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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
53/214

50話 ささっと低層

 とある中層の峡谷にて、一匹の狼は静かに鳴いた。


「クルゥ」


 辺り一面に美しく広がる雪渓の大地も、既に過去の物となり、変り果てた同胞の亡骸とその血で、白い絨毯が赤黒く汚されていた。


 遂にここも奴らに見つかり、襲撃されてしまったか。

 狼は吹雪で視界が霞むなか、憤怒で雪が溶けるかのように歯を強く噛みしめる。

 狩りから戻り最初に目にした光景が、まさか崩壊した住処と同胞の死である。

 そして怒りの後に疲れの波が一層押し寄せて、声にもならない音が出る。


 嗚呼、どうするか。

 生き残れた同胞は、上手く別の住処へと逃げたのだろうか。

 せっかく同胞にと仕留めた獲物も、これでは私しか食べられないじゃないか。

 何のために、住処から遠く離れた狩り場まで出向いたと言うのだ。

 様々な思考と感情が脳裏にざっと流れていくが、それも一瞬しか与えてくれない。


 ヅサッ


 背後からの微かに漏れる血の臭いと雪を踏む足音が、忍び寄る奴らの接近を知らせてくれた。

 数は七、いや八だろうか。

 調度いい、同胞の仇だ。

 この怒りをぶつけられる対象が現れてくれたのだ。

 来るなら来い、その命を天に昇った同胞への土産としてやろう、私は同胞の中でも特に強いぞ。


「クウォオオオオオオン!!」


 涙も凍る氷点下の吹雪の中、独りとなった白妖狼ホワイトウルフの長い戦いが始まった。


◇◆◇◆◇◆


 桃月の31日の昼頃。

 ダンジョン攻略の準備も済ませ、いよいよ山へと登ることとなる。

 この三日で、ユガキル山脈に生息する魔物の情報や中層へのルートも確認し、長期間の山籠もりを想定しての、眷属の防寒対策や武器に治療薬、食糧なども大量に買った。


 今も四階層の居住区へ目を向ければ、使用人のレヴンとメラニーがせっせと道具の整理をしてくれているだろう。

 二人は言わば、ダンジョンの中での後方支援担当だ。

 疲労して帰ってきた遠征組の、料理や治療などのお世話を任せている。


 物資を大量に用意できたのも、クリスタルの収容能力と虚像胡蝶の犠牲のおかげだ。

 1,200,000エンスの大金の、半分も気兼ねなく使えたのが大きい。

 金で眷属の命が買えるのならば、安いものだ。


「よくやったぞアカボシ」

「お帰りなさいアカボシ」

「グウォン!」


 アカボシとは山の方面に位置する素材回収場で無事に再会することができた。

 足首には使い魔としての証である腕輪が巻かれている。

 この二泊三日の間、アカボシには水しか与えられていないはずだ。

 それは空腹状態でも、人に危害を加えないかの試験だったらしい。

 あの大食いのアカボシがよくぞ耐えてくれた。これ以上アカボシを待たせないためにもさっさと手続きを済まして、都市の外へと出た。


「レヴンとメラニー特製のククルゥ鳥のローストチキンです。他にもアッデラ牛のステーキや縞豚のソーセージなどを用意しました。まだまだありますので、焦ることはないですよ」

