204話 遠い安寧
主人公が出てきませんm(__)m
セカイたちが会談の準備を進めている頃、距離にして東へ8000キロメートル。
エルドシラ大陸に君臨する三帝領を超えた東部列強――自由三ヶ国が一角、アルト・フリージア帝国に三人の部下が赴いていた。
四方を灰色のアスファルトで囲まれ、壁の裏からはガタン、ギギギィと歯車の音だけが空虚に木霊する。
生者の息吹も、死者の怨嗟も介在しない無機質な空間は、世界中のどこを探しても見つからない機械種の天災級ダンジョンである。
ダンジョンは全15階層からなり、クリスタルとは別の移動式と言われている。
それは塔のように階層を立体的に積み重ねたものではなく森型ダンジョンのように平面に広がり、ダンジョンを4×4のマス目に見立て、4×4-1の15枚の階層が存在する。その一コマぶんの空きスペースを利用して、スライド式パズルのように階層が丸ごと上下左右にスライドする機械種ダンジョンならではの、機械仕掛けとなっている。
そのため階層に順番は無く、ただ『区域』と呼称される。
数時間ごとに配置を変えるため、生半可な者たちが足を踏み入れると出口を見失い、延々と機械の魔物と闘い続けることになる。
『ゴォォォオオ!!』
その第7エリアの密室で、三人は鋼鉄の化身と対峙していた。
「アギト、そのままゴーレムを抑えろ!! 二、三発なら耐えられるだろ!」
「了解シタ。ヌゥオオオオオ!!」
その一人、特殊な魔合金で作られた黒光りする全身鎧を纏い、左右に二つずつ腕を持つ多腕武者。
黒大蟻をベースにした半蟲半人のアギトである。
全身鎧は常人にとって身動も取れないほどの質量を備わっているが、蟻人は剛力と頑丈な種族特性を持つ。鋼鉄の上級ゴーレムの破壊力でも、数発だけならアギトは耐えてみせる。
「ロンは火属性魔法だ。炎熱でゴーレムの探知を誤魔化せ。止めは私が刺す」
「動力源の魔石は、左脇の背中側にあります」
「分かった!」
金髪の青少年は杖を持たず、両手から放射される熱風で、黒衣のローブをなびかせる。
ロン――ろんどんの正体は、人間ではなくアンデッドの憑依霊。
ろんどんは宿主である人間の特性により、使用不可能な基本四属性の魔法を自在に操ることができる。
「ひふみ、ひれふす、退ぬ、火らひら」
その二人に指示を飛ばした女性の名をカーディナル=スレイ。アスロウ王国より派遣された優秀な助っ人。
彼女は黒色に統一した忍者のような姿をしている。
黒狐の尻尾と獣耳、褐色肌に、尻尾よりも長い濡羽色の総髪など、衣服だけではなく全身が黒々としている。
武器は手甲と短刀に、数本のクナイのみ。
基本的に攻撃は受けずに躱す。それはスレイが防御を必要しない独自の戦闘スタイルを誇っているからだ。
始めにスレイが魔法詠唱を終えると、火除けの火属性魔法を自身に施す。
妖狐族は人獣種の姿でありながら、属性魔法を行使する人魔種である。加えてスレイは妖影族という暗闇に生きる人魔種の混血種でもあり、身体からは黒い霧が発生する。
黒霧の効果によってスレイの周囲だけが暗闇に変わり、スレイの攻撃態勢が整った。
「ヌバ!?」
調度ゴーレムによる三回目の攻撃によって、巨漢のアギトが後方へ弾き飛ばされる。
「よく耐えた、今だ!」
「――火囲壁」
アギトと入れ替わるように、猛火の壁がゴーレムを囲う。
ゴーレムは炎で囲まれたくらいで、ダメージを負うことはない。
しかし探知能力を奪われた影響により、全体の機能が一瞬だけ停止する。
「はああああ!!」
『ゴォォォオ!?』
スレイは華奢な四肢を曲げ、顔面が地面スレスレになるまで低く走ると、人獣種顔負けの矢の速さで業火の中へ飛び込む。
ゴーレムが急接近する物体に反応して拳を振り下ろす。
「シッ!」
だが殴った物体は黒霧であった。
そのまま鋼鉄の拳は硬い地面に吸い込まれ、鐘をトンカチで打ったような轟音が鳴り響く。
炎熱による誤作動が生じ、まんまと妖魔族の種族特性、影分身におびき出された。
そして獲物を捉える瞬間こそが、最も隙を生じてしまう。
スレイの分身を殴るために空けてしまった脇へ――
『ォォ……ルゥゥウ……ゥ……』
クナイが深々と突き刺さる。
動力源たる魔石は、ゴーレムが持つ唯一の致命傷であり最大の弱点でもある。
