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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第八章 聖天へ送る新星の勇儀
211/214

201話 アカリヤ奮闘記

二話を一話にまとめた文量のため少しだけ長いです<(_ _)>

 第一階層墓地エリア。

 その階層責任者アカリヤは真紅のドレスローブとツバの広い帽子を被った格好をしており、常に人の目を引く。

 椅子に座っているような姿勢で満月の夜空を飛び回る姿が、度々冒険者の間でも目撃されている。

 もし彼女が箒に跨って飛行でもすれば、誰がどう見ても魔女だと信じて疑わない外見的特徴なのだが、これでも種族名は死を予兆する蛇火(ルミナスサーペント)であり、決して魔女ではない。

 しかし赤い長髪と帽子のせいで誰もアカリヤの素顔を見たことがなく、やはり魔女なのだと噂が途切れることがない。加えて服の上からでも分かる魅惑的な胸の膨らみが、男性冒険者から密かに魔女ブームを呼んでいることなど、アカリヤが知る由もない。


「さあ、退くのですわ。貴方方は殺す価値すらございません――火波フレイヤ

「ひ、ひぇー!!」


 地上を見下ろすアカリヤが放った業火の壁に、四人の新米冒険者パーティーが慌てて来た道を引き返す。

 戦士職は魔法道具でもない使い古した鉄の剣、魔法職は僅かばかりの魔法適性を高める下級トレントの小杖と、ダンジョンの中級魔物が装備する武器の方が栄え、性能も優れているほどだった。

 専ら若い冒険者たちは、楽に安全で儲かるとの噂に食いついた、か弱い子犬に過ぎない。

 倒しても殺す価値はない。DPで換算しても20に満たない微弱な生命力である。

 撒餌が機能していると実感する反面、無謀にも魔王級(非公式)のダンジョンへと足を踏み入れたことに、苛立ちを覚えないこともない。

 だが死を以ってその愚行を償うにはせめて数年。

 100DPを超える生命力を蓄え、再びこの地へ訪れた時、いっぺんに刈り取り墓標に名を刻ませてあげるのが最高主の下した決断である。

 第一階層墓地エリア守護責任者アカリヤは、主人に代わって冒険者の選別を行うのだった。

 ゆえに【紅蓮の魔女】の存在に魅せられる冒険者は後を絶たない。眠らない彼女は今日も満月の夜空を妖美に踊る。


「ん?」

「か、南瓜だ、南瓜が出たぞぉぉおお!!」

「あらまあ、お可哀想なこと」


 墓地エリアの閑散とした空気では、悲鳴も耳を撫でるほどによく聞こえる。

 アカリヤの居場所はエリアのおよそ中央。メア迷宮への入口付近から、悲鳴の主が徐々にこちらへ近づている。


「ガハハハッー、ねえ見て見てこの箱~はやく見れやふぁぁぁ×く!!」

「来んじゃねーよ糞カボチャ!!」


 この階層を守護する上級魔物は、もう一人――浮浪者から紳士のジャックランタンへと成長を遂げたウリィが存在する。

 ウリィはランタンの代わりにリボンが巻かれた正方形の箱を、逃げる冒険者たちへ披露している。

 その執拗な追跡に、四ツ星の冒険者たちも阿鼻叫喚の声は止まない。

 無理もない。メア迷宮から出てきたことから、冒険者の仕事から帰還中だったのだろう。

 冒険者にとってウリィほど厄介な魔物は未だに見つかっていない。

 一に殺せない。二に逃げられない。三に撃退しようにもソコソコ強く。四に悪意を感じるほどの脅威の出現率。五に戦闘を遊びとする面倒くささ。命掛けで来た冒険者の神経を逆撫でするモノであり、これ以上の不幸との遭遇はない。


