54話 星を渡る者
魔物召喚のある事について尋ねる。
そのための道具として、クリスタルに耳打ちすると、即座に背負い袋から一枚の紙を取り出して渡してくれた。
それをハクサンドラに見せると「まさか……」と呟き何やらそれの正体を知っている様子を見せた。
当たりだ!
やはり宗教をやってるだけあって、彼は歴史にも深い。
「これは初めて見る型です……冒険者様はどこでそれを見つけたのですか!?」
「たまたま迷い込んだ遺跡の壁画に描いてたんだよ。珍しい魔法陣だったんで、つい紙に模写しただけだ」
無論この話は嘘である。
俺が彼に見せたのは、魔物召喚の時に現れた魔法陣である。
それは複雑な言語のような模様だったので、何か意味を感じて模写していた。
「……左様でしたか。何処の遺跡でしょうか?あとよろしければその紙をわたくしに下さいませんか?もちろん相応の礼として情報を提供します」
「遺跡は……とある部族の貴重な物らしいんでな、すまないが教えられない。紙は情報次第でいいぞ」
どうせ紙だ。
俺達の正体がバレるリスクよりもリターンが大きいと思ったし、何よりも情報が欲しい。
「そうですか。実はわたくしは先ほど、この山脈で調査をすると言いましたよね?」
「ああ言ってたな」
「その調査と言うのはですね。この山脈の高層のある山に、ルシナ様が怪物の封印を維持するために作られた神殿があるそうなんです。わたくしはそれを発見するために本国より遣わされました」
「高層に神殿だと?それは凄いが、お前は死ぬ気なのか?」
人では高層の踏破は無理だと、冒険者ギルドの資料にも書いてあった。つまり彼は不倫で実質の死刑宣告を食らった羽目になる。
それともハクサンドラが実は強かったりするのだろうか。
「まぁそれがわたくしに与えられた罰であり使命ですので……しかしその紙を持って帰ることで高層を目指す必要がなくなりそうです!」
「それほどの物なのか?」
「それはですね。この魔法陣に書かれている紋様は魔文字。はるか古代の魔物が発明した文字なんです。ルシナ様の残した本国の神殿にも複数の魔文字が残されておりますよ」
魔文字。
その口ぶりから、ビルデ大陸の極少数民族が扱う古代龍神語とは別の言語なのだろう。
「魔物の文字か……そんなの初めて聞くな」
「はっはっは、文字を発明しているのが人だけである。それこそ慢心でございますよ。天使や悪魔、龍にだって文字を発明しておりました」
「ました?」
「えぇ、遙か昔の魔物の遺跡や住処には偶に魔文字に類する物を発見することはできましたが、現在は淘汰されておりまして、上空にいる天使様ですら魔文字の解読には難色を示されているようです」
魔法陣については、ダンジョンコアを取り込んだクリスタルですら知らなかったのだから、一ダンジョンが完璧に知る由もないだろう。
「この魔文字の存在を知っているのも、ルシナ教徒の高位神官と、各国の権力者や一部の学者のみです」
さらっと自分が高位神官であると告げる辺り、こいつは無警戒すぎて逆に恐ろしいと感じてしまう。
本当に不倫が原因なのだろうか?
しかしハクサンドラは気にせず話を続けてくれる。
「ゆえに我々には、ルシナ様の痕跡を辿るためにも遺跡やダンジョンから魔文字を収集し、解読するという使命がございます。これは秘密にしてくださいよ?」
「そうか、色々と勉強になったよ。お礼の紙だ」
「有難う御座います。これでわたくしの命も助かりました。舞い上がってしまい、少々話し過ぎたかもしれませんが、呉々もご内密に?」
紙を渡すと、彼は立ち上がりその動作のままに握手をされた。
その手は外気でとても冷えて赤くなってはいたが、人の温もりも感じられた。
なぜなら震える手からは、寒さが原因ではないと物語っているからだ。
「分かってるって。これは遺跡と文字の情報量だ、精々本国に戻ってよろしくやってろ」
ハクサンドラに更に20,000エンスを渡す。
これは騙したようで悪い気持ちと、死を覚悟してなのか金もろくに持っていなさそうだったので路銀代わりだ。
あとはまぁ……恩でも勝手に感じてくれたら嬉しいなとの腹積もりもある。
「ッ!?冒険者様には何かと助けられまして……どうかお二人にもルシナ様のご加護を」
すると彼はルシナ教のシンボルを象ったネックレスを掲げて黙祷を捧げる。
彼が顔を上げて終わったのを見計らって、俺達も別れを告げる。
ハクサンドラは変な奴だったけど、案外話して見れば面白い奴ではあった。
「それじゃ、俺達は行く。もしそっちの国に行った時は無事に生きていろよ」
