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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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62話 それぞれの探検

タイトル通り三班それぞれのエピソードになり、多少の時系列に差があります。

次話からは一班ずつ書いていきます<(_ _)>

 それはリンネルと二人で行動を開始してから二日目の夕方。

 先頭で雪を掻き分けながら歩く時の、臍まで雪に浸かる重苦しい感覚に嫌気が指したため、気分転換も兼ねて沈む夕陽を眺めながら、寒い日には何を食べると一番美味しいかなと考えていた。

 天ぷらもいいし、おでんもいい、ラーメンも最高だなと、未だ異世界で見ることの叶っていない料理を妄想していると。


 くぅー。


 と、お腹の鳴る音が聞こえた。

 まったく可愛いやっちゃなリンネルは、お腹を空かせたリンネルのために、お湯でも沸かそうかとリュックを漁っていると。


「今の音はあたしじゃないですよ?」

「は?お前しか他にいないだろ。恥ずかしがるなよ、腹ペコキャラなんかお前にはぴったりだろ、可愛いじゃん」

「だからあたしじゃないですって!そもそも植物種にはお腹の音はしませんっ。ただ少し、お肌が荒れて体が萎むだけです」

「え、そうなの?初めて知った。しかし一体誰が……」


 ぐぅー、きゅるるぅー。


 今度は二回連続音がした。先程のよりも下水管が詰まったかのようにやや重い。

 気になって周囲一帯を魔法で探索しても、俺達以外の気配は見当たらない。

 じゃあ誰が?


「それはご主人さまですよ?あたしのこの耳がしっかりと三回聞き届けました」

「へ、俺?俺はダンジョンマスターだぞ?睡眠欲も食欲も……つ、ついでに性欲も一切ないダンジョンマスターなん……だよぅ」

「最後の方だけ悲しそうに言わないでくださいよ……」


 くぅー。


「あ、俺だ。お手間を取らせました」

「いえいえ」

「って違うわい!何で俺が空腹を感じているんだよ!?」

「あたしに言われましても……」


 ひょんなことから俺は前世の記憶よりも空腹を先に思い出す。

 冷たい空気が空きっ腹にまで届いたような錯覚を味わい、それでいて余計に体力を使うのだから虫の居所が悪い。この徐々に身体を蝕む感覚が我慢ならない。

 いっそ雪でも良いので何かで胃袋を満たそうかな、と冗談を思いつく傍らで、飢えのないダンジョンを作ろうなどと決意するほどだ。

 こんな経験は今まで一度もなかった。

 やはりダンジョンマスターがダンジョンを離れた影響だろうか。

 ちょうど時刻は夕方で、そろそろ探索を打ち切ろうと思っていたので、原因を突き止めることにする。


「リンネル、今すぐ寝床を用意しろ。警戒レベルⅤだ!」

「ふぁいぶって何なのですか……でもここまでテンパってるご主人さまは初めてですね。——土壁!」


 リンネルが作業に当たっている間も、現状の確認を怠らない。

 俺の調子は、腹が減る、体が重い、そして——。


「魔力が……元に、戻らない」


 いつもより魔力量が少ないと思っていたら、回復していなかった。

 これは一大事だ。俺の身体は人間種をベースに作られている。

 つまり首を跳ねられると即死し、胸を貫かれると出血死する。

 腹が減るのはいい、眠たくなるのもまだいい。しかし魔力だけは絶対に必要になる。

 このまま魔力が戻らなくては、探索の中で最も危険な班は俺達になる!


「え?それはどういう意味ですか?」


 リンネルも作業を止めて訊き返す。

 魔力をセーブした状態の俺とリンネルだけで、この先やっていけるだろうか。

 山登りだって魔力なしでは厳しい場面があった。


「俺の魔力が回復しないんだ!」

「……えっ」


 残り魔力は全体の五分の四。おそらく昼の時点ではもう回復をしていなかった。

 しかし俺が空腹と焦りから言葉が乱暴気味になるとは対照的に、この時のリンネルはやけに落ち着きを払い、あろうことか俺よりも先を見据えていた。


「でも大丈夫ですっ!」


 杖を片手で操り、空いたもう片方の手は力強く拳を握り、その小さな胸をトンと叩く。

 すると寝床として用意した土壁を囲むように、水属性も加えた堀が徐々に出来上がる。


「そんな時のためにあたしがいますっ。あたしが必ずご主人さまを守ってみせます!!」


 そこにいたのは鈍間で、間抜けで、ひ弱な少女ではなく、頼りがいのある一流魔法使いだった。

 その逞しい姿に俺は彼女を抱きしめたくなる。

 いやもう色々とタガが外れて、少女の腰に項垂れるように抱きついてた。


「リ、リンネルゥゥウーーーー!!」

「ちょっ急に、ご主人さまは何を!?あっでも、これはこれで良いですね~よしよし」


 この時よりポンコツ二人の冒険劇が始まることになる。



◇◆◇◆


 クリスタルとメアは、昨日から凍魔の巣窟を東へ進んでいた。


「メア、この辺りでお願いします」

「ん、幽霊地図(ゴーストマップ)


