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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第一章 冥途の館
28/214

閑話 エルフの憂鬱

完全にシィルススの過去話です。

「はあー、ほんと退屈。次は何読もうかなぁ」


 冒険者ギルドの二階にひっそりと位置する資料室で、冒険者の入室管理、蔵書の整理整頓、盗品の監視などを任されている司書の少女は一人で退屈な時間を、勝手に資料室の本を読んで紛らわす。


 少女と言っても彼女の年齢は36であり、人間種であれば立派な大人だ。

 しかし少女は人魔種、それも生粋の森精族エルフである。

 そのため体の成長は人の平均よりもかなり遅く、未だ幼い見た目をしている。


 およそ30年前、少女の種族は戦争に敗れ故郷を離れることとなった。

 両親の伝手により今こそ冒険者ギルドで働いているが、少女がここまで来るには至難の一途を辿っていた。

 それは母親との旅路の最中、人間種によって居場所を荒らされた魔物が不運にも通りかかり襲われ、何とか森を出てからも人には騙され、時には盗賊に襲われそうになったこともある。

 最終的には二人は無事で切り抜けたものの、それらの騒動で路銀は失い、母は病を何度か発症し、旅をとめることもあった。

 そしてようやく駆けつけた冒険者ギルドの職員によって、二人は保護されることとなる。

 しかしその時にはもう、母の体は末期症状であり、母は職員に少女を託し、この世を去っていった。

 それから少女はこの冒険者ギルドで生活することになる。


 しかしその幼少時代に経験した出来事が深いトラウマとなり、今でも少女は人間種に対する強い不信感と嫌悪感を募らせている。

 死ね人間種、それが少女の口癖である。


 先輩職員らも少女の事情を知っているがために、強くは言えず、面倒事を起こさないためにも、彼女の保証人であるギルド長の采配により、資料室の司書と、裏方の雑用などを任されている。

 しかしそれも彼女の年齢が40となる成人を迎えるまでで、成人してからは、その容姿と衰えることのない種族特性、また社会経験の一環として受付嬢に回されることを先々月に教えられた。

 その時から少女はいつにもまして不機嫌である。

 家族も住む家も失ったのは、全て人間の行いのせいである。ギヴリアの悪夢もきっと天罰なのだ。

 それが長年少女の性格を助長させていた。


 また独りでいる期間が少女にとっての安息の日々ではあるが、それがより少女の性格を歪めているともつゆ知らず、今日も少女は本を読み耽る。

 すると誰もいない、閑散とした資料室に冒険者のお客が参る。

 めんどくさい、今いいところだったのに……

 と少女は批難の目をその冒険者へと向けるが、その冒険者の少年は気にする素振も見せず少女の下へと向かう。


「冒険者カードを見せなさい」

「おうそだったそだった、ほらこれだ」


 すると少年は三ツ星の冒険者カードを少女へと差し出した。

 三ツ星の冒険者、それは冒険者として一人前の証であり、見るからにまだ若い少年からは考えもしなかったため、つい驚きが顔に現れる。

 それを見た少年が気分よく話を持ち掛ける。


「凄いだろ?俺はいずれ七ツ星になる男だからな。はっはっはっは」

「別に聞いてもないし笑うのうざい。分かったからガキはさっさと要件を言いなさいよ」


 そして少女の辛辣な言葉にも、少年は怯むことなく、ずかずかと言いよる。


「なんだよつれねぇな、それにお前もまだ見た感じ子どもじゃないか。それに森精族とは珍しいな、これからも仲良くしようや」

「うざい死ねごみの人間種が。私はこう見えてアンタの倍は生きてるっての」

「でもまだ成人してないんだろ?だったら俺と一緒じゃないか」


 あぁもう、こういう人間は嫌いだ。

 本の続きも気になるのに、こんなヤツの相手をしないといけないとは、受付嬢はきっとかなり大変だわ。

 と少女は心の中で不満を漏らすも、今は自身の仕事に専念し、さっさと少年との会話を打ち切りにしようとする。

 そのために一度気を落ち着かせ、再度少年の要件を聞く。


「そ、それでゴヨウケンはナニでしょうカ?」


 できる、自分もやれば人間種程度の相手など簡単にできる。

 実際は顔を引きつらせ、なけなしの笑顔と片言の言葉と受付嬢として失格、よくても及第点であるが少女はそうとも気づかず、まるで自分が偉業を成し遂げたように満足している。

