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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第三章 目醒める氷河洞窟
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48話 学術都市

「おい、コイツは本当に大丈夫なんだろうな?」

「何を言っているんですかー、うちの愛犬はッ……この通りとってもお利口さんですよ!」

「グゥ……ウォン!」


 俺は笑顔でアカボシの脇腹を、ドスンっ勢いの乗った拳で突く。

 普通の魔物なら、これで怒らないはずはない。

 しかしアカボシは突然に殴られたことに、ややウザったい様子を見せるも平常心を保てている。


 可哀想に見えるが、これは必要な儀式である。

 アカボシ程の上級で、見るからに人を食っていそうな魔物はそう簡単に信用を得られない。

 予め俺以外からも数発殴られる可能性があることも説明していた。


 学園都市の南門の側にある、冒険者ギルド素材回収場にて、アカボシの使い魔審査が只今行われている。

 冒険者は都市に入退するには必ず素材回収場の門を潜らないといけない。

 それは魔物の素材が無くてもだ。

 またアカボシが無事に審査を合格すると、ここで預かってもらうことになる。

 残念だがアカボシは、特別な理由もなければ都市には入れない規則になっている。


「それでこの魔物の種族はなんだ?それとどういう経緯で捕まえた?」

「いやー、それがたまたま森で死にかけているコイツを発見しましてね…………」


 それから俺とアカボシの心温まるサクセスストーリーが始まった。

 ある日黒妖狼だったアカボシが、群の虐めに会って血だらけで倒れている所を俺に保護される。

 しかしアカボシは虐めのトラウマから一向に心を開いてくれなかった。

 アカボシの怪我が治りだした頃、俺が三槍蜂の大群に襲われている所を目撃する。

 アカボシの傷を完全に癒すには、三槍蜂の縄張りにある木の実が必要だったのだ。

 だが三槍蜂の群れとなれば上級クラスの強敵である。

 始めはアカボシも自身の無力を悟り、俺を見捨てようとするも、脳裏に過ったのは俺との暖かな————。


「そして突然進化してアカボシが三槍蜂を追い払ってくれました。今では俺の掛け替えのないパートナーです!」

「ぐすっ、コイツも辛い思いをしたんだなぁ……」

「グゥ?」

「シッ、今は堪えてください」


 この役員のお兄さんがとてもいい人だったためか、何とかアカボシの説明を誤魔化すことができた。

 さすがマイバイブルから頂戴したエピソードである。

 後はアカボシが人にとって安全であるかの証明を、大勢の前で実戦するだけであるが、これはアカボシならば問題ないだろう。

 安全試験には二泊三日の期間を必要とされるので、アカボシをここに残して都市に入ることにした。


「アカボシ……お前なら必ずできる。お土産を沢山期待して待っていてくれ」

「しばらくのお別れですが、ダンジョン攻略にはアカボシの戦力が必要不可欠です。合格できるよう皆でお祈りしています」

「グァン!!」


 俺達は檻に入れられたアカボシに別れを告げ、試験費用と契約書にサインをしてから都市に入る門を開いた。



 先ずは使い魔登録の申請用紙の提出と虚像胡蝶ファントムバタフライの買い取り交渉、魔物災害での報奨金を求めて冒険者ギルドへ行く。

 虚像胡蝶の買い取りくらいは、ギルド支部でも可能だと許可を頂いた。

 そもそも五匹の見た目や大きさにはばらつきがあり、一概に全て同じ値段とはならないのだ。

 胡蝶の犠牲を無駄にしないためにも、然るべき人間に見てもらいたい。


「にしても二泊三日とはだいぶ長いな……」

「偶にはゆっくりと腰を落ち着かせてみるのも良いではないですか?それに雪山を攻略するに当たって、念入りに準備も必要になるでしょう」

