26話 進化の果てに
『これでこのダンジョンの崩壊は止まったね』
あれからクリスタルの体調も治り、シィルススさんとホラントの会話に一区切りがついた所で、冥途の館ダンジョンの固定化に入った。
場所はクリスタルのダンジョンの最階層。
ホラントの支持を受けダンジョンコアに触れ、次々と新・冥途の館を完成させていった。
それは思っていたより早く終わり時間を持て余すことになる。
そしてダンジョンコアのあった石碑に、クリスタルによって作られた疑似ダンジョンコアをはめ込み、これがある限りダンジョンは崩壊することはない。
ではダンジョンを保つための魔力はどうするか。
というとそれはシィルススさんとレオニルさんが定期的にダンジョンコアへ補充してくれるそうだ。
魔力量もそれほど必要はなく、二人もいれば十分に賄える。
そのおかげでこのダンジョンはこのまま13階層まで維持することができる。
また、もし魔力の補充がなくなっても各エリアの1階層だけは魔力の補充がなしでも、クリスタルが存在する限り永久にあり続けることができる。
謂わばこのダンジョンはクリスタルの分身、または子どものようになったのである。
と言ったらクリスタルに怒られた。
「もしこのダンジョンコアも破壊された場合はこの予備兼マスターキーの魔法道具を持っててください」
「ありがとうセカイくんにクリスタルさん。一生の宝物にするわね」
これが俺とクリスタルが最初に完成させた特殊魔法道具だ。
それは首にかけるお守りのような十字架の形をした鍵である。
俺が外見をイメージし、クリスタルがそれに効果を付加してくれた。
その効果はこの館の疑似ダンジョンコアのバックアップと、館の転移門を潜るとき最上層まで出入りできるものだ。それとこの館のアンデットからはホラントの家族として襲われないようにもなっている。
この魔法道具がある限り、疑似ダンジョンコアを破壊されても、5階層までは保てるのだ。
「そしてこれはレオニルさんにあげるよ」
「俺にまでくれるのか、ありがとよ。で、なんだこの薄い黒い手袋は?」
「それはホラントさんの手も借りてもらい作った収容の魔法道具だ。地面に手を付け暗黒界の禁門と唱えると2.5立法メートルの空間まで無生物を収容できる便利なアイテムだ」
「お、そいつはまじですげぇ代物だな。感謝する」
「ただ一回の使用に上級魔法一回の魔力を消費するから無理はしないようにな」
「おう、それでもゲヘナの魔法は闇属性魔法を極めたものしか使えない高度な魔法だ。シィルススの親父さんもありがとう」
『いえいえ、こちらはお詫びの意味も込めてますから。それに僕がゲヘナを使うとその50倍以上は収容できるのに、魔法道具となるとこれっぽちしか入らなくて申し訳ない気分だよ』
「お、おう……さすが元天災級のダンジョンマスターだ」
そうなのである、魔法道具に魔法を付加しようとすると、術者の能力より大幅に劣るものしかできない。そのため術者がまず使うことはない。
それも生産するに辺り1,000DPも消費し、数にも限界があるため量産はできない代物である。
因みに1,000DPといえば、およそゴブリン一万匹や人間200人の生命と同じくらいの価値である。
そして驚くことに部外者であるホラントが、二人の魔法道具制作に参加できたのは、全てクリスタルのおかげである。
知能あるダンジョンである彼女の演算処理能力は恐ろしく高く、上手く俺のイメージとする道具に、ホラントの力を潜り込ませることができたのだ。
本当にうちのダンジョンちゃんは最高だ。
実はレオニルさんに渡したその手袋は、ホラントと作った魔法道具の内の一つであり、同じ手袋をあと二つ持っているが黙っている。
「セカイ様もDPを使ってご自身が天災級のダンジョンマスターに進化することができます。どうしますか?」
「もちろんやるに決まっている!」
「承知しました。それでは私のダンジョンコアにお触りください」
徐にクリスタルは服を脱ぎ出した。それ突然やるのやめてくれ、心臓に悪い。
因みに他の野郎二人はシィルススさんによって目隠しされておる。
せっかくの天災級への進化シーンを見せられなくて申し訳ないっ!
