5話 説明と初ダンジョン
朝早くから試験の時間に余裕を持って二人で準備する。
俺は昨日買った水や食料などダンジョンに必要とされるものをあらかたリュックに入れ、それを担いで腰に剣を装備している恰好だ。
クリスタルの方は昨日と違って女性用のゆったりした衣装に、急所を守る革の鎧とマントで身を包み、腕は肘まで届く白いグローブを装着し、同じく腰に剣を装備している。もちろん下着もちゃんとしている。
クリスタルの身体は普段傷つくことはない。肌をさらけ出し、普通の人間なら外傷になる攻撃をうけ、もしも傷一つなければ不審に思われる。だからクリスタルにはできるだけ肌を隠すような恰好をしている。
さすがにあのぼろいローブは着させなかったが、クリスタルは今も大事に保管しているらしい。
約束した時間の一時間前に冒険者ギルドの建物の中入り、それまでにダンジョンの特徴や出てくる魔物について予習を終えていた。
そしてちょうど約束の時間の9時になると受付から声がかかる。
「おはようございます、シィルススさん。」
俺とクリスタルで、それぞれカウンターにいるシィルススさんに挨拶する。今日も朝から素敵な笑顔で冒険者を迎えていた。
「おはようございます。セカイさまに、クリスタルさま。体調が優れているようで何よりです。今日の試験は頑張ってくださいね。これから試験官の方と面会してもらいますので、二階の第二会議室でお待ちください。」
「分かりました。それと俺たちに様なんて似合いませんよ。もっと気軽に接してください」
「それではセカイくんと呼ばせてもらうわね。クリスタルさんの方もそれで?」
「それで構いません」
そうしてシィルススさんと別れ、二階の第二会議室へと向かう。クリスタルは後ろで私はともかくセカイ様は似合っております、と呟いているが肌寒いので無視する。
冒険者ギルドウェンバロン支部の建物は、一階には受付や換金所、冒険者が好きな依頼を選択するための依頼ボード、冒険者が待ち合わせするための軽食屋、依頼者と面会するための小部屋などがある。
二階は会議室が2つに、ギルド職員の仮眠室。魔物や冒険者の情報が保管されている資料室がある。
三階には、ギルド職員または許可された者しか立ち入りが許されない。主に重役の人が来た時の応接間やギルド長の私室がある。
そして第二会議室で待つこと数分。会議室の扉が開く。
入ってきたのは、三十を過ぎた頃の顔だろうか、野暮に伸びる茶色の髪と髭に、清潔感は全く感じられないが、それが逆に気軽に近づける雰囲気を匂う男だった。
「よう!俺が今日お前らの試験を請け負うことになった。ランク五ツ星の魔術師ヴィルゼス=レオニルだ。セカイとクリスタルだったな。二人とも気軽にレオニルさんとでも呼んでくれ!」
見たままの通り気前のいい雰囲気を持つ男だった。
近づいてきては握手を求めてきたので応じる。
「お願いします、レオニルさんっ!」
「よろしくお願い致します、レオニルさん」
「昨日は、見てたぜ。あのシィルススを泣かせる姿をな、ハッ」
腰に手を回し、真剣な面持ちでレオニルは言った。
突然のレオニルの様子に俺は思わず緊張が走る。
あれを見ていたのか、昨日のことで何か説教でもするのだろうか。
確かに女性を泣かすのは冒険者としても非常に良くない。彼は野暮ったいけど、道理に生き正義感でいっぱいの男なのだろうか。これもきっと俺たちのことを思っての説教なのか。だったら話せばちゃんと誤解も解ける。ちなみにシィルススさんは泣いてない。
「いや、あれは、ちょっと、色々と誤解がありまして……」
「あれは良かったぜ!美人の涙は好物だからな、わっはっはー」
前言撤回、ただのクズだった。
冒険者ギルドから外へ出て、三人はダンジョンへ向かう。
てっきり、第二会議室で冒険者のいろはを教わると思っていたけど、ただ待ち合わせ場所に選んだだけである。説明に関しては道中行う、またはダンジョン内で戦闘を交えながら教える。それが彼のやり方だそうだ。
「まず初めに教えておく。冒険者にはランクがあって、新人の一ツ星から最上位の七ツ星までだ。そして魔物にも同様ランクがあり、相手をするときの適正な指数を示してる。ざっくり言うとだな……」
