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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第一章 冥途の館
22/214

22話 決着

「えっちょ、やめっ!」


 迫り来る闇属性魔法を前にあられもない声を上げる。

 何故かというと脚が凍って動けないからだ。

 だがどんなに願っても魔法は止まらず容赦なく俺へと向かう。

 このままでは直撃をしてしまうため、俺は一瞬で覚悟を決める。しかしそれは魔法を受ける覚悟ではなく、自傷する覚悟だ。


風剃刀ウィンドシェーバー!オオオオオオラァッ!」


 氷を溶かしている余裕もないため、慌ててドリルのような風を両手に創り、脚にへばり付く氷を何とかして削り取る。

 お陰で脚の裏と脛の皮膚が剥がれたが脱出する。

 魔法も当たる直前で、風を噴射して体を横へと飛ばすことでぎりぎり避ける。


「ーーッてえぇ、ゴーストが上位魔法の氷属性まで持ってるとは普通思えるかっ。それは霊気と冷気の駄洒落かよ笑えねぇ!」


 言葉の通じぬ相手であろうと、罵声を言わずにはいられない。

 そしてボロボロになった靴を脱ぎ棄て裸足の状態で氷土の上に立つ。

 しかしその負傷した脚からはだらだらと血が落ちて辺りを赤く染めてしまう。

 削って負傷した箇所からくる痛みと、凍傷に耐えながらも、ホラントの氷属性魔法を観察する。


 魔物ダンジョンマスターは基本的に二種類の属性魔法しか扱えない。

 そのためホラントは既に闇と火の属性魔法を使っているので氷属性まで持つとは考えてもいなかった。


 しかも氷属性の本質は風と水の複合魔法であるとレオニルさんは言っていた。

 つまりホラントは闇と火と風と水の四種類の魔法を扱えることとなる。

 そんなことはこの世界の常識では考えられない。


 しかしそれが可能かもしれないと、一つ思い当たる節がある。

 ホラントの生前は森精族エルフであり、今はゴーストのダンジョンマスターであることだ。

 即ち精霊魔法を使えるエルフと魔法技能の優れるゴーストの、二つの種族特性が合わさって氷属性魔法を扱えているのではないかと推測できる。


 シィルススさんの話を聞くに、エルフは自然界に存在する基本属性の精霊を体内に宿すことができ、その精霊の力を借りることで、足りない魔力や技能を補い高度な魔法を扱うことができるそうだ。

 また精霊を使ってのコミュニケーションや幻影なども見せることができるらしい。


 しかしそんな精霊魔法にも当然だが限界がある。

 精霊にお願いすればするほど精霊は飽きてしまいどことなく消えてしまうそうだ。

 つまり精霊は魔力と同じで消費し、使い続けると補充する必要がある。そしてここがダンジョンである以上精霊の補充はできない。

 エルフの低い身体能力や出生率のことを鑑みても、精霊魔法が使える故に高位の種族と言えよう。

 するとどうやってホラントは精霊を持っていたのか疑問に思ってしまう。

 一度外へ出で精霊を集めたのだろうか……しかし考えるのもそこまでにして意識を戦闘へと切り替える。


 残り魔力も少なく、脚も負傷している。

 今出来ることは、クリスタル達が来るのを信じて精一杯の悪足掻きすることだけである。


「さあ来るならこい、数十数百の魔法を使おうがとことん抗うまでだ」

暗黒界の禁門(ゲヘナ・ハーヴェ)