だがこれを他の野郎に堪能させるわけにはいかないのだ。
そして俺はクリスタルの胸へと触れる。
『天災級に進化するには50,000DPを消費しますが、構いませんよね?』
「やってくれ!」
『それでは開始します』
勢いで言ったけど、割とDPを消費するな。だがホラントの実力を考えれば納得はしてしまう。
ホラントに勝てたのも、きっと狂人化していて二番煎じな作戦や冷静に対処できなかったのが大きいのだろう。
クリスタルに触れるダンジョンコアからは凄まじいエネルギーを感じる。
それは体の血管から鼻の穴まで隅々と行き渡り、体から溢れるばかりの力を実感する。
しかしその勢いはそれだけでは終わらなかった。
すると様々な色の光を放つ魔法陣が身体の回りへと幾重に動きだすと、目も開けられない程の強い光で二人のいる空間を包む。
そして俺は新たに生まれ変わった。
一瞬意識を失って、初めにクリスタルと出会った真っ白な空間にいた気がした。
しかしそれは、突然強い光を受けたために見た幻影だろうと頭を振る。
また俺は実感したのだ、自分が更に大きく成長したことを。
それは魔力をミリ単位に肌で感じることができるほど気配に敏感となり、今までが水中で生活していて、やっと陸へあがったかのように物凄く体が軽くなった気がする。
「どうでしたか、セカイ様?」
「あぁ凄いな、そうとしか言いようがない」
俺はまだまだ成長する。そう分かっただけでも進化してよかった。
そして次はアカボシの番である。
アカボシには本当によく闘ってくれた。クリスタルの外に気の置けない仲間であったのも大きい。
彼には最大級の感謝を込めて、上級への進化と魔法道具をプレゼントする。
「アカボシを成長させよう、クリスタルはどうすればいいと思う」
「眷属の進化を促すにはDPを使い、新たな属性を付与するか、魔力総量を高めることの二通りです。アカボシには両方耐えうる素質が既にありますので、大丈夫でしょう」
「さすがアカボシだな! 水、風、地、光、闇のどれがいい?」
『そこは僕に考えがある。アカボシくんは火属性を持つ黒妖狼、更に闇属性を付与することで、上位種族へ変わる進化をすることができる』
位階が変わる進化とは別に、種族まで変わる進化の効果は絶大である。
そのためホラントのアドバイスはとても有り難かった。
「そうならば闇属性でいいかアカボシ?」
「グンッ!」
構わないらしい。
であるならばアカボシに魔力総量の引き上げと、闇属性魔法の付与を行うまでだ。
俺はアカボシとの魂のパスを通じて3,500DPをアカボシに与える。
眷属の進化には、クリスタルの手を借りる必要はない。アカボシに触れ呪文を唱えるだけだ。
「ダンジョンマスターの名において命ずる。眷属進化っ!」
するとアカボシの体は漆黒の炎に包まれる。
驚いて手を放すが問題なく進化は行われているようだ。
アカボシの体がぐんぐんと大きくなり、内包する魔力量の桁も変わったのが見て取れる。
そして炎は払われアカボシは新たに獄炎の魔大狼として進化を果たした姿をみせる。
「グルロロロオオオオオン!!」
アカボシの姿は進化する以前と比べ体格も増し、その毛皮は濡れた時の深く美しく、まるで漆のような艶やかな黒色をしている。毛皮の先は針のように鋭いも、全体を掌で触ると線の横が滑らかなで、ちくちくした先の毛が調度いい刺激を与え抜群の触り心地だ。
抜け毛から絨毯なんかができないかな。
「おめでとうアカボシ、見事に上級上位へとなれましたね」
「次は天災級だ。その壁は大きいぞ」
「見てよこの毛皮!弾力が前よりもふさふさしてるわっ」
『立派な上位種だね。君の使える闇属性魔法を最後に教えてあげるよ』
と皆も口々にアカボシを称賛した。
自分の時よりも演出が大きかったので皆の反応も大きい。別に悔しくなんかない。
魔法道具は後日作ると約束した。
そしていよいよやることも果たし、ホラントとのお別れの時が差し掛かった。
彼には苦労もかかったが、俺にとっても貴重な全力を出せて戦える相手でもあり、最後には魔法道具や眷属進化で色々とお世話になった。
別れるのも口惜しいと思うが、こればかりはしょうがないことである。
『君には本当に世話になった。僕のダンジョンにある魔法道具も全て持っていくといい』
「いいのか?あの本やあのローブなんかは凄い一品だぞ」
『構わないさ、そもそもあれは呪剣と同じで効果は凄いが曰く付きのギフトアイテムだからね。力のないものが持つと世に混乱を生むだけさ。DPに溶かすのも悪くない』
