47話 ダンジョンと登山をしよう
桃月の28日。
ダンジョン都市を離れてから15日ほどである。
ダンジョン運営を始めてから数々の問題を、ダンジョンのクリスタルと協力して対処してきた。
そのおかげで、未だ手つかずの問題もあれども、大部分は軌道にのせることはできた。
先ずダンジョンの防衛について。
現状ではクリスタルが人型ダンジョンのために侵入者の心配は少ない。
ダンジョン防衛が喫緊の課題とならないのが、このダンジョンの長所であり、運営する側としても非常に有り難かい。
しかし一応の戦闘に備えて、一階層と二階層をアンデッド主体にした防衛階層を築いている。
それはこの前の魔物災害の死体によって、大量に生じた瘴気からスケルトンやスピリット、レイスなど下級アンデッドをおよそ五十体ずつ生むことができたからだ。これは全てメアあっての功績で、DPの消費なしで行えたのが大きい。
また浮いた費用のDPでスケルトン、スプリット、レイスの下級魔物を一体ずつに40DPを使って魔物召喚をした。
これは魔物召喚と瘴気で発生した魔物の能力の差を見る実験でもある。
今は一階層の墓地エリアで、副リーダのアカリヤによって着々と戦力の補強と増強を行っている。
二階層の迷宮エリアではメアの迷宮壁の能力を使って、入り組んだ迷路が二割ほどだが出来上がった。
階層面積が1km×1kmの広さであるため、設計図を描くだけで一苦労である。
その一キロ四方とは、彼の人気テーマパークであるネズミー帝国の二倍の面積だからだ。
基本通路は幅4m高さ4mと狭く低く、非常時には暗闇となって集団戦闘には不向きである。
また迷路図は子どもの無邪気な悪意を表したような難易度をしており、完成予想図を見ても攻略する気が失せる。更に様々な罠や行き止まりを張り巡らすつもりだ。
この階層で侵入者の足止めと間引きができればいい。
目玉に迷宮のゴール地点の側には、普段アカボシやバルが修練に使っている闘技場がある。
この闘技場はダンジョンの土を掘り返し、天井も高くして、メアの作った壊れない床と壁で囲んだものだ。
土を掘り返す作業にはリンネル、闘技場を舗装するのにはミ=ゴウの協力もあった。
次にダンジョンの食糧生産について。
このダンジョンの眷属の大半はアンデッドや植物種と食費が掛からないにも関わらず、第三階層のリンネル農園に勤める三人の努力も目覚ましい。
巨大豆の木など以前から育てていた魔植物に加え、リンネルが魔物災害で発見した薬草や野菜の栽培も行うことになっている。
羊の植物であるバロメッツも、リンネルの成果によって順調に育って最近は芽が出た。
バロメッツはこの世界でのおよそ120日。三ヵ月で育つ魔植物であるが、リンネルの成長促成の能力を使えば50日程で、次の種を残せる具合に成形するそうだ。
本当にリンネルはああ見えて、反則的な能力の持ち主で頼りになる。口には絶対言わないけど。
またコカトリスの方も五日置きではあるが卵を産むと分かった。
コカトリスは雄鶏と蛇が合成した魔物である。
では鶏卵?はというと、なんと雄鶏の口から吐くようにして産む。
若干絵面が厳しいが、ウズラのような卵を三つほど吐き出すのだ。
また周期が五日だと分かったのは、ファウナがコカトリスの植物を枯らすブレスを前にしても怖気ず、触診と観察を繰り返すことで周期を割り当てることができた。
しかしファウナは能力がある反面、仕事嫌いで一日のノルマを達成すれば、すぐに寝るのが惜しい。
次にダンジョンの居住区について。
四階層の居住区にようやく一番目の家が完成した。
家は漆喰の白い壁に尖り屋根をしている。
この家は眷属らのプライベートな空間であり、ベッドや机と一応の生活空間はある。
一先ずキッチンや浴室などはマナーで用意をしているが、いずれ食堂に井戸や公衆浴場などが必要になるだろう。
そして第一の家を眷属では一番幼い?メアが所有することとなった。
メアもマナーのすぐ近くに家があるので大変満足している。
俺とクリスタルの家でもあるマナーにも生活感が漂ってきた。
室内では、ミ=ゴウの確かミーシィくんが、家具や雑貨の担当をしてくれている。
また使用人のメラニーが、裁縫でカーテンやマットなどを作り、少しずつ内装を整えてくれている。