 幽霊地図とは雪豹レイユオルを探知した生命探知(ライフサーチ)を、特定個人に絞り込んだ魔法である。

 その魔法は対象と同種の魂を生贄に捧げることで、対象をどこまでも探し続ける亡霊(ゴースト)を生み出し、見つけた場合は魔本へと詳細を記録する死属性魔法。

 メアは案内人(シェルパ)のスワードから聞いた伝承からトレントを探し続けていた。

 それはトレントが木材としてダンジョンでもよく使われる。

 もし見つけたら父親セカイにいっぱい褒めてもらえる。

 動機はそんな無垢な願いと、魔本を使った遊び半分だったものの、数日前に本当にトレントの森がこの山脈にあることを発見した。

 それも質と量の両方を兼ね備えた、最高級のトレントの群生地だった。


 あそこに獲物がいる。

 その時はメアでも、歓喜の表情を抑えきれなかった。


『あれを見つけたのは私で、あれを刈り取るのも私』


 口にはそう出さずとも、メアの態度からクリスタルは察していた。

 メアの魔本から現れるゴーストは下級魔物のゴーストにすらなれない、ただの道具である。


『ァアァアァアァアァ゛゛』


 その姿はゴーストとは程遠い暗黒の霞。

 ろくに現世に現界できず、浄化することも叶わない魂の不良品。

 そんな塵の魂を、使って貰えるだけ有難いと思え。


「行け、生け、逝け、私のために、何度も死ね」


 無邪気に嗤うは死の姫メアメント。

 その素顔はセカイにすら見せない、少女の秘密の顔である。

 そして探すこと数時間足らずで。


「見つけた。二時の方向、数は三百、距離はおよそ半日」

「偉いですね。よしよし」

「んー!」

「このことはセカイ様にも良くやっていたと報告しましょう」

「んー!んー!」


 少女が嗤うのは死者でのみ。

 他は親に褒められると心底喜び、叱られると角に丸まって泣く、端から見ればとても可愛いらしい子どもである。


「メアも疲れたでしょう。決戦に備えて、ダンジョンに帰りましょうか?それともアカリヤ達を召喚しましょうか?」

「ここにいる。ティラノに、乗る」

「ふふ、アカボシの代わりにですか?——《アクセス》」


 転移門から現れるのはアンデッド三人組。

 ウィルオウィプスのアカリヤ、キメラスケルトンのティラノ、ジャックランタンのウリィである。それは人ならざる異形をしているが、姫を護る死の三騎士。


「ついにメアメント様との共演ですね!」

「ぎゃぎゃぎゃうー」

「オイラの本気を見せてやろう~ガハッ」


 コモドオオトカゲのティラノの背には鞍馬が装着されているため、無言のままメアはそれに腰を下ろす。

 まるで馬に乗ると見るより神輿に担がれている様子である。

 ついクリスタルが微笑むと、突如胸にチクリと痛み(・・)をさす。


「ッ!?」


 ダンジョンであるクリスタルに、普通は痛みなど感じない。

 つまりこれは、セカイに何かがあった証である。

 ダンジョンとマスターは運命共同体。

 共に生死を歩み、ダンジョンコアを通じてダンジョンは生命活動に必要なエネルギーや運営能力をマスターへと供給している。

 その繋がりが、感覚の乏しいクリスタルにとっての温もりであった。

 しかしたった今、ぴんと張った糸が切れるように、一瞬でその温もりが消失してしまった。


 服の上から胸を撫で下ろすようにコアへ触れても、やはり反応は依然としてない。

 クリスタルは、自分がこうして生きている以上は、セカイがまだ無事だということが分かる。

 だが今は、それしか分からない。

 本来ならば額に汗を流していたであろう場面でも、ダンジョンには汗を流せない。

 平然そうに見えていても、無表情がかえって不自然に見える。

 するとその僅かな差異を見破ったメアが真意を訪ねる。


「父様に、何かあったの?」


 いつも両親に相手をしてもらいたいがために観察しているメアには、クリスタルの変化をすぐに察知できた。

 ここまで母親クリスタルが気を揉むのは、ただ一人の人物だけだと誰もが知っている。

 それを羨ましいと思うが、それが一番だとも他ならぬメアが認めている。


「いえ、問題ありませんよ。明日の早朝を目処に移動しましょうか」


 しかしクリスタルは、メアに悟られていたと気づくと態度を戻し、普段通りに歩き始める。

 セカイは自分の意見を信頼してこの作戦を採用した。

 だったら自分がセカイの無事を信じないでどうする、とクリスタルは気持ちを切り替えることに成功した。


「私達は、私達の任務を完遂しましょう」