「そっか、だったら有り難く頂くよ」
そして早速、夜空を連想させる青黒い布に金色の刺繍の入ったローブを着ることにした。
魔力でサイズも自由に変えられるそれは俺の肌にもすぐに馴染む。
天災級ダンジョンマスターに進化したのに、安っぽい冒険者の服では仲間に恰好がつかない。
ローブ一枚袖を通すだけでだいぶ印象の変わった気がする。
俺自身、生前の自分の容姿や体格などは忘れている。
ダンジョンマスターになってから見た姿は、黒い髪は同じだろうけど、他は違っていて、大きくくっきりとした丸目と黄色い瞳、均整のとれた顔立ちと体格をしていた。
それはおそらく生前の姿とまったく違うと思われる。
自分とは一体何だったのか?顔を見る度に思い出すので、次第に気にしないことにしていた。
『うん似合っているね。このローブは呪いとまでは言わないが、着るものに一つの枷を与える』
「男に言われるのもな……それでどんな負担をなんだ?」
『眠くなる。睡眠の必要のないダンジョンマスターの君なら、一日に2~3時間ほどは眠ることになるだろう』
眠られるのか。それは悪くないかもしれない。
それは眠ることで、もしかすると忘れている記憶を思いだすかもしれないからだ。
人間の人格とは今まで生きてきた記憶に依存する。
自分のことを上手く思い出せない俺にとって、記憶のない人格が不気味でならなかった。
もしも記憶を僅かでも思い出せるなら、このローブは最高のギフトアイテムだ。
「前々から眠ってみたかったんだ。本当に感謝するよ」
『それは良かった。それと最後に君に言いたいことがある————ダンジョンマスターの狂気に呑まれるな。あれが与えるのは力ではなく破滅だ』
「それは……説得力があるな」
『だろ?本当に君には感謝している。どうか僕みたいにはならないでほしい』
ホラントの最後の忠告には胸を打たれる。
魔物をDPに変換する度に、力を開放する度に、何度平静を失ったことか。
ホラントの場合は娘の死の勘違いで堕ちてしまった。何が引き金でああなってしまうか自分でも分からなくて恐ろしいのだ。
そしてホラントは最後に娘のシィルススさんと向き合う。
『それじゃあシィル、父さんはもう逝くよ。君の成長した姿を見れて僕は幸せだ』
「お父さんっ最後に別れた時、嫌いだなんて言ってごめんなさいっ!私はお父さんが大好きだから!!」
『ありがとうシィル、君がこれからも幸せであるように見守っているよ』
しかしそこで、乾坤一擲の言葉がレオニルさんからホラントへと放たれる。
「大丈夫だ、シィルススの親父さんは安心して逝ってくれ。これから俺がシィルススも、このダンジョンも一生守っていくからさ!」
レオニルさんのとんでも発言で、場の空気が一瞬で静まり返る。
「え?」
「……あ゛っ」
「おお!」
「このタイミングで言いましたかっ!?」
すかさずシィルススさんからは疑問の声が漏れる。レオニルさんも自分の無意識に出た告白に気づいたようだ。
またクリスタルの発破により、レオニルさんも言い下がることはできなくなった。
そのためレオニルさんは意を決して、再度シィルススへと言葉を送る……お父さんの目の前で!!
「出会って間もない頃、シィルススの言葉に助けられたことがある。その時から俺はお前にずっと惚れていた。どうか俺と結婚してくれないか?」
シィルススさんの顔は赤くなり、目を泳がせている。
それもそうだ。今まさにお父さんとお別れするタイミングで、まさかのプロポーズだ。
誰も予想できようがない。
レオニルさんは緊張した顔つきで唾をのむ。
こちらもシィルススさんの作る長い間につい手汗が出てしまう。
そして遂に彼女は返事をした。
「ええっと……突然のことで私もなんと言えばいいのか、考えてました……その、お付き合いから初めてもいいですか?」
「あ、あぁ。お願いします」
どうやら、それは一応成功したようだ。
シィルススさんが人差し指と中指をレオニルさんへと差し出す。それはエルフ流のオーケーのサインらしい。
それに対してレオニルさんも同じ手の形で握手をする。
長い寿命を誇るエルフはプロポーズされてもすぐに結婚することはない。
お互い身体も許さぬ清い関係のまま慎重に時を重ね、もういいだろうって所で今度は女性から男性に、五本の指を差し出してプロポーズをするそうだ。
結婚して漸くその指が五本で交わることができるらしい。
だがまぁ、これで晴れてカップルの誕生だ。