「グゥ~~~!?ハァっハァっ!」


 クリスタルが背負い袋から、お皿に乗った(・・・・・・)料理を出してアカボシの前へと並べる。

 器用なことに背負い袋はただの袋で、本当はダンジョンの中から転移門を通して手渡しされている。

 飢えたアカボシは、先ずローストチキンを丸ごと口の中へと頬る。

 使用人の二人がした料理の手間を考えると、涙が出るほどの秒殺である。

 アカボシのために質と量を揃えたつもりだったが、量の方が少し心配になる勢いだ。


「食うのに夢中になるのもいいが、コイツを忘れないでくれよ」

「グルゥ!」


 そう言って、アカボシのために作った特殊魔法道具ギフトアイテムの首輪をリュックから取り出す。

 するとアカボシが首輪を付けやすいように、食事を中断してくれた。

 首の下から抱くようにして首輪を回すと、ついに見慣れたアカボシの姿になる。


「うん、これでこそアカボシだ。一応のため半日の休息をダンジョンでとるようにな。雪山からはお前の力が必ず頼りになるんだ、今は大人しく休んでくれ」

「……グワン」

「安心してください。セカイ様は火属性魔法と強力な嗅覚を持つアカボシが、ダンジョン攻略の鍵だとおっしゃっていましたから」

「グウォン!」


 クリスタルの説得のおかげでアカボシも快くダンジョンへと帰ってくれた。

 実際に俺は、アカボシがダンジョン攻略の鍵であると本心から思っている。

 それはユガキル山脈に生息する魔物には、生まれながらに氷属性を持つ魔物が何体もいるからだ。

 俺は氷属性の恐ろしさは、この身をもって体験している。

 側に火属性魔法を使えるものがいるだけで、戦略の幅も広がるのだ。


 またダンジョンにはもう一人火属性魔法を使える者がいる。

 それは湖沼に誘う鬼火(ウィルオウィプス)のアカリヤだ。

 彼女の階級は中級上位でアカボシに大きく劣り、炎の出力に決定的な差があるも、炎の操作や効率的な運用にはアカボシよりも優れている。

 なんと言っても彼女は炎の化身なのだ。

 アカボシをパワーファイターに例えるならば、アカリヤはテクニシャンである。

 小回りが利いて頭も働く分、アカボシとは別の仕事で大いに期待をしている。


「行くぞクリスタル。この山を下りる時は、ダンジョンを攻略した後だ!」


 二人でダンジョンを目指して歩き始める。

 中層の入口までは四日もあれば着くらしいので、眷属の様子も見ての三日を到着予定にした。


「はい、参りましょうか。ついでの討伐依頼もお忘れなく」

「分かっているよ。山の掃除だな」


 討伐依頼と言っても無期限で、山脈のゴブリンとの異名をもつ雪猿を、百匹程度退治するだけである。

 他にも中級トロルや凍皮蛇アイススネークを数体の討伐もある。

 討伐依頼はその対象魔物と魔石と証明部位を渡さないとならないので、DPに変換できないこちらに旨味はない。

 これも全ては昇級のためである。


 都市の出始めの丘陵には樹も植えられていない、緩やかな斜面に雑草が生え、雪が積もっているだけである。

 しばらく雪の上を歩くと、平地を歩くのとは勝手が違うと分かる。

 強化された肉体のおかげで負担は少ないが、足を踏み外すと転倒してしまいそうである。


 ザクッザクッ。

 雪の上を踏み歩く感触を楽しめるのも、おそらくほんの一時だけ。

 次第に慣れて、最終的には煩わしく感じるのだろう。

 だけどこの、足の裏から伝う音と感覚が、無性に懐かしく思えてならない。


 すると山頂から突然都市に向かって吹き下ろす風が体を膠着させる。

 山の風とはこれほどの冷気と風圧を携えているのだな、と関心してしまう。

 俺はそんな強風の、見えない後姿を見たくなって、顔を丘から都市の方へ向けた。


「……おぉ」


 そう言えば、都市を見下ろすのはこれが初めてである。

 古い街の写真や絵画で見るような、美しい風景とは決して呼べないけれど、その時代に生きる人々の力強さを、原風景のように想起することができた。


「丘から見る都市ってのは、結構壮観なんだな」

「人々の生活に彩りを感じられますね」


 昨夜降った大雪の影響で、整然と並べられた三角屋根の家には、雪が被さっている。

 煙突からは白い煙が絶えず上がり、時刻はまだ昼なので、都市は歩く人々で溢れている。

 冒険者ギルドへ向かう者、市場へ買い物に行く主婦、手伝いの合間に雪で遊ぶ子ども。


 自分は人ではない。

 本当の意味でこの風景に混じることは絶対にできない。

 だからなのか、いつかダンジョンの居住区のでも、そういった魔物たちの日常風景を見てみたいなと思ってしまった。


 それは人の部分が持つ、当たり前の願いなのだろうか。

 しかし感傷に浸るのもこのくらいにする。

 理想ゆめは目先のダンジョンを攻略してから、ゆっくりと考えればいい。


「この辺りでもういいだろう……開けてくれクリスタル」

「承知しました。————《アクセス》」


 丘もだいぶ登り、山道へと差し掛かった頃に遠征組を呼ぶ。

 転移門の中からはバル、リンネル、メアの三人が現れる。

 ずっと三人は待機していたらしく、リンネルとメアの服装は防寒服であった。


「このバルセィーム、参上しました!」

「わぁ、寒いですね」