大庭ではマナーを囲むような塀で敷居が引かれ、一角には芝生が植えられている。
塀はメアが作った迷宮壁であるため半要塞と化してしまい、芝生はまだ六畳ほどの広さであるけど、ファウナが大変気に入ったらしく、仕事を終えるとよくそこで惰眠するようになった。
寝息に合わせて上下する豊満な胸が今では目の保養となって有難い。
最後にダンジョンの産業および資金の調達について。
金が欲しい。
食糧や居住区で集めたい物はいくらでもある。
ミ=ゴウを使えば火薬や銃、工作機械などで一儲けは可能だが、この世界で独自発展した歴史や文化を他人が関わるのはリスクが大きいと考えて止めたのだ。
それでもし数百年で技術が核ミサイルまで発展でもしたら、こちらの命が危ないのだ。
産業をするにしても、何が異世界の社会に影響を与えるのか、慎重に議論を重ねて行う必要がある。
またダンジョンマスターが作る特殊魔法道具を売って金儲けすることも考えたが、人を強くする可能性は極力排除をしたいので、精々武器ではない装飾品で何か作れればいいと思案しているが、中々巧い発想が浮かばない。
結局のところ、今はまだ冒険者の活動で地道に稼いでいくしかないのだ。
この前の魔物災害の報奨金やファントムバタフライ5匹分を売ることで、だいぶまとまった金にはなるだろう。
◇◆
「はい注目ー。えー、我らダンジョン『クリスタル』はおよそ半日で都市に入る」
現在マナー屋敷の大広間にて、眷属に集まってもらっている。
向かう都市とは、ユガキル山脈の南方の麓に位置し、山脈の入口とも言われる学術都市の『エル・ユグ』だ。
何で学術都市なのか好奇心が擽られる反面、我々にとっては危険そうな雰囲気でもある。
「都市だ!人がいっぱいいる!この前の村とは全く違う!」
眷属にも都市の脅威度を分かってもらえるように、声に張りと勢いを乗せる。
村の遠足とは違い、都市には優秀な衛兵や冒険者の目がある。
俺は姿も魔力も人間に偽装して、クリスタルも魔力がないため心配はない。
しかし眷属は、俺すら知らない未知の魔法やポカをして、正体が露見するかもしれない。
「なので君達には、クリスタルの視界映像で都市の雰囲気を先に学習してほしい。残念だが都市デビューにはまだ早い!」
「何か欲しい物や必要な物があれば、都市に着くまでに言ってくださいね」
がやがやがや……。
眷属がそれぞれ小声で話し合いをする。
欲しいものを仲の良い者同士で相談しているようだ。
こいつらはクリスタルの属性の影響でか、欲望も人一倍ならぬ魔物一倍な気がする。
するとメアが挙手をして発言を求める。そこらへんはクリスタルの教育が行き届いているのかしっかりしている。
「どうぞ」
「私たちの冒険者登録、しなくていいの?」
「遠征組の登録は見送ることにした」
「ん、わかった」
理由は色々ある。
それは三人を新たに冒険者とするには大分手間がいる。
先ず冒険者試験だが、三人だけで任すのはやや心配だ。メアなんて見た目が十歳少しの幼女であるため非常に外聞が悪い。
さらに三人を四ツ星までに昇格させる問題が発生する。
もしこの国で登録した者が、国外で三ツ星以下の冒険者カードを持っていると不法入国として怪しまれる可能性もある。
冒険者カードには、どこで登録したのかしっかりと明記をされているのだ。
冒険者の活動はアカボシを加えて六人で行うつもりだが、功績は俺とクリスタルの二人で山分けする。
そうした方が、ダンジョンの強化と冒険者昇級を効率よく行えると考えたからだ。
それにランクは四ツ星まで上げられればいい。
あとのことは一先ずそれを達成してからだ。
「しかし一人だけ、俺達と混じって冒険者になってもらう」
「それは俺でしょうか!」
「も、もしかしてあたしですか?」
「私が最も、安全だよ?」
俺の言葉で期待を膨らませた三人は、牽制するかのようにお互いを睨みあう。
バルは最も冒険者としての恰好がいい。
リンネルには植物採取で市場も見せると常々言っていた。
メアの見た目は幼女だが、人の社会に紛れるには一番安全である。
しかしこいつらではない。冒険者でなくても魔物は狩れるのだ。
「悪いがみんな違う、そいつはアカボシだ」
『アカボシぃ?』
「グゥ?」
え、俺っすか?みたいな反応を一同に混じってするアカボシ。
