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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第八章 聖天へ送る新星の勇儀
213/214

203話 帰郷

「ふふ~ふん」


 この日メアメント=ヘスペルスは鼻歌交じりに年相応な可愛いらしい表情を浮かべていた。

 鏡の前に映る自分の姿は、父より贈られた黒紫色のゴシックドレスを纏っている。

 青い薔薇の胸リボン、彷徨う霊魂を模したフリル、人骨の形で骨組みされたクリノリルは外装防具のように、スカートを内側ではなく外側から膨らませている。

 美と死の感性を合わせ持つ狂気的なドレス衣装に、さほどオシャレに興味のなかったメアでも、着飾る喜びが芽生えるほどの満足な逸品である。

 無論ただのドレスではない。天属性の纏った特殊魔法道具だ。

 メアは天災級に成長したことで、魔法道具も三つほど装備できるようになっていた。

 そのことを告げるとセカイは娘の成長を喜ぶ父親のような笑みを浮べ、学生服では見栄えに劣るとの懸念もあってかドレスを贈ると約束した。

 メアにとっては、今日までに製作に掛けた時間、天属性の魔法道具、自分だけが持っている三つの魔法道具から、自分が一番愛されている。などと自惚れを抱くに十分な判断材料になっていた。


「入るぞ」


 するとトントンと家の扉が叩かれ、この晴姿を一番に見て欲しい人物が家に訪れる。


「どうぞ」


 セカイは薄青色のローブではなくシュッと身が閉まったタキシードの恰好でいる。

 最近、オシャレに気を遣うようになったセカイの、精一杯の努力の表れである。

 そんな普段とは違う親子二人の姿は、今から魔法大学の入学式に出席するとでも表現すればよいのか、まさに少女の角出を祝福するのにピッタリな装いである。


「うん、似合っているぞ」

「ふふ、ふふ」

「笑みはどことなく、クリスタルに似ている気がするな」

「ふふふ、目元は父様似」

「そういえば、そうかもな」


 たった二、三言でメアの心身は最高潮に達した。

 セカイの面影を含んだパッチリと開いた金赤の瞳は、チャームポイントとまで自負している。


「良し行くか。今日は俺たちだけの冒険だ」

「そ、どこに?」


 何気なく手を繋ぐセカイの仕草から、父親らしく振舞おうとする心遣いが感じる。

 メアは既に魔本や道具をゲヘナの闇へと収容し、出立の用意は出来ている。

 今日の午後は兼ねてより予定を空けておけと言われていた。ダンジョン防衛もアカリヤに任せれば、数日ほど空けても問題ない。

 それより、もうじき人間の国との争いが起きる。

 メアはセカイの真意を分からないままだが、ダンジョン防衛の他に、攻め入るための余剰戦力が必要になることだけは分かっていた。

 今日の冒険は、デッドスポット、魔の巣窟、龍の洞窟を行くのも悪くない。

 侵して、遊んで、殺して、仲間に加えるまでだ。

 二人だけの冒険という優越感のスパイスが、鼻孔をくすぐり五感をフルに駆り立たせる。

 そんなメアの予想は大方合っていた。ただ一点、目的地を除けばの話ではあるが……。


「我がダンジョンが世界一の栄光を掴むための」

「え?」


 握った手に不気味な握力が加わる。

 顔を上げると濁ったフラスコ越しから映る光景のような、卑怯な大人のする悪面がそこにあった。


「な、な……」


 何故?と、死属性を司るメアですら、不穏な気配に背筋が凍る。

 不味い。逃れられない。詰んでしまった。

 先ほどの幸せな会話も、本当はただのリップサービスだったかもしれない。


「将来メアが引っ越す予定のダンジョンにだ」

「ズコー」


 たった一言で、メアの心身は奈落の底へと落とされるのだった。


◇◆


 アスロウ王国の建国式が終えて日常も落ち着いた頃。俺たちが残す課題もあと僅かになってきた。

 人聖皇国ガルディアンとの形式上での会談は、俺と補佐役の二名が参加するとの書簡だけを送り、当方からの連絡を一切断ち切っている。