不思議でおかしな箱(カラフルボックス)!!」

「ぎゃぁああ!!??」


 ウリィは夢属性と創造主ホラントより贈られた特殊魔法道具によって、空想の産物を現実へと創造させてみせた。

 アカリヤにとって、その鉛色の塊が何なのか分からない。

 ただ眩い閃光の後に耳を打つ破壊音、墓石をなぎ倒すほどの衝撃が起き、気がつくと冒険者たちが力なく横たわっていた。

 よく全員が無事であったと感心するも、ウリィが手心を加えたのか、半数だけが静かに立ち上がる。

 しかしそんな彼らにウリィは念力で足を膠着させ、悍ましげにカボチャの顔で詰め寄る。


「とりっく、おあ、だい? だい、おあ、とりっく?」


 そこはせめてトリートだろよと、追い詰められた冒険者は懐からある物を取り出す。


「ちっ今日の収穫が……くっそ、受け取れ!」

「あーい、お菓子だー!! ふぁぐふぁぐふぁぐぅう」


 お菓子を上げれば命までは取られない。

 そんな不文律が、カボチャにやられた冒険者によって広まっていた。

 ウリィがお菓子に目を奪われているうちに、冒険者は今日得た魔法封印紙の三枚を捨て去り、倒れた仲間を担いで慌ただしく出口へと向かう。

 収穫物もおいて置かないと、食べ終わったウリィがお代わりを要求して再度現れるからだ。


「よくやりましたわ、ウリィ」


 戦闘後、アカリヤとウリィはお互い宙に浮いた状態で会話を始める。

 しかし二人は同期であっても階層責任者の立場を内外に示す必要があるため、アカリヤがウリィを遥か頭上から見下ろしている。

 先ずアカリヤがウリィの剥ぎ取った戦果を、下級スケルトンを使って墓地エリアに存在する泥沼へと運ばせる。

 厳密にいえば墓地エリアとメア迷宮が繋がっていることから、瘴気の充満する泥沼を潜るとメア迷宮の宝物庫へと到着する。

 もし命を惜しまず冒険者が泥沼へと飛び込もうものなら、その勇気に称賛してメア直々の『死属性』特殊魔法道具を贈る"るーる"が存在する。だが今のところその秘密を発見した者は一人だっておらず、そもそも生者にとって泥沼は死臭が激しいことから、近づくことすら嫌われている。


