52話 戦は既に始まっている?
「おい、貴様。この魔物は俺達の獲物だったんだがなあ?ランクは?」
「三ツ星だ」
「フン。腕に自信があるみたいだが、四ツ星の俺達から獲物を奪うつもりか?」
村にも落ち着きが出てきたころ、三人組の四ツ星冒険者パーティーがこちらへと歩いてきての第一声である。
手負いの雪大猿をこちらに寄越して強かな態度をしているが、交渉事になる以上はその身構え方に一定の理解をできる。
そんな周囲の人々は一触即発の雰囲気に、固唾を呑んで見守る。
四ツ星冒険者はこちらに助けを求めていなかった。もしあのまま助けもなく戦闘を続けたら、村人に犠牲者は出たが討伐することはできたのだろう。
なので、その場合は最後に駆け付けた俺達にも非がある。
「報酬はいらない。これはただの人命救助だった、それでいいだろ?村を救ったのもアンタ達だ」
「……それでいいぜ」
四ツ星もこれで納得はしてくれたらしい。もう勝手に魔物の素材などを他の二人組の冒険者や村人と分けてくれればいい。
後のことは、先程まで話をしていた老人の方に目を向ける。
謝礼はいいから、こいつらに話を付けてくれと。
すると老人は微かに頷いてから、いかにも小市民を装った様子で、四ツ星達に話しかける。
「先ずは村をお救いくださり大変感謝しております。彼らの助勢を願い出たのは、この私の独善でございました。貴方様が気にすることは一切ございません、責任も全て私にあります」
これで俺達とのいざこざは解消できただろう。
四ツ星冒険者の実力とは、せいぜい中級魔物の相手を務まるレベルである。
だが中級魔物でも皮や肉、魔石などを売ると数万エンスの金にはなるので、馬鹿にもできない。
普段の俺は、素材もなるべくDPに変換しているので、彼らのひたむきさを完璧には理解できていないのだろう。
「行くか」
「宿ですね!」
リンネルが早速ダンジョンへと帰れることに期待して、俄然やる気を実らせている。
気合いは戦闘で見せて欲しいものだが、やはり植物種には雪山が堪えたのだろうか。マナーにお湯を沸かすように指示をしよう。
村人と交じって戦闘に参加していたクリスタルとバルの二人が、ようやく村人からの感謝の挨拶から解放されて合流する。
「遅くなりまして申し訳ありません。そして雪大猿をセカイ様の下へと逃げられたのも、私の失態でした!」
「俺は大丈夫だ、クリスタルもそんなことで一々謝るな。それよりアイツはわざと俺を狙っていた気もしたが、どう思う?」
「……そうですか。それは勘の鋭い雪大猿が、セカイ様の実力を本能で見抜き一矢を報いようとしたのでしょうか。しかしそれでも、やや不審でございますね……ダンジョンの警戒レベルを上げて起きましょう」
村に魔物が組織的に押し寄せたこと。最後に効きもしない特攻を俺に仕掛けたこと。
この雪山にダンジョンがあると想定する以上は、既にダンジョン対ダンジョンの、ダンジョン戦が始まっているのかもしれない。
その場合は地の利は相手にある。
しかしダンジョンの居場所を特定していないのは、お互いさまだろう。
ダンジョン戦においてクリスタルがダンジョンであることは、こちらの最大の武器であることを肝に銘ずる。
「そうだな、転移門を召喚する場合でも、クリスタルもダンジョンだと悟られないようにしてくれ」
「重々承知しております」
クリスタルが胸に手を当て、礼儀よくお辞儀をする。彼女もそのことを初めから分かっているようで安心した。こちらは天災級ダンジョンのクリスタルがいる反面、弱点も二倍である。
彼女の胸の谷間にある青いダンジョンコアを破壊されれば、俺もそこで終わりだ。
そうなればダンジョンはすぐに崩壊して、中にいる眷属も外へと投げ出される。
これは考えたくもないが、上級以外は俺達の後をすぐにでも追ってしまうだろう。
「あとはレヴンに風呂でも沸かすよう指示をしてくれ。リンネルとメアをすぐにでも休ませよう」
「ふふ、セカイ様も一緒にご入浴をなされてみてはどうです?きっとメアは喜びますよ」
「んん!」
「ふぇぇ」
クリスタルの冗談を本気にしたのか、メアは両手をぎゅっと握っては勢いよく上下に振る。
逆にリンネルは何を想像したのか目を泳がせて、頬も赤い。
二人のその純粋なところが、まだまだ子どもだなと思わずにはいられない。
「馬鹿を言え。メアはともかくとして、リンネルはまあ…………ま、少女だが一応は女だぞ?」
「一応ってどういう意味なんですかっ!」
「失言でしたね」
駄目だ、リンネルのアホな顔を想像してしまって、羞恥とは無縁の人物に思えてしまう。
だが眷属の中で、一番リンネルが自滅を含めて辱めを受けているのは間違いない。