彼の説明によれば、魔物には順に、下級、中級、上級、天災級、魔王級、魔帝級、魔神級が存在しており。二ツ星までは下級、三ツ星からは中級、五ツ星からは上級、そして六ツ星以上だと、天災級を相手にすることがあるそうだ。
そう聞くとこのおっさんのランクは五ツ星であるため、かなりの実力者ということになる。
ちなみに、ダンジョンマスター単体は最低でも天災級の実力者であり、冒険者はそこへ辿り着くまでにも、配下の魔物と相手をしなければいけないため、非常に困難を極めるそうだ。
俺はダンジョンマスターだけど、初めの強化のDPを全てクリスタルにぶち込んだため、上級魔物程度の実力らしいとクリスタルに耳打ちされた。
「無論、ランクは基本的にパーティーで挑むときに適応され、五ツ星だからって、一人で上級魔物を相手できるわけではない。過信して一人で魔物に挑み死んでいった馬鹿も大勢いる。とくに低ランク星の若い奴らだ」
そういって俺たちに釘を刺してくれる。
「俺たちは魔物ほど、優れた爪や牙や硬い皮膚、魔法との親和性はねぇ……だが代わりに、道具を扱う身体と、仲間と連携する精神、そして後世に情報を繋ぐ頭脳があることを忘れてはいけない」
しんみりとした雰囲気に、彼は今まで多くの経験をしてきたことが伺える。
さっきまで下衆なこと言っていた人物とはまるで別人だ。公私を使い分ける立派な仕事人の姿が彼の本質なのだろう。
「ま、基本的なことはこれで全部だ。ついたぜ、およそ50年前何もない村の外れに突如ダンジョンが発生し、以来ダンジョンを中心に都市へと発展してきた、この都市の顔ともいえる。ダンジョン『冥途の館』だ!」
見てみると五階建ての高さに、たくさんある窓の一つも開いておらず、人が生活する雰囲気がまったく感じられない寂れた豪邸があった。
高い塀が屋敷を囲み、館に比べ質素で古びた黒い鉄格子の門扉が不気味に出迎えていた。
門扉の傍には詰所があり、常在している街の衛士が二人、ダンジョンに入る人間を監視している。
ダンジョン都市にあるダンジョンは、冒険者などの資格のある人間しか立ち入ることができない、国により安全にダンジョンが管理され、街がダンジョンの回りに繁栄している都市のことをダンジョン都市と呼ぶらしい。
レオニルはんは衛士の一人に気さくな様子で近づき、懐から冒険者の身分を表すカードを見せる。
「よう、こいつらが昨日送った文書にあった受験者だ。これから試験するから立ち入りさせてもらうぜ」
「五ツ星冒険者のヴィルゼス=レオニルで間違いないな。五ツ星冒険者とあろうお方が毎度の新人教育に感謝する」
「んなぁことはいいんだよ、こっちは好きでやってんだから。それにお前も毎度礼言って生真面目だな。ほんじゃ、行ってくるわ」
レオニルと俺たちは堅苦しい手続きもなしに、ほぼ顔パスで門扉を通過する。
冒険者の試験官は、普段は中級まで相手するランク三ツ星や四ツ星の者に依頼が来るそうだ。しかし彼はランク五ツ星。
試験は下級の魔物の討伐やサバイバルの適正を判断するためのものだから、ときに上級まで相手する実力を持つ彼は適任とはいえない、いやむしろ過剰ともいえる戦力だ。
それに、この試験は受験者のお守りも入っており、冒険者ギルドのボランティアのような者だ。そのため面倒で実入りの少ない不人気な仕事だ。
いったいこれほどまでの実力者が、どうして冒険者の試験官を務めているのだろうか。
「さって、この館の扉を開ければそこはダンジョンだ。見た目と違って広いからきっと驚くぞ。二人とも準備はいいな?」
「大丈夫です、いつでも行けます!」
「私も問題ありません」
「よし!そんじゃ、試験開始といくか。俺がいるからってお前ら気を抜くなよ!」
木製で凝った装飾をされた扉を開けると、目の前に広がるのは屋敷の中とはとても思えない。
広大な墓地だった。
まるで別空間に放り込まれたように、室内だというのに月の明かりが差し込み、墓地の気温は肌寒く、周囲には蝙蝠までも飛んでいる。さっきまでといた場所とは全く違う環境に驚きを隠せない。。
冒険者ギルドで得た情報と、実際に自分の肌で感じた情報は比べるまでもなく、初めてのダンジョンに感動する。
「これがダンジョンか……」
「ええ、ダンジョンですね」
早く自分のダンジョンを作ってみたい。ダンジョンマスターの精神がそうせがんでいる気がした。
それはダンジョンのクリスタルもそう思っているのだろう。
