できなかった。

 だが理解できないこその、世界を広げてくれと言った、セカイの言葉を思い出す。

 アカボシは最初からダンジョン攻略で、魔猿種を根絶やしにするつもりだった。そのついでに中級上位はあるホワイトウルフを手土産にできるのならば、セカイもきっと喜ぶだろうと、計算した結果。


『……三日だけだ』

『っ!?重ねて礼を言う!』


 平伏するホワイトウルフを他所に、アカボシの抱いたものはーー。

 

『この悪魔め』

「褒め言葉と受け取っておこう」


 同僚への恨み事であった。不愉快なことに、全てはバルの手のひらで、転がされていたのだ。


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