「お、おう……こりゃまた面倒くさいものを召喚なさるな」


 それはもしかして俺の言葉通じているの?と疑問に思ってしまうほどタイミングの良い魔法だった。

 ホラントを中心に地面から黒い靄が生まれると、そこから大勢のスケルトンが登場した。


 本当に数百ものスケルトンを召喚しやがったよコイツ。

 スケルトンは一斉にこちらを向くと標的を定めたように赤い炎の瞳を光らせ、氷の地面も関係なしに襲ってきた。

 中には転倒するものもいたが数が数である。例え下級のスケルトンだろうが百を超える数が一斉にこちらへ走りだすと恐ろしいと感じてしまう。


 残り魔力でできる颶風一体の使用時間はおよそ30秒ほどだ。

 数秒の無敵タイムをスケルトン程度に使ってはいられない。

 そのため俺は後ろへ走り出す。それはスケルトンに囲まれず更に飛べないホラントから距離を取るためだ。


 俺はこの異世界に来てからだいぶ剣も扱ってきた。

 達人のような技能はなくとも、ダンジョンマスターで強化された肉体があれば力技で、骨だけの体くらいは吹き飛ばすことはできる。

 またスケルトンはレイスのように移動スピードが速くもなく、地面が氷の上であるため動きが鈍いのが幸いしていた。


「ハッ!」


 迫るスケルトンを一体一体剣で確実に仕留める。

 しかしその最中で、一度レイスごと魔法でやられたことを思いだす。


『魔氷塊』


 すると案の定ホラントはスケルトンに意識が向いている俺を、仲間ごと撃つように魔法を使用する。

 本当に眷属を囮にする魔法を使うの好きだな、いや下級魔物は眷属ですらないのかもしれない。

 そして空からは黒いあられのようなものが降ってきた。

 ただの霰であればいいのだが、霰を受け続けた一体のスケルトンが瞬く間に動きを止めてしまい、次第に一つの氷塊へとなってしまっていた。

 それを見て風属性魔法を頭上に放ち霰を避ける。

 もう少し気づくのが遅れていたら危なかったかもしれない。一度受けた作戦にはさすがの俺も学習している。


 至る所でスケルトンの氷塊が生まれ、大きいものでは何体も密集したため山が出来ている。

 そしてスケルトンの氷塊が死角を作り、有ろう事かホラントを見失ってしまった。

 それも狙いであったのか、ホラントを見失うと魔法の対応が遅れてしまいただでさえ危ない。

 旋風探知レーダーを直ちに使っても感知することはできなかった。

 どこへ消えた……?


『影渡リ』


 すると月が照らして出来た俺の影から、のっそりとホラントが出現した。


「ッ!?」


 やはり背後か、これも何度目だよ!


