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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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61話 偵察開始

 まだ夜が明き始めた頃、居住区エリアでは外界の太陽の動きに合わせた日照時間に設定させているため、ダンジョンの中でも薄明るい。

 現在はマナーの大広間で、いつもの遠征組に集まってもらっている。


「昨日まで護送任務を果してくれた三人には悪いが、今日から十日間、三班に別れて偵察を行ってもらう」

「その上やる事は敵の情報収集、戦闘、勧誘、素材採取と多岐に渡ります」


 これらは昨夜のうちにも説明をしたが、念のための確認である。

 十日とは往復を考えての日程であるため、一回目の偵察で敵ダンジョンの居場所に目星をつけられないこともある。


「これは命令だが、ダンジョンマスター及びそれに類する者との戦闘は厳禁だ。遭遇すれば一目散に逃げろ」


 成長を促すためとはいえ、勝算のない戦いは避けるべきである。


「それで班編成だが……」


 俺の声に反応して眷属は唾を飲み込む。

 十日も会えなくなるために、誰とパートナーを組むのか重要になる。

 このことは敢えて直前まで伏せていた。

 リンネルとメアが喧嘩をしないためとの理由もあるが、本当の所は明日を気にせず休んで欲しかった。


「一班は俺とリンネル」

「やったー!」

「……チッ」


「二班はクリスタルとメア」

「んー!」

「良かったですねっ」


「三班はアカボシとバルだ」

「グオン」

「アカボシ殿、お互い頑張りましょう」


 アカボシとバルがこれは妥当だな、と平然とした様子で理解してくれてよかった。

 これが戦力的にも均等に分けた形である。

 メアとリンネルは不安要素が多い。俺かクリスタルの同伴がなくては、最悪足を引っ張ることになる。


 もし敵の天災級と遭遇しても、俺ならばリンネル一人くらいを抱えて逃げられる。

 アカボシも本気を出せば、バルを乗せて逃走できる。

 守勢に徹したクリスタルならば、先ず負けることもないと考えている。


「クリスタルには召喚権限を譲渡した。もし何かあれば、好きな魔物を自由に召喚しろ。DPをどれだけ使おうが一向に構わん」

「心得ております」


 そのための上級魔物の召喚枠を一つだけ空けている。

 これは知性あるダンジョンのクリスタルだからこそできる裏技である。

 しかしダンジョンマスターではないがために、消費DPが普段の倍以上は掛かる。

 それでもクリスタルが危機になれば、ヒュドラでも、リッチでも、ミラージュレイヴンでも、その場の環境や状況に応じて最適な上級魔物を召喚し、逃げるための手札となってくれるだろう。


 クリスタル班にはこれでいいとして、あとはバル班である。

 こいつらの個人戦力はクリスタルを除いた眷属の中で、ナンバーワンとツーであるため心配することもあまりない。

 また二人の信頼関係も非常に良く、性格に難もないので、俺が贈る物も一つだけである。


「バル達にはこのゲヘナの手袋を一つ渡す」

「有難く頂戴します!」

「貸すだけだぞ?」


 暗黒界の禁門(ゲヘナ・ハーヴェ)の魔法を付与した手袋さえあれば、荷物に困ることはない。

 俺とリンネルは食料や寝床には困らないので、その分バル達が活用すればいい。

 そのゲヘナの手袋とはホラントに三つも作らせた物である。

 内の一つは恩人である冒険者のレオニルさんに上げたので、俺達が所持している数は二つだけ。

 しかし元々クリスタルという最強収納モンスターがおり、更にメアとバルもゲヘナの魔法を使用できるので、ゲヘナの手袋に頼る機会なんてのは……俺のへそくりくらいだろうか。