「……ん、みんなの帰る場所は、私達で用意する」



◇◆◇◆


 クリスタル班が、アンデッドを連れてトレントの群へと向かい始めた同時刻。

 バルとアカボシの班は北東側の高層を目指して、一度も足を止めることなく進んでいた。

 初日にセカイが空を飛んで山を一つ、二つを超えたリーチをも上回るほどの勢いであり、実は班の中では最も高層に近い位置にいるのがこの二人である。

 二人にとっては護衛対象のいない身軽な状況と、気の置けない仲間との旅が、無上の移動速度を実現していた。

 するとバルが合流地点から十分に離れたことを確認して、兼ねてより気になっていたことを世間話でも始めるかのように自然な声色で話す。


「ところでアカボシ殿、良かったら俺が生まれる前の、セカイ様が攻略したダンジョンの話を聞かせてくれないか?」


 バルの性格上、守るべき存在のセカイを知りたがらないわけがない。

 しかしそれを直接セカイに聞けない辺りが、バルの不器用なところであり気遣いでもあった。

 自分の欲求のために、セカイの大切な時間を無駄にしていいはずがない。また、そんな余裕があるならば、己を強くする努力に当てるべきだ。

 バルは常々そう考え欲求を抑え続けていた。


 更にダンジョンの中では、どこにいたってクリスタルのがある。

 初めこそ悪魔であるバルを警戒してか、不気味な視線を感じることが度々あった。

 そんな視線を可能にするのはダンジョンでは一人しかおらず、バルは二人の信用を損なうことを固く禁じていた。

 また案内人シェルパの護送時も、同僚のリンネルの存在や、セカイに託された重要な任務があった。

 同じく今も重要な任務にあるが、幾分余裕もあり、リンネル不在による男の見栄を張る必要もなくなった。


「グオウ?(主のことをか?)」

「そうだ。相手のこと、セカイ様の言う恩人のこと、そして何よりもセカイ様たちの奮闘を知りたい。こういうのは本人には訊き辛いだろ?」

「ググルゥ、グウォ(いいだろう、だが警戒は怠るなよ)」

「感謝する」


 セカイの旋風探知、アカボシの嗅覚、メアの幽霊地図と遠征組には索敵能力に秀でる者が多いが、バルにも一応の索敵能力がある。

 それは闇属性魔法の生命探知ライフサーチを武人らしく改良した技術、つまりは気の察知である。

 そもそもライフサーチは遠距離の魔法であるために、バルの素質上無理があった。

 しかし元々が闇の塊である種族特性と、並々ならぬ努力を重ねるうちに魔法を技能へと昇華し、魔力の消費をなし(・・・・・・・・)で二、三十メートル範囲の敵意に対して敏感に反応することができる。


 二人は山を登り、氷壁を降下し、川を渡り、雪渓の割れ目を飛び越えながらも、昔話を止めない。

 例え足場が不安定であろうと、魔法と持ち前の身体能力で無理矢理にでも何とかする。

 地獄の似合う二人にとっては、自然の雪や氷や風は障害にもならない。


「なるほど、一度その恩人には会って礼を言いたいな」

「グゥーオン、ググゥ(一方はただのうるさい小娘だぞ)」

「それでもだ、そのシィルスス殿が悪魔召喚を止めて下さらなければ、俺は主に刃を向けていたかもしれない」


 もしその時召喚された悪魔がナイトゴーントであっても、それはバルではない。

 しかし魔物召喚の詳細は、セカイとクリスタルによって秘匿とされているため、バルにはそのような心配事が生まれていた。

 そのためバルがアカボシの話を聞いて、一番の感想はレオニルとシィルススへの感謝だった。

 この二人の協力が無ければ、セカイの命もさながら敵としてセカイと相対していた。


「……グオン(好きにしろ)」 


 アカボシからすれば、自分を羽毛布団として扱うシィルススには若干の苦手意識があった。

 しかもアカボシにとっても共に強敵を倒した戦友で、セカイの友人との認識をしているため、余計にタチが悪い。


「ん?アカボシ殿、あれを見てくれ」


 すると話の最中に、バルがとある異変に気づいた。

 その手の指す方向に目を向けると、雪の景色に全くと合わない血痕があった。

 二人で顔を合わせ、警戒を強めて血痕の先を辿ると


「グォン(白妖狼か)」

「まだ生きている。保護しようか、ダンジョンの情報に何か心当たりがあるかもしれない。異論は?」

「グウン(仕方あるまい)」


 白い身体を真っ赤な血で汚して横たわる、一匹の白妖狼ホワイトウルフを発見した。


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