「それで先ほどの見事な炎撃はどういった魔法なのでしょうか?」


 アカリヤとて一端の火属性魔法の使い手。

 ウリィの使った魔法に、赤い瞳は燃えるような好奇の揺らめきを見せていた。


「ボスの夢の中で見たロケット爆弾!」

「爆弾……ああ、異界の兵器でしたか」


 夢属性とは他者の夢にまで介入するのかと驚嘆するも、その使い様にアカリヤの表情からは翳りが見える。


「セカイ様は故郷の進んだ技術を扱うことを嫌っております。使うのでしたら、もう少し偽装を加えてみてくださいな」

「んーこんなふうに?」


 再びカラフルボックスから取り出された爆弾は、鉛色の塊とは程遠く、縞々模様の包み紙で包装された巨大キャンディへ変貌を遂げた。


「お見事ですわ!」


 ファンタジックに偽装されたこれなら、鉄の塊に火薬を詰め込んだ兵器だとは誰も思わない。


「ですが、夢は所詮、幻ですのね……」


 アカリヤが誘爆させようと火球を放つが、キャンディ爆弾はアカリヤの炎をすり抜けて爆発が起きない。


「そうそう幻覚と同じ。オイラも本物じゃないと、冷えたハートは満たされねぇぜ! ガハハハッー!」


 ウリィがカラフルボックスからキャラメル、アイスクリーム、ビスケットなどのお菓子類を創造するも、ウリィは一向に手を付けず静観を続ける。

 夢属性で創り出した実体は、限りなく本物に近いが幻想だ。

 例え食べ物を出しても腹は膨れず、味もすぐに忘れてしまう。麻薬のような一時の多幸感しか得られない。

 妖精種の奇跡ならいざ知らず、アンデッドでは所詮、虚しい偽物しか創られない。

 冒険者を爆撃で倒したことも、過去に似たような被害を受けた冒険者のトラウマを夢属性によって刺激し、次に他者へ感染させ、大人数に幻痛を引き起こさせただけであった。


「ああ、それとウリィ。最後に一つだけ忠告しておきます」

「なんだよー?」

「遊んでばかりいますと、わたくしやティラノに、益々差が付けられてしまいますわよ……」

「へ?」


 アカリヤの心配事は即座に的中する。


「遂に、見つけました!!」


 凛とした男性の声が敵意の視線と共に発せられると、朝日の到来を感じさせるほどの強烈な光線が二人の方へと走った。


「ギャヤヤヤ!?」


 光線の直撃を受けたウリィの肉体が飛散する。

 男の持つ武器はアンデッドが嫌う退霊用の聖銀に加えて、光属性の聖気まで帯びた魔法道具の剣。

 まるでこの階層のアンデッドに特化された一撃は、ウリィですら溶けるように浄化されていく。

 尤も、その程度でウリィが死ぬことはしない。精々再生に数十分のタイムラグが必要になるくらいだろう。そのためアカリヤは敢えてウリィを囮に使い、情報の分析を優先した。


「まあまあ、お懐かしいお方ですわね。火傷の方は大丈夫でして?」

「ハッ、僕を覚えていてくれましたか!! 貴女を浄化させるのに問題はありません!」


 人獣種獅子族でありながら、人間の中でも平均的な体躯をした金髪の好青年。

 およそ三ヶ月前、このダンジョンは危うく攻略されかけた過去がある。

 その時に対峙した1000人もの屈強な冒険者たち。うち過半数はここで鹵獲された苦い経験を持つ。

 つまり墓地エリアが最も恨みを買い、最も恐怖を与えたとも言えよう。

 そんな冒険者たちが、いつかお礼参りに現れるはずとアカリヤは覚悟していた。

 そして今、目の前に現れた者こそ、おそらく墓地での死闘で最大の敵といえた剣士である。


「二十四部族連合、獅子族の戦士リオンは獅子の心(レオンハート)の誇りに賭けて、貴女と再戦を所望する!!」


 リオンは英雄譚に登場する勇者のごとく、覇気と尊厳を携えた面構えで、魔女に対して名乗りを行った。

 本来、魔物相手にそのような手順は必要ない。

 それは遊びや狩りではなくアカリヤを一人の好敵手と認め、決闘のような真剣勝負を申し出ていることを意味していた。


「フフ、遂にとおっしゃいましたが、墓地ここへいらっしゃるのは何度目でしょうか?」


 アカリヤにはリオンが墓地へ来た記憶がない。

