29話 人と魔
「グワウ!」
「くっ……」
雄叫びを上げるのはアカボシ。
その真下には組み伏せられたバルの姿。
アカボシとバルの勝負は、一瞬で終わったのだ。
アカボシが開幕早々に広範囲に火属性魔法を放ちバルの視界を奪う。
その隙に高速移動でバルの背後に回ると、そのまま大きな体でバルの背中を叩き飛ばした。
地面に転がったバルは立ち上がろうとするも、そのまま駆け寄ったアカボシの前脚によって押さえつけられる。
「そこまで!」
クリスタルの合図により闘いは終わり、アカボシは脚を退ける。
誰もが見てもバルの完敗だ。同じ上級でも、上位と下位の力の差を見せつけることになった。
でもアカボシが相手ならこんなものか、それにバルの実力も意外と測ることはできた。
バルは立ち上がるも落ち込んだ顔をしている。
ドンマイ! 相手が悪かったよ。
クリスタルと二人でバルの下へと駆け寄る。
「すみません、俺がアカボシ殿の相手にもならなくて……」
「いやいい、それにしてもバルは何故魔法を使わなかったのか?」
バルは悪魔種だ、そのため元々闇属性の素質は持っている。
開幕のアカボシの火属性魔法も闇属性魔法で迎撃すれば視界を奪われることもなかったであろうに。
「俺はその、遠距離魔法に対する素質はないのです。全て直接触れないと魔法は使えません」
「なるほどな、しかし代わりに近接戦闘の才能はあるそうだな。期待しているぞ」
「ありがとうございます!」
しかしアカボシを見ると肩の方から血が流れていた。
アカボシに背後をとられ攻撃を受ける瞬間、バルは短剣を使いカウンターをしていた。
思っていたよりアカボシの体が強靭で、不意を突かれたのが敗因ではあるが、バルはバルで善戦していた。
またアカボシも僅かであるがダメージを与えたバルを認め、称賛している。
アカボシは根っからの戦闘民族なので、バルを受け入れてくれてよかった。
「セカイ様、バルの魔法が苦手な原因はもしかして……」
「おそらくな。クリスタルはアカリヤ達を集めてくれ、バルの紹介をしよう」
「承知しました」
バルは魔法が苦手で近接戦闘型の魔物である。
その理由はおそらく騎士みたいな魔物が出て来いと俺が願ったからだ。
魔物召喚による影響が、このような形で出るのだと発見できただけ良しとしよう。
するとアンデッド三人組が徐に現れた。
「アカリヤ、ティラノ、ウリィ。今日から仲間になったバルセィームだ、仲良くするようにな」
「よろしくお願いします!」
バルは力では格下の三体にも後輩として礼儀正しく挨拶をした。それもお辞儀をしてである。
まさかと思うがここまで魔物召喚の知識は主の知識に依存するのか?
「……」
「ぎゃおう」
「ガハハハー、オイラの子分だな!」
アカリヤは無言ではあるも丁寧に挨拶を返し、ティラノは動物らしく体をバルに頬ずりするようにくっつける、ウリィはバルの宙を旋回しながら騒いでいる。
歓迎はされているようでよかった。ただカボチャ、バルはお前の子分ではない。
そしてアンデッド三人組との約束もついでに果たす。
「これよりお前らの強化を開始する。といっても今は中級上位までだ」
「……」
「ぎゃう」
「それよりオイラは早くお菓子かおもちゃが欲し~な~」
「そんな約束はしていない! がまぁ、もう少し待て。お前らのための階層も作るからさ」
三人組にそれぞれ500DPを払い中級上位まで成長させる。
属性を新たに付与することも考えたが、三体は成長すれば自ずと属性を手に入れるタイプであったので今は止めた。
魔法陣による進化の光も終えると三体は魔力量を増やした中級上位となった。
「セカイ様、クリスタル様。わたくしを導いてくださり恐悦至極でございます」
「ぎゃうぎゃう……あ、り、が、と」
「ガハハハハハハ、もっと飛べるようになったぞ~」
ウリ科は置いといて、アカリヤとティラノが話せるようになったのは驚きだ。
それに湖沼に誘う鬼火のアカリヤはまるで炎の化身。
全身は炎ではあるも、赤い火の髪や目などは部分ごとに炎の色も変わっているため、より女性的な身体つきで顔の輪郭も細部に見えるようになった。それはまるで男を惑わす妖艶の魔女だな。
きっと上手く変身できたお陰で言葉もちゃんと話せるようになったのだろう。