「私は、平くちゅっ」

「と言ってくしゃみしてるじゃないの、寒いのばればれですよー?」

「むぅ……馬鹿は風邪引かない、とても羨ましい」

「んな!?」


 ダンジョンの居住区は、春のように快適な気温なので、外へ出ると途端に肌寒く感じる。

 特にメアとリンネルの種族は寒さに弱い。

 しかしそんな二人も出て来て早々熱い口論する。


「こらリンネル、一応お前は年長者だろ、少しは余裕を持て」

「メアも無理に平気を装うのはいけませんよ」

「「ごめんなさい(です)」」


 すかさず俺とクリスタルの説教で喧騒は止む。

 これは物見遊山じゃないんだ。無駄に体力を消費するのは止めてほしい。


 リンネルとメアは保温性や防水性を備えた羊毛や、山脈の魔物からできた防寒服で身を包んでいるも、頬や鼻を赤く染めて、寒さに堪えている様子だ。

 リンネルは手袋、メアは耳当てをそれぞれしている。


 しかし俺を含めて他の全員は、雪道を歩くための最低限のブーツを履いているくらいで、普通の冒険者の恰好だ。

 防寒具といっても、クリスタルはグローブにフード付きマント、バルはフード付きマントだけで、俺に至っては特殊魔法道具のローブだけである。

 外へ出るときは、これで大丈夫なのかと職員に心配されたくらいであるが、俺達は動きやすさを優先した。


「これから山道に入るが、道中で獣や魔物に襲われることもあるらしい。人前では決して本気を出すなよ?とくにバル」

「大丈夫です。この日のために腕に磨きをかけましたから」


 バルは口角を上げて背中に担ぐ呪剣に親指をさす。

 悪魔の姿を晒さないバルの身体能力は、精々成人男性並みである。力任せの攻撃を行えないが、剣技の方でカバーするらしい。

 また足場の悪い地形や魔物の特性を考慮して、安定性のある呪剣が一番無難である。


「俺達は三日で中層の村まで行くつもりだ。その間に少しだけでも雪道に慣れてくれ」

「無理や我慢が最も仲間の足を引っ張ります。疲れたならばすぐに報告するように」

「了解です」

「「はぁーい」」

「よし、行くか」


 都市を出て最初の丘陵を超えれば、分岐するように山道が広がる。

 今では低層の村人が都市へと下りる時や、冒険者などが中層の山脈を目当てに登る時に使う道である。

 しかし起源は木こりの作った木材を、馬車で輸送するためだったらしい。

 それは都市と都市を繋ぐ街道のように道が補強されているわけもなく、細い道から逸れてしまうと草樹の入り組んだ傾斜や、谷底へと転落する恐れもある。


 今はせっかく登った丘陵を谷まで下るように移動している。

 それは山下で迂回するような、遠回りのルートである。

 尤もハイキングではないのだから、山頂を目指すつもりもない。

 山間を縫うようにして、徐々に中層へと距離を縮める。


「セカイ様、敵の視線を感じます」


 すると列の先頭を歩くバルが足を止めて、敵の接近を報告した。

 悪魔ってそんなこともできるの?と疑問を口にしたくもなったが、黙って旋風探知レーダーで様子を探ると、結構近くにある右斜めの樹の中に魔物を発見した。


「あそこの樹に魔物が潜んでいるな、見つけたバルがやるか?」

「お任せ下さい!」


 するとバルが喜々として、左右の太腿に装備している短剣の内の一本を抜き、樹の中へと投げる。

 バルは武器を使わない時は、結構まともなんだけどな……割と武器の試し斬りを喜んでやる。

 一直線に放たれた鋭いナイフは、魔物の腹へと深く刺さり、魔物は落下する。


「ギギッ!?」


 その後バルはすぐに駆け寄り、呪剣で魔物に止めを刺した。


「お見事です」

「凄いっ!」

「ん、父様みたい」

「やめてくれ、俺なんてまだまだだ」


 クリスタルを始め女子一同が、バルの投擲術を称賛する。

 なんだ、これがリア充か。

 女子の前で男らしい所を披露する。最近雑魚は眷属に任せてばかりで油断していた。

 だって天災級の俺がやると、大人げないだろ?


「セカイ様、どうでしたか!」

「ああ、うん、いいよ。ナイスプレー」

「ありがとうございます!」


 ちょっとバルの反応が、女子の時とは違う気がするが気のせいだよな。

 またバルの能力が、騎士から忍者となった感が更に否めなくなった。


「セカイ様、バルの倒した獲物を見てください」


 クリスタルが神妙な面持ちで息絶えた魔物を見せる。

 すると目にしたのは、ゴブリンほどの大きさで白い毛皮をした猿だった。

 これは討伐依頼のされている雪猿である。

 しかし雪猿は山脈の中層でしか生息しないとされている。

 こんな低層の、それにまだ都市に近い所で発見できたのは、普通ではありえない。


「……これもダンジョンの影響なのかな。一匹目はダンジョンに溶かしてくれ」


 早い所、被害が多発している中層の村へと向かった方がよさそうである。

 因みに雪猿はゴブリンと同じほどのDPだった。

 まさしく山脈のゴブリンとの異名は伊達じゃない。



 それから何とか予定通りの三日で、中層まで辿り着いたのだった。



 人型移動式ダンジョン"クリスタル"

 DP:65140


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