46話 月下に舞う
人間社会において希少のため高価で取引される魔物でも、魔物召喚では低いDPで召喚できる魔物がいる。
それはDPの判定が、魔物の持つ資質や強さに比例するからだ。
弱くて進化の望みの薄い魔物は非常に安い。
無論人間社会と隔離されたダンジョンマスターが、そんな魔物をわざわざ召喚することはないだろう。
「虚像胡蝶を召喚するぞ」
ファントムバタフライとはフェルホック湿地帯で見つけた希少とされる蝶だ。
湿地帯では二匹を捕まえていたので、一匹を冒険者ギルドに、もう一匹をダンジョンで消化して召喚図鑑に加えていた。
そしてこいつ一匹でなんと150,000エンスと、あの時手に入れた報酬の半分以上を占めていた。
今はもう真夜中、クリスタルと二人だけで始まりの部屋にいる。
眷属にお菓子を食べさせたのも昼のことで、眷属は各々の仕事に精を出している。
こちらも予定していた眷属を全て無事に召喚できたので、残す仕事もあと一つだけである。
「農園の次は、昆虫館ですか?」
「違うわ!」
誰がダンジョンでテーマパークを作る気なんだよ。
クリスタルは俺をそんな風に見ていたのかな……でも少し興味を出た自分が悔しい、カブトムシの魔物とか探そうかな。
しかし脱線した話を戻すために、一度咳払いをする。
この話はテーマパークなど浮付いた話ではなく、非常に深刻な内容なのだ。
「ごほん、召喚限界を調査する」
「それはまさか…………」
察しのいいクリスタルがすぐに顔色を青ざめる。
伝わる無言の圧力から、痛いほどクリスタルの想いが伝わる。
しかし上に立つものとして、時に非情となることもある。
「この手で眷属を殺す」
どういう訳か、魔物召喚の魔物にはそれぞれ召喚限界があり、同じ魔物を何体も召喚できない。
できるのならば既に上級アルラウネやミ=ゴウ、モンスターハウスにリビングウェポンなどを召喚している。
更にこのダンジョンでは眷属が死ぬことがなかった。
そもそも戦闘がないのだ。
だから魔物が死ぬと、召喚限界がちゃんと元の数字に復活するのかしないのかを試してみる必要があった。
「それはあまりにも危険であります!」
当然だがクリスタルは声高に反対する。
殺すために生む。
ダンジョンマスターが行うそれは家畜のそれと大きく意味が異なる。
それは魔物召喚する以上、魔物にはダンジョンを守る意思があるからだ。
クリスタルはそのため、俺の精神が魔神の影響から耐えられるかどうか不安なのだろう。
「しかし、召喚限界について知っておかないとこれからの作戦や緊急時の対処に響く。残酷な言い方だが、種として替えの利く、利かないは俺たちだけでも知っておかないとならない業だ」
眷属を平等に愛するつもりだが、命の重さは決して平等ではない。
それは眷属たちも察している。
そのためか眷属の中でも俺とクリスタルを同列に扱う者もいる。
また上級幹部の眷属は、自身の主を他の幹部よりも優先する。
またクリスタルは俺以上に眷属に愛情を注いでいる。
気持ちとして辛いのはクリスタルの方である。
いくらクリスタルが反対しようが止めるつもりもない。
「これはダンジョンである私が至らない故の不手際です。ですからどうか私の手でやらせてください!」
「馬鹿か、そんなかっこ悪いこと俺にさせるな。それにほら、こっちはもう準備もできている」
クリスタルに文字を綴った紙を渡す。
ここ数日の勉強で、なんとか書けた文字だ。
ダンジョンのクリスタルも、マナーの俺の部屋だけはプライベートの空間として監視しないので、こっそり書いたのだ。
こんな短時間で文字も書けるとは中々俺は優秀かもしれない。
そしてその文字には
一に、蝶は一匹ずつ召喚して殺す。
二に、異変を感じたら無理矢理にでも止めろ。
三に、目標は十匹までとする。
と書いた。
口頭ではなく、指示書を出してまで伝えることで、これが既定路線でこちらの覚悟もしっかりと伝わる。
絶対にクリスタルがやるというのも、分かっていたので頑なに意思を示すことで控えさせる。
「……分かりました。ですがこちらも条件がございます」
「それを拒否すれば?」
「泣きます」