「おめでとうございます、お二人様!」
「シィルススさんを泣かせると怖いお父さんが祟りに来るぞ。その時は俺もさすがに助けないからな」
『うんうん、シィルを泣かせたら殺すからね』
目の前のゴーストが直接いうのだから凄い説得力だ。
『娘の門出も見れたことだし、僕は逝くよ。レオニルくんシィルを頼んだよ』
「命を賭けて約束する」
『シィルも僕ら夫婦みたいになれるよう努力するんだよ。じゃあね、シィルずっと愛しているよ』
「私も愛しているよお父さん、さようなら」
そしてホラントは天へと昇るように消えていった。
涙で顔を手で覆いうずくまるシィルススさんに、レオニルさんがそっと肩を支えている。
いつか二人がホラント夫婦の分まで幸せを掴める日が来るといいな。
「家族っていいな、クリスタル」
「そうですね、私も頑張っていっぱい眷属を作りますから!」
「ご、誤解を招く発言をするなぁぁっ!」
そして俺たちは攻略を果たした冥途の館を後にする。
◇◆◇◆
冥途の館を抜けると真夜中だったので、そのまま別れるのも味気なく、シィルススさんの家によりクリスタルの髪を綺麗に揃えてもらった後、皆で打ち上げをすることにした。
ダンジョンで濃厚な時間を送ったものの、俺以外は誰も体に傷はなかったため、料金は高いが冒険者向けの一日中開いているお店でご飯を食べたのだ。
そして今は早朝、都市から少し離れた街道でアカボシもお別れを言うために召喚している。
「二人にはとてもお世話になりました、またいつか会いましょう。その時は俺たちの立派なダンジョンをお見せします」
「おう、そん時はお前の噂を耳にする機会も増えてるだろうから楽しみにしてるぞ」
「シィルススさんのお陰で綺麗に髪飾りもつけられました、ありがとうございます!」
「いいのよ、クリスタルさんの元気な姿を見てると私も嬉しくなるわ」
「アカボシも次出会ったら天災級に進化してるかもな、期待してるぞ」
「グオォオオオン!」
「このモフモフもこれで最後かぁ残念ね」
「グ、グォン」
それぞれ別れの挨拶を済ます。
この二人のお陰で自分はここまで成長できた。
その恩人とも呼べる二人と出会えたことは、本当に自分は恵まれていると思える。
「所で次は、どこへ向かうんだ?」
「そうだな、ダンジョンを攻略するのが手っ取り早く成長できると分かったから、世界を回りながらダンジョンを目指すよ。先ずは近くにあるサウラ砂漠のダンジョンかな」
「んん、国境を超えるのか?それには先ず冒険者ランクを四ツ星にしないと難しいぞ」
「へ?」
「なんだお前聞いてなかったのか、冒険者はそれなりの個人戦力を持っているからな。四ツ星以上の信頼もないと、一般人は簡単には国境を超える通行書はもらえないんだ」
そんな仕掛けがあったのか。思わぬ障壁が立ち塞がったぞ。四ツ星からはそれなりの実績が必要だと聞く。
「何も考えてなかったのか、それなら少し遠回りするが北上してユガキル山脈を目指すといい。最近あそこには魔物の被害が多発していてな。これは仲間の冒険者の噂だが、あそこにもダンジョンがある」
「本当か!」
「そこは普通のダンジョンと違って魔物の群れが作った天然ダンジョンだ。そのついでに実績も貯めて四ツ星になるといい」
「グッドアイディア、そうするよ!」
山一つ丸ごとの天然ダンジョンか、恐らく季節を考えても雪が酷そうだが俺たちならば問題ない!
レオニルさんからそこまで行くための道を教えてもらう。ユガキル山脈は同じ国内だから移動も楽である。
「レオニルさん本当に最後までありがとう。それでは俺たちは行くよ」
「こっちもお前らには色々と感謝している。達者でな」
「次会う日を楽しみにしてるわね!」
「レオニルさんとシィルススさんもずっとお元気でいられますよう。またいつかお会いしましょう」
「グウォォン!」
アカボシは目立つのでダンジョンの中へと回収し、二人に背を向ける。
そして再開できる日を祈って、俺とクリスタルは歩き出す。
目指すは次のダンジョンへ。
人型移動式ダンジョン"クリスタル"
DP:102,889DP
概要:(25+170372=170397DP)-(クリスタル維持費8+冥途の館維持費1500+疑似ダンジョンコア5000+シィルススの魔法道具製作費1500+その他魔法道具6品の製作費6×1000+セカイ天災級進化50000+アカボシ上級進化3500=67508DP)
一章も無事完結。
少しですが次は番外編です。




