32話 家を建てよう
あれからリンネル農園を日が変わる一日ほどの間手伝った。
おかげでダンジョンの全てを耕すことはできずとも、その一角で巨大豆の木や弾丸瓜や悪魔人参などの魔植物。ついでに一般的な野菜であるジャガイモやキャベツとされるものを植えた。
リンネル監修の下で俺は風属性魔法で窒素を混入したり鍬以上に地面を掘り返して道を作った。対してクリスタルは水を貯水するための灌漑設備の構築を行った。
だが土木工学の専門家でもないため至急に次なる魔物召喚の必要も感じていた。
しかし汗を流し、魔力を消費し、一から土を耕し生命の土台を創造することは、心地よい達成感を味わうことができ、心のリフレッシュにもなった。
ファーマーとは命を紡ぐ者、それ即ちダンジョンマスターではないか。
アイドルだってファーマーになるご時世だ、ダンジョンマスターが畑に従事するダンジョンと耕すセカイなんてのも悪くない。
「家を建てるのですか?」
そして畑の次は家。つもり眷属のための住居だ。
現在最下層の始まりの部屋にて審議中である。
「まあ、このダンジョンは特殊だからな。家を建てる余裕くらいはあるだろう」
「ですがダンジョンの防衛能力も下がります。それでもよいのでしょうか?」
家建てるくらいなら鉄壁の要塞にでもしろ。
とも聞こえるがクリスタルの意見は尤もである。
俺達の目的は魔物の頂点に位置する魔神級になることだ。神を目指すのなら、その過程でこの世界と敵対する可能性だって大いにある。
またダンジョンの機能としても侵攻に万全の対策をしておく必要もあるのに、その前に家を建てようなんて宣っているのだ。
しかしこの世の中、味方を作るより敵を作る方が断然生きにくい。
敵が敵ならばできる限りの敵対行動を避け、上手く友好的な態度を示す必要があると考えている。その方法としてダンジョンの中へと招待し、御持て成しをするなんてのも計画の一環にある。
そのために形なりにも一階層を町へと発展させるつもりだ。
敵対する者を片っ端からやっつけるのではなく、もっと先を見据えて計画的に運営をしていかなければいずれ積むと考えている。
「今はダンジョンの防衛能力をアカボシやバルに任せて、リンネルを始めとしたダンジョンを支える魔物を召喚していこうと思っている」
俺では竪穴式住居ぐらいしか作れる自信はない。
家を作ると眷属に期待させた手前、それではボコられそうだ。
そのため魔物召喚の手を借りることにする。
「畏まりました。でしたら早速建築にうってつけの魔物をリストアップします」
「そこは任せるよ」
クリスタルの能力のお陰で魔物が人のようになる可能性があると分かった。
人の特徴とはダンジョンマスターに匹敵するほどの創造力や社会形態を持っていることだと思う。
それは人ほど高度な文明社会を築いている魔物があまり聞いたこともないからだ。
個では弱いが、群では最大の能力を発揮するのが人である。
それをクリスタルの能力によって魔物で再現できるかもしれない。
いや俺は、それ以上に個でも群でも強い、最強の魔物軍団ができ上がることを密かに期待している。
「お待たせしました、ご覧になってください。中々に良いものができたと思います」
「ぅん?」
クリスタルの言い方に何か引っかかる。
しかし見れば分かるので、早速召喚目録を心の中で念じてみる。
するとクリスタルの手によって整理された魔物は
【メインズ】悪魔
召喚可能階級:下級
必要DP:100~300
備考:下っ端のデーモン。一応悪魔なので能力は低いですが知能は高い。
【ホブゴブリン】妖精種
召喚可能階級:下級~中級
必要DP:100~1000
備考:知能も高く、友好的な性格のゴブリン。雑事を任せるのもいい。
【キラーアント】昆虫種
召喚可能階級:下級~中級
必要DP:100~1000
備考:蟻ですので馬車馬の如くせっせと働きます。また魔物でもあるので7割もさぼらせません。他に人化の影響がどこまで出るのかを試してみるのも悪くはありませんね。
【ミ=ゴウ】植物種
召喚可能階級:中級
必要DP:500~1000
備考:異形の姿を持つ魔物ですが、工学と生物学に造詣が深いとされる私のおススメです☆
【モンスターハウス】アンデッド
召喚可能階級:中級~上級
必要DP:1000~5000
備考:モンスターツリーの亜種であり家の姿をした魔物。一層そこに住んでみるのも悪くなくお手軽です。
【リッチ】アンデッド
召喚可能階級:上級
必要DP:3000~5000
備考:リッチの生前は僧侶や魔導士とされ最高位の幽霊であるため博識である。しかしゴーストなので物理接触は不可。
「な、な、なんだこれ……?」
召喚目録に書かれた魔物があまりにも想定外で開いた口が塞がらない。