「でも不倫は駄目ですよ?」
「えぇ……心得ております。最後にお二人の名前を教えて下さいませんか?」
魔法陣を渡して、もし解読でもされたら厄介になりそうなので、本名を告げようか悩む。
しかしクリスタルが冒険者ギルドでも美人で評判なので調べられれば直ぐに判明するだろう。
だったら隠してもしょうがない。
「……セカイだ」
「クリスタルです」
「魔文字で星印ですか。素敵なお名前ですね。いつかまたお会いしましょう!」
そっちの世界ではそんな意味も持っていたのか。
もちろん異世界では世界なんて小っ恥ずかしいので、翻訳機能もオフにしている。
意味を知っているのもクリスタル……と、もしかするとメアだけである。
「じゃあな」
これでハクサンドラに軽く手を上げて別れた。
◇◆
かなり長話になったので日はもう落ちて、辺りは真っ暗だ。
バル達を待たせてしまって申し訳ない。
すると隣を歩いていたクリスタルが、可愛らしく口を開けて固まってしまっている。
呆然としてどうしたのだろう?ハクサンドラに何か訊き忘れたことがあるのなら、今ならまだ間に合う。
「すみません、バルの方へはセカイ様お一人で向かわれても良いでしょうか?」
「ん?急用でもできたのか?」
「それが……リンネルとメアが倒れました」
「っ!?二人は大丈夫なのか!?命に問題はないのか!?やはり二人には山登りは厳しかったのか!?」
衝撃の発言で頭が真っ白になる。俺はなんてことをさせたんだ。
怪我や病に強い魔物が倒れるのは、人間の症状と比べ物にならないほどの問題である。
眷属が倒れるまで酷使するとは、ダンジョンマスターとしての無能でしかない。
残念だがダンジョン攻略も切り止めよう。
どうか無事でいてくれ。
「お、落ち着い下さい!二人の命に別状はございません。しかしその、私でも大変申し上げ難いのですが……」
「容態は?治るのか?」
「すぐに治ります。ただの湯あたりですから」
「へ?…………はあ?」
「お風呂で遊び、湯あたりで倒れたそうです。これは私にとっても非常に恥でございます、どうかセカイ様も二人を叱って下さい!」
何だ湯あたりか、本当に良かった。
しかしクリスタルさんが激怒してますよ。
確かに魔物が遊んでて湯あたりって馬鹿かよ、さすが手の掛かる三傑だ。それもダンジョン目指して攻略中にっておい……リンネルは兎も角として、メアまで湯あたりでぶっ倒れるとは、どれだけ二人は白熱してたんだろうか、かなり気になるわ。
しかし人は、極度に安心すると無性に腹立たしくなる生き物なんだな。
俺もクリスタルほどではないけど、二人には説教しようかと思い立つ。
まったく心配させやがって。古典に習ってお尻ぺんぺんいっちゃうか?
「俺の方からも後で言っておくから、一先ずクリスタルはダンジョンを見ておいてくれ。でも二人はまだ子どもで、今は倒れているんだろ、優しくな?」
「心得ております。しかし時として厳しく接するのも親の責務ではないでしょうか?」
「お、おう。俺もそう言おうと思ってましたです」
ド正論を凄く笑顔で返されたので、俺はもう何もできまい。これ以上話すと語尾がおかしくなりそうだぴょん。
ま、クリスタルが鞭を振る役ならば、俺は飴を与える役を買おうかな。
叱りずぎて攻略に支障が出ては元も子もない。
「それではお先に借家へと戻っております」
「お大事に」
最後の台詞は誰に宛てた物やら。そうしてクリスタルとは別の道を歩き出す。
クリスタルを本気で怒らすと俺でも逃げたくなるからなあ逃げられないけど……リンネル、メア、南無。
さって女の怒鳴り声と泣き声なんて全く聞きたくもないからな、野郎共と何して時間を潰そうかな。
◇◆
バルの所へ独りで向かうと、夜間にも関わらず熱心に剣術の指導をしていた。
無論バルが村人に教える側で、一人の少年に対してマンツーマンで教えていた。
アカボシの方はと、村の幼児のお守りに付き合わされていた……どんまい。慣れないお守りで招き猫みたいに固まってしまっているよ。こいつ本当は地獄の番犬なのにな。
先にアカボシの方に向かい、一つ二つと挨拶をしてからバルの様子を見る。
「大切なのは距離感だ。敵との位置、武器の長さ、歩幅、足運び。全てを瞬時に計算し、最適な動作を見つけるんだ!」
「ハイッ!!」
バルの教え方はかなり理詰めである。
剣術は体で覚えるものだと最初は思っていたが、実は逆でかなり頭を使った。
俺もバルから時々格闘術や剣術を習うことはあり、魔法無しでの模擬戦では当然だが負ける、ついでにクリスタルにも負けるしアカボシならば食われる。
