56話 子の旅立ち
前半は敵ダンジョンの会話になります。
ルオットチョジクは雌鹿から人へと姿を変え、偵察で持ち帰った情報を上級幹部へと報告を行う。
「敵の数は六体。天災級が一体、残りの五体は全て上級だと思われます」
ある日、この山脈に天災級の魔物の気配があると、身動きの取れない主から報らせが入る。
それはここにダンジョンが完成して数十年、一度も無かったことである。
ルシナの尖兵か。
まことしやかに囁かれたのが、遥か昔に主を封印したという大天使の名前。
実際にルシナを目にした者は、当時を生きた主とその忠臣のただ一体だけ。
しかし、主を慕う眷属の中には、ルシナに対して復讐心を燃やす者もいた。
「敵主の属性は風、武器として意思を持つ武具を所持しております」
それからルオットチョジクはそれぞれの敵の属性、武器、姿を詳細に説明する。
「ヘルハウンド以外が人の容姿じゃと?やはりルシナの手先か?それとも儂らと同じ妖精種かや?」
「申し訳ございませんが、分かりかねます」
「チッ本当アンタは出来損よ!なんのために偵察に向かわせたのじゃ!唄と同じで満足に仕事もできない役立たずが!」
「申し訳ございません」
老婆の青の魔女が嫌味たらしく言う。
しかしそれはいつものこと。
ルオットチョジクはカリアッハに酷く嫌われている。
敵の探知魔法を掻い潜っての危険な偵察に、限界があることも察してくれない。
そもそも嫌われる原因だったのが、ルオットチョジクが妖精種でありながら宿敵と同じ光属性の素質を持つからだと、かなりの言い草である。
そんな彼女に対してカリアッハは能無し、売女、音外れ、畜生などあらゆる誹謗中傷を言うので、ルオットチョジクは平静を装って報告を続ける。
「クハハ、ヘルハウンドかァ。そいつは上位か?」
「上位で間違いございません」
「一度同胞をヤッてみたかったんだよなァ。ヘルハウンドは俺様の獲物で決定だァ!横取りは許さねェ殺すぞ!」
人狼から上位進化した、氷人狼が宣言する。
そうなればもう、誰も手出しが出来なくなる。
上級上位のフリストガルーの発言権は、眷属の中でも第二位。
報告会に参加している中では一番である。
「打ッテ出ルカ、此処デ防衛スルカ?」
「魔法使いの女は、オデの物にするべ~」
五、四メートル級の巨躯にゴーレムのような姿の絶壁の氷男と、雪大将猿の二体が並ぶと、非力のルオットチョジクでは怯んでしまう。
ヴァドウルがスノーマン、ゲビンゲ・コングが雪猿の親玉を其々担っている。
「そういやアイツはまだ、ベルクハイル様の側にいるのかァ?」
「彼ノ方ト、ベルクハイル様ナラ時期ニ目ヲ覚マサレル。シカシ時間稼ギガ要ルナ」
「奇襲をするにしても中層の銀草岳を越えてからにしようじゃないかのう?その辺りからは敵も容易に逃げられまい、皆殺しにできるぞ」
「異論ハナイ。ソレニ近辺ニハ、アッシュ様ガオラレル」
「ハハッ、あの木偶じゃここまで来られないよなァ!だがカリアッハよォ、アイツにヘルハウンドには手ェ出すなっつー事を、伝えてくれねえかァ?俺様がアッシュと出会うとカットなって喧嘩するだろォ?」
「分かっておるわい……アッシュ様には儂が伝える」
そんな上級幹部の会議の中、中級のルオットチョジクは胸に手を当て、大きく深呼吸をしてから発言する。
「敵は皆殺しにするのですか?もしルシナの手先ではなく、偶然に居合わせた魔物なら、交渉や説伏の余地はございませんか?」
「ケッ、この売女が!」
「テメェから食うか鹿女ァ?」
「情ケナイ奴ダナ」
「お前がオデの女になるべか~?」
ルオットチョジクは比較的に戦いを好まない妖精種である。
それが幹部とルオットチョジクの間には大きな軋轢を生む。
自覚はある。なおも発言してしまうのが、彼女の強かな性格の表れだろう。
「出過ぎた真似をして申し訳ございません」
彼女はすぐに身を引き、報告を済ませたのでこの場を後にする。
今の自分が生きていられるのも、このダンジョンの主であるベルクハイルから保護を受けているからだとも自覚している。
しかし幹部の不興を買いすぎると、さすがにどうなるかが分からない。
そんな幹部が絶対の忠誠を誓う主の名はベルクハイル。
氷河洞窟に座す氷の巨人。
配下の上級幹部には上位が三体、中位が一体、下位が二体もいる。
更に中、下級の眷属を合わせるとダンジョンには五千を優に超える軍勢である。
誰が見ても侵入者との戦力差は明らかだと言えるが、決定的なのは最重要の主の差において、ベルクハイルは天災級以上の存在であられるからだ。
ベルクハイルの勝ちは揺るぎない。
しかしルオットチョジクは敵であるダンジョンマスターに対して静かに願う。