 俺の伝えることも終わり、あとはクリスタルが、雪山での注意事項、それぞれの探索ルートの確認、討伐した魔物の扱い、合流場所の説明だけなので、それも数十分で終わる。


「——以上です。皆さん一時間以内には準備を終えていてください」


 といってもクリスタル班には支度の必要はなく、俺もとっくに終えている。

 バル達の十日分の食料だが、前日から使用人のレヴンとメラニーに用意をさせた。

 尤も彼らは現地調達をすることができるので、用意が無くとも十日くらいは自分で何とかするだろう。

 アカボシは血と肉を、バルは魔石さえあれば栄養補給ができる。

 この世界では強い魔物ほど代謝が良い傾向にあり、それが魔物界の生態系ピラミッドの機能している要因なのだろうと考察している。


 そして一時間を経過し、いよいよ別行動に移ることになる。

 ここは凍魔の巣窟(ウス・ルトク)の最北。

 目の前には先の尖った急峻な山が聳え、登ることはまず無理だろう。

 俺たちが高層へ向かうには、山麓の左右どちらかに分岐する必要がある。

 ここから十日もダンジョンを離れることに不安はあるが、やはり眷属の方が抱える物は大きいだろう。顔に出したくても出せない。

 主の俺が気丈な態度を振舞わなければ、逆に眷属には必要以上の不安を与えてしまう。

 そうしないためにも一度息を整えて、アカボシ、バル、リンネル、メアの顔をそれぞれ見つめてから、別れの挨拶をする。


「これより十日間、お前達はマスター、ダンジョン、または両方の庇護下から離れて未知の領域へと挑むことになる!」


 ウス・ルトクから、俺とリンネルは北西へ、バルとアカボシは北東の方角へ移動することになる。

 クリスタルとメアは北上せず近辺の捜索にあたる。それは俺達の撤退を想定しての防衛線、または挟撃されないように背中を守ってもらう係だ。


「お前達は俺の自慢の眷属だ。同じ階級の相手なら負けるなどと微塵も思ってはいない。だから俺の願いは一つ!」


 眷属(かぞく)を信じる。それは眷属の成長のためだけでもない。

 俺自身の成長にも繋がると思っている。

 だからなのか、俺が眷属に最も願うことは、俺の持つ大切な夢と同じになっていた。


「自分の世界を広げてくれ。気に入った場所を見つければ留まればいい。欲しいものを見つければ手に入れればいい。気の合う奴と出会えば友や仲間に加えてもいい。ダンジョン攻略はその過程にある」