「そう……だな。それに雪も降ってこれから更に寒くなる、はあー」


 吐息は既に白い。

 この学術都市エル・ユグは、ダンジョン都市の方角から見て東北東の位置にある。

 俺たちは今まで徐々に北上してきたのだ。

 今の季節的にも大分寒くなってきているため、雪が降っているのは当然である。

 またユガキル山脈の奥地を見た感じ恐らく、一年中が雪で覆われているのだろう。


「確認を取りました所、遠征組で防寒具が必要なのは、アルラウネのリンネルと、ダンジョンクリエイターのメアの二人です」

「分かった、二人に服屋の時だけ外へ出ると伝えてくれ」

「かしこまりました」


 ダンジョンマスターの俺は100DPを支払って能力強化で防寒対策をしている。

 なので、素っ裸で雪の中を歩いても凍死することはない。


 しかし、この能力強化は便利なものでもない。

 寒さ対策をした代わりに、暑さにはめっぽう弱くなったのだ。

 更に能力を解除するにも同様のDPを消費するため、能力強化というより肉体改造の意味に近い。


「これがここの冒険者支部か」

「木造建築が多い中、この建物だけ趣がございますね」


 クリスタルと話をしていると、いつのまにか冒険者ギルドの看板が発見できた。

 このレンガ造りの建物は、L字の間取りで二階建て建築である。

 ウェンバロン支部と比べて小さな建物ではあるけれど、鮮やかな赤い壁とおしゃれなL字構造からは、町のケーキ屋さんのように親しみやすい雰囲気が出ていた。


 始めたは二人で共有する。二人で顔を合わせると、ゆっくりとギルドの扉を開けた。

 ギルドの中は外の冷たい空気もなく、暖かくて物静かであった。

 しかし、静かであるのは決して人がいないわけではない。

 扉を開けたところをL字の底辺とするなら、高さの先の部分には喫茶店があり、何人もの冒険者が落ち着いた様子で飲食をしていた。

 それはこの地域の気質なのだろうか、静かでゆったりとした空間がとても心地よい。


「ようこそ冒険者ギルドへ!私は受付のアロウと申します。この地域では見ないお顔ですね、初めての方ですか?」

「そうです、初めまして。俺はセカイでそっちが仲間のクリスタル。二人で西のウェンバロンから来ました」

「ウェンバロンですか。アンデッドの出る、恐ろしいダンジョンですよね」

「そうそう恐ろしいアンデッドがたくさんいましたよ」


 もうダンジョンとしての機能は奪ったけどな。

 明るい感じで話しかけてくれた受付の若い女性であるアロウは、犬系の人獣種だろうか灰色の毛並みに真っ直ぐした長い耳と尻尾をもっている。

 その犬耳と前髪が横一列に整っているのが印象的である。

 要件をすぐには聞かないで、お互いの事情を把握しようと努めるのが有り難い。

 おかげで長話して色々と気になったことが聞けそうだ。


「ここのギルドはとても落ち着いた雰囲気だな」

「それはここが学術都市である所以でしょうか、皆ここで読書や勉学に励むのを良しとするのです」

「その学術都市って具体的に、どのような学問に励んでいるのですか?」


 アロウもこちらの意を汲んでくれたのか、ここでは騒がないようにとほのめかす。

 そして気になっていた学園都市について聞きことができた。


「うーん、主に博物学ですかね。あの目の前に大きく聳えるユガキル山脈からは、太古の魔物や動物が発掘されるのですよ!」


 太古の魔物。

 何それ凄い気になる。マンモス?恐竜?始祖鳥?異世界だったら、ドラゴンや天使とか?

 うっわ、欲しい!

 もしクリスタルに分解させたら召喚目録に加えて召喚できないかな。


「それって化石ですか?」

「違いますよ。凍緑石フリリアに閉じ込められた魔物が、氷塊となって発掘されるのです。そのため当時を生きた姿のままで、体内には魔石もございます」

「それは凄い!是非俺も発掘してみたい」

「セカイ様、本来の目的もお忘れなく」

「わ、分かっている……よ?」


 それだけの要素があれば、DPに変換できる!