 国家に属さない俺たちは、俺たちのやり方でやる。

 人として扱って貰えない欠点を、逆手に取らせてもらう。

 俺は会談までの準備や調整を優秀な部下たちに任せ、今日は兼ねてより戻って来たいと思っていた目的地へと足を運ぶ。


「どうだメアちゃん。築50年の5階建て、多少古びてはいるが立派なお屋敷だぞーはっはっはー」


 俺は塀の外側からメアに、古びた洋館を眺めさせる。

 ここはエルラッハ王国の第三ダンジョン都市"ウェンバロン"。俺とクリスタルの出身地である。


「ふーん、で?」

「でってお前……」


 数分ほど眺めた感想がこれである。

 反応が薄い。虐めすぎたせいか言葉に棘もある。

 この機に反抗期へ突入してしまうかもしれないが、その程度の辛酸は舐め尽くしてやるまでだ。


「まあいい、二人に挨拶しろ」


 ウェンバロンといえば、当然そこで働く恩人の二人がいる。


「こんにちは、シィルスス伯母さん」

「お、伯母さん!?」


 冒険者ギルドの受付嬢ことシィルススさんは、不老長寿が特徴の森精族エルフであり、50歳を超える年齢であるものの、心身は共に麗若い乙女のようだ。


「それと……叔父さんも」

「レオニルだ、俺の名前を忘れたわけじゃねぇよな!」


 彼女の恋人で五ツ星冒険者のレオニルさんは、冒険者らしい小汚い印象をもっていたが、少し長めだった茶髪を整え、髭まで剃っている。

 こうなれば祖父が人魔種の血もあって、見た目は子供から慕われるお兄さんだ。

 冒険者ギルドのアイドルの恋人として相応しい身なりといえよう。


「お二人とも恥かしい所をお見せしてすみません。ちょっと親子喧嘩の最中でして……」


 メアとは一度だけ顔合わせをしており、当時は「我が娘だ!」と主張するようにいい子ちゃんを演じていた。

 しかし今回で化けの皮も剥がれたため、俺はこうなった行先を説明する。


「あれま、喧嘩中だったのね」

「はっ、仲が良いのか悪いのか、どっちかにしやがれ」


 ご機嫌斜めのメアなのだが、俺におんぶされている態勢でいる。

 それで騙された怒りを鎮めているらしい。

 折角仕立てたゴシックドレスの自慢も出来ないまま、ここ何日間は子猿を背負う親猿の気分を嫌というほど味わっている。


「行きたくない、行きたくないって駄々っ子になっちゃいました」

「嘘はいけない」

「だってお前、言えば本格的に第二階層で引き籠るだろ?」

「むぅ」


 肩を掴む握力が強くなる。

 メアは頑なに家を出ることを拒み、一時間に登る口論となった。

 結局、俺が無理矢理メアを抱っこすると、二人の間で妥協点が見つかり、冥途の館に到着するまではメアが望む親子のスキンシップをする羽目になる。


「そんじゃ、さっさと行くか? 人目も多くなってるからな」


 レオニルさんが首を振ると、冒険者や守衛の見物人と目が合う。

 さすがに一度来たことのある都市ならば、正体のバレた俺たちを一目見ようと、大勢の視線が向けられる。先ほどから少女をおんぶする醜態を晒し続けており、早いところ場所を移したかったので調度良かった。


「そうしようか。メア、今からこのダンジョンのアンデッドを仲間にするんだぞ」

「ん、傘下にする」


 かつて誘っても仲間にならなかった冥途の館のアンデッドたち。

 今日は死属性でダンジョンクリエイター、加えて天災級のメアを連れて、リベンジをさせてもらう。

 守衛に軽く挨拶を済まし、冥途の館の扉まで到達すると、シィルススさんは鍵を嵌め始める。

 鍵は俺たちが渡した魔法道具だ。これを使えば最上階まで行くことができる。


「トスタナちゃんに、セカイくんが来ることは予め言っておいたから、お話もすぐに出来ると思うわ」

「トスタナ?」

「お父さんに代わって、アンデッドの統制をするリッチよ。何度も会ってるうちに名前付けちゃった」

「ああ、リッチの奴か」


 冥途の館には、ティラノの元となったキマイラスケルトンの他に、二重する影(ドッペルゲンガー)厄病の大鎌人(グリムリーパー)屍の魔術師(リッチ)などの上級幹部が5、6名ほど存在していた。

