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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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51話 中層の村

 低層の山脈を歩くこと三日目。

 勾配の急な雪道や肌を刺すような突風にも慣れて、どこからが中層と低層の境目なのだろうかと慮る余裕も出てきた頃。


「あれが中層の村でしょうか?」


 クリスタルの呼び声に引かれて目を向けると、都市よりも傾斜の大きな雪下ろしに最適化した屋根の先端を見ることができた。


「……だな」


 分かったのは、ここが既に中層の山脈であるということだ。


「やっと着いたのですね、あたしはもうダンジョンに引きこもりたい……」

「お前はさっきまでアカボシの背に乗ってただろが」

植物種アルラウネに雪道を長距離移動させる方がおかしいのです!」

「お、おう」


 リンネルの珍しい剣幕に、つい俺は後退りをしてしまった。

 それは道中でリンネルとメアの体力が思いの外なくて休憩することが多く、疲れるとアカボシの背に乗って移動することが何度もあったのだ。


「分かった分かった。村の宿にでも到着したらダンジョンで休め」

「ありがとうございますっ!」


 どうせ中層の村で数日は滞在することにしている。

 山の天気は変わりやすいと聞くし、ギルドの資料だけでは理解できないことが、それこそ山ほどある。

 更に高層までのルート確認や、ここで山岳道具を揃えないといけないらしいのだ。

 皆で村の正面が見える所まで着くと、バルとクリスタルの顔が険しくなる。


「村の様子が変ですね」

「バルもそう思いますか?」

「ぅん?少し待ってろ」


 二人の会話を聞いて、すぐにレーダーで状況を確認する。

 村一帯を囲う旋風で、うっすらと雪の地面に波状の模様が浮かび上がる。

 雪の上だとレーダーの形跡が残り易いなどの難点もあるが、低層に雪猿が出現したこともあって躊躇うことはなかった。


 意識を、感覚を、旋風にだけ全力で集中する。

 俺は無防備な状態になってしまうが、普段使用する物の輪郭だけを捉える方法ではなくて、男女の違い、年齢の違い、筋肉の量など、細部まで相手を捉えることが可能になる。

 ようやくここから真逆の村の離れで、二人の違和感の原因を発見できた。


「村が魔物に襲われている。数は三体、どれも中級だ」

「ッ!?すぐに助けに行きましょう!」


 早速バルが背中に装備している呪剣を抜いて、声高になる。

 毎度のこいつ、本当に悪魔かよ。を呟いたくなるが今回は状況が少し違っていた。


「まぁ焦るな、状況は芳しいわけでもなく、冒険者と思しき者達で相手をしている」

「いくら人命救助とはいえ、魔物の横取りはトラブルになりますね」

「そ、そうですか……」


 クリスタルの説明を聞いて、バルの気持ちが沈むのを分かる。

 できるならば早くを人助けしたいのだろう。

 しかし俺としては、村に行く都度危機的状況に陥っていては、俺達がとんだ厄病神である気もしたので良かった気分である。


「ま、とりあえず向かってみようか。そんでやばそうだったら助ける。しかし報酬は全て、相手の物になる覚悟もあるように」

「了解です!急ぎましょう」

「結局お人よしなのは、主従両方ですかね」

「リンネルとメアはアカボシに跨っていろ」

「はいですっ」

「ん」


 別にクリスタルが言うほど俺はお人よしでもない。

 これは助けられるから助けるのであって、報酬も結局は面倒事を避けるためだ。

 この程度の厄介事は、むしろ見捨てる方が寝覚めも悪くなるので仕方なく行う。

 事故で倒れている人がいて、状況に余裕があれば、助けようとするのが当然の人情である。



 戦闘中の村の離れへと行くと、トロル二体と雪大猿一体の相手を、冒険者が六人と武器を持った村人が九人で相手をしていた。

 その辺りには、初級の魔物の遺体が散乱していた。

 戦闘も見る限りでは終局である。


「残りは中級だけだ!取り囲めー!!」

「おおーーー!」


 さすが中層の入口にまで村を作るだけあって、村人も戦闘に慣れている。

 冒険者の指示もすぐに理解して、囲んでは魔物の意識が分散するように、徐々に後ろや横から剣で攻撃を与えている。

 乱入して戦闘の流れを乱すのも不味いので、先ずは戦闘を眺めている初老の村人に話掛ける。


「俺達は今ここに来た冒険者だが、加わった方がいいか?」

