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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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59話 二軍遠征組 後半

 凍皮蛇(アイススネーク)の体長は、さながら地球最大級とされる蛇のアナコンダである。

 雪山にそんな十メートルを超える蛇がいるなんて本当に恐ろしい。

 外皮は硬くも軽い、氷のような半透明な鎧を纏うため、冒険者の防具として重宝されるほどの強度を誇っている。

 また、中級クラスには毒こそ持たないが、傷口から獲物を凍らす魔牙がある。

 それがアイススネークの討伐証明部位ではあるが、牙は武器の素材にもなるらしいので冒険者ギルドには文句を言いたくなる。

 内皮は真っ白な体表で雪に擬態するため、雪山のハンターと呼ばれるらしい。だが俺はつい真っ白と聞いてアルビノ蛇のような可愛らしい蛇を想像してしまう。

 しかし俺の旋風探知(レーダー)が視覚に頼らない索敵魔法で本当に良かった。

 この魔法がもう俺の代名詞だと言ってもいいくらいに一番使用しているな、と軽口を叩きながら歩みを進める。


「アイススネークの皮膚は硬く、俊敏な動き、尾での打撃や巻き付き、牙には必殺の氷属性魔法と非常に隙のない魔物です。しかし、地面に接しているお腹の部分の鎧は薄いため、その部位を攻めるのが正攻法とされています」


 一応魔物の詳細は頭に入れていたが、やはりクリスタルの方が丁寧に記憶している。

 討伐部位や特徴を記憶するのに必死で、肝心の弱点までは中級なので覚えてもいなかった。

 他にもアイススネークは自身の巣穴に、殺した獲物を溜め込む習性があるらしい。

 どうやら俺が探知できたのも、ど獲物を巣穴へと運んでいる最中だからだ。

 運が良ければ一石二鳥で、その獲物もDPへと変換することができるだろう。


 また、ダンジョンマスターとしてやはり魔物との戦闘を焦がれる性がある。

 戦闘、DPの獲得、召喚目録などと、充実したいことがある。

 自分で言うのも変だが強者の余裕や慢心でもない、本能であるため受け入れるしかない。


 俺たちは付かず離れずの距離を保ちながら、数十分でアイススネークを巣穴まで帰させる。

 固い雪渓の大地でも足跡はしっかりと残るので、追跡は容易であった。

 今、巣穴の目前にある草木へと影を潜めている。

 巣に帰したのはいいが、どうやって炙り出そうか。


「巣穴と呼ぶよりも洞窟に近いですね……ボクが中へ入って誘き寄せましょうか?」

「一番弱いフローラが行ってどうする。自己犠牲も、場を弁えて発言しろ」

「えへ、すいませんです」


 こうしてファウナのいないところでは、少しだけ素の自分を晒しているように見える。

 それでも姉の性格とは反対なのか、健気で献身的なところは変わりない。

 実のところ姉よりも妹の性格の方が、危なっかしくて不安要素を抱えていると思うが、今はフローラの将来のことを考えるよりも目の前のことである。


 魔法で中の様子を確認すると巣穴には中級が六匹、子どもに下級が十匹はいた。蛇の苦手な人にとっては卒倒する光景である。

 それに追加の二匹はやや大きい。アイススネークのボスだろうか。


「クリスタル、巣穴には二匹の中級上位が追加でいた。俺とお前で対処しようか」

「畏まりました。それでは巣穴には私が——」

「いや、アカリヤ。お前の火球で煽ってやれ」

「先制の任、有り難く受けさせて頂きます。——連火球」


 すると、ポワッと野球ボールくらいの火球が五つも彼女の周囲に浮かび上がる。

 それをアカリヤはお手玉でもするかのように、軽快に操り始める。


「セカイ様、宜しければ洞窟に酸素を送って下さいませんか?可燃物の方は魔力で用意をできますので」

「洞窟、酸素、火球、可燃物……マジっすかぁ」

「マジでございますわ」

「……少量だけだぞ」


 げに恐ろしい。言われた通りに、なるべく酸素だけを意識した空気を洞窟へと放る。

 あくまでこれは、挑発代わりだ。

 それを本気でやると、俺達の分まで無くなりそうなので、イメージだけに止めた。

 またアカリヤの火球の一つだけは、よく見ると色が違った。きっとその中には、アカリヤによって生成された爆発の素が入っているのだろう。

 色違いが初めに放たれ、遅れて次々と火球が巣穴へと吸い込まれる。


「——爆風(ブラスト)



 ボンっ!!