 特にホラントと別れる時は、グリムリーパーとリッチの子が、ホラントに泣いて抱き着くほどの可愛げな様相を見せていた。


「久しぶりだな」


 石畳は剥がれ、欠けた石柱が何本も並ぶ、数千年前に滅亡した神殿風味の最上階へ到着する。

 攻略されたダンジョンとはいえ、機能までは完全に停止されていない。

 常に何者から監視されているような気配が肌を撫で、クリスタルとは別の圧迫感に苛まれる。


「実家のような、安心感」

「ふふ、メアちゃんにそう言ってもらえると嬉しいわね」


 だがメアは違う感想を持っているようだ。

 ようやく自力で歩いたメアは、俺の衣装の裾を掴みながら、最上階の不気味な雰囲気に声を弾ませる。

 実家。それもそうだろう。

 メアは冥途の館のダンジョンコアを素体にして生まれた。

 正確に表せばクリスタルと同様に、ダンジョンコアが人化をした姿だ。ダンジョンコアが、本来あるべき居場所へと戻って来た。

 そして疑似ダンジョンコアの嵌められた石碑の側には、数体のアンデッドが待ち構えていた。


『ようこそおいでくださいました』

『よっよ、よう、こそ』


 分厚いローブで正体を隠す半透明な女性リッチ、人骨をお祭りの仮面のように頭部の斜めに被り、背に大鎌を装備するグリムリーパーの少女。

 グリムの少女はどうやら吃音のようで、挨拶を終えると人骨で素顔を隠し、リッチの背後に並ぶ。

 大分数も減ったか? どうやらこの二体が、現存する上級アンデッドらしい。

 冥途の館も一年足らずで冒険者に大分攻略されていた。

 ただ冒険者にとって撒餌がなく、環境も悪く、徹底抗戦するダンジョンに旨味がないとして、攻略が先延ばしにされていたらしい。

 他にレオニルさんよりダンジョンは既にもぬけの殻。との俺が攻略した噂も暗に広められていた。


「歓迎に感謝する。――はっ!!」

『これは……魔王級!?』


 俺は挨拶がてら、魔王級の有り余る魔力を放出する。

 リッチが驚くのも無理はない。

 俺がウェンバロンへ戻ってきたのも、異世界基準で一年も経過していない。

 この急激な成長速度に、人よりも魔物の方が衝撃を受けることは、魔物の身としてよく理解できる。


「単刀直入に言わせてにもらおう」


 あとはメアを正面に立たせ、台詞の続きを言わせる。


「私――メアメント=ヘスペルスの、軍門に下れ」

『っ!?!?』


 邪悪な魔力がメアの周囲を走る。

 俺の時よりも、アンデッドは大きな反応を示している。

 ただ恐怖を与えた俺とは違い、メアを目にしたアンデッドは胸を撫で下ろす。

 単にメアが死属性だからではない。

 メアは冥途の館のダンジョンコアによって生まれた。

 つまり俺たちの娘であると同時に、ホラントの孫に当るとも言える。

 ここに棲むアンデッドにとっては、亡き主人の形見と思えるかもしれない。


『ヘスペルス様のお力を、拝見させて、頂いでも?』


 リッチの女性がフードを取って素顔を晒すと、胸に手を当て綺麗な礼を行う。

 黒髪ロングの理性的な女性であった。

 そのあまりにも人間的な容姿と動作に、彼女の生前が人間であることは薄々と感じられる。


「ふっ、私が下すまでもない。父様、アレお願い!」


 メアはゲヘナの闇から魔本を召喚すると、パラパラとページを捲り、血で染まった赤いページを開く。

 その気取った態度に、メアのやりたいことに合点がいく。

 どうやら直接手は下さず、配下の魔物を使うことで、自身の魅力を存分に発揮するつもりだ。

 天災級の力、見せてやれ!!