 そして遂に少年から要件を聞くことに成功する。


「南の湿地帯と、この都市のダンジョン冥途の館の7階層以降の情報が書いてある本が読みたいんだ」

「はぁあ?アンタなんか行っても無駄死にするだけよ。そんな所やめときなさい!」


 あ、しまった。と呟き少女は自分の失言に思わず手を口に当ててしまう。

 しかしそれは少年の心配ではなく、少年に口出しをしたせいで会話を続けてしまったことにである。

 そして少年は少女の真意をくみ取ることはできず、自分のことを心配してくれているのだと錯覚する。


「大丈夫だ、俺はこれでも12で上級魔法を習得し、魔法大学を卒業してからは一年で三ツ星までランクを上げていったからな」

「そ、そうなのね凄い凄いあはははは、はぁ。分かったからアンタはそこで待ってなさい。今それらの本を取りにいくから」

「おう、頼んだぜ!」


 少女は即座に頼まれた本を見繕い少年に差し向ける。

 冒険者ギルドの職員として働くことになってからは、まず周辺地理に生息する魔物の情報を詳細に教わってきた。

 職員たるもの冒険者よりも知識に尊くあらねばならない。

 それがこのギルド長兼少女の後見人である元六ツ星冒険者のルシウスの言葉である。

 少女も幼い頃からそれに学び、日頃から魔物の知識を蓄え、全大陸の一般的な魔物の特徴や特性を知ってしまっている。

 しかしそれは本の中であり、闘えない少女は実際に目にしたことは一度もないものが大部分である。


「はい、この二つの本が魔物の詳細が書かれた本よ。ちゃんと私の見える範囲で読んでよね」

「おう、助かった。お前はもう少し態度と笑顔があれば、きっと人気を集めるだろうに、勿体無いな」

「死ね人間種がッ!」

「ほらほら、その顔と態度ふぁ————いっ痛いなぁ」

「うるさい、これ以上何か言うならセクハラでギルド長に報告するわよ」


 少年の言葉に少女は持っていた本で少年の顔面を叩く。

 少年は見た目以上に頑丈で、態度こそ痛がっているが、全然平気でいる。

 それが少女の気持ちを更に苛立たせる。


「わ、悪かったって」

「ふん、もう勝手にしなさい」


 そして少女は再び自身の読書を再開する。

 ここまで来るのがとても長かったように少女は感じてしまう。

 それは少女が無駄に少年の相手をし、精神的にも大きく疲労してしまったからだ。

 本来少女の話し相手はギルド長とその家族、ギルド職員の数人で、普段は無口として回りから知られている。


 そしてそれから数時間、少女は思わず居眠りをしてしまっていた。

 他に訪れる人もいなく静寂とした空気に、少年のページをめくる音だけが部屋の空気を心地よく鳴らし、気分よく少女は本を枕に眠っていた。


 すると少年は本を読み終え、少女の下へと本を返しにいく。

 少年は少女が職務放棄をし、眠っていることに困り果て頬を掻く。

 それに少女があまりにも幸せ顔で眠っているため起こすのも躊躇い、ついついその顔を見つめてしまう。


(こんな綺麗な顔もできるのだから勿体無いなぁ)