「エグい 。アカリヤ、恐ろしい!」

「洗練された技とは、全てそのようなものでしょう」

「わわわわー、さすが火属性だよぅ」

「これでも小規模に抑えた方ですわよ」


 巣穴から土煙が上がるのは、小規模と言っていいのだろうか。

 それに俺たちは巣穴までの距離が五十メートルはあった。つまり普通の火球では、途中で勢いが衰えて消えるはずだ。

 炎の命中精度、持続性などは申し分ない。

 さすがアカリヤだ、しかし恐い。

 俺はアカリヤの有用性並びに評価を、今一度改めることにするが、アカボシより先に火と風の合成魔法をすることになるとは、考えてもいなかった。



『キィィィシューーー!!!』



 憤怒の形相とはこのことだろうか。

 多少焦げが残るアイススネーク六体が巣穴から飛び出てくる。

 子どもの方は……半分以上が瀕死状態になっている。

 親達が激怒しているのも仕方ない。


「混戦になるぞ!」


 当然だが一対一の状況は容易く作らせてもらえない。

 せめて俺は眷属よりも強めの殺気を放つ。

 それはアイススネーク達にとっては、「お、頑張ればこいつ倒せるぞ」ってくらいの、巧妙に抑えられた量である。

 視線が俺に集中している間に、三人は四方へと囲むように移動する。


「樹技・土木剣!」


 マカリーポンは樹が人化した魔物である。

 フローラが背中から枝を伸ばして翼を形成し、さらに枝を一本折っては魔法で木剣を作ることができる。

 これでフローラの戦闘準備も整った。


 アイススネークほどのハンターが、敵に囲まれることなんて初めてだろうか。

 目はギョロギョロと動き、警戒を強めて静止している。


「火色舞踊・四色」


 アカリヤが、赤、青、緑の三色の火球を生成すると——。


「キィーー!?」


 アイススネークが吠え、宿敵を見つけたかの如くアカリヤの方へと殺意を向ける。

 まあそうなるわな。

 俺に二匹、アカリヤに二匹、クリスタルとフローラに一匹ずつと相対するようになる。


「アカ--」

「御安心下さい。元よりわたくしは……」


 先走った若いアイススネークが、アカリヤへと飛び掛る。


「二匹の御相手を致したいと、本心より思っておりましたわ」

「キュ!?」


 地面から突如現れた火柱が、その一匹の身体を容赦無く焼く。


「目に見えている火球だけが、わたくしの炎と思わなくてよ?」

「キ……ュ」


 腹部を貫通するほどの火柱によって、アイススネークの一匹は絶命した。

 四色と言っていたので、残りの一つは地面に隠すトラップ型なのだろうか。

 綺麗にポッカリと空いた死体からは、独特な異臭がする。焼死体を見るのはこれが初めだったりするので、鼻を刺す臭いを直ぐに取り除きたい。

 しかしこれで残りは五匹。

 それにしても、こいつこんなに強かったか?もう上級クラスでも相手できるんじゃないかと、アカリヤの戦力としての期待が高まる。

 それほど火属性魔法の火力も凄まじく、そっちを取得していればなと脳裏に過るほどだ。