「いいだろう。じゃんじゃんじゃんじゃーじゃん」

「おい、なんだその奇妙な音楽は?」


 魔物バトルを盛り上がるBGMは必要だろう。


「レーシー、きみに決めた! ――《あくせしゅっ》!!」

「なのだー!」


 メアはレーシーをくりだした。

 発音がくしゃみのようだが、可愛いので良しとしよう。

 ちゃんとメアはクリスタルの性質も受け継いでいる。

 階級を問わずアンデッドの眷属ならば、6体まで魔本の中に封じ込め、自由に召喚することができる。


「うわ、はるか格上のリッチなのだぁ」

『よろしくお願いします。デミリッチさん』


 召還されたデミリッチの少女レーシーは、トスタナの放つ瘴気を目にして震え始める。

 アンデッド同士の戦闘に於いて、敵に恐れを抱くことは致命的な弱点となりうる。


「うるさい、ショジョビッチ。進めば死ぬ、退けば死ね。さっさと私の命令に従え」

「どっちにしても死ぬのだ!? あとその名で呼ぶなー!」


 恐怖心を払拭するためにメアはレーシーのお尻を蹴り、強制的にトスタナと向かい合わせる。

 階級は中級上位に対して上級上位といった感じだろうか。

 まともにやり合えば瞬殺されるほどの儚い戦力差だ。


「お前たちは何を遊んでんだ……」

「ふふ、本当に仲がいいわね」


 人間のご両人は、この寸劇を微笑ましく観戦しているが、本来アンデッドは遊ぶもの。

 生者より愉快に『生きて』こそ、生者の世界を死者の楽園へと染める、悪魔より恐ろしい魔物だ。


暗黒界より出でる魔手ゲヘナ・ハーヴェ・ルオ


 さすが闇属性の魔法適性に最も秀でるリッチだけあり、トスタナはメアも使用するゲヘナの進化版の、闇から暗黒の触手を無数に召還すると、レーシーを捩じ切る勢いで迫る。


「レーシー、こっちもゲヘナね」

「了解なのだ!」


 早々にメアは十八番を発動する。

 腕を前に出して左右へ揺らすと、お化けのような踊りを始める。


「おい、なんだそのふざけた踊りは?」

「可愛い踊りだろうが!」

「わ、悪かったな」


 この場違いと思える不思議な踊りによって、二人の魂の繋がりは限りなく強化される。

 メアは天災級に進化しても、やはり単体戦力では上級上位になったリンネルほどしかない。

 代わりに眷属の力を強化、操作、蘇生など、支援魔法の適性がぐーんと上がった。

 アンデッドを統べる死姫メアだからこそ使用できる。一日に一回きりの全力の合わせ技だ。

 メアの魔力を身にまとったレーシーは、身体から黒い輝きを放ち、限界を超えた魔法を発動する。


「「――暗黒界より出でる影手ゲヘナ・ハーヴェ・ツェル!!」」

『私の上を往くのですか!?』


 墨色の闇手を漆黒に塗装したような影手は、手数も、腕の太さも、機動力も、トスタナの発動したゲヘナよりも一段階ほど優れている。

 形勢は逆転した。

 影手が闇手を根こそぎ千切りとると、今度は無防備なトスタナを襲う。


『嗚呼、ホラント様、再び出会えた気がしました……』


 トスタナは母親に抱かれるような安らかな表情で、影手の猛攻を受け入れた。


「効果はバツグンだ!」


 いやまあ、色々とごめんなさい。

 リッチの瀕死を確認すると、メアは天に腕を伸ばし勝鬨を上げた。



「――《あくせしゅっ》!!」


 魔物バトルは勝利に終わり、メアは魔本に封じ込めていたアンデッドたちを紹介する。


「ヒヒーン!」

「カカカ」

「ミャーオ」


 死霊の黒馬(ナイトメア)、レッドウォーリアースケルトン、黒猫のシャ・ノワールから黒豹のシャドーパンサーに進化したくつしたの三体を始め。


「ガハハハッ! お前たち久しぶりだな!!」

「ぎゃーう、皆、タダイマ!」


 漆黒の龍骨を身体にする人型スケルトンのティラノと、紳士の恰好をした二頭身カボチャ小僧のウリィにも来てもらっている。


『龍骨のキマイラスケルトンに……糞ガキのジャックランタンまで!?』


 トスタナですらウリィを悪ガキ扱いしてたんだな。

 そんなウリィも今や上級へと進化を果たし、冥途の館のアンデッドたちは悪夢を見たように気が動転している。

 アンデッド三人組が成長できたのも、ひとえにメアの支援があったからといえる。


「私に、憑いてこい」