 それはリオンが選別対象から外れ、墓地エリアを素通りできたからだろうと推測する。


「……前回の討伐隊を加えて四度目です」

「それはそれは熱烈な求愛でしたこと。袖にしたようで申し訳ございません」

「べ、別にそんなわけではありません!」

「フフ~ン」


 四度の侵入のすえ、ようやく再会を果たす。

 かつてアカリヤは火加減を間違え、骨の髄までリオンを焦がしてしまった。否、加減する余裕もないほどにリオンを畏れ、本気にならざるを得なかった。

 あの時のアカリヤは上級下位に対して、リオンは上級中位を討伐した経歴を持つ格上といえた。

 だが今は違う。二人の格は同等に近い。

 そして今の問答から、リオンが自分にしか興味のないことが分かった。

 だったら再び、部下のウィルオウィプス三姉妹や愚魂スパンキーでもけしかける戦術が妥当だろう。

 しかしアカリヤとて、彼との再戦に興味がないわけではない。

 彼ほどの強者を一人で殺せば、おそらく次の位階へと進化ができる。

 ダンジョンは成長する上で、これ以上ない試練を魔物側にも与えてくれるのだ。


「いざ、参ろ——」

「お待ちください!」


 聖銀の剣を構え、今にも突貫してしまいそうなリオンへ、アカリヤは慌てて静止の声を送る。


「なんです?」

「正々堂々とした決闘がお望みなのでしょう?」


 周囲にリオン以外の気配は一切感じられない。

 反省したのか、対策なのか、努力が変な方向に進んでいるのか、蛮勇にもリオンは仲間も連れず、一人で敵の懐まで来ている。


「貴方を殺すべきか、生かすべきか、我が主にご採決を頂きたいのです」


 リオンはセカイと交友関係にある二十四部族連合の長ボスダディの部下であり、護衛官レオネスの弟だ。

 もし惨殺して、政治問題に発展しようものなら、主人に要らぬ世話を掛けたことになる。

 本来そのような配慮はどの階層主もしないのだが、ゆえに彼女が玄関口を預かる番人となり得たのだ。


「わ、分かりました……さっさと始めてください!」


 アカリヤは一瞥だけして、セカイへ繋ぐ合言葉を紡ぐ。


「ごほん、もしもしー」

『アカリヤか、どうした?』


 アカリヤがリオンの処遇について尋ねると、セカイは逡巡することなく答える。 


『構わん、好きに料理しろ。だがお前が死ぬな』

「感謝の至りです」


 ダンジョンへ侵入できた以上、防衛者、侵入者、その二方の意思を尊重する。

 もし他国の王族関係者や七ツ星冒険者が侵入しようものなら、冒険者ギルドの妖狐族の職員によって、待ったが掛かる手筈になっている。

 それ以外の処遇は例えセカイの友人であっても、階層責任者の裁量に任せる方針となっているが、これでアカリヤは心置きなく殺し合うことが可能になった。


「ウフフ、嬲り殺して差し上げましょうぉぉ!!」

「来い!!」


 人と魔も、ダンジョンでは平等な戦士となる。

 剣士と魔女は今日こそ生か死(けっちゃく)を決めるべく、一対一での真剣勝負が開始された。


「赤黒舞踊・影口」


 先ずアカリヤは闇属性魔法の幻影を駆使して、自分の数を20人に分身するとリオンを囲む。

 前回と同様リオンの出方を見る。だがそれだけでは終わらない。

 ダンジョン防衛の時と違い、アカリヤには殺生が認められ、位階も中位まで一つ進化させている。


「踊れ!!」


 分身の一人から猛火が発生すると、リオンの背後を襲う。


「く!?」


 リオンは反射的に上体を寝かし、何とかアカリヤの奇襲を躱す。

 分身体一人一人が、火属性魔法の発射口となり、敵を四方八方から襲う。

 火力の方は中級クラスだが、不意を突くことで本体を探るための集中力を削ぎ、一方的な魔法戦を展開することを可能にしていた。


「これがっ、貴女のっ、本気ですか!」

「ええ、全力全開、情熱的なまでに激しい舞踊に、いつまで立っていられましょう?」


 アカリヤの集中砲火に、リオンは回避に専念することしかできない。

 その動作がまるで下手な踊りを踊らされているようで、アカリヤの顔がみるみる紅潮していく。

 アカリヤは広範囲殲滅魔法を得意とする。