『終焉ノ闇』

「颶風一体ッ!」


 警戒はしていたため即座に颶風一体の防御壁を作りダメージを緩和できたが、間近であって物凄い衝撃が身体に伝わり氷塊へと叩き飛ばされる。

 そして氷塊の二、三本を背中で受けて漸く地面へと倒れる。


「ぐはっ!?クリスタルは……こんな強い衝撃に……耐えていたのかよ……ほんと敵わないなあ」


 口から血を吐き出し、すぐに身体の安否を確認する。

 闇属性魔法の精神支配は受けていなかったものの、体中の骨がやられて満足に立ち上がることもできない。

 だがホラントがすぐに襲ってこないのは俺の颶風一体によるカウンターを受けていたからだ。

 攻防一体のこの技は近づくほどに威力は増し、ホラントも同じく暴風を体に受け逆の方向へ飛ばされていた。


 剣を杖のように支えとして立ち上がり、ホラントの状態を確認する。

 するとホラントはゴーストであり肉体を持たないため傷が見当たらないも、体はふらふらとして現界するのも不安定な様子だった。

 これでお互い魔力と体力が残り僅かとなり、この死闘も勝敗を決める時がきたそうだ。


不慮ノ幕引キミセリア・エクスマーキナー


 そして遂にホラントは体に纏う影を払い、姿を現した。

 その影は今まさに魔法攻撃の道具として圧縮しているも、取り払われた彼の顔は、こちらが哀しくなるような顔をしていた。

 その様はまさしく亡者であり、肉体は滅び、この世界を恨み続ける精神だけで生きているように思えた。


 俺には彼の気持ちの片鱗すら理解することができない。

 それは前世で大切な家族と過ごした記憶も、今いる家族との思い出も少なく、それを失った時の痛みもまだ経験していないからだ。

 自身を人として弱く底の浅い人間で、力だけ持て余した災厄の存在だとも思っている。

 またホラントの様に堕ちる不安もありながら、逆に恨み続けてまで生きようとする覚悟だってなく中途半端な心持である。

 だから彼の生き方を否定できず、人間性では彼の方が上であるとも考えている。

 しかし、それでも勝つのは俺()だ。


『死ネェェェェェ!』

「こっちはまだまだ異世界を冒険したいんだよ! こんな所で死ねるかぁぁぁあああ!!」


 ホラントの影が圧縮されるや俺に向けて一直線に放出される。

 しかし怪我で避け切る余裕もなく、颶風一体の暴風を使って相殺させる。


『ガアァァァァァ!!』

「うおぉぉぉぉおお!!」


 お互いの最強風属性魔法と闇属性魔法による激突は、最大級の音と衝撃を起こす。

 草樹も氷塊も余波を受けて壊れ、僅かにいた残りのスケルトンも一気に滅びる。

 魔法の威力はホラントの方が強く、均衡を保っていた状態も徐々に押され出した。

 また颶風一体の暴風が俺の身体をも蝕み、腕や胴へと身体が次々と斬られる。

 そして残り魔力も10秒しかない。


 9、8、7、と限界が近づいてくる。

 魔力残量もホラントの方が高いため、先にへばる気配を見せない。

 そしてホラントの魔法を受ければ即死は免れないだろう。


「ち、く、しょおおおおお!」


 ここまでか!?

 俺は全身から魔力を振り絞り、一秒でも長くとどまろうとするも、遂に腕に力が入らず目を瞑ってしまう。

 しかし諦めかけたその時、背後から一つの声が響いた。


「アクセス!」

「あっ!?」


 そして俺の風とホラントの闇が衝突する調度真ん中に光の門が現れると、闇は悉く光の門へと吸収される。

 それはクリスタルがダンジョンの一階層ができた時に前もって考えていた、敵の攻撃を全てダンジョンの中にいれちゃおう作戦である。

 広いダンジョンの中へと目標の失った魔法を入れると、さすがに威力も薄れ消えるだけだ。


「クリスタル!!」

「助けに来ましたセカイ様!」


 ついに現れた勝利の女神に安心したため笑みがこぼれる。

 実はホラントが氷塊を発動させて消えた時、旋風探知を使ったので、近くにクリスタル達がいると分かっていた。

 あとは彼女が現れるまで攻撃に耐えられれば何とかなると思っていたのだが、本当にギリギリだった。


 そして隣に立つクリスタルを見るとあの綺麗な長い髪は失なっていた。

 まさかあのクリスタルが髪を失うほど苦戦した相手だったとは、最初に上級の魔物を一見したときにはそこまで考えもしていなかった事なので驚く。


 でも可愛いので問題はない。

 首の付け根の肩まで触れるか触れないかって感じだからセミロングっていうのか、前よりも明るい雰囲気なってるよクリスタルさん。

 しかし今は彼女に髪のことを指摘するのはやめよう、目の前の敵の方が優先的だ。


「いや、ありがとう。本当に助かった」

「セカイ様がこのようになるまで遅れまして、まことに申し訳ございません。それに私の方も、その……」

「クリスタルが気にすることは何もない。よくやってくれた、今はその言葉だけ贈るよ」

「……ありがとうございますっ」


 クリスタルは勢いよく頭を下げる。

 助けにきてそこまで畏まる必要はないのに、彼女の誠意にはこちらの頭を下がる思いだ。

 それに今も門を開き、ホラントの攻撃を防いでいる。ホラントには色々やられて少し不安なので正直そっちに注意を向けてほしい。


 するとクリスタルが来て20秒ほどだろうか、ホラントの方も魔法が止む。

 そして見るとホラントにはもう力がなく、ぐったりとしている。

 一人では負けるが、クリスタルと二人で挑めば天災級が相手でも俺達ならば勝てる。


「クリスタルは待っていてくれ」

「はい、ここで見ておりますね」


 クリスタルには助けられたものの、最後は自分の手で決着を決めたい。それは同じダンジョンマスターである意地でもある。


 俺は重い体をなんとか動かしホラントの下へと走りだす。

 あれほど魔力がないと思っていたのに案外魔法一つ分だけはあるものだな。

 それともこれはクリスタルの声援のおかげなのかもしれない。

 ホラントへ駆ける途中に反撃や逃げようとするかもと思っていたが、既に余力がないのか何もしてこなかった。


「シィルススさんが待っている。早いとこ目を覚ませよ頑固親父ぃい!」


 そしてついに接近を果たし、右手に風球ウィンドボールを纏いてホラントの顔面を殴る。

 ホラントは殴られたことで数メートルの距離まで体を飛ばされ、ゴーストではあるが、彼の意識が失ったのを確認できた。


 やったか?

 そして俺も大の字になって倒れる。

 これでダンジョンマスターを倒せても、まだ目的を果たせてはいない。

 駆け付けるクリスタルを見ながら、これからどうするかを考える。


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