メインズ、ホブゴブリン、ミ=ゴウ、キラーアントのどれも見たことのない魔物だ。
椅子に預ける背に冷や汗が流れ、脇に控えるクリスタルへと懸念していることを聞く。
「何で俺の知らない魔物もいるんだ?」
「私たちの保持する魔物の情報を統合し解析してみた結果、新たに召喚可能な魔物を発見できました」
クリスタルの魔物召喚が可能な魔物は実際に狩って吸収した魔物か、他のダンジョンコアから情報を読み取った魔物だけだ。
そのため冥途の館のダンジョンコアからは今までにダンジョンに存在した魔物しか召喚はできない。
他にも自力が天災級以上な魔物や、召喚条件に当てはまらない魔物は召喚できない。
……はずだったが話を聞くと、なんとクリスタルは膨大の魔物情報から、特徴だけを読み取り断片を繋ぎ合わせることで再構築を果たし召喚可能の魔物を強引に増やしたそうだ。
こんなことはダンジョンマスターには決してできない。
クリスタルがダンジョンだからこそできた裏技だ。
「流石だよクリスタル……何か欲しいものとかある?」
「よろしければ私に何か武器を作って下さい」
「分かった。クリスタルでも使える魔法道具を与えると約束しよう」
感謝の気持ちとご機嫌取りにと言った台詞だが、彼女は迷うことなく武器を望んだ。
もっとこうふわふわしたものやキラキラしたものでもいいのに、彼女の強さを求める想いを察してしまった。
武器は言われなくとも与えるつもりだった分、自身の不甲斐なさが悔しかった。
「それで建設にどのような魔物を召喚致しますか?」
思わず頭の中で魔力のいらない魔法道具を構想していて魔物召喚のことは脱線してしまっていた。
一度頭の隅へと置いて、クリスタルに言われたようにどの魔物が最適かを考える。
しかし答えは簡単に出た。なんと言ってもクリスタルのお勧めだ。
「やはりミ=ゴウが一番無難か?」
「そう思います。ミ=ゴウほど換えの効かない魔物はそういないかと」
クリスタルに了承して魔物召喚の準備に取り掛かる。
工学や生物学に造詣が深いとは一体どんな魔物だろうか。異形ということなので人化の影響は出ないと思う。
有能だったら家の他にリンネルの農園にも手伝ってもらおうかな、同じ植物種だし大丈夫だろう。
俺は王座に立ち上がりダンジョンコアに限界の1000DPを送る。
ミ=ゴウ、ミ=ゴウ、ミ=ゴウ。
召喚に望む事をシンプルにする。
ただモノ作りの上手い奴よ来て……くれ。
『魔物召喚・ミ=ゴウ!』
すると茶色の魔法陣からは体長2mほどの異形の姿をしたモンスターが現れる。
『!#%じゅTJ2%’XW!K((EQ$%%+*?WA!』
生憎なんと言ってるか分からない。
召喚されたミ=ゴウの姿は紫色の体で、エビの様に複数の脚に鉤爪のような腕もあるが、他にも丸くて細い腕が二本ある。
また頭はまるでザクロのように球体であり目も口も見当たらなく、背中には大きいも歪んだ翅が生えている。
その翅で飛べるのだろうかと疑問に思うほど不気味である。
「俺の名前はセカイで、こっちがクリスタル、よろしくな。お前の名前はミーエくんだ。ミーエくんにはダンジョンに居住区を建設してもらう。その手始めに眷属の家を建ててくれ」
「*#F+JU▼??」
うん、やはり分からん。
クリスタルさん翻訳の方お願いします。
「どのような家がいいかですって。それと一人では辛いだそうです」
「そうか。でも建てられるのは流石だな。この際召喚限界までミ=ゴウを召喚して、他の眷属も集めて話し会おうか……とその前にあのリストの中からもう一体召喚したい魔物がいる」
順調に行く兆しも見えたことで町づくりがだんだんと楽しくなってきた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
あれからミ=ゴウを召喚限界である5体までを召喚し、それぞれミービーくん、ミーシィくん、ミーディくん、ミーイくんと名付けた。
適当?だってどれもまるっきり同じ姿なので安直になってしまったのだ。その代わりに赤青黄緑橙の順にそれぞれの首にスカーフを巻いてあげた。
眷属だからそもそも見分けはつくけどアイデンティティは大事だ。
「それで新たに作った第3階層にミーエくん達が家を建ててくれるぞ!」
『おーー!』
始まりの部屋に集まったアカボシ、バル、リンネルの三人にこれからのことを告げる。
残念ながらアンデッド三人組はいない。
アンデッドにとっては瘴気を溜めるのが仕事であり、また瘴気のある空間を好む。
「セカイ様、俺たち魔物に家など必要ありませんよ? 俺たちは何処へでも休めます!」
「ほう、家があるといずれ本丸の警護なんかもできるぞ」
「その際はぜひこの俺に護らせてくださいっ!」