「良くやった、だったらその一匹もアカリヤが倒せ!」

「有難き幸せでございます」


 結局は、クリスタルの一匹がアカリヤの方へと流れた形になる。

 クリスタルも眷属の成長を優先するので、気にした様子もなく、目の前の敵に集中している。

 アカリヤが倒した奴は中級下位。

 ほかの生き残りが、俺とアカリヤに上位が一匹ずつで、残りは全て中位である。

 フローラがやや心配だが、バランス的にはこれでいいだろう。


「雷風一体ッ!」


 声と共に風と電気が身体中を走る。

 俺は、新技の実戦試験をさせてもらうつもりでいる。


◇◆


 クリスタルは(セカイ)の新技を見てから思案を巡らす。

 セカイによる新技の危険性、アカリヤの同じ位階による戦闘、フローラの初実戦。

 懸念することはいっぱいある。

 今この中では、最も安定した結果を残せるのは、自分だけだという自負もある。

 ならば早々に眼前の敵を片付け、仲間の危機にはいつでも助けられる余裕を持ちたい。


「ローサ、リリウム、遠慮は要りません」


 双剣は魔力を放出することで返事をする。

 その武器は意思を持つ武器(インテリジェンスアイテム)ならぬ、生命を持つ武器(リビングウェポン)

 尤もアンデッドの種族であるため生きているとは言い難いが、ローサとリリウムには魔物ゆえの眷属の契りを結べる。


「シュル!」


 横から振り下ろされたアイススネークの尾に対して、風属性のリリウムで輪切りにする。

 風刃を纏った刀剣の斬れ味は、鎧の上からでも造作もない。

 さらにアイススネークが怯んだ隙に前進して、その下顎から脳へと闇属性のローサを突き刺す。

 勝敗は一瞬、絶命したアイススネークにとっての不幸は、魔力を持たないクリスタルが最弱に見えたことであろう。


「さて、皆さんの闘いを観戦しますか」


 身体に付着した血もローサに吸わせ、身なりを整えたクリスタルは、まだ始まったばかりの戦いを見守ることにした。


◇◆


 雷風一体。

 その能力は颶風一体の風に雷属性を加えただけの至ってシンプルな魔法である。

 メリットには、放電を素早く正確に発動できることと、帯電をできる。


「シ、シ、シ、シ」


 その帯電した身体で、中位の蛇を殴ると痙攣を起こして倒れる。

 良かった、この魔法は威力も十分ある。しかしリスクも少なくはない。


「ま、まま、先ずは一匹め、目ェ!」


 微量だが自分も感電する。

 まるでギャグのようだが、電気を扱うのはそう簡単でもなかった。

 もしダンジョンマスターで強化された肉体でなかったのなら、命の危険もあったほどだ。

 一匹目を倒せたことで、周囲を見渡すとクリスタルと目が合った。

 どうやら先に戦闘を終えて、見守ってくれていたらしい。

 練習では、何度も感電して倒れるといった情けない姿を晒していたので、心配させていたか。


「安心しろ、これで最後だ。——電撃(サンダー)

