57話 自立を促す
「駄目です!」
「はい?」
クリスタルが出鼻を挫かれ素っ頓狂な声を上げる。
それは確か、紋紗雪豹と呼ばれる雪豹の魔物とクリスタル達が、今にも戦闘かと思うときに、突然スワードがその間に割って入ってきたのだ。
「危ないぞスワード、死ぬ気か?」
「いいえ、今はそれでいいのです!」
バルがスワードに注意を促すも、退く気配は全く見せない。
今のスワードには武器を所持していない。
雪豹に襲われでもしたら危ない。
そんな彼の命知らずの行動には皆も喫驚して身動きが取れない。どうすればいいのか悩んでいる。
しかし三匹の雪豹が、絶好の獲物に襲い掛からない辺りが、その奇妙な行動に訳がありそうだ。
俺は雪豹が思い惑っている隙に、後ろにいるオクスへとあの行動の意味を確認する。
「オクス、説明を求む」
「村の掟では雪豹を殺してはならないことになっている……種は違えど盟友なんだ」
「しかし今は、襲われているぞ?」
「ああ、さすがに襲われれば別が話だ。スワード!冒険者の邪魔をするな!」
「父さん!?しかしそれでは……」
雪豹はまるで裁定者のように、スワードの様子をじっくりと観察する。
それはさっきまでの捕食者とは打って違って、随分と殺気を控えるようになった。
おかしい、その雪豹の態度には何か違和感を覚える。
「これも山の異変のせいだ諦めろ!ったく、雪豹まで人を襲うようになるとはな……」
「「あっ」」
オクスの呟いた言葉に、俺とメアの声が重なった。
俺達は人ではない。
勘の鋭い魔物なら、俺の正体や実力を見破るのも不思議ではない。
「とうさ……叔父様、それって」
「あーそうかもしれんな」
メアが父様と言いかけ堪えたのは良いとして、雪豹もずっと待ってはくれないので、直ぐに答え合わせをする……ための準備を行う。
「紋紗雪豹って本来は人を襲わない魔物なのか?」
「そうだ。かなり昔に我らとの間で相互不可侵の締結がなされている……はずだった。実際今まで出会ったとしても襲われることはなかった」
「なるほど、だったらその原因が分かった」
「それは本当か?」
「アカボシだ!」
「ん、アカボシだ!」
何故かメアも同調する。
しかもその様子が推理ごっこの探偵の真似なのか小さな指を、アカボシへと向ける。
おい、緊張感なくなるから止めろ。
「た、大狼様が?」
「魔物のアカボシが、レイユオルを刺激したのがいけなかったんだ!」
「グウェ?」
え、俺だけっすか?
とアカボシがやや不満そうな様子をするが、そのためのアカボシである。どうか我慢してくれ。
「確かに大狼様は恐ろしく強い。しかし本当にそうなのか?」
「論より証拠だ。アカボシはリンネルの元に帰ってくれ。それとクリスタルは直ぐに一昨日捕まえた白角大兎の肉を二羽分用意をしてくれ」
「……グゥ」
「承知しました」
クリスタルとアカボシが一度戻るが、俺は逆に前進する。
本当は眷属の成長を兼ねて、慎重に狩るつもりだった。
しかし、郷に入れて郷に従うのが、俺の故郷の習慣であり礼儀である。
村の住人に迷惑を押し付けてまで、雪豹を狩る気はなくなった。
それではやることはただ一つ、話し合いである。
「シャーー!」
一歩、また一歩と近づくたびに雪豹の毛が逆立ち警戒度が跳ね上がるが、やっとスワードの横に並ぶ。
「セカイさん!」
「安心してくれ、お前もこいつらも傷つくことはない……大人しくしていたら、なッ!」
「えっ!?」
全身から魔力を放出する。
天災級の魔力濃度は極めて濃く、さらに粘度もある。通常の魔力放出を煙と例えるならば、今は水飴のように纏わりついては離れてくれない。
もし下級の魔物が触れてしまえば、それだけで失禁するだろう。
雪豹にもアカボシと同様の知能があるのなら、話せばきっと分かってくれる。
少なくとも、こちらの実力を示せば戦う気など失せるだろう。
「お前たちと戦うつもりはもう俺達にはない。謝罪としてお詫びも贈る。だから矛を収めてくれないか?」
その状態から、魔力を風属性に変化すると、スパンと鎌鼬が舞う。
これで目の前の敵が、絶対的に敵わない天災であることを分かりやすく説明する。
動けば斬る。
そう告げるように、雪豹の周りの雪だけが綺麗に抉り取られて固い土を見せる。
続けて暖かな風が雪豹の全身を包む。
その風が、いつ形を変えても不思議ではない。
「なんと恐ろしい威圧……あれがさっきまでのセカイさんですか」
「さすが俺の主だ。魔法を使えばセカイ様は、俺の何倍も強いお方だぞ?」
「バルセィームさんよりもですか。世界は実に広いのですね」
スワードが驚いているが、実際に魔力を向けられている雪豹にとっては生半可なものでもない。今も恐怖で汗を垂らしながら、決死か服従かを必死で悩んでいるようである。