「おお、冒険者ですか。戦闘も長引いて村の戦士も大分疲労しています。よろしければ助勢をお願いします」

「そうか、クリスタルとバルが向かってやれ、ただしサポートのみだ」

「承知しました」

「ハッ!」


 二人はそれぞれ村人が多い方の援助に向った。

 前衛職の二人だけを早速行かせて、リンネルには魔法で支援を任せている。

 またメアの魔法は人前では少々外聞が悪いので傍観させている。

 俺が行かなかったのは、少し気になることがあったからだ。


「こいつを見ても、怯えないのか?」

「グゥ」


 アカボシの首元を撫でると見た目に似合わず可愛らしく鳴く。

 老人はアカボシを見て、声を聞いても、微塵も動揺した様子を見せなかった。

 また、それはこの老人に限った話でもない。他にアカボシを見た村人も、驚くことはあっても、怯えることはなかったのだ。


「何を言いますか、大狼様からは溢れんばかりの知性を感じられます」

「そうか……失礼ですまないが、それはこの村の種族に関係があったりするのか?」

「そうですね。なんせ我らは白狼の末裔ですから」


 この老人が言うように、彼の種族は犬系の人獣種。

 更にそれは冒険者ギルドで見た職員のアロウと同じ種族でもある。

 つまりここは、人獣種の集落だった。


◇◆◇◆


 手負いの魔物が最も恐ろしい。これは冒険者でなくても、誰もが認知している普遍の真理である。

 トロルを囲む村人の一人で最年少の少年であるスワードは、疲労困憊の中でもトロルへの注意を怠らぬことなく、懸命にトロルに挑んでいた。


 トロルの身の丈は、スワードの二倍ほどの巨軀をしている。

 一撃は大きいが鈍間で低能あり、人獣種の生まれ持つ身体能力があれば、躱すだけなら容易である。


「せいッ!」

「グガ!?」


 スワード達は丸い陣形を組み、トロルの背後に回った者が瞬時にその背を斬りつける。

 しかしトロルには、厄介な種族特性とされる再生の能力が備わっている。

 今も背中に受けた斬傷が、みるみると再生していく。

 そのため粘土のように白く柔らかい肌も、すぐに再生してしまっては有難味もない。


 トロルを倒すためには、火属性魔法で全身を焼き尽くすか、魔力切れで再生が追いつかない程の攻撃をするか、の二つが一般的である。

 しかし人獣種が属性魔法を扱えない特性上、最も面倒な後者を選択する他ない。

 手負いの魔物ほど危険である。

 知能のかなり低いトロルでも、こう何度も攻撃を与えられると学習はする。

 自分を囲むのならば、確実に一人ずつ殺せばいいと。


「グガアアアアアア!」

「え?」


 耳を打つかの咆哮と共に、トロルは先ほど斬りつけてきたスワードを標的にする。

 他の相手からも、次々と背や胴に攻撃を受けるが気にもしない。

 コイツだけを狩る。

 それは短絡思考故の、一度決めたことは絶対に曲げない意思である。


 トロルの持つ石棒が、スワードの頭を目掛けて振られる。

 スワードは避けない、いや避けられない。

 それは、いくつもの不運が重なった必然でもあった。

 一つに、中級のトロルを相手する前に、既に下級相手に大分体力を消耗していたこと。

 二つに、十五歳という年齢の若さから、体力の配分に失敗していたこと。

 三つに、成長期のため、まだ体が完全に出来上がっていなかったこと。

 それらの要因によってスワードは、頭では決して油断のなかったが、体が思うように動いてくれなかったのだ。


 死んだ、スワードはそうとしか言えなかった。

 そこに走馬燈のような、死を想えるほどの優しい世界はなかった。

 ただ純然に、死で頭の中が真っ暗になったと感じただけである。

 スパンっと音が最後に響いた。


「グ……ガ?」

「これはあくまでサポートだ」


 スワードには、最期の音が自分の死の音だとずっと勘違いをしていた。

 自分がどうして生きていて、何が起こったのかを知るのに数十秒の時間が必要となる。


◇◆◇◆


 バルは今にも石棒に頭を潰されそうな少年を、トロルの腕を呪剣で切断することで何とか助けた。

 それは野球のバットがすっぽ抜けたように、石棒と切られた腕だけが、見事に遠くへと飛んでいった。

 石棒の一部が少年の頬へと掠って流血をしてしまっているが、命が助かっただけマシだろう。

 そのまま少年は呆然とした様子で座り込む。


 この見事な救出劇も、バルが冒険者一人と村人四人で構成される最も弱小なグループへと、真っ先に駆けたお陰である。

 バルの剣技と呪剣が放つ雰囲気に押されたのか、トロルはバルから一目散に後ろへ逃げた。