しかし俺が武術を習うのは、近接戦闘に強くなるという意味よりも、相手の動作を見極め易いように、武術に一定の理解を深めるためにしていることだ。
バルには歯切れを悪くして言われたのだが、どうやら俺には剣の才能がないらしい。
そのことに対しては「ああそうなんだ」程度に捉えて気にしてはいない。
俺が平和な国から転生した人間で、幾らダンジョンマスターのおかげで肉体的なハンデを貰おうとも、僅か一月で剣の才能が認められる方が本来はおかしい。
もし魔力切れになったとしても、最低限の攻撃を躱せる技術さえあればいいと割り切ってある。
近接戦闘も専らクリスタル、アカボシ、バルの三人を頼りにすることになる。
俺はその後ろで、リンネルとメアを両脇に抱えて立ち回ればよいのだ。
「俺も少しは交ぜてくれよバル」
今、お家に帰れないんだぜ俺達……とは告げられない。
「お疲れ様です!セカイ様も稽古をするのですか?」
「ま、暇だしな。そこの少年は?」
村の成人男性と背を比べても小さく、まだ160も無いくらいだ。灰色と言うより白色の毛に、坊ちゃん頭をしているため利発な印象を受ける。
しかし少年の治療中の頬傷から、彼がバルに命を助けられた人物だと直ぐに分かった。
大方その後、バルに懐いて指導してもらえるようになったのだろう。警戒心の欠片もない仔犬のようで可愛い奴だ。
「ぼ、僕の名前はスワードです!これでも村の仕事は大人達に混ざって狩猟や案内人の仕事をしています!」
「ほう……俺はセカイだ、仲良くしようなっ」
「はい、宜しくお願いしますセカイさん!」
俺が手を差し出して握手を求めるとスワードはおずおずとした様子で、両手を使って包むように握手をしてくれた。
彼は少年だけど、手は俺よりも硬かく出来ていた。
握手をしながら設定上もバルの主人である俺に、邪険にされなかったことが嬉しいのか、スワードの尻尾がバタバタ揺れている。
スワードはシェルパをしているのだから利用価値は十分ある。
それに子どもだから騙しやすいのも良い選択で流石バルだ、ナイス悪魔!
こいつから外堀を埋めていこう。
「丁度良いので、セカイ様はスワードと模擬戦を行ってみては?良い練習相手でございますよ」
「良いだろう」
「お願いします!」
それはつまり俺の剣術が、ダンジョンマスターで強化された肉体を加味しても人獣種の少年くらいだということか、情けないな。
それでも俺は負けるつもりは一切ない。
夜目のおかげでこちらは暗闇でもばっちりと見える。ついでに少年に世の理不尽を叩き込んでおこうか。
「少年よ、手加減はせんぞ?」
「遠慮なく来てください」
玄人戦士を演出したかったために口調を変えたが結構面倒い……けど楽しいので止められない。
俺は地面に並べられている木剣を三本も拾う。
「ならば見ろ、これぞ我の秘技、三刀流だ!」
「え?……えぇっ!?」
木剣を腕に一本、ローブから金色の触手を二つ召喚して、それぞれに一本を絡めるように持たせる三刀流である!
リンネルの触手を真似てみた結果がこれである。しかしリンネルの触手よりは太く逞しい。まるで巨大なタコの足である。
「セカイ様、それは大人気ないですよ」
「これは魔法ではないからルール上問題は無い!」
「でしたら、次の相手は俺ですよね?」
「ぅ……まぁ良いだろう。さぁ少年よ、何処からでも掛かって来なさい」
それではい行きます。とはならないのは当然である。
二本の触手でぶるんぶるんと音を鳴らしては威嚇しているので、少年は間合を図り損ねている。
「遅い!実戦では数の有利を持つ敵は待ってくれないぞ。それと足も止めるな!」
「ハイ!」
移動しながら間合を図る。本当にバルは無茶を言う。
しかしそのための訓練であるのでせいぜい経験を貯めてくれ。
そしてこれは対魔物を想定した訓練でもあった。
というか俺が練習相手である。
ダンジョンマスターが人の練習に付き合うなんて馬鹿馬鹿しいが、偶には人と汗を流すのも悪くはない。
食料提供、剣術指導、アカボシの神輿などで村人との親睦を深め、村に来て四日目の早朝にはいよいよ中層の山脈を超えるための、シェルパを携えて村を後にする。
準備に三日の時間が掛かったのは、言うまでもなくうちの問題児のせいであった。
人型移動式ダンジョン"クリスタル"
DP:65133
PC不調のためスマホからでしたm(_ _)m
また暫くは隔日投稿を目指すことになりそうですが、今後とも宜しくお願いします。