「クリスタルは泣けるのか?」
「頑張ります」
「おいおい」
女の涙とは強かになったなクリスタルさん。
ま、泣くというのも比喩的な表現で、哀しむくらいのものだろう。
「それとですが、単語ミスが五点、文法ミスが二点もあります」
「調子乗っててすみません!」
「いえ、何事も実戦あるのみです」
クリスタルの冗談と間違い指摘で静まり返った空気も大分明るくなる。
「それで条件は?」
「召喚時になさる眷属の契りを解除してもらいます」
「普通の魔物として召喚すればいいのか?」
「はい、殺す以上は眷属の必要もございません。召喚限界の確認ならばそちらでも大丈夫なはずです」
確かに眷属で召喚するのは気が早かったな。
今まで召喚した魔物を全て、眷属としていたため意識もしていなかった。
俺は主としてまだまだだな。
目的も眷属を殺した時の心的影響ではなく、召喚限界の確認だ。
「分かった」
「深謝申し上げます」
いよいよクリスタルが納得のいく許可も頂けたので、ファントムバタフライを召喚する。
ファントムバタフライの召喚費用は3DPで召喚限界が60匹だ。
値段にしてゴブリンの三倍以上もコストが安くて、ゴブリンの千倍以上の価値だ。
この召喚限界の実験が成功すれば、思わぬ金の工面にもある。
「それでは開始する————『魔物召喚・虚像胡蝶!』」
玉座に座りながら、意識をしたのはただの蝶。
もしクリスタルの影響で、人化した蝶々なんぞ出たら大変だ。
すると色の無いただの白い光からは、ひらひらと舞うファントムバタフライが召喚された。
ファントムバタフライは開長60mmと蝶としてもやや大きいくらいである。
特徴は無色透明の体に、魔法で光を屈折するため、視覚で捉えることはできない。
しかし生命活動を終えると、体が固まり、青く透明な硝子細工のようへと姿を変える。
その姿は目で捉えることも可能であり、個体によって変わる翅の模様や青色の透明度が、装飾品として非常に人々の間で人気がある。
冒険者ギルドでは150,000エンスであったも、地域の違いや商人ギルドに売ることで儲けは更に期待できる。
「すまない。ダンジョンの糧となってくれ」
旋風探知により姿は見えずとも、捉えることはできる。
そしてファントムバタフライを風で包みそっと殺した。
ドクン
「お身体は大丈夫でしょうか?」
「ああ、なんともない。もう一匹も召喚するぞ」
「待ってください、先ずは召喚限界の確————」
クリスタルが何か言っているが、気にせず一匹目を床へと置き、更に二匹目を召喚する。
生み出された二匹目も同じ手口で殺す。
蝶の儚い命が、美しい硝子細工へと進化する。
ドクン ドクン
もっと見てみたい、もっと違う模様を見てみたい。
次はより大きな蝶を殺してみようか。
「————さま、————ま!」
「うん?俺は大丈夫だよ」
クリスタルが喧しいが、返事をすると大人しくなってくれた。
これで気分よく蝶を殺せる。
すると三匹目は先ほどよりも、開長10mmも大きい立派な蝶が召喚された。
そして蝶は召喚されて二秒も経たずに命を終える。
ドクン ドクン ドクン
大きな蝶を殺した次は、まとめて殺すことにしよう。
質の次は数だ。
五匹いっぺんに召喚してみる。
「————!?」
一匹一匹殺すのは可哀想なので、五匹仲良く殺してあげる。
しかし五匹全てを優しく殺すのは難しくて、間違えて一匹は粉々にしてしまった。
ドクン ドクン ドクン ドクン
悔しいな、風の扱いにはかなり自信があったはずだ。
次は失敗してもいいように、まとめて二十匹を召喚しようか。
これだけいれば、十分に練習になる。失敗しても代えはいくらでも作れる。
「魔物召喚!ファントムバタ————ッ??」
すると視界が突然暗くなる。
どうやらクリスタルに頭を抱きかかえられているらしい。
胸のダンジョンコアと思える物が察知できる。
しかし今はレーダーの邪魔でしかない。
「邪魔だ!何もできないだろがッ!」
「落ち着いて下さい!目的は果たせました、後はセカイ様が冷静になるだけですっ!!」
冷静?こいつは何を言っている。
するとダンジョンコアが黄金色に輝いた。
眩っ!?