 アカボシの単体殲滅魔法と違って威力は低いが、優れた連射性と有効射程から人程度・・・の身体を焼き尽くすには最適といえた。


「仕方ない――魔纏まてん


 リオンは魔纏術特有の魔力で空中に足場を作り、高低を活かすことで何とか炎撃の嵐を躱す。


「おやもう、切り札ですかぁ?」


 形勢は一瞬で、アカリヤの方に傾く。

 分身に囲まれていては、いずれ火力の包囲は完成し、リオンは足の踏み場すら失うことになる。

 せめて本体を見つけ、攻略の糸口を発見するまでは、まともに闘えば勝機はない。

 リオンはアカリヤに背を向け、獅子族の鍛えられた脚力を行使して墓地エリアを駆けることにした。


「まあまあまあ!! 鬼ごっこに代わりましたか? 火矢、火槍、火波、火砲、大火葬!!!!」

「くっ、一体どれが本体なんです!?」


 アカリヤは分身体を引き連れて、がら空きとなったリオンの背中に魔法を放ち続ける。

 もしリオンほどの一流の身体能力と魔纏術が無ければ、とっくに灰となる災害級の殲滅魔法である。


『炎ノ海ダ、ヒエェーー』

『焼キ飲マレル、ニゲロォォ』


 アカリヤの歓声とダークトレントの悲鳴を耳に、リオンはひたすら本体を探す。

 属性魔法の使えない人獣種の戦闘スタイルは至ってシンプルである。

 人間離れした耐久力と筋力で、獲物に接近して一撃で屠る。

 しかしアカリヤ本体は分身で身を隠し、上空の遠距離から高火力魔法で地上を炎上させる。

 前衛の剣士が闘うには、その戦法の相性が最悪だった。


「聖剣よ、僕に力を貸してくれ!!」


 人獣種が獣と大きく違う点は、道具を自在に行使する点にある。

 光属性の白銀の剣が、斬撃を飛ばして攻撃前のアカリヤを襲って無効化する。

 リオンはこの日のために連合長ボスダディに何度も懇願し、退アンデッド用の特殊魔法道具を借りることに成功した。

 これは私闘だけではなく、国の威信を背負った決戦でもある。

 絶対に負けるわけにはいかない。

 逃走という本来の矜持を捨ててまで、勝利への貪欲な姿を見せていた。



「で、そろそろお終いに致しましょうか」


 しかしここはアカリヤが守護する墓地エリア。

 敵の逃走も考慮しており、逃げ場のない場所へ追い込むことなど造作もなかった。


「はあ、はあ、これでも僕、かなりの準備をしてきたつもりでしたが……」


 瘴気が水に溶け、溢れ出すほどに禍々しい泥沼を背にしてリオンは立っていた。

 唯一の逃げ道がその泥沼の中だが、その真実を知る者はまだ人では存在しない。


「その程度の魔法道具でわたくしに勝てますと?」


 特殊魔法道具の質では、人型ダンジョン"クリスタル"が、どのダンジョンより秀でていると自負している。

 精々聖剣は600DP。並みの上級アンデッドならば十分に一撃で圧倒する。

 だが魔法道具として逸品であっても、アカリヤの素顔を隠す深い真紅の魔法帽子——至宝の財には遠く及ばない。


「貴方との決闘、そこそこ愉快でしたわよ」


 火属性魔法使いは、ド派手で苛烈な殺戮方を好む性質を持つ。

 逃げ場を奪えば、何となくありったけの殲滅魔法で必中必殺を狙ってしまう。

 紅蓮で出来た魔法陣が空を覆い尽くし、いよいよリオンが助かる術がなくなった。


「……魔纏まてん


 ――本体を狙う他には。

 リオンは地面を、空中を、足が千切れるほど桁外れに蹴り、一直線にアカリヤの本体へと突き進む。

 彼は三度、この墓地へ訪れている。

 アカリヤが追い込んでいたその実、リオンによって泥沼まで誘い込まれていたのだ。


「――な!?」

におい、ですよ!!」


 瘴気が篭り、生者にとって死臭が激しい泥沼は、アンデッドのアカリヤにとって盲点になってしまっていた。

 分身は所詮、幻に過ぎない。

 実体がなければ死臭が付着することもない。

 リオンは人獣種の誇る驚異的な嗅覚によって、瘴気の放つ臭いを嗅ぎ分け、本物をあぶり出した。


「ハァアアア!!」


 聖気の帯びた剣が、アカリヤの肉体を斜めに切り裂く。


「お見事、です」


 皮膚は避け、内に蓄えていた膨大の瘴気が、泡のように膨れ上がる。