 何らかの原因で絶滅した魔物を、ダンジョンの戦力に加えることができれば良いと思う。

 俺は壮大な山脈を前にして、やや気落ちしていたのだが、思わぬ発見で今すぐにでも登山をしてみたくなった。


「詳しいお話は二階の資料室か、別館にある図書館をお寄りください。他に何か気になる点はございませんか?なければご用件の方を確認させていただきますけど……」

「あ、あと一つだけ気になる事がある。噂で聞いたんだがこの山脈に、ダンジョンができたって本当か?」

「っ!?」


 その言葉を聞いてから、アロウの様子が少し変わった気がした。

 レオニルさんが噂で知っていたのならば、ここで働く冒険者ギルドの受付が知っていても可笑しくはない。

 因みに受付はもう一人の人獣種のお姉さんが、他の冒険者の相手を滞りなくやってくれているので、長話しても問題はなさそうだ。


「ダンジョンの発見には未だ至っておりませんが、我々冒険者ギルドはこの山脈に有ると認識して対処をしています」


 よし来た。

 さすがレオニルさんだ。


「そうか、だったら都合が良いな。俺達はそのダンジョンに用があってここへ来たんだ」

「それは本当ですか!?討伐依頼や捜索依頼がいくらでもございますので、是非とも依頼を受けてください!」

「あぁうん、明後日にでも受けておくよ」

「どうもありがとうございます!」


 すると突然アロウが俺の手を握って喜びを表した。

 俺はその反応に、ただ狼狽させられるだけだった。

 それだけダンジョン都市のように管理のされていないダンジョンとは脅威に見えるのだろうか。


 つまりは俺達も同じである。

 更にうちのダンジョンは、逃げます、戦えます、見た目が人です、と悪い意味で三拍子揃っている。

 人類の立場になって考えても脅威でしかない。

 もし正体がばれてしまうと、人類の敵ルートまっしぐらかもしれない。


「それで要件なんだけど、これらをお願いします」


 今そんなことを考えても堂々巡りするだけなので、意識を目先の問題に向ける。

 ダンジョン攻略に向けて聞きたいことも大分聞いたのだ。

 冒険者カードと用意していた書類と蝶を渡す。


「えぇっと、五点の買い取り審査と使い魔登録に……魔物災害ですか!?申し訳ありませんけど、魔物災害はギルド長を通さないとならない案件ですので、時間を大分取らせることになりますが大丈夫でしょうか?それとも明日にでも——」

「今日でいい。その待っている間に二階の資料室を使ってもいいか?」

「構いません。手続きが完了次第お呼びしますね」

「お願いします」


 後のことはアロウに任せてクリスタルと二階の階段へとあがる。

 山脈について、魔物について、調べることはいっぱいある。

 生憎とアカボシの使い魔試験で時間にも余裕があるので、じっくりと調べたいと思う。


 それにしても人獣種と話すのはこれで二人目である。

 動物の性質を持った人間とは、いつ見ても興味が薄れない。

 そして観察して気づいたことをクリスタルに尋ねてみることにした。


「職員の中に人獣種がやけに多くなかったか?」

「そのようでしたね。冒険者ギルドの性質上、種族を平等に雇用しているのでしょう」


 職員の三割は人獣種だった気がする。

 それに人獣種と言っても、同じ犬系だったのだ。


「近くに人獣種の集落でもあるのかな」

「そう……でしょうね」


 若干歯切れの悪そうな言い方をしたクリスタル。

 何か思うことでもあったのだろうか、しかし資料室の扉の前まで来たので雑談もこのくらいにしておく。


「クリスタルはいつも通りに魔物や採取品目……それとさっきアロウが言っていた凍緑石フリリアなどの魔鉱石も見てくれ、俺はまあ周辺の地図くらいは読めるだろう」

「承知しました、しかし全ての品目に目を通すだけでも大分時間が必要となります。ですので、セカイ様は先に発掘された魔物について調べてみてはどうでしょうか?」

「う゛ぅ」


 クリスタルに気を使わせてしまった自分が恥ずかしい。

 あの話を聞いてから、身体がそわそわしていたのがいけなかったか。

 太古と聞けば、先ず恐竜を想像してしまう。

 それはロボットに並ぶほど憧れを抱くものだ。男ならば気にならないはずがない。

 因みにロボットとして、ゴーレムやホムンクルスなどの機械種と呼ばれる魔物はこの世界にいるので、いつか見つけてみたいと思っている。


「……いいのか?」

「大丈夫です」

「気になって読めない箇所の質問をするかもしれないぞ?」

「いくらでもお聞きください」


 そこまで言われたらもう素直になるしかない。

 時間はまだまだあるのだ。

 順番が後回しになったと思えばいいだろう。


「お、お願いします」

「お任せください」


 そして二人で資料室の扉を開いた。

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