「紫電一閃の必殺……見事ナリ」
「一見命知らずな突進……に見えて、影分身を囮にした生きた技、流石です」
魔石が砕け、硝子細工のようにゴーレムは自壊を始める。
エリアボス、上級ゴーレムの撃破に三人は成功した。
「ふふ、二人の援護のおかげだ。あまり私を褒めるなよ、うへへ、へへ」
昆虫と死者と云えども男二人。
スレイの尻尾はメトロノームのようにリズムよく揺れる。
「さて、目標も達成、出来ましたし、帰還し、しましょう――ゲヘナ・ハーヴェ」
ろんどんはゲヘナを使い、ゴーレムの残骸を回収する。
上級討伐はアギトとろんどんの最重要課題の一つに挙げられていたこともあり、肩の荷が下りた充実感を深々と噛み締める。
「ウム。拙者モ、格ヲ上ゲラレタヨウダ」
「ようやくアギトもロンと同じ位階になれるのか。めでたいことだな」
一月ほど前にこの地へ突然現れた、黒鎧の武者、黒衣の魔術師、黒体の女忍の三人組。
黒、黒、黒が三つも続くことから、三人は『三羽烏』と名を馳せていたのだった。
◇◆
「待っていたぞ、スレイくん」
スレイは長椅子に腰を下ろし、背後にアギトとろんどんの二人が黙々と立ち並ぶ。
スレイたちがダンジョンから帰還を果たすと、冒険者ギルドの役員による厳重な監視の下、ギルド長の待つ職務室まで連行された。
目の前に座るギルド長は、本当にかつて冒険者として活躍していたのかと疑い呆れるほど、私腹に肥えた見っとも無い体型になっており、威厳が全くと言っていいほどに感じられない中年親父だ。
「ここ一週間、潜りっぱなしだったそうじゃないか。大事はないか?」
「血も臓物も、悲鳴すらも上げない、機械種の討伐は意外にやりがいのあるものです。大事と申し上げましても、ひとっ風呂浴びたい気分のみ。これと言って……」
「それは済まなかったな」
「いえ、それでギルド長、私共に何用でありますか?」
スレイは胸を押し上げる形で腕を組み、長い足を見せ付けるように交差する。
まるで自分たちの方が立場は上である、と表現する態度は目上のギルド長に対して不遜そのもの。
しかし態度に合わせて見せる訳知り顔に、ギルド長は喉まで出かけていた言葉を止める。
「き、君たちが総本部からの紹介状を貰った冒険者であることは知っている」
「さすが自由三ヵ国に暮らすギルド長ともなれば耳が早い」
「だがこの街ではワシの決定に従ってもらうぞ。近頃、北の帝国が騒がしいことくらい知っているだろう?」
「無論、あの大帝国のことですね」
エルドシラ大陸東部は、南方のフリージア帝国と北方の太陽の統べる大帝国でおおよそ二分されている。
現在、その二大帝国が国境の大河を挟んで、緊張した睨み合いを続けている。
きっかけはフリージア側の山村の羊が、柵から脱走して川を泳いだことに始まった。
羊は川を渡って逃げ、慌てて取り戻そうと小船で追いかけた羊飼いを、ヘイオス側の兵士が誤って羊もろとも撃ち殺してしまう。
その行為に憤慨した村人がヘイオス側の国境警備部隊との間で一悶着が勃発し、ヘイオスが出兵したと勘違いしたフリージア側は慌てて自慢の魔殻騎兵を派兵し、国境警備隊を撃退してしまった。
「羊一頭で、死者12名も出すほどの惨事に発展するとは……」
「笑い話のようだが、おかげで開戦は避けられん事態になってしまったのだよ」
周辺各国を併合する大帝国の躍進から、遅かれ早かれ口実を与えてしまえば開戦は起きる。
ただ勝つに当たって、二帝国はまだ準備の段階であったがために、現在は両外相の話し合いで一応の決着を付けていた。
「それで君たちへの指名依頼だ。受けるか受けないかは、今、ここで決めて貰おう」
しかしそれもこの指名依頼から、開戦の準備がほぼ整っていることを意味していた。
指名依頼とは名ばかりの強制徴兵。断れば冒険者の資格は剥奪され、冒険者ギルドに預けている財産も没収される。
自由三ヵ国が持つ、冒険者の戦時利用権の一つである。しかしまだ、正式に戦争が始まったわけではない。
そこでスレイはある思惑が含まれていることを察する。
冒険者ギルドとは国家から独立した国際的な機関であるが、自由三ヵ国の冒険者ギルド支部ともなると、独自に息のかかった職員も自然と多くなる。