「今からお前たち二人にこの階層にいる。スケルトンを数体探し、討伐してもらう。俺は後ろで控えているから、自分達が思うように行動しろ!」
剣を抜いて俺、クリスタルの順に並び墓地を散策する。
歩くこと1分で、墓石にたむろする全身人間の骨をしたスケルトン3体を見つけた。
指で俺は2体とクリスタルに合図する。
クリスタルも首を振ることで了承し、俺のサポートに徹するつもりだ。
生者の気配を感じとったスケルトンはすかさず二人の方へと走り出す。
先頭を走るスケルトンと俺が対峙する。
スケルトンが振る古い剣に動揺することなく軽くいなし、スケルトンの首と胴を分断する。
続く二体目の攻撃を、今度はクリスタルが剣で受け止めて俺を守る。
クリスタルに二体目を任し、俺は三体目の相手をする。
一体目と同様、三体目を倒したころには、クリスタルの方の戦闘も終わっていた。
◇◆
二人はレオニルがいる手前本気を出すことはなかった。
しかしレオニルの目には、二人の実力がまだ底知れぬ力があるものだとみることができた。
あまりに冷静に対処できすぎている。それに二人の息の合ったコンビネーションは、長年共に魔物討伐をしてきた相棒のようだ。
たまに冒険者試験を受けに来る人間には、圧倒的なセンスを持ち合わす者がいる。
レオニルもこの二人からはその気配を感じ取ることができた。いや、今まで見た受験者の中では最も、この二人が優れていたと感じさせられた。
(これは早く試験が終わるかもしれないぞ)
レオニルの中では既に、明日の晩飯を考えてしまっていた。
◇◆
「見事だ二人とも、倒した魔物の中には魔石を持つものがいる。これは金になるから回収するんだぞ」
そういってレオニルさんはスケルトンの頭蓋骨の中から、小石ほどの魔石を取り出し俺に渡す。
スケルトンから回収した魔石を三つ、腰に巻いているポーチに入れる。
「お前たちは何度か魔物を討伐したことはあるのか?」
「この街へ来る途中に何度かゴブリンやコボルトを数体討伐したことがある程度で、経験はそれほどないです」
「それにしては、戦闘に慣れている様子だったが?」
「俺たちはガズルの町出身なんです。魔物こそ相手はしませんでしたが、そこそこの血は見てきました」
「なるほど、納得した。まだ若いのに苦労してきたんだな。詫びに合格したら祝いに飯でもおごってやるよ」
「あはははは……」
それからレオニルさんは予定を早めると伝え、第一階層の転移門のところまで向かうことになった。
俺たちは襲ってくるスケルトンやゾンビの相手を軽くしながら、転移門のところまで着く。
「この門を潜れば次は第二階層だ。試験はこの階層までだが、このダンジョンは三階層ごとに性質を変える。1階層から3階層は墓地。4階層から6階層は豪邸ルーム、7階層から9階層は沼地の樹海、そして10階層から12階層は、おそらく森林だ」
「おそらく?」
「あぁ、その森林はえげつなくてな。森が瘴気を溜め込み、幻に毒や酸の霧が発生して人ではとても相性の悪い階層なんだよ。昔、六ツ星パーティーが9階層を超え、11階層まで行ったらしいのだが、割に合わないとして撤退したらしい」
「ほほう……毒か、なるほどなるほど参考になるな」
「ん?何言ってんだ?まぁそれから誰も樹海を超えることはなくなったのさ。ましては13階層以降の新しいエリアがあるらしいとも推測されている。二人はそれがなぜだか分かるか?」
レオニルさんの質問に、これまで与えられた情報とこの目で見てきたダンジョンの情報を合わせて推理する。
三階層ごとに変化するエリア……それが全部で五つあるらしい?
「…………」
「この館が五階建てだからですか?」
「正解だ嬢ちゃん。つまり、疲弊した状況でそれよりタチの悪いエリアを相手しなければならないと、誰もが思うわけさ。そんなの人間の体力の限界をとっくに超えている」
クリスタルに先を越された。悔しい思いもあるがしかし、クリスタルが人との交流をちゃんと取れることに安堵する。
基本的には俺が主導して会話を繰り広げているため、中々クリスタルが会話に参加する機会がないのだ。
「よし、そんじゃ小休憩も終わったし、二階層へと出向くか」
そうして三人で転移門をくぐる。
というか、あれは小休憩だったんだ。
俺たちはまだ知らない、そこに待ち受けている絶望のことを。