 これで勝敗が決した。

 リオンは戦士の情けとして、滅び逝く強敵の最期を見守ろうと気を緩めた時――


『その程度でわたくしを倒せたと?』

「なに!?」


 今度はリオンが驚くことになる。

 泡ではなく噴煙を上げるように、切られたアカリヤの身体が肥大し、蛇の形へと変化していく。

 アカリヤが魔女と公言しない理由は、魔女ではなく魔の蛇だから。

 落下中のリオンは再び空中を蹴り、距離を置くことに努めるが、アカリヤの火を纏う20メートルの巨体によって、既に逃げ場を塞がれていた。


『実にお見事、わたくしの素顔を知る人物は、貴方が初でしてよ?』

「ぐっ、ぁ、あ゛あ゛っ!?」


 ここが地上であるならば、リオンは全身の骨を砕いてでも暴れてみせたが、空中であることが災いした。

 火蛇によって関節は完全に締め付けられ、炎熱により呼吸が出来なくなると、筋肉に力が入らなくなる。

 するとガランと聖剣が地面へ落下する。

 前衛戦士が己の武器を手放した。これによってアカリヤの勝利が決定した。


『フフ、お可愛いこと』


 健康的な皮膚の焼ける臭い、分厚い筋骨が潰れる不協音、歴戦の勇士の発する悲痛な叫び声、美麗青年を抱き殺す稀有な経験。

 アカリヤは人思いに大火の抱擁で焼き殺すこともできたが、加虐性愛の衝動が疼いたために、徐々に絞め殺すことに決め、アンデッドとしての死生を堪能し始めた。

 しかしそこでアカリヤはある見落としをする。

 先ほどまでリオンが聖銀の剣を握っていた手に、一枚の用紙が代わって握られていた。


「――魔法封印紙・氷大槍」

『きゃ!?』


 前衛剣士が中級魔法を詠唱もなく発動する。その奇襲攻撃に次々と氷の槍が火蛇の身体に突き刺さる。

 リオンはダンジョンが解放されてから身元を隠しながら二度も足を運び、その都度目玉商品とされる魔法封印紙の回収を行っていた。

 そもそもリオンがダンジョンに派遣されたのも、ボスダディから『魔法封印紙を多く回収せよ』との命令も受けていたからだ。

 ダンジョンは今、セカイたちとの知己を求め、またその技術を狙って攻略を目指す冒険者が多くいる。

 当然、魔法封印紙の到来によって、新たな戦闘スタイルが生まれつつあった。


「はあ、はあ、人獣種でも使える属性魔法……おかげで僕らは、より高見へ至れる」

「こ、れは……してやられましたわ」


 ルミナスサーペントの特性上、攻撃力に比べて防御力が非常に低い。

 アカリヤは泥沼の瘴気を吸い上げ、何とか回復を務めるも飛行はままならず、分身と火蛇が解除される。

 だがリオンも、火蛇の抱擁によって重度の火傷と複雑骨折が数か所に見られる。

 互いに疲弊の具合を隠しているが、立っていられるのがやっとの窮地にいる。

 次の一撃で本当に決まる。

 魔法職でありながら接近戦まで追いやれたアカリヤは、両手に炎の槍を生成して迎え撃つ構えを取る。


「これで僕の敗北はなくなりました」

「え?」


 アカリヤの緊張とは裏腹に、リオンは聖銀の剣を鞘に収める。

 完全に意表を突かれ、驚いた表情のみが態度に現れる。

 その隙にリオンはダンジョンの出口へ向けて猛スピードで駆け抜けた。


「いつか必ず僕が勝つ。その時までは、絶対に死なないでくださいね!」

「待ちな……さ、い」


 別れの言葉だけを残し、勝負はお預けとなった。

 それだけ走れる体力があれば、死に体のアカリヤを追い詰めるだけのパワーがあったかもしれない。

 敗北はなくとも敗北感が、胸のしこりとして残り続ける。

 アンデッドが病いに掛かったような、不快で奇妙な想いがこみ上げる。

 だが小さくなる背中をじっと眺めていると、自然と頬が緩くなる。

 自分も、彼との再戦の日が訪れることを愉しみに待ち望んでいる。


「そんな約束のろいれったいわよ……」


 次はもっと強くなって、完膚無きまでに灰にしてやるのだと強かに情熱を燃やす。

 彼女が上級上位へ進化する日も、そう遠くはなかった。



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