これ以上、彼女の歴史を黒く汚すこともないだろう。
因みにマナーの浴室は、客人用の大風呂と個人用の小風呂の二つもある。
村についた以上は、ここを拠点にして眷属を休ませる。
眷属は魔物なので人間ほどやわではないが、三日間の険しい山道の移動で、目には見えない疲労を溜めているはずだ。
「先ずはバル」
「ハッ!」
「お前はアカボシと共に、外で村人との交流でもしてくれ。数日はここで世話になるんだ、なるべく俺達が良い冒険者に見えるようにな。だが村の外へ出ることは固く禁じる」
「お任せ下さい!」
「グロン!」
日頃から山に暮らして案内人として働き、人獣種ゆえの狼に対して敬意を持つ村人。
お陰でアカボシを使っての情報収集をできる。
地の利が敵にある以上は、こちらもこの地に精通している人物に頼る必要がある。
二人の交流で、上手く村人からの協力を得られてほしい。
それもなるべく、俺達がダンジョンを攻略することを隠してだ。
「よし、それとなく情報を集めてくれ。その間に俺達は村長に挨拶をして寝床の確保をしてくる」
二手に分かれて情報収集を開始する。
バル達は先程戦った村の戦士の下へ、俺達は村長の家へと向かう。
先程の騒ぎから一転して、この村の家屋をじっくりと観察すると、山脈の中層でど田舎にあるためか独特の文化を持っていることが分かる。
黒色をした木造家屋の壁に、反対色の白い塗料で独特な刺繍柄と生物、風景画まで描かれている。
同じ形をした家でも、それぞれの家には個性がある。
それは山岳信仰だろうか、この山に生息する動物や魔物。
他に大天使や巨人などの神話も描かれていて、歴史を感じられる貴重な文献にも思えた。
村人に聞いた村長の宅へと到着すると、待っていたかのように扉が開けられた。
現れたのは、先ほど相手をしていた第一村人である老人に、少し似ている老人である。
二人は兄弟なのだろうか、しかし村長の方は犬耳が欠けている。
「皆様には村の同胞をお救いくださり誠に有難うございます。儂がこの村で村長をしている者です。どうぞ中へお入りください」
「分かりました。失礼します」
そこでざっと自己紹介も済まして、村長の家の中へと上がる。
どうやらこの家では靴を脱ぐ風習らしい。
このままでは、リンネルの根の足を見られて拙いので、予め考えていた言い訳を準備する。
俺は自然に後ろからリンネルの肩を掴み、一芝居をする合図を送ると、リンネルも息を呑んで頷いてくれた。
「村長、この娘は幼いころ膝に矢を受けごほんっ!——それで怪我をしてしまってね。それきり貴重な魔法道具で足を保護しているのですが、どうかこのまま上がらせてもらえないでしょうか?」
「そーなんですよ、でも水虫には悩まされないですねー。えへへへへ」
よし、リンネルもいい感じに頭の可笑しな少女を演じてくれている。
そうなれば後は同情されるのみ。リンネルの名誉など知らん。
「そ、そうじゃったか……まだ儂の孫ほどの歳で可哀想じゃのう。娘よ遠慮することはないぞ、熱いミルクでも飲むか?」
「ありがとですーあはははー(ほ、本当にこれで良かったのですかっ!?)」
「わざわざすみませんね(大丈夫だ、問題ない)」
村長から慈愛のこもった目を向けられ微かに良心が痛むも、これくらいの犠牲は仕方ない。
しかし世の中いろんな魔法道具があるからな。背中の花まで見られない限り何とかなるものだ。
この家にはテーブルはなく、毛皮で作られた肌触りの良い絨毯の上へと膝を下ろす。
俺とクリスタルには醸造酒を、子ども達には山羊のホットミルクを用意してくれた。
早速それを飲むと、胃の中から体の奥へと温まる感覚がした。
ようやく落ち着いてからの一杯だったので非常に美味しく頂けた。
おかげで気分よく本題へと話を進める。
「数日村に泊めて欲しい。それと高層を目指すのに案内人を紹介してくれないか?必要ならば道具も買う」
「むむ、高層じゃと……悪いですがそれは無理ですぞ。そもそも高層までは我々ですら辿りつけないのじゃ」
「そうか、ならばせめて途中まででいい。案内人の安全は、この命に賭けて保証する」
「大狼様がおる以上、その言葉はとても信用できるのう。じゃが山も荒れとるから、中層の中域までの案内が我々の限界じゃぞ?」
「助かるよ。それで金はいくらだ?二、三日で旅立てればと思っているのだが」
できるならば魔物による被害も、早々に解消してあげたいという気持ちがある。
自分達以外で人と魔、どちらの世界を優先するのかと聞かれたら、迷わず俺は人の世界を優先するだろう。人は敵でもあるが、良くも悪くも見ていて退屈しないのが人の社会である。