 すると少年の気配に察したのか、少女は寝ぼけながらも目を覚ます。


「ふ、ふぇ……どしたのぉ?」

「あ、えと、その、本を読み終えて、もう帰るつもりなんだ」

「そぉ、だったらその辺に置いといてぇ、私が、片付けるから……ふぁああ」

「ありがと、また来るよ」

「ふぅん?だったら頑張ってよ、じゃあね」


 少女は片手で顔を覆いながら、もう一つの手で少年に手を振る。

 少年も寝ぼけたお陰で少女の態度が激変したことに驚きながらも、少女の素直な声援に胸が高鳴る。

 顔を引締め、今一度大物を狩って少女の前へと来ることを少年は誓う。


「あぁ、絶対に生きて帰ってみせる」


 少年は資料室を後にする。

 たまたま廊下ですれ違ったギルド長が資料室へと向かうのを目にして。

 そして資料室から響くギルド長の怒声は、少年の脚を早くした。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 あれから数週間、少女は職務放棄をして居眠りに興じていたことをギルド長に咎められ、軽食場の床掃除や皿洗いと、罰として少女の管轄外の仕事まで与えられていた。

 少女にとって冒険者の自分を見る視線がとても痛いのを感じる。

 それは少女が珍しいエルフであるのもそうだが、頭巾を羽織り白く小さな手を使って、健気に床の汚れを落とそうとしてる姿が涙ぐましいからだ。

 実際には、何でアタシが、もう怠い無理、死ね人間種、と聞こえない声でぼそぼそと悪態をついているのだが、誰も可愛らしいエルフの少女から、そのような言葉を発しているとは思いもしない。


 するとテーブルに座り軽食を食べている二人の冒険者から、少女はとある噂を耳にする。


「なぁ知っているか、最近勢いのあった若い冒険者のパーティーがダンジョンで見事に全滅したって」

「知ってる知ってる、ただそれには少し間違いがある」

「ん?何だ?」

「リーダーの少年だけは何とか無事に帰ってこれたらしいぞ」

「へぇ、あの魔法大学を飛び級で卒業したっていう天才がなぁ」

「ああ、ただ自分だけのうのうと生きて帰ったことで、まるで抜け殻のように死んだ目をしていたぞ」

「あのパーティーは素質だけはかなりあったからなぁ、ほんとに惜しいことをしたもんだ」

「だな、若造の威勢は一丁前だからな」


 少女は思わず雑巾で拭う手を止め、その二人の会話に聞き入っていた。

 若いパーティーが全滅?素質はある?魔法大学を卒業?