しかし冒険者の活動をするにあたって、アカボシが最も実力を自然に証明できる、体の良いカモフラージュである。
決して独りでお留守番が可哀想だったわけではない。
「アカボシには冒険者としての俺の使い魔となってもらう」
「グル?」
「私たちと共に外を出歩いても問題ないということです」
「グン!」
冒険者の中には魔物を手懐けて仲間にする者もいる。
それは魔物が動物と違って人と同様に賢いから可能なのだ。
アカボシのような上級魔獣を意のままに手懐ける冒険者というだけでも、能力の証明と信頼に繋がる。
本来はクリスタルの使い魔にして、クリスタルを召喚術師にしようかと悩んだが、それは些か都合が良すぎると思い断念した。
「というわけだ。冒険者としての活躍は俺とクリスタル、アカボシで行う。残りの三人はまあ、俺の従者か弟子か奴隷か親戚か……とりあえず好きなのを演じていろ」
「従者だな、セカイ様」
「弟子です、お師匠さまっ」
「……親戚。おじ、とうさま」
おじとうさまって何者だよ、まだ禿ねえよ。
実は奴隷が一番言い訳として都合が良かったのだが、眷属にも好みや矜持があるのだろう。
メアが親戚扱いでやや不満そうにいるが、メアには人前で父様母様禁止令を出した。
誤って言ったとしても親戚の子だと説明する。
設定も人魔種の先祖返りで成長が遅く、年齢は16歳とした。
それはダンジョン都市でお世話になった五ツ星冒険者のレオニルさんが、人魔種の祖父の影響で、年齢の割に若く寿命も人間種としては長いと聞いたからだ。
「あと遠征組以外でも、もしダンジョンの外へと出てみたいと希望するものは、しっかりと見ているように」
『はーい』
返事をしたのが使用人のレヴンとマカリー姉妹の妹アップフローラの二人だけだった。
この二人なら、問題はないだろう。
多分メラニーも気持ち的には外へ行ってみたいのだけど、臆病な性格から外の世界が必要以上に恐ろしく思っているのだろう。
「各々ダンジョンでの仕事は、敵ダンジョンを発見するまで普段通り行うように。それではこれより俺はアカボシを連れて外へ出る。————解散っ!」
解散の号令を聞いて、眷属らはぞろぞろと持ち場へと離れる。
あとに残るのが、俺とクリスタルとアカボシだけである。
ダンジョンにいるクリスタルは呼べば姿を表すので、眷属も焦る様子はない。
「それじゃあクリスタル、開けてくれ」
「承知しました。————《アクセス》」
クリスタルの手にかかれば、転移門が設置されている階層の入口と出口以外に、もう一つ好きな場所に繋がる転移門を召喚できる。
俺はアカボシと共にマナーの中に召喚された転移門を潜る。
するとダンジョンにはない、乾いた風と肌を刺すような寒気に一瞬で包まれる。
引きこもっては味わえない、これが外の世界の空気である。
「お待ちしておりました、セカイ様。見てください、これがユガキル山脈です」
「うっわぁあー」
思わず幼い少年のような声を漏らす。
しかしその声には歓喜と感嘆の意味が混っていた。
その山脈の前面には緩やかな傾斜の茶色い山肌、適所に並ぶ緑の森林、そしてパウダーのように薄く化粧された白い雪で装飾されていた。
しかし、これでは普通の山である。
圧巻したのはその背後にある、全身が氷と雪で埋め尽くされた青白い尖峰が立ち誇っていたのだ。
その更に奥にも、遠すぎてよく見えないが雲のかかった山々もある。
見るだけならば美しい風景なのだが、登るとなれば別の話である。
「ねぇクリスタルさん、俺にどうしてこの山に登るのか聞いてくれる?」
「はぁ、突然なにを言われて……セカイ様はどのような理由で、あの山脈を目指すのですか?」
「そこにダンジョンがあるからだ!ハッハッハッハー」
「グォン?」
「そっとしておいてあげましょう……」
などと冗談を言わないと、こちらはやっていられない気がしたのだ。
もしこの山脈にダンジョンがなかったら、恩人だろうと構わずレオニルさんを見つけてぶん殴ってやる。
それほどこのユガキル山脈の後方は、高く険しい岩だらけの峻岳が存在していた。
山脈と聞いて前々から覚悟をしていたが、この中でダンジョンを探すだけで並々ならぬ苦労がありそうである。
人型移動式ダンジョン"クリスタル"
DP:65,552