「もし叶うのなら、ベルクハイル様の野望を……終わらせて下さい」
◇◆◇◆◇◆
村を出て、既に四日の夜を過ぎようとしていた。
人のペースと合わさって、雪山の移動速度は遅い。
安全を考慮しての移動速度であるけれど、四日も掛けてようやく半分くらいださそうだ。
スノーマンの群が現れた以降は、組織的な動きを見せる魔物は現れず、単体で下、中級の魔物と遭遇する程度であった。
「皆さんはとても体力がありますよ!本当に驚かされます」
現在は夕食を入れた休憩中で、リンネルが作った特大のかまくらの中で、世間話に興じている。
土属性魔法は戦闘や支援にも使える非常に便利な属性である。
そんなリンネルは現在、アカボシを枕にして気持ち良さそうに眠っている。
対してメアは黙々と魔本を使った警護を行っている。
冥途の館のダンジョンマスターであるホラントの遺品なだけあって、この魔本の性能は高い。
「小娘は兎も角として、俺達はそこそこ鍛えているからな」
リンネルとメアは、もうこの激しい冷気の中を耐えてくれればいい。
といっても、アカボシの身体からは微量の熱気が出されているので、電気マットに座っている感覚である。
「ですが多くの冒険者さんは、五日目から急激に体力を落としますので、注意して下さい」
「だってさ、クリスタルとバルも行けるか?」
「私には一切お気遣いなく」
「俺は一人抱えた状態でもまだまだ行けますよ。明日からはセカイ様をおぶって差し上げましょうか?」
「いらんわ!」
素顔を隠し、冒険者の服装とマントで身を包む男に背負われると、不気味すぎて目の行き所に悩まされる。
だが二人の体力に余裕があって、心配する必要はなさそうである。
「あはは、僕たちよりも元気そうですね」
「二人の安全は俺達が保証している。今も遠慮することなく休憩してくれよ。警備も全部、俺達に任せろ」
二人のコップに葡萄酒を注ぐ。
それはファウナ特製の葡萄も混ぜて作った飲み物である。
味は言うまでもなく、滋養強壮に魔力の回復を高める効果がある。
「……助かる」
「ありがとうございます!」
俺達からすれば、人である案内人の方が心配である。
一人は隊の先頭で雪道を確保しながら歩き、もう一人は殿で俺達の体調や歩行、山の状態などを観察している。
山に慣れているとはいえ、負担はかなり大きいだろう。
しかし道中に幾度となく人獣種の身体能力に驚かされた。
今ではもし彼らが魔法を使えたら、と考えるだけでゾッとする。
「それにしてもその格好で、よくこの寒さに耐えられますね」
「ま、あれだ……俺達くらいになると魔力で身体を強化できるんだよ」
冒険者ギルドで調べると、一般的な属性魔法以外にも、精霊、空間、召喚などと魔法にも色々とある。
血統によって使える魔法や、空間魔法は特殊すぎて魔物しか使えないらしい。そのため世間一般では属性魔法=魔法となっている。
ついでにダンジョンの転移門も、広義では空間魔法と位置づけられている。
すると話を聞き入っているスワードからは、質問が来る。
「それって属性魔法ではないのですか!?」
「スワード!……詮索は止しなさい」
「す、すみませんッ!」
すかさず父のオクスからスワードは叱咤される。
人獣種は属性魔法を使えないが、クリスタルみたいに魔力を出せないわけではない。
だからかスワードは、気になってしまうのだろう。
「まあ質問くらいはいい、教えないけどな」
というか嘘だから教えられない。
しかし魔力を纏って戦う魔纏なんて武術が実在している。
この話もあくまで、魔纏を参考にしたまでだ。
「それにしても、スワードは何故そう言った話に興味があるのだ?」
仲良くなりすぎた弊害だろうか。
冒険者のことや魔法のことの質問が多い。
またやけに俺達のことを称賛したりするのも、少し変には思っていた。
「実は僕……冒険者になって英雄になることが夢なんです!」
始めは顔を地面に向いて躊躇うような言い方だったけど、最後は決心の表れなのか胸を張って言い切った。
「英雄……最高ランクの七ツ星か」
「それは大変ですね(敵として)」
「難儀な夢だな(敵として)」
「それでも僕は……シェルパや冒険者ギルドで働くとは別の道を見つけたいのです」
話を傍で聞いていたクリスタルとバルも横槍の声を入れる。
昔世話をした弟子が、強敵となって再会するエピソードなんてのは止めてほしい。
その場合は大抵こちらにも犠牲者が出る。そんなの本当にやめてくれ。
噂で聞いた七ツ星冒険者の実力というのは、俺よりも強い可能性が十分にあった。
「オクスさんはその事に納得をしておられるのですか?」