「シュルッ!?」


 何とか噛まずに言えた。

 俺は身体の電気を全て、上位のアイススネークへと放電する。

 電撃は風よりも随分と速い。それにこの電撃は量も多いので避けられる筈もなく、アイススネークが電撃の中へと包まれて息絶える。


 電気を纏えば強くなれる。

 そんな安易な発想だが、実現には程遠い。

 能力を解除すると、逆立った髪は元に戻るが身体の痺れはまだ取れない。


「支えましょうか?」

「いや大丈夫だ。それにまだ二人の戦いも終えていない」


 クリスタルが側に寄って話をする。

 火を扱うアカリヤにとって、アイススネークは相性がいい。そのため時間は掛かるがいずれ倒せるだろう。

 しかしフローラの方は違う。

 場合によっては植物の身体が弱点になるかもしれないので、そちらばかりを見てしまう。


「せい!」

「シュー!」


 フローラが剣技で尾を弾く。しかし尾の勢いは強く、弾いても身体は後ろへと押し出される。

 アイススネークの牙だけを注意していると、その長い尾から鞭のように叩きつけられる。

 左利きのフローラはその手で木剣を持ち、右側は枝の翼を盾にしている。

 アイススネークからすれば、叩いても折れない強硬な枝に警戒をして、つい左側から攻めてしまう。

 実際その勘は正しい。

 翼のように背中から広がる枝は、身体の一部として自在に動く。

 もし無警戒に近づくと、たちまち枝に絡まれて串刺しにされる。

 それがアイススネークの巻きついて攻撃できない理由となっている。

 クリスタルの「人」の影響を受けて、変わった戦闘スタイルへ進歩しているが、中級マカリーポンの本質とは枝による攻撃である。

 アイススネークが牙と尾で戦うように、フローラの武器は木剣と枝翼がある。

 お互いが牽制するように、尾と剣の打ち合いが何度か続くと、ついにその均衡は破られた。


「スジャっ!?」


 尾の裏には木剣が刺さり、傷口から血が流れる。


「よし次、土木剣!さらにっ」


 すぐにフローラは失った木剣の代わりを枝翼から一本折って作る。

 今度は畳み掛けるように、枝翼には無数の土球ができる。

 それらはまるで林檎の形をしている気がした。


「土球っ!」


 器用に枝をしならせて土球を射出する。

 土球は人も使う一般的な初級魔法である。

 火球のような攻撃力はなくとも、土の塊をぶつけるだけでも、割とダメージになってよく使われる。

 そんなフローラの作る土球は普通よりも小さいが、数は十ほどある。

 投げ出された土球の幾つかは、アイススネークの身体へと命中する。


 フローラは土球によって怯んだことを確認して、ラストスパートに接近した。

 木剣が急所を貫けば倒せる。

 ぐったりとした様子のアイススネークに木剣を突き刺すが——。


「え?」


 それは空を切った。


「スジャ!」


 当然活発に動き出したアイススネークはフローラの身体に巻きつき、フローラは勢いに押されて倒れてしまう。

 倒れながらもフローラが反射的に枝翼でアイススネークの身体を何度も刺すが、それは下部の方で、依然としてアイススネークの急所を捕らえていない。

 今までのカウンターではなく、間合いに入られたのがいけなかった。

 また蛇には熱源を探知する気管があり、隙を敢えて見せていたのだろう。


「シャー!」

「っ!?」


 アイススネークが獰猛な牙が、今にもフローラの身体を噛もうとする。

 マズい。

 一瞬の逆転劇であったために、レーダーを解いて応戦しようにも間に合わない。

 どうか噛まれても、直ぐには凍らせないでくれ!



 ――《アクセス》



 隣でそう囁かれた気がした。

 すると高速で放たれた一本の水槍が、アイススネークの頭を直撃する。


「……シ……ャ」

「お、お姉ちゃん?」


 アイススネークは脳震盪を起こしてくれたのか、先ほどまでの勢いが急激に衰える。

 どうやらファウナの水槍が助けてくれたらしい。

 しかし今はまだ安堵できない。


「今のうちにやれ!」

「はいっ!」


 俺の声で慌ててフローラは木剣を使わず、手のひらから尖った枝を生やしてアイススネークの喉元へと突き刺す。

 さらに突き刺した枝は、内部で枝分かれになって完全に急所を破壊する。

 そんなことも出来たのか……。

 これでアイススネークの戦闘は全て終えた。

 アカリヤの方も、フローラの戦いに注目している間に終わっていた。


「よく間に合えたな?」


 ファウナの水槍の発動が早すぎたので、俺はクリスタルに疑問を飛ばす。

 まるでいつでも魔法を使えるような、見事な反応速度をしていた。


「実はずっとダンジョンの中で、ファウナは攻撃態勢をとっていたのです」

「そっか……妹を見守っていたんだな」


 ファウナがダンジョンへ戻るときに言っていた『フローラの活躍を中で見てるから』の言葉を思い出す。

 加勢までするとは、いいお姉ちゃんじゃないか。今日はファウナを見直してばかりだ。

 それからアイススネークを回収して、眷属も全てダンジョンの中へと戻させた。

 蛇足だが、フローラが泣いて姉の元へ帰りたがっていたのが案外見ものだなぁと、笑っているとクリスタルに叱られてしまった。

 そんな今日の収穫は薬草に、アイススネーク達と獲物のDP、そして何より無事に中級眷属にも、十分な戦闘経験を積ませられたことだろう。





 人型移動式ダンジョン"クリスタル"

 DP:65255(中級アイススネーク×6は牙と魔石を抜いたので合計+20ほどです)

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