 あの男だ。

 少女は自分が罰を受けた原因である少年のことを思い当たる。

 それは逆恨みであるが、少女はそんなことを気にする素振りはない。


「おっ、見ろよ。アイツが来た。お前パーティーに誘ってみろよ」

「阿保か、あんな死に体の顔してるやつに仲間の命を預けられるっかつーの」


 すると少女は、例の少年が虚ろな目をして依頼の掲示板を見ているのを目にする。

 その顔を見ていて少女は無性に苛立ってしまう。

 自分が罰を受けているのもアイツのせいで、何よりもあの少年の顔は、親も故郷も失ったときの自分の顔にとても似ている。

 抑えきれないその感情に、少女は掃除用具を手に持ちながらも思わず少年の下へと駆けてしまう。

 そして少女は少年の前へと立ち塞がり、八つ当たりを込めてありったけの想いをぶつける。


「アンタなにそんな死んだ顔で依頼を受けようとしてんのよ!」

「……」

「そんなことして無駄死にしたら、私たちが迷惑なだけなんだからねっ!」

「……」


 聞いていない。

 少年の態度に少女は更に激昂し、手に持つバケツの水を少年へと思いっきりぶちまける。

 頭から水を被った少年は全身をびしょ濡れとなり、無様な恰好を衆目に晒し、回りの冒険者や職員にも驚きの声があがる。

 そして件の少年は水を被ったことで、ようやく少女に言葉を発する。


「君か……ひでぇな。これでは依頼もまともに受けれないだろ?」

「元々アンタは酷かったでしょ!」

「っ……」

「事情はついさっき聞いたわよ。大失敗したんだってねぇっ!」

「あぁ、そうだよ。俺の判断ミスで、仲間は、みんな、死んでしまった」


 少年は失敗した過去を思い出したのか目に涙が見える。


「だからって、この様は死んでいるのと変わらないわよっ!死んでるように生きている、そんな価値のない生き方して仲間に申し訳ないと思わないの!?」

「煩ぇな、そんなこと、俺が一番知ってんだよ!」

「そう、だったら今すぐ前を向いて歩きない。見ていてとてもだらしないのよ!」


 少年はついに涙を流し、濡れた床へとうなだれる。


「俺は……これから……死んだ仲間に……どう償えばいいと思う?」

「これからアンタが力をもっと身につけ、同じような新人が出ないようにアンタが教育してけばいいでしょ。天才なんでしょ、だったらそれくらい簡単だよね?」

「……分かった、そうするよ。ありがとう、俺はこれで前を向ける」

「ふぅん、アンタがそれでいいなら好きにしないよ」

「うん、いつか力を身につけてここに戻ってくるよ。君の名前は?」

「……シィルスス。私は別に、アンタの名前なんて興味ないけどねっ!」

「そう。いつか覚えてもらえるように頑張るよ」

「ふんっ」


 そして少年は立ち上がると、ずぶ濡れのままそそくさに冒険者ギルドを後にした。

 しかし少年の瞳には、確かな炎がこもっていることを誰の目から見ても明らかだった。

 少女は腕を腰に回し、そんな少年の背中を見つめていた。

 これで日頃のイライラも上手く発散できたと。バケツを被った時の少年の顔は爽快だったと。

 少女は満足した目で、濡れた床の処理もせず後にしようとする。

 しかしそんな少女の小さな頭は、後ろで佇む男によってしっかりと掴まれる。


「おい、何逃げようとしている」

「あ、えと、その、それは……えへっ」


 それは少女の唯一の生きる家族であり、天敵でもあるギルド長だ。


「この馬鹿娘がっ!」

「ご、ごめんなさーーい」


 怒り心頭のギルド長に言い訳するのは下策だ。長年の付き合いにより少女はそのことを何度も学んでいる。


「……でも、よくやったぞシィルスス」

「本当っ!?だったら許してくれるよね?」

「あぁ、罰は軽くしといてやる」

「そ、そんなぁ」


 それから少女は今までの罰と合わさり、一か月の期間を軽食場のウェイトレスとして働くことになる。

 しかも、少年と少女の寸劇を目にした冒険者によって、瞬く間に少女の評判を聞きつけ、いつもより繁盛することになる。

 今でも少女は誰にも聞こえない声で、死ね人間種、あの男よくも、もう無理辛い、と呟くのであった。


◇◆◇◆◇◆◇


 あれから数年、少年はもう大人となり、少女もまた無事に成人を果たし、冒険者ギルドの受付嬢としての働きも板についてきたころ。

 元少年だった男は大きく成長を果たし、再びここへと戻ってきた。

 そしてカウンターで働く女性に向って述べる。


「俺は五ツ星ランクのヴィルゼス=レオニルだ。何か冒険者試験を請け負う試験官を募集してないか?」

「確認しました、レオニル様ですね。五ツ星の方が試験官を務めるのは……その、適正ランクとはいい難いのですけど、よろしいのでしょうか?」

「あぁ構わない、俺は約束を果たしに来たらな」

「約束?えぇっと、失礼しました。それで構わないのでしたら、こちらこそよろしくお願いします」


 無論少女にとってあの頃の出来事はたわいの無い出来事として記憶の彼方へ忘れている。

 しかし、少年だった男にとって人生を救ってくれた大切な想い出であり、今も鮮明に覚えている。

 そして男は受付嬢との自己紹介などを済ませ、試験官としての適正を審査するためにギルド長との面会をすることになる。


「ああ、これからよろしく頼むぜ、シィルスス」

「はい、レオニルさん」


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