またティラノの方はコモドオオトカゲの骨の形であるためか、流暢ではないも一応の会話はできそうだ。
因みに声は高い子どもの声で男か女の区別はつかない。
「第一階層をアンデッドのための階層としよう。クリスタルは改装できるか?」
「DPを500ほど消費しますけどできます」
「構わん、荒野よりはマシだろう」
「畏まりました、それでは開始致します」
意思を持つダンジョンであるクリスタルの方が、ダンジョンを作る能力は長けている。
魔法道具に能力を付加するのだって、クリスタルの方が効率もいいため分業制としているのだ。
クリスタルによって第一階層は月が昇る夜の世界へと変わる。
地面もまた少し柔らかくなり、墓石や枯れ木なども出現した。
一階層の広さは1km×1kmであり、高さは30mほどだ。
月は本物ではなくただの幻影で、月の明かりはダンジョンの天井から降り注がれているだけである。
「おお、まるで冥途の館の一階層だな」
「はい、今回はそれを参考に作成しました。墓石や枯れ木などは本物ではなく実際はダンジョンでできた特殊な物質です」
「ダンジョンから持ち帰ると塵になるんだろ?」
「その通りでございます。またこの階層はアンデッドの出す瘴気を溜め込み、自動で下級のアンデッドを生成します」
それは便利な機能だ。
アンデットは常に一定の瘴気を放つ。
それは生きる者にとっては毒ではあるも、アンデッドが現世に顕現するには欠かせないものだ。
「ならアカリヤからは人魂やレイスを、ティラノからはスケルトンを生み出せるのだな」
「そうなりますね。ただこの場の瘴気は未だ少なく、すぐには無理でしょう」
「因みにウリィは?」
「…………」
クリスタルでも分からないようだ。すると話を聞いていたウリィが答える。
「オイラはお菓子くれたらいっぱい瘴気だすよ~」
どうやら瘴気を出すだけで配下は作らないようだ。
少しほっとした。ウリィみたいなカボチャが溢れるなんて悪夢だ。
「そうだな、クリスタルが街につけば菓子くらい買ってやろう」
「ホントか~!?」
「その代わり遊んでばかりいるなよ?」
「分かった!」
案外ウリィはちょろいようだ。これからダンジョン内でもお菓子くらい作れるように考えるか。
クッキー、キャンディー、プリン、ドーナツくらいのレシピは単純で道具と材料さえあれば誰でも作れる。
しかしそのためにはダンジョン内で食糧の供給と住居が必要になる。
またそれはバルだけではない、衣食住の必要な眷属をたくさん召喚するつもりであるからだ。
「だがまあとりあえず。今日は成長したお前らの腕試しといこうか!」
アカボシ、バル、アカリヤ、ティラノ、ウリィ、そして俺を合わせた6人で戦闘訓練をすることにする。
俺たちは魔物だ。お互いを知るには会話をすることより戦闘の方が分かりやすい。
それに出会ったばかりの眷属たちと親睦を深める時間が必要だ。
また上級魔物の召喚は一日に一体が限界らしい。
確かに何体も上級を召喚できればダンジョンにとって都合のいい話である。
「グオン!」
「アカボシ殿、先程の敗北はいつか必ずお返しします」
「わたくしも頑張ります」
「ぎゃおおお!」
「オイラが勝ったらおもちゃ作ってよ~!」
クリスタルが人型移動式ダンジョンのお陰で侵入者を気にすることなく訓練ができる。
また移動もクリスタルに任せきりで、とても有り難かった。
それから半日を予定に眷属と色々な状況で訓練兼遊んでいた。
最初こそ一対一での真面目な対戦形式であったが、俺が必ず全勝するため次第に1対5のダメージの相違なく三回食らえば負けという変則ルールで対戦した。
前衛がバルとティラノ、後衛はアカリヤとウリィ、遊撃がアカボシの布陣と各々の力を最大限に引き出すよう工夫していたのが闘って楽しめた。
予想以上に厄介だったのはアカボシ以上に巧みに火属性魔法を操るアカリヤだった。
また彼女は賢いため上手くアカボシ、バル、ティラノの三体が連携して作った隙を突いてきた。
しかし人と魔の違いとは一体なんであろうか? と訓練の休憩中にそんなことを考えていた。
俺にとっての眷属は人と変わらないほど感情もあり高度な知性もあると感じるため同じに見える。
しかし同じ生物であるのに魔物召喚や道具作製などダンジョンの機能を使っても人は創れない。
それはDPさえ払えば魔物や草木、モノを作ることはできるのにだ。