瞼を閉じても光を遮ることはできず、脳裏を焼きつける。
しかし不思議と光を受けても嫌気を感じなかった。
光を受けること数十秒、俺は正気を取り戻した。
DPで殺すために魔物を召喚するのはやはりタブーなんだな。
「悪い、クリスタル。本当にもう大丈夫だ」
「本当に本当に本当にですか?」
「本当です。心配をかけてごめんなさい」
「……よかったです」
クリスタルに頭を抱きかかえられた状態から解除してもらう。
光のせいで目がまだぼやけてよく見えない。
そのためクリスタルがどんな顔をしていたのか分からず終いだった。
◇◆◇◆◇◆
辺りは高い木々が立ち並び、夜行性の魔物や動物の気配が止まない深い森の中。
移動中のクリスタルにお願いをして、森へと入ってもらったのだ。
その目的はファントムバタフライを自由にする、である。
「最後まで勝手ですまない。だがダンジョンにいるよりはずっと増しなはずだ」
クリスタルの外の映像を見ながら、室内にいるファントムバタフライに深い謝罪をする。
あの後、召喚限界は魔物が死ぬとリセットされることが分かった。
そして生き残りの十八匹の蝶を森に放つことにした。
二匹少ないのはクリスタルに召喚を途中で打ち切られたからだ。
召喚に失敗するとDPだけ失うこともついでに知った。
森に放っても弱小なファントムバタフライ数匹では生態系を変にすることはない。
そもそもこの世界に、生態系や環境保護の概念もまだ薄い。
無責任なことにダンジョンで面倒をみるほどの手間も環境を揃えることができなかった。
「クリスタル、やってくれ」
「承知しました————《アクセス》」
ファントムバタフライは転移門の外へと一斉に飛び立った。
これで何かと重圧から解放された気がした。
魔神の影響で暴走して、無責任に生命を作ったこと。
これは戒めとして、決して忘れることはないだろう。
ダンジョンマスターの能力は使い方を間違ってはいけない。
「俺も外へ出る」
ダンジョンを出ると、いつものクリスタルが出迎えてくれた。
「迷惑をかけたな」
「いえ、これは必要なことでした。しかしセカイ様がどうして外へ?」
「ま、エゴだ。できる限り最後まで見送りたかった。それと————飛行」
「え、あっ、ひゃ!?」
クリスタルを風属性魔法で空中に浮かして、そのままローブの触手で彼女を抱えて、夜空に浮かぶ半月を目指して飛行した。
これは湿地帯で見せた浮遊ではない、完全な飛行である。
「これで移動のロスした分を取り戻すことができる」
「飛べるようになられたのですね!」
「つっても人を運べるほどの安定性は最近習得したんだけどな」
実は天災級に成長してから、魔力が尽きる限りは自在に飛行できるようになった。
魔物災害のミラージュレイヴンの時も、それでヤツの所まで目指そうと思っていたが、急遽雷属性魔法の練習台になってもらったのだ。
森が小さく見える高さまで飛び、見下ろす形で空中に静止をした。
その時に触手を解いて、クリスタルの腰を片腕でしっかりと抱きしめる。
例えクリスタルならこの高さから墜落しても大丈夫そうだが、一応に触手を安全綱のように足首に巻く。
同時にレーダーを使って移動する蝶の群を先程から観察している。
「これから本格的な冬が来る。上手く冬越しをできればいいな」
「大丈夫ですよ。姿は変わっておりませんが、これでも私の影響を受けた魔物です。普通の個体よりもはるかに知能も高いはずです」