そしてスレイたちがギルド総長の名の入った紹介状を持っていることから、この都市のギルド長は監察官と早合点してしまった。
要はスレイたちを強制的にダンジョン都市から追い出すために、ギルド長は指名依頼を利用したのだった。
「一応の確認だが、依頼の内容は?」
「北の帝国への工作活動に、冒険者の保護だ」
酷く曖昧すぎる。
軍事工作を行い北の大帝国にいる冒険者を南の帝国へ引き入れ、戦争を円滑に進められる環境を作ることなのだろう。
「私共が選出された理由をお訊きしても?」
「それはだな……」
・男女混合のパーティーで、人種も人間種、人獣種、人魔種が揃い、各種族のバランスも取れている。
・ゲヘナの闇の使い手。
・四ツ星といえど、冒険者ギルド本部からの紹介されるほどの実力者。
その三点が主に三羽烏が選ばれた名目上の理由だった。
それを聞いてスレイはニヤリと小さく嗤う。
三羽烏に人間は一人しかいない。
他は人間種の皮を被ったアンデッドと、人魔種多腕族の皮を被った半蟲半人。当のスレイだって人獣種に化けた人魔種妖狐族である。
実に可笑しな冒険者だなとつい自笑してしまったが、単に面白がっただけではない。
「カーディナル=スレイ。世の安寧秩序を正すために、冒険者の誇りに賭けて戦うことを誓う!」
「アギト、同意スル」
「僕、ロンも同じく」
スレイが直立して宣誓の儀を行うと、残りの二人も後を追うように真似る。
これにて仮契約が成立する。
あとは契約書の作成や、依頼の細かな部分を煮詰めることだが、依頼内容が曖昧すぎる点とギルド長の思惑を考えれば、そう不都合な事態に発展することもない。
「うむ。任せたぞ。必要な道具や情報は、係の者に訊くがいい」
フリージアからニケルヘイオスへの出向には、フリージア帝国からの厳重な審査が本来は必要になる。
戦時中であれば、素性、経歴、人種、宗教などを徹底的に調べられていた。
もとよりスレイたちはニケルヘイオスの調査を、各々の主人より命じられていた。
わざわざギルド長に面倒な手続きを引き受けてもらったことになる。
「ところでギルド長」
「な、何かね?」
胸の谷間から取り出した書状に、ギルド長の背筋が凍る。
しかしそれはギルド総長オフィイリア=グランスルスからの通信許可証だった。
「そちらの精霊通信を、使わせて頂きます」
「……構わん。好きにせい」
ギルド長の安堵を背に、スレイたちは部屋を後にした。
早速スレイは精霊通信を使い、アスロウ王国の冒険者ギルド支部まで、今日までの報告を行った。
『……分かりました。我々も出来る限りの支援を尽くしましょう。そちらのギルド長へは、私から話を付けておきます』
「感謝するドミニク」
この世界は今、魔神ルシナの遊戯によって何かが起きようとしている。
セカイの対となるもう一人の対戦者について探るべく、冒険者ギルド総本部、アスロウ王国、人型ダンジョンの三勢力が固く手を結んだのだった。
スレイの報告を終えると、今度はダンジョン勢の出番となり、ろんどんが代表として通信機の正面に立つ。
『お二人が壮健で何よりです。経過の方は順調でしょうか?』
鈴の音色のような凛とした声――クリスタル直々の対応に、ろんどんは胸の内で万歳する。
「めぼしい魔物はゴーレム、人造人間、機械魔獣、擬態宝箱といったところです。そろそろゲヘナの闇もいっぱいになります」
『大変よくやりました。機械種はコハク産業に続く、良質な労働力の確保に繋がります』
「勿体無き、お言葉……天に昇る。いいえ、地に堕ちる喜びです」
『……』
気分の舞い上がったろんどんはアンデッドギャグを噛ますが、クリスタルは無視を決め込むことにした。
『ですがゴーレムは必要ありません。満杯になるようでしたら放棄するか売却でもして、自由三ヶ国の魔法道具でも購入してください』
「畏まりました。転移門は何処に有りますでしょうか?」
ろんどんは懐から地図を取り出して、転移門の設置場所を確認する。
『それは領空――お空です』
「空?」
勝手に人類国家の領土や領海に転移門を設置することは、冒険者ギルドの定めた重大な規約違反になっている。
しかしこの世界にはまだ、領空という概念自体が出来上がっていない。