これは恫喝、棍棒外交である。
弱者に付けるようで強引だと自覚はあるが、魔物相手には肉体言語が最も伝わりやすく穏便で済ませられる。
「ミャー……ウゥ」
すると威圧に当てられた雪豹が戦意を完全に喪失してくれた。中級上位くらいだから、そんなものだろう。
「お待たせしました!……あらあら完全に萎縮させましたね」
「手荒な真似をして悪かったよ。ほら、兎肉やるから許してくれ」
「……ミャウ」
腹も減っていたのか目上からの贈物を断れないのか、処理された兎肉を無警戒に咥える。
こうしてみると、ヘルハウンドに進化する前のアカボシを思い出す。そういえばアカボシが去り際に落ち込んでいたのは、兎肉を取られることに対してだったのだろうか。
レイユオルの潜在能力は黒妖狼よりも強い。おそらく進化前のアカボシと近いレベルにいるだろう。
スワード達がいなければ、ダンジョンに勧誘していたのに勿体無い。
そして彼らに飴を与えたことで、ようやく警戒を解いてもらい話し合えるようになる。
実際のところは警戒しても無意味だと悟ったのだろうけど、スワードから離れさせ、兎肉を咥えていない雪豹の一体と話をする。
「俺達の目的はここのダンジョンを攻略することだ。お前達はダンジョンの手先ではないよな?」
「ミャウ、ミャーオ」
三メートルの身体をして、こんな風に愛くるしい鳴き方をする。
これがギャップ萌えなのか。
つい非常食の干し肉で餌付けしてしまう。
それに暗い夜でも、優美な光沢を放つ毛並みは一級品である。
アカボシには悪いが、ダンジョンに欲しいなあ。
するとクリスタルが、雪豹の言語を完璧に翻訳してくれる。
「違うらしいですね。レイユオルは同種の群れを尊重しているようです」
何故かクリスタルはそれだけの会話で、ここまでの情報を聞き出せる。
雪豹は眷属でもないので、俺は「違う」とまでしか翻訳できなかったが、魔物にも相性があるのだろう。
それから二分ほど話をして、高層の何処かにダンジョンがあることも確信できた。
どうやら彼らも勧誘されていたらしい。
また弱い魔物であった雪猿やスノーマンなどが突然勢力を拡大しているらしいので、獲物の数が減って苦労をしているらしい。
それらの情報は、思っていた以上の収穫であった。
最後に雪豹が自分の臭いを俺とクリスタルに付けたことで、紋紗雪豹からはもう襲われないようになった。
これで雪豹も去り、物事は万事解決する。
しかしその後——。
「レイユオルを手懐けるなんて、凄いです!」
とスワードからはより一層の関心をされ。
「……グウン」
とアカボシからは兎肉を失ったことと、別の魔物の臭いに不快な思いをさせ。
「お待たせしまーーーーイタっ、痛いですっ、あたしが悪かったですごめんなさ~い、ご主人さまが鬼畜にぃ~~」
と終わった頃にやって来たリンネルの小鼻を摘むことになった。
寝るのは大切だが、敵地で熟睡するのは止めろ。あとご主人様と呼ぶな。
「それはそうと、さっきのような一悶着を起こさないためにも、もっとシェルパや山のことを教えてくれないか?」
「先程はすみませんでした!彼らに襲われることなんて初めてでしたので……」
「解決したことだ、もう気にするな。それより俺は何か面白い話が聞きたい」
「あ、ありがとうございます!そうですね、先ずは雪渓の歌姫の話なんて面白いと思いますよ」
それから寝床へと戻った俺達は、スワードからシェルパの間に伝わる話や、村の掟などを聞いた。
それは雪豹の赤ん坊を保護したことで生まれた盟友関係、歌姫の声を聞いたら迷わず道を変えろ、白妖狼には伏兵が必ずいる、吹雪の氷晶妖精が最も死亡率が高い、山の木が全てトレントだった。などと眉唾話なども一杯あった。
しかしそれらは冒険者ギルドには載っていない。そこに住む人にしか伝わらない話であるため、有意義な情報でもあった。
◇◆◇◆
そして村を出て八日目の昼。
「やぁぁぁっと着いたぞーー!」
「ばんざーい!」
リンネルと二人で大はしゃぎして喜びを表している。
山を登って、下りて、谷を歩き、徐々に険しく高度も上がり、時に岩を登り、山も超え、吹雪や夜の時間帯は移動を止め、魔物が来れば相手をする。
山に道路があるって実は凄いんだね!と何度も思いながら道なき道を歩き続けた。
遂に到着したここは、中域の終りの境界線とされるヤリルケ岳の山巓である。
標高三〇〇〇メートルはあるだろう。こんなに高い所を登ったのは、恐らく人生で一度もない。
「皆さん本当にお疲れ様です。ここを下ればもう中域ではありません!」
「ここまで早かったのは……お前らが初めてだ。むしろ俺達が助けられてばかりだったな」
俺達の支援と言っても、物資や寝床の提供をしただけで、山の気候や移動手段などの技術面は全部そちらに指導してもらった。