「助かるよ」
事実はどうあれ、そう言って励ましてもらえるだけ十分に気持ちを切り替えることができた。
そのためか、かねてより疑問に思っていたことを聞く。
今がその絶好のタイミングな気がしたからだ。
「ダンジョンを攻略した日からもう一週間以上は経ったが、髪が元に戻る感じはあるか?これは先に言っておくが、今のままでも俺は十分似合っていると思っているからな」
白藍色の長い髪はもうなく、今は肩に触れない程度の短い髪をしている。
クリスタルは呪剣の影響で、髪を切ることになったのだ。
レオニルさんの神聖魔法でできる限りの浄化を済ませたため、後は経過観察を見るだけだった。
「ありがとうございます。私はダンジョンですから髪くらいは元に戻ります」
「……よかった。しかしダンジョンにどう関係があるのかよ?」
「冥途の館のダンジョンコアを吸収したことで、私も天災級ダンジョンへと進化することができました」
「前より硬くなったらしいな。他にも成長した所があるのだろう?」
それらはクリスタルの体を傷つけられる魔物が出ない以上、確かめることはできない。
「はい、他にもダンジョンの自動修復機能も強化することができました」
「それで呪は大丈夫なのか?」
「呪を完全に払うことはできません。しかし効果を抑制することはできました。数年もすれば長い髪に戻りますので、そこは人と同じ期間で考えればよいでしょう」
「するとしばらくはその状態だな。人と同じか」
「そうです。この際イメージチェンジだと受け入れました」
尤もこれからクリスタルが別のダンジョンコアを吸収することで、呪の効果も払えるかもしれない。
それに大切なのは今が幸せであることだ。
彼女の中で、呪を受け入れることができたのなら、それ以上心配するのは失礼にあたる。
そのため、この話題はこれで終了にする。
「蝶も見送れたことだ、ここから空の旅と行こう」
「抱かれている身としては不安なので、あまり速く飛ばないでくださいね」
日頃からクリスタルにはダンジョンでの生産、召喚、整理、維持、眷属の世話、そして移動とかなり苦労を掛けている。
それだけやってよく頭がパンクしないのだと感心する。
だからお礼に、一番にこの飛行の魔法を見てほしかった。
「残り魔力で五分だ。それくらいは耐えられるだろう。どうせだから最速を味わってもらう」
「え?わ、私の話をお聞きくだ————きゃああああああ」
夜空にクリスタルの声が木魂した。
彼女の慌てふためく様子は珍しい。
なのでつい調子に乗って悪戯をしてしまうのもしょうがない。
という訳で今の気分はウリィだ、オイラは悪くない。
しかしその後の地上に降りたクリスタルから長い説教を食らう破目になったのも忘れはしない。
人型移動式ダンジョン"クリスタル"
DP:65,685
一階層 墓地エリア(アカリヤ、ティラノ、ウリィ)
二階層 迷宮エリア(メアメント、バルセィーム)
三階層 リンネル農園(リンネル、グレイファウナ、アップフローラ)
四階層 居住区(アカボシ、ミ=ゴウ、マナー、レヴン、メラニー、メイ)
五階層 始まりの部屋(セカイ、クリスタルとローサ&リリウム)
ダンジョンの進歩状況は三章の始まりで説明したいと思っています。
そして次章はバトルメインのダンジョン攻略ですが、先ずは閑話です<(_ _)>