『座標385と952の上空5000メートルに転移門は存在しています。合流の際はアカボシを遣わせますので、すぐに見つかることでしょう』
座標は自由三ヶ国を繋ぐ、三角航路の上空に位置していた。
しかし領空といえどもフリージア帝国の領海を踏み込まない距離で設置されており、ろんどんはある種の違和感を覚えた。
「ありがとう、ございます。クリスタル様は、まだ、東部大陸へ足をお運びに?」
そこまで来たのなら、本土上空に展開した方が何かと便利だった。
『……私が一人で新天地へ参るのは、味気ないものですから』
低くなった声の調子から、ろんどんは自身の失言に臍を噛む。
安寧は遠い。
いつの日か主人たちが安心して旅路を迎えられること、それが眷属総意の願いであった。
「失礼し、ました」
ろんどんは頭を下げ、精霊通信は終える。
「敵はまだ、我々の存在を看過していない。グフフ」
自らを敵地から帰らない先陣として、諜報活動により一層の熱をいれるのだった。
◇◆
あれから二週間の20日後。よく晴れたお日様の下。
アギトは中級上位まで進化を遂げ、三人は大帝国との国境付近まで集結していた。
「全く、よくも私たち三人だけで、ダンジョン帝国へ向かわせるものだな」
一度ダンジョンまで帰還を果たせたために、兵力の補強もやろうと思えば行えていた。
しかし幹部は愚かその補佐役まで遣わせるほどの余裕はダンジョンに無く、補佐役未満で死んでも防衛戦の替えが利くこの二人が、これ以上のない配役であった。
「それは我が、主人の裁決に、不服ですと?」
「ち、違う。私はだな、単にお前たちが心配になっただけだ」
「ツマリ我ラガ、マダ足手纏イト?」
「それも違ーう!」
二人は二人なりに任務に対する誇りを持っており、スレイは要らぬお節介を幾度となく焼いてしまう。
「違うのだ、違うのだぁ。私はただな……これから向うのは魔物が陰から人を統治する大帝国だ。天災級ダンジョンが8つ。魔王級ダンジョンもなんと2つ。まさに死地へ挑む。予想外の危機にも直面しよう。独り身の私はいい。それに諜報の専門家だ。逃げるだけならこの通りドロンとだな。しかし二人は――」
「気にせず見捨てください」「寧ロ本望ダ」
「もう馬鹿ぁあ!」
悲鳴にも近い叱咤の声は、人目を集めるには十分なほどたった。
「お前たちだったのか、俺の連れとは」
「ぅん? ――ハ!?」
背後に立った男性の気配に、スレイは全身の毛が逆立つ。
やや遅れてアギトとろんどんも懐刀を取り出すように、体内の魔力を急速に循環させる。
しかしこの男は動じない。
針を武器に山を崩そうとするほどに、三人とたった一人の間に、絶望的な力量差が存在していた。
この金髪オールバックの筋骨隆々とした大男。
「あ、ああ、アークライト=オリス!? なぜ貴方様が!?」
人類最強の称号を持つ、七ツ星冒険者のアライトだった。
本来の武具一式を荷台に詰め、どこにでも売っているような革鎧と長剣で一般兵士の恰好に扮している。
だが気配察知に長ける者ならば、一目見れば看過できるほどの並々ならぬ鋭気を携えている。
「スレイ家の『緋影』だったな?」
「ああ、一度サイカ嬢様が冒険者をなされる時に、貴方様とお会いしている」
「様は結構、気軽にアライトと呼んでくれ。大帝国は俺の故郷でもある。勝手知ったる者の方が、何かと便利だろう?」
「それはそうだが……」
冒険者ギルド総本部が助っ人に人類最強の男を召喚したことから、如何にギルド総長フィリアがダンジョン帝国を危惧し、この任務を重要視していることが良く伝わる。
もしかすると人類の命運すら握っているのかと、段々とスレイは平静でいられなくなる。
「さあ行くぞ。俺が来た以上、皇帝との会合は免れんと思え」
早速アライトが場を仕切ると、あろうことか諜報任務の上を行く目的を告げる。
「お、おい、勝手に私たちの依頼内容を変えるな!!」
「望む、ところです」「本望ダ」
赤月10日。
セカイたちとは真逆に位置するエルドシラ大陸北東部で、人類最強の中年男、二枚目青年のアンデッド、武者修行中の半蟲半人、何かと行き遅れた女の4人による。
「安心しろ。俺は生きて帰って、妻子の顔を拝むつもりだ」
「やめろハゲ野郎!」
風変わりな冒険が始まった。