「息子の夢だ、背中を押すのも親の務めだと考えている……それに二十までは、シェルパをすると約束してくれた」
「そうでしたか、親にとっての子離れとは試練の一つなのですね。いつかメアにもそういった日が来るのですかね」
クリスタルがしみじみと呟くので、警戒に当たりながら話を聞いていたメアが、目を潤ませながら顔を横に振る。
メアがダンジョンマスターへと進化を遂げたならば、クリスタルの元を去ってもらう。
少なくともクリスタルはそう考えている。
何故なら一つのダンジョンに、マスターが二人いていいはずがないからだ。
まあ俺はメアがダンジョンマスターへと上位進化する条件も分からないので、ずっと先のことだろうと考えている。
そしてちょうどいい機会なので、スワード達の相手をクリスタルに任せて、今にも不安で泣き出しそうなメアと話をする。
「落ち着けメア、それは当分先の話だ」
「当分って、いつまで?」
「うーん、参考にどれくらいがいい?」
メアを人間として見ると十歳少し程度の年齢だろう。するとあと十年で旅立つことになる。
しかしそれだと少々早いだろうか。せめてその数倍くらいか……。
「千年」
「それは長い!」
そもそも俺って寿命どれだけあるのだろうか。正確には分からないが、魔物なので人よりは多いと思う。
しかしそれでも千年は、こちらの寿命がやや心配になるほどなので却下する。
「一先ずは五十年だな」
「み、みじかい……よぅひっく」
「あー泣くな泣くな、よしよし」
結局啜り泣きだが、泣かせてしまった。
メアの希望していた期間の二十分の一である。その絶望感が大きかったのだろう。
意地悪をしたようで申し訳ない。
だがまあ、仮に一年で一つのダンジョンを攻略すると計算して、ダンジョンは冥途の館を参考にして一五万DPがあるとする。
すると五十年もあれば七百五十万DPだ。
多分それだけあれば、俺が魔帝級になっていてもおかしくはない。
だったら帝王の配下として、メアには王となって独自のダンジョンを作ってほしい。
そんな理想を俺は抱いている。
「それだけメアには期待しているってことを、分かってくれ」
「……うん」
泣き止まないとシェルパの二人から不審に思われるので、メアを俺の膝に座らせて早々に宥める。
メアは魔本を開きながら索敵を行っているので、はたから見ると子どもに本を読み聞かせしている様に見えて少々恥ずかしい。
しかしそんなスキンシップの甲斐があって、メアも先のことを心配するよりも、段々と今を堪能するようになった……ふっ、チョロい。
メアは頬の筋肉が硬いのかいつも無表情である。
しかし顔の代りに手足で感情表現をすることが多い。
今のメアは手が魔本で塞がっているので、小さな足をバタバタと可愛らしく動かしている。
しかしその足が、ピタリと止まった。
「敵、来たよ」
メアがやや不満そうに知らせてくれる。
俺には魔本の中身が白紙にしか見えないが急速に近づく生体反応が見えるらしい。
なのでメアには悪いが退いてもらい、俺は立ち上がる。
「敵襲だ、迎え撃つぞ!」
『はい!』
「ふへへ~お花がいっぱい~」
すぐに眷属と外に出て迎撃の用意をする。
もし戦闘でかまくらごと壊されるとまずいので、シェルパの二人にも外へ出てもらう。
ただ一人、呑気に寝ぼけて役に立たないリンネルは残す。どうせ潰されても自力で這い上がるだろう。
「ミャーウ!」
すると現れたのは、白黒の毛並みで美しい外見を持つ三匹の雪豹であった。
しかしそれも魔物なので、体長が三メートルを超えていて大きい。
久しぶりに歯応えのある敵で俺はやや高揚する。そうなるほどに、雪豹は恐ろしい殺気を放っている。
眷属と比べるのは悪いが、奴らはアンデッド三人組よりも確実に強い。
「バルとメアは油断していると殺られるぞ?」
「だったら俺一人で雪豹の相手をしましょうか!」
そう言ってバルは呪剣を抜いて戦闘の最前列を行く。警告したつもりが、やる気に火をつけてしまったようだ。
しかし今はダンジョン攻略を主目的にしているので、無闇に怪我を負わせたくない。
「駄目だ、クリスタルと二人で挑め」
「畏まりました」
「ありがとうございます」
呼ばれてクリスタルも、双剣を握ってバルの横に並ぶ。
これが折衷案だろう。最硬のクリスタルがいるだけで、不安もだいぶ解消される。
二人は、強敵と戦闘経験が積めて悪くない。
「それでは参りまーー」
「駄目です!」
すると今にも戦闘に入ろうかとしているクリスタルに、スワードが待ったの声を掛ける。
突然声を荒げたスワードに、皆が疑問を抱える。
一体どうしたのだろうか?
人型移動式ダンジョン"クリスタル"
DP:65243