バルは騎士風に召喚したからこの手に弱く、また守護にはあつらえ向きだ。
しかしダンジョンの、それも下層だから敵はここまで来られないだろうけど。
「それにこれから仲間も増える。居住スペースを確保しておいた方が何かと便利になるだろうよ」
「それでお家はいつ頃に完成するのですか?」
家と言っても単純な構造のものにするつもりだ。
だからと言って今日明日とすぐにはできるはずもない。
道具、材料、区画整理などやる(らせる)ことはいっぱいある。
「そのことを踏まえてこれから話を深めていこうか。お前たちは何か希望はあるか?」
「グオンッ(広い庭)」
「道場を!」
「お花がいっぱい」
「グォ(食堂)」
「堀や城壁を!」
「小川もほしい」
なんて各々意見が出た。
アカボシはこの前まで本当に野生だったのかと疑ってしまうど人間社会に順応しているな。
「それでミーエくん達はどうしたい?」
「W%д2´BW"#!"」
「え、丸い家がいいって?ドーム型?いや、さすがにそれはちょっと……」
「‘*?+L!!!」
「わ、わかった、わかったから。それはお前たちの所だけだぞ」
ミーエくん達ミ=ゴウは、かまくらのようなドーム型の家を強く希望してきたので何とか交渉をして、他の皆の家だけは屋根が円錐の家になるようにと収まった。
「それでどうやって家を建てるのだ?材料や道具は何を揃えればいい?」
するとミーエくんは頭の口とおぼしき穴から奇妙な白い粉と白い鉱石を出してきた。
それは種族特性と土属性魔法による複合魔法だと見て分かった。
俺は出されたその白い粉を指で触る。
「これは石灰か。それにこっちは粘土……?」
「§ΙЁ‘4∴UJ$ψ」
「木材だけは何とかして欲しいだそうです」
「これは凄いな……それくらいはすぐに用意できる」
物質に詳しく土属性魔法を習得していれば自由に石や土の素材を選べるのだろうか。
さすがミ=ゴウだ。工学に優れているのは伊達じゃない。
またその複合魔法はとても便利なので他の利用方法も広がった。
木材を乾燥させる手間を省くためにもDPを使ってトレント製の木材を召喚し、漆喰の壁による真っ白な家を作ることが決まった。
「これで居住区の目途は立ったな」
「そういえばセカイ様はどこで寝泊まりするのですか?」
「ふっ、実はそのためのモンスターハウスを既に召喚していたのだクリスタル!」
「はい、『マナー』は大きくなるのです」
クリスタルは懐からミニチュアの家を出すと地面へと置く。
ミ=ゴウに建ててもらう家に俺の家は含まれていなかった。
それはダンジョンの主が住む家は魔物の家だと最初から決めていたからだ。
全ては浪漫の問題であった。
『ブブブブオオオオオオ!!』
するとモンスターハウスのマナーはクリスタルの声に呼ばれて大きくなる。
マナーの名前はその見た目のままマナーハウスから取り、家の形は二回建ての大正風味の洋館だ。
モンスターハウスは階級ごとに家の大きさも変わるが、ハウスなだけあって中級でも邸宅くらいはある。
そのためか召喚限界が二体までと少ないのが惜しい所である。
因みに冥途の館の墓地エリアで見た教会こそがモンスターハウスであった。
「おお!セカイ様に相応しい立派なお屋敷ですね」
「だろ!イメージするのが大変だったんだぜ」
一階には、トイレ、風呂、台所、広間、執務室などなど。そして二階には各々の個人部屋が6つもある。
正直言って、今のところはかなり持て余している。
「ま、この階層はこれで一段落として。バルたちはダンジョンを攻略するための力は蓄えておけよ」
「ハッ!今はアカボシ殿にこってりと絞られております」
「グオン!」
二人の成長次第で次のダンジョンの作戦も変えるつもりだ。
アカボシの実力は既に把握しているのでいいが、バルがどれほど成長するか未知数であるためかなり期待している。
「リンネルの方も畑仕事ばかりじゃなくて、二人の修行にも付き合えよ」
「は、はい頑張ります!で、でもあたしは体を動かすの不安だなあ」
アルラウネは脚が遅くて接近して戦うのが苦手の魔物だ。
主に中距離から蔓の鞭や毒の粉、酸の液体を飛ばす。そしてリンネルには土と水の属性魔法があるので、どちらかというと魔法職の特徴を持っている。
現在人型ダンジョン遠征メンバーの配役は、前衛にクリスタルとバル、中衛にアカボシ、後衛に俺とリンネルという状況だ。
俺は中衛と後衛の両方も行けるので、次のダンジョン攻略に向けてバランスを取るためにも、もう一人中衛か後衛の能力を持った上級の魔物が必要だと感じた。
人型移動式ダンジョン"クリスタル"
DP:80,871
支出:ミ=ゴウ5体×1000、モンスターハウス1体×1000、3階層の作成500、その他56