おかげで俺達の登山スキルは急激に上昇している。それはきっとこれからの旅でも役立つはずだ。
ここからはシェルパ無しでの冒険である。
「二人には世話になった。俺達の目的はそこで強い魔物を討伐することだ。だから二人とはここで別れることになる」
「セカイさんの実力なら、凍魔の巣窟でも無事にやっていけますよ!」
「あそこは魔物の巣窟だ。中級もうじゃうじゃいる……油断は禁物だぞ」
中層の中域を超え、高層までの領域は凍魔の巣窟と言われ、下級よりも中級が多いと噂されるくらいである。
しかしそう言われると、俺達にとっては天国に聞こえる。
魔物は中級でもない限り、収益が少ないのである。
「ありがとう、一ヶ月以上はそこにいるつもりだから、再開はだいぶ後になるな」
「そうか、ウス・ルトクは危険な魔物も多い。ただし……こういった珍しい薬草も多いから、採取するといいぞ」
そう言ってオクスから手渡されたのは、真っ白をした土筆みたいな高山植物だった。
小さな花茎と円筒の花が、全て真っ白な色をしているため、雪に溶け込み全然気づかなかった。
中層までは植物は生息している。
しかし閉鎖的な環境だからこそ、珍しい花や魔草が育っているそうだ。
「これは何の薬草だ?」
「銀蘭草だ。凍傷になったら湿布にして貼るといい。かなり効くぞ」
「あ、ありがとう。とても助かるよ。オレ、ゼッタイ、ツカワナイ」
凍傷と言われて足が震えた。
ホラントにやられた氷属性魔法を思い出すのだ。どうかこれがフラグになりませんように……。
俺は世話になったシェルパと挨拶も済ませ、いよいよダンジョン攻略に向けて、眷属に仕事を与える。
「これからアカボシ、バル、リンネル!お前達に重要な任務を与える!」
「グウォン!」
「お任せ下さい!」
「なんでしょうかっ!?」
眷属の状態も絶好調である。それは重要な任務を託されるのが嬉しくて、怖気付くどころか意気揚々としている。
しかし三人に与える仕事はハズレである。
「シェルパの二人を村まで送れ!」
「「え?」」
「グエン?」
「ここからは別行動をする」
「「えーー!」」
当然だ。
誰がシェルパを村まで安全に帰すのか。シェルパには予め知らせておいたので、動揺はない。そして眷属に最後まで知らせなかったのは、能力を最大限まで見定めるためであった。
誰もこんな仕事をやりたいはずがない。
それを知っていたのも、クリスタルだけである。
「落ち着いて下さい。次に再会できるのも、八日の辛抱です」
「八日?それはどういう意味でしょうか?」
「ここから往復したって、えっと……じゅ、十六日は必要ですよね?」
「それはですね——」
クリスタルの説明を聞いて三人は納得してくれた。
往復が半分の日数で済む理由は、村を出る初日にクリスタルが転移門をそのまま置いていったからだ。
つまり本当は、今からでもクリスタルのダンジョンの中を経由して、村まで帰ることはできる。
逆に村の転移門からクリスタルの中へと入り、俺の下まで召喚することもできる。
転移門を二つ召喚出来るようになり、さらにクリスタルが移動可能なダンジョンであるための能力である。
「流石にシェルパには、クリスタルの秘密を教えられないからな。悪いがお前達には手間を掛ける」
「いえ、大丈夫です!必ずや無事に二人を村まで送り届けます」
それに眷属には、自立しても問題ないように経験を積んでもらいたい。
俺とクリスタルというリーダーがいない状況でも、自分の役割をしっかりと果たせるようになって欲しい。
心配はあるが、これも成長には欠かせない要素だと思っている。
そして俺とクリスタルとメアの三人はここに残り、他は村へと帰るために別れた。
「ふふ、私の勝利。父様と母様と私、これで三人きり」
ある意味で最も役に立たないから、俺達と同行することになったメアが、薄気味悪く笑った。
こんな時だけ珍しく顔の筋肉が動いて、実に恐ろしい。
「ま、メアは一日休養として、今すぐダンジョンに入ってもらうけどな」
「そん……な、ガクリ」
「安心して下さい、ほんの一日だけですよ。ただしお風呂でのぼせたりはもうしないで下さい、ね?」
「は、はい!母様私は、メラニーと一緒に、お風呂入りますです!」
クリスタルはあの一件で、メアにどんな説教をしたのだろうか。
声は震え、額に汗を流し、直立不動の姿勢を取るメアが、何とも滑稽に見える。
しかし今は、ようやく中層の半分を進めた達成感で胸がいっぱいなので、訊く気にはならなかった。
待っていろ、ダンジョン。
必ず俺達で攻略をしてみせる。
人型移動式ダンジョン"クリスタル"
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