魔を優先するならば、とっくに冒険者の活動から降りて、黙々と未踏破地域に挑んでいる。
するとさっきからずっと村長が腕を組みながら、何やら頭を悩ましている。
「うぬ、そうじゃのう……どうか魔物が襲ってきたらまた退治をしてくれぬか?それとその肉を分けてくれると有り難い……」
「肉……食糧にでもするか?あのトロルや猿を?」
「あのぶよぶよをですか。いかにも美味しくないですよね……」
後ろで話を聞いているリンネルも相槌を打つ。
こちらがぼかして言ったことを、ずけずけと踏み込むなよ馬鹿。
「そうじゃよ。生憎と山の異変のせいで人が来なくなり、代わりに魔物が押し寄せて来るはと悲惨な現状なのじゃよ。食えるものもままならん!ガッハハハー」
「す、すみませんっ」
これは笑い事か……村長よ。リンネルもその笑顔に若干引いてしまっている。
道理で冒険者ギルドで受付嬢をしているアロウが、ダンジョンの話で態度を急変したのに納得がいった。
きっとアロウは家族を残して、この山脈から出稼ぎに都市へと下りたのだろう。
「だったら金と食糧ってことでいいか?」
「うぬ、それでお願いするぞ」
「クリスタル、四割ほど見繕って出してくれ。村長は良かったら前金として、それを受け取ってくれ」
「承りました」
「なんじゃ?」
小麦、肉、野菜、肉、果物、調味料、卵、飲料、不味い豆、不味い瓜、不味い豆、不味い豆、不味————。
とクリスタルが背負い袋から次々と食糧を出していく。
ダンジョンでは今のところ、食糧自給率が百を超えているため、俺達が飢えて死ぬ心配は今のところない。
出した食糧もクーシャル村での買い付けた乳製品や羊肉一頭分、都市でアカボシ用に大量に買い込んだ肉に野菜、ダンジョンで生産可能な魔植物と大した失費でもない。
この程度はまた買えばいいことで、今大切なのは恩を売ることである。
しかしクリスタルさんは巨大豆の樹の量がやけに多い気もする。ここらで在庫処分でも狙っているのだろうか。
あの豆は雪が降ると育たなくなるらしいが、ダンジョンの中では一年中生産が可能だ。
おかげで初めのリンネル農園は、豆畑だったのがいい思い出である。
しかし今の使用用途は専らコカトリスの餌で、俺達は食べない。
だから美味しく調理できないか検討しつつ、大量に倉庫で余らすことになっていた。
「収容の魔法道具だ。秘密にしておいてくれよ」
「おぉ……おおおお、かたじけない」
といっても村の人口を計算して、十日分を持つ程度である。
「これで要件も終わったな、一先ず宿に泊めてくれないか。うちの子がもう寝てしまっている」
「……ぅぅ、ん?」
先程クリスタルが食糧を渡しているときに、メアはクリスタルの膝を枕にして眠っていた。
やはり幼女のメアも相当体力的に厳しかったのだろう。
「おうそうじゃった。好きなものを選んでくれ。家も大分空いているぞ」
渡されたのは家の鍵だった。
宿の一室ではなく借家をできるらしい。
「余った鍵はあとで返すよ。それでは費用や案内人についてはまた後ほどで」
「うぬ、あとで山岳道具の整理をするから、その時にでもまた話し合おうぞ」
「んしょっと。メアもだいぶ軽いな……」
「ありがとうございました」
「ありがとうですっ!」
「いいのじゃよ、こちらも食糧提供を感謝する」
そうして眠ったメアを背負って、早々に村長宅を退出する。
メアの体重は見た目と変わらずとても軽く、戦闘では心配になるほどだ。
これでは先程討伐した、中級の雪大猿の一撃でも重傷になってしまうだろう。
しかしメアの魔力総量や魔法の特質、更には素質の面で眷属随一であり、リスク覚悟でメアを持て余すつもりもない。
「すぅー。すぅー」
今も耳元で可愛らしく寝息をたてるこの幼女が、我らダンジョンの将来のエースで切り札である。
そんな死を司るダンジョンクリエイターのメアメントが、大人へと成長を遂げる頃には俺達はどうなっているのだろうか。
夕日が沈み出したことで、つい感傷的な気分になってしまっていた。
今はそんな遠い未来のことを考えるよりも、やることがいっぱいあるのに……。
「メア、起きてるだろ?」
「……ばれた」
そういってメアは後ろからぎゅっと抱きついてくる。
メアも今更こんな所で、下ろされるわけにはいかないのだろう。
まあいいさ、借家までのほんの少しの間は、おんぶしてあげようじゃないか。
そんな賢く強かな部分もあるので、メアはこれからの戦闘も上手くやっていけるだろうと、安心もした。
「お風呂、はいろ?」
「入らない、お前達だけでさっさと風呂入って寝ていろ」
「……残念」
だがまあしばらくは、メアの幼女時代と付き合うことになると思う。