するとクリスタルが水とタオルを持ってやってきた。彼女は今もずっと一人で移動しているので一番苦労しているはずだ。
「いつもこんな役割ですまないな」
「いえ、私も中の様子は観察していますので退屈ではありません。ただ、偶に一緒に歩いてほしいです」
「……街についたら一緒に商店街を見て回ろうか」
「ふふ、楽しみにしています」
その今まで何度も救われた優しい笑みを見せてくれた。
ダンジョンであるクリスタルは、今も休みなく街へ向けて移動している。
それは盗賊でも現れればいいと思い、あえて一人で無警戒を装い歩くようにしている。
無論ダンジョン内でクリスタルと触れ合うことができても、彼女の本質は外にいる方であることを忘れはしない。
「それと、今日から文字のお勉強をするのを忘れないで下さいね?」
「……善処します」
「あっ」
クリスタルは突然体が固まったような驚きの声をあげる。
それはつまり外で何かあったということだ。
「どうした?」
「盗賊が釣れました」
なんだ盗賊か、しかしちょうど6人では飽きてきたのでいいタイミングだった。
それにまだダンジョンに人を招いたこともなかったのでいい実験ができるぞ。
「転移門を開けてくれ、悪党をダンジョンへ招こうじゃないか」
「承知しました————《アクセス》」
転移門を潜り外界へと赴く。
時間は夕方のようで太陽が沈み動物も巣に帰ったのか物静かな雰囲気を醸している。
しかしそれは目の前にいる3人の人間を除いてである。
「な、何だお前たちは!?」
突然転移門から高級なローブを羽織り膨大な魔力を放ちながら不気味な笑みを浮かべるナイスガイな男……というか俺が現れたので驚くのも仕方ない。
「不運にもお前たちが踏んだのは竜の尾だったってことさ。金蛇ノ寛衣」
早速ホラントから頂いたローブに魔力を与え使用する。
それは薄暗い青の布地に縫われた金の刺繍から、蛇のような触手が数多現れる。
残念ながらようなであって名の通りの蛇ではない。黄金の蛇であれば些か恰好の着くのだが、まだこれを着てまもないので上手く具現化できないのだ。
「お、おい……やめてく————」
三人の盗賊を触手に絡め、ダンジョンの中へと放り込む。
「これでクリスタルは移動を開始してくれ」
「かしこまりました」
俺も続きダンジョンへと帰還を果たし、怯える盗賊たちをバルへと宛がう。
「こいつらは悪党だ。世のため、ダンジョンのためにも成敗してやれ」
「ハッ。悪く思うな悪党ども、今まで散々好き勝手してたのだろう? だったら殺される覚悟くらいは持っているよな」
バルは次々と盗賊を殺していく。盗賊も抵抗はするがバルの前では役者不足であった。
そしてその光景を無情に眺めるダンジョンとマスターは、ダンジョンの異変についての確認をする。
「外界へ繋がる転移門が閉じないのは何故だクリスタル?」
「はい、ダンジョン内に敵性を持つ"人"がいると、私の意志に反して出口が用意されるそうです」
「そんな制約があるのか、だったら皆殺しにすれば下に戻るんだな?」
ちょうどバルが最後の盗賊を殺したことで無事に転移門が閉じる。
「そのようですね。しかし出口はこの通りでしたが、外から見える転移門は自在に大きさを変えられますので隠蔽は可能です」
「そうか、なら問題はない」
これからダンジョンに人を招くことがあるかもしれない。
クリスタルが移動もでき、人型のダンジョンであるために侵入者にそう易々と侵される心配も少ない。
しかし俺たちが目指すのは魔神級ダンジョン。これから数々の強者とダンジョン内でも闘うことにもなるだろう。
そのためもし人が入られても防衛できる戦力は用意しておく必要がある。
すると盗賊の死体はクリスタルの意志によって光の粒子となってDPへと変換される。
それには思わず感嘆の声が漏れる。
この光景は一階層が夜の闇であるため、光の粒子が夏の蛍のように美しかった。
死者の魂がゆっくりと天へ昇り、次に生まれ変わる日を待ちわびるように。
「幻想的だな」
「他にも塵、炭、灰、泥、煙、液体や気泡などにも変換できますよ?」
「やめてくれっ!!」
人型移動式ダンジョン"クリスタル"
DP:92,927
支出:アンデット三体強化500×3、ダンジョン一階層の階層500
収支:盗賊三人38DP