 俺という主のいない中で、それぞれの判断と責任で行動してほしいと願う。

 昨夜クリスタルに諭されて、改めてそう考えるようになったのだ。

 特に召喚魔物は俺の価値観や知識を受け継いでいるために、俺への依存度が高い。

 自分の思い通りに動く人形もそれはそれでいいが、全員がそうであると組織として、いずれ瓦解し機能をしなくなる。


「それでは十日後、またここで会おうな」

「全員が無事にですよ」

「グオォン!」

「沢山のお土産の用意をしてみせます」

「強敵やっつけちゃいましょっ!」

「ん、一番は私がヤる」


 割と眷属は偵察という名目の自由時間でも、好戦的な雰囲気を出している。

 敵地を侵略しといて何だが、戦うことだけを考えてなくてもいい。

 人の目のない機会なんて、そう無いのだから。

 まあしかし、徐々に慣らせていけばいいか。


「よし、リンネル。俺の腰に掴まれ」

「え?ご主人さまの腰にですか……」


 班員のリンネルの前で、腰に掴まりやすいよう腕を大きく広げる。

 突然主は何を言うのかと、リンネルは困惑顔を見せるも言われた通りに近く。しかし掴まれと言ったが、実質意味は抱けである。


 初心なリンネルは顔を赤く染めながら、ローブの下に着ているシャツを小さく掴んだ。

 これでは弱い。

 安全を考慮して俺の方からリンネルの強く抱きしめると「はぅ」と吐息が聞こえる。

 それを見ているメアが、自身の爪を噛み始める。


「クリスタル、そちらの仕事は任せた。行ってくるよ」

「私達には多くの頼もしい仲間がダンジョンで控えております。セカイ様が心配することは何一つございません。行ってらっしゃいませ」

「ん、私も後でそれさせてね?ばいばい」


 クリスタルにはとある大役を任せている。

 しかもそれは本来なら全員で当たるはずの物だったが、クリスタルが大丈夫だと言うので任せることにした。


「それは……メアが行儀よくしていたらな」

「する、する!」

「よし、お前達も期待しているからな。——飛行(フライ)ッ!!」

「っーー!?う、浮いてますっ!?」

「だけじゃないぞ?」


 俺はリンネルを抱えながら、寒空へと急上昇する。


「ぅわわわわわ」


 先程までいた地上の眷属が米粒ほどに見えると、山を越すために飛行を開始する。

 しかし突然の山の上昇気流に煽られ、体が大きく傾いてしまう。


「たかいたかいたかいたかいたーかーいーーひぃぃぃぃっ!?」

「うおっちょ、こら待て、暴れるなッ!」


 それがいけなかったのか、リンネルは涙目で手足をバタバタと振って暴れ始める。

 こいつ、水中も駄目なら空中も駄目だったのか……。


「だってお空ですよ!みんながあんなに小さく!落ちたらあたし粉々ですよっ!」

「だから暴れるなっての。おっと、もう少しで落としそうだったぞ?」

「いーーーやーーーーー!!!!」


 その嘘を本気にしてか、胸に痕が残るほど爪を立て、腰の蔓も使ってぐるぐると密着する。

 あ、ヤバい、余計に飛べなくなった……。

 そんなリンネルとの空の旅は、パニック状態から始まった。



 低層と中層の境には明確な線引きをなされていないが、中層と高層の境は明確にある。

 空から見下ろすとそれが益々よく分かる。


 山に雲が掛かっているのだ。


 しかもそのどんよりした雲は、まるで人の進入を拒むかのように、一年中山から晴れることはない。

 流石の俺も、高層までの標高を超えられるほど飛ぶことはできないし、魔力が持たない。

 おかげで雲の中でも安全に移動できるルートを模索しなくてはならないのだが……。


「うえっ、ごほっ、っんぷ」

「悪かったって、俺も久しぶりの飛行で少し速くしすぎた」


 只今リンネルの介抱のため、それどころではない。


「あたしは、何度ぉ、辱めを、受けれ……ば、おええええぇぇぇー」


 やっとこさっとこ地上に足が付くと、早速リンネルは項垂れてリバースしたのだ。

 初めての飛行に酔っただけなので体調に問題はないが、少女を泣かせたことに対する、大人気ない思いはある。

 少しでも楽になってほしいと、背中の花を傷つけないよう慎重にさする。

 ちなみに嘔吐は人間と違って食べている物も違うため、黄色い液体のみだった。


「魔力量にも限りがある、出来るだけ温存して山を超えたかったんだ。リンネルには負担を掛けてすまなかった」


 ここは敵地であるために、突然襲われることも考慮して魔力の四分の三を残したかった。


「分かってます、分かってますけどぉ、あたしは何か腑に落ちませんっ」


 体調は数分で治ったが、機嫌を悪くしたのか、体育座りをしながら目も合わせてくれない。

 しかし俺の注意はリンネルの出した吐瀉物に向いていた。

 普段の食事が水で、アルラウネの液体も混じっているためか、仄かに甘く良い香りがしたのだ。

 さすがに美少女の吐瀉物を飲む趣味はないが、リンネル蜜のことを考えると、採取したい気持ちに駆られる。


 ウリィのお菓子に混入して食べさせてみようかな。

 小瓶を取り出して吐瀉物を回収しようとすると、リンネルに腕をバシっと掴まれる。


「そう、それですっ!あたしのことを何だと思っているのですか!ご主人さまはデリカシーの欠片もない冷酷漢ですよっ!」

「ムッ」


 絵面としては、美少女が嘔吐した液体を回収する変態野郎である。

 これはリンネルが怒るのも無理はない。

 本来はそれで仲間の命が救えるのならば、恥の一つや二つを気にしないのだが、これ以上リンネルの機嫌を損ねると、この先の偵察に支障を来たしそうなので引き下がる。

 ついでに詫びを込めて、一つ約束をする。


「許してくれよ。代わりと言ってはあれだが、春になったら二人(・・)で森に入らないか?色んな植物種の魔物や、綺麗な花のある森を知っている」


 これは冒険者界隈でも普通に知られている森なので、どちらにしろいつか行こうと決めていた。

 それにこことの距離も近いため、あとは春を待つだけだ。


「分かりました。ここのダンジョンを攻略したら、絶対にですよ?」

「約束する。リンネル農園の充実は、俺の夢でもあるからな」

「楽しみですっ!」


 それで気分を良くしてくれたリンネルは、ようやく立ち上がってくれる。

 虐めた張本人がいうのも変だが、リンネルには笑顔が似合う。いや、笑顔しか似合わない。

 なんだかんだでいつもリンネルをからかってしまうのもそのためだろう。本人にはいい迷惑だが。

 そんなリンネルだけは、天災級の俺と班を組むことになって活躍する機会が少ない。

 何処かでリンネルが、自発的に動いてくれる機会が来るだろうか。




 しかしその転機は偵察を開始してから二日目に突然訪れた。


「魔力が……元に、戻らない」

「え?それはどういう意味ですか?」

「俺の魔力が回復しないんだ!」


 二日目の夕方に、俺がアクシデントに襲われることになる。

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