『はい、冥途の館は、ヘスペルス様に尽くすことをお約束いたします』


 アンデッドがメアに忠誠を誓い、冥途の館を乗っ取った形になる。

 リッチは上級上位、グリムリーパーは上級中位のため、これでメアの上級眷属可能人数が残り4体となった。


「よくやったぞメア」


 メアの頭を撫で、喜びを分かち合う。

 冥途の館のアンデッドを加えたことで、メアだけで天災級ダンジョンの総戦力を得たことになる。


「これで冥途の館も、また活気を取り戻すのよね?」

「そうですね。そちらのダンジョンにはメアの作る魔法道具が置かれる予定です。こちらとしては、メアと冒険者の訓練場として使って頂けるとありがたいです」


 メアによって死んでも蘇生するアンデッドは、接待プレイを行うには最適な魔物である。

 メアは将来ダンジョンマスターになるための予行練習、冒険者は実戦に近い訓練場として、お互いルールを守って、ダンジョンに死者が出ることのない環境を築いていくつもりだ。



「今日はこれでお別れだレオニルさん。といってもダンジョンは転移門で繋がる。何かあれば気軽に連絡を寄越してくれ」


 本日の目的は果たしたので、無駄にメアを長時間もダンジョンの外へ出していられない。

 まだ会って半日も経っていないが、俺たちは冥途の館でお別れを行う。


「おうよ、嬢ちゃんにもよろしく言っといてくれ。何かあれば微々たるもんだが力になるぜ」

「ありがとうございます。今度またクリスタルが転移門を設置にここへ来るはずだから、その時にまた案内をお願いするよ」

「別行動中なのか?」

「クリスタルは今、国家の間者や冒険者から逐一同行を監視されている」

「っ……だよな」


 俺たちを生かしているのも各国にとって利用価値、または様子を伺う段階にあるからだ。

 もし敵対した時に備えて、クリスタルは西部諸国とシーランス大陸で転移門の設置作業を邁進している。

 それに俺とクリスタルが別行動をした時の行動パターンも知る必要があった。

 転移門を使えば瞬時に長距離移動ができる分、今の敵――人聖皇国ガルディアンの間者の目を誤魔化すことができている……が、これはまだ来月のことである。


「あ、そだ。シィルスス伯母さん」


 メアの手を引いて別れようとした時、メアがシィルススさんの下まで駆け寄る。


「なにかなメアちゃん?」

「お腹に赤ちゃんいるから、気をつけてね」

「ほへ?」「なんだと?」


 その反応から二人も初耳のようだ。

 メアは死属性使いであるため、生命の探知には敏感でいる。


「ん、時期的にまだ二ヶ月だね」

「おめでとうと言いたいところだが、安心できる段階じゃないよな」


 エルフの出産は人間種で最も難しい。

 どの種族よりも寿命が数倍もあることから、出産までの過程も二倍ほどの期間が必要になるとの噂を耳にする。

 エルフの出生率の低さに頷けるが、なんとしてでもこの恩人には不幸な目にあってほしくない。

 幸い、この場には死属性使いのメアがいる。『死』は使い方によっては、『生』を司ることもできる。


「メア、安産祈願に身代わりの御守りを作れ!」

「ほいさ!」


 メアは魔本のページを破り、魔法道具を作成する。

 もう立派なダンジョンマスターと言っても差し支えのないほど、メアの魔法道具作製は上達している。


「これ、一度だけ降りかかる不幸を御守りが守ってくれる」


 護符に守りたい対象の血を一滴だけ垂らすことで、使い捨ての魔法道具が完成する。


「本当にありがとうね。お父さんも、喜んでいるはずよ」

「何度だって礼を言わせくれ。お前たちの方こそ、俺の恩人さ」


 シィルススさんは目に涙を浮べ、彼女の肩をレオニルさんが優しく抱きしめる。

 二人は最初に俺たちを人と変わらずに接してくれた。

 二人が笑顔でいてくれるだけで、人類との共生の道も明るく見える。

 人類を頂点に見做し、魔物の排斥を掲げる皇国ガルディアンとも、敵対ではなく共生を目指せるんだと気力が湧いてくる。


「それではお元気で」

「ばいばい」


 冥途の館のアンデッドたちにとっても、待望のホラントの孫が誕生するのは、一年と半年後のことであった。


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