 しかし正確にはバルが逃がしたのである。


「はい、どぼーん!これもサポートですっ」

「ググッ!?」


 次にリンネルが土と水の属性魔法で作った泥の落とし穴に、トロルは狙い通りに嵌って腰まで浸かる。

 トロルは三メートル以上の巨体である。

 しかしその体幹を支えるほどの体重で、泥の落とし穴から抜け出すのは非常に困難である。

 後はその隙に村人が頭を集中して斬ることで、トロルはあっけなく死んだ。

 驚異的な再生力を有していても、生物である以上脳が弱点であることに変わりない。

 落とし穴で全長が下がり、頭を容易に狙えるようになったのが勝因である。


 クリスタルの方も、フランベルジェのローサが放つ闇属性魔法によって、トロルの動きが更に遅くなり、あえなく冒険者や村人によって討伐された。

 精神支配は人間以外に、獣や亜人種などにはめっぽう効く魔法であるため相性が良い。

 これで現在は最後に残った雪大猿を、体力のある者だけで冷静に対処している。

 これはもう時間の問題である。


「さすが大狼様の仕える冒険者ですね。あっという間に形勢が変わりました。もしや名高いお方でしたか?」

「いや、俺達はまだ三ツ星の冒険者だ。つってもそこそこの実力は自負しているけどな」

「……」


 この場合の謙遜は嫌味に聞こえそうなので、正直に答える。

 すると老人が黙り込み、しばらく声を濁らせながらも返事をした。


「左様でしたか。すると少々問題が発生するやも……」

「安心してくれ、はなから俺達は報酬を貰う気もないから」

「おお、それなら問題はなく実に有り難いことです。我らの流儀に則った謝罪でもするべきでしょうか?」


 俺の言葉を聞いては老人がぱっと明るくなる。

 大方、冒険者の中に四ツ星以上がいたのだろう。その場合は色々と面倒事になるのは誰でも分かる。

 しかし、人獣種流の謝罪というのが気になった。

 異種族の文化というのは、人間種しかいない地球ではあり得ない以上、気になって仕方ない。


「ん?別にしないでいいが、どんな謝罪なんだ?」

「それはですね……地上に跪いて、頭を垂れ」

「土下座かよっ!?」

「相手の爪先に鼻を擦りつけることです」

「もっと性質悪いわ!それを爺さんがするとか嫌味だろ!?」

「むむ、でしたら村一番の生娘でもどうですか?」

「父様、それは駄目だよ?」

「当たり前だ!」


 終にはメアまで話に混ざってしまった。

 更にメアには父様禁止令を出したはずなのに、使いやがってまったく……老人が困惑しただろもう!


「ウホ?ホフフホホウ!!」

「はあ?」


 すると突然、雄叫びを上げた雪大猿と目が合ってしまった。

 それは間違いなく、こちらを凝視しているので、声が漏れてしまった。

 ゴリラに凝視される理由など、あっただろうか。

 雪大猿が最期の抵抗を見せ、血反吐を出しながらこちらへと迫って来た。


「冒険者さん、こちらに向かっていますけど大丈夫でしょうか?」

「一応は離れてくれ。メア達もだ」


 もしもの事態で老人を巻き込んでしまってはいけない。

 俺はクリスタルやバルと違って戦士というより、魔法職である。

 一応剣を使えるほどの身体能力はあるが、技術が全くない。

 そのため雪大猿が接近する前に、魔法で撃退するのが俺の能力である。


「風よ集いて剣となれ、剣は魔を払う大刃となれ……だったか」


 不自然に見えないように詠唱の真似事をしたが、途中で内容に自信がなくなったので、結局無詠唱に変更した。

 雪大猿との距離が十メートルを切った辺りで、風属性魔法を発動する。


「ウボボボウ!」

風刃ウィンドカッター

「ホ!?」


 雪大猿の両足を風刃で切断した。

 結局は剣を振るより、魔法の刃で斬った方が楽なのである。

 勢いにのって倒れた雪大猿を、ローブから召喚した金色の触手で受け止める。

 足を失い、体も触手で拘束された雪大猿は、遂に為す術もなく倒れ込む。


「これもサポートです……にはならないよな」


 そのまま触手で絞め殺す。

 ここまでやった以上、誰かに止めを譲るのは無責任に思えてならない。


「おおおおお!」


 魔物もこれで完全に討伐したことで、村人からは歓声が上がる。

 最後の良い所だけを奪ったみたいで、冒険者には申し訳ない気持ちが生まれた。

 しかし俺は、その光景を熱心に観察する一体の大鹿がいたことを、その時は気づきもしなかった。


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