表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第八章 聖天へ送る新星の勇儀
210/214

200話 コハク産業

 橙月5日。

 今日の俺は玉座にどっしりと腰を下ろし、アスロウ社会科見学の時のように観察を行う。


『ダンジョン交易都市王国アスロウへようこそ!』


 垂れ幕に書かれているアスロウ王国の肩書が実に珍妙だが、市井は大いに賑わいを見せていた。

 エルラッハ王国からは広大な土地より産出された資源、作物、毛織物に、北方ならではの氷属性の素材などが多く見られ、対して赤道付近のバルクバルド共和国からは天候と自然の恩恵を受けた多種多様な食材、工芸品、西部諸国随一の職人が織り成す魔法道具などが品物に並ぶ。

 時間的な束縛から解放された経済の流水は、治まることを知らない。

 西部諸国トップの結束により、周辺各国も新たな商業機会を求めてこぞってアスロウへ集い出す。今やアスロウ王国は、サウラ王国の首都ラジアールに次ぐ第二の中継商業都市へと変貌を遂げつつあった。

 加えて先日のバルクバルド共和国とルシナエル教国の試験的な特需に味を占めたのか、海を越えて自由三ヵ国の商品もチラホラと見える。

 つまり文化が急速に発達している。

 俺もついアスロウ王国もダンジョンの改装機能を使っているのかと錯覚に陥るほどに、都市の景観が次々と育まれていく。半年も経過すれば我が居住区の空白の魔都(ヴィルティ・ノート)の生活様式を超えるほどだろう。

 転移門の帰属化は宗教改革の活版印刷術、産業革命の蒸気機関、帝国主義を促進させた電信に通じる、偉業と破壊の道へと足を踏み入れさせたのだと思わなければならない。


「転移門の設置は人類国家の総意の下で決定されたことです。我々が気を病む必要はございません」


 傍で控えるクリスタルが俺の心境の翳りを察知すると、何事もないかの風を装い説明する。


「ですが生きるためとはいえ、私たちが無関係であるとは言えません。人類の選択を、しかとこの目で見ていてください」

「滅びるときは潔く同伴しようか?」

「いいえ、我々が手綱を握り、導いていくのです」


 人間と魔物が暮らす複雑怪奇な世界で、人よりも長い時を生きる俺たちが、歴史の証人――自浄作用として働けていけたらなと思う。いつか燃えないアレクサンドリア図書館でも建ててみようか。

 それはそうと俺は、足元にある琥珀色の球体へ目を向ける。


「コハクー、生まれそうか?」


 俺はコハクの出産を見守る傍で、アスロウ王国を見学していた。

 人をまるまる覆うほどの、琥珀色の球体が全部で四つ。

 一つは母胎であるコハクのスライム状態であり、残り三つが今回のコハク産業の成果だ。


『もー少しでーす!』


 スライムが何処から発声しているのかは無意味なので質問しない。 

 コハクからはへその緒のような細い管が伸び、サクランボのように枝分かれする三つの球体へ接続されている。

 胎児は全て中級クラスの魔物になっているはずだ。

 ホルマリン漬けにされた実験動物のような姿は、到底他人には見せられない。

 だが俺は偶に独りでに動く胎児に生命の神秘を魅入られ、出産の瞬間を心待ちにしてしまう。


「ひーひーふーな」

「哺乳類の分娩でもございませんが……」


 呆れるクリスタルを他所にコハクは返事とばかりにドクン、ドクン、ドドンとラマーズ法の音頭に合わせて魔力と栄養の補給を行う。


「さて、待っている間にも、次の舞台へ見ていきましょう。我々とは切っても切り離せない冒険者です――映画像スクリーン


 クリスタルの右手薬指にはめられた天属性のシルバーリングが七色に輝き出すと、先程まで見ていた映像が切り替わる。

 森型ダンジョンで緑の将軍が王冠によってダンジョンの機能を行使していたことから、この指輪にもダンジョンマスターの機能を譲渡する能力が備わっている。

 さらにクリスタルも魔王級のダンジョンへ成長したことで、魔法は使えなくてもダンジョンコアに溜めた魔力を介して、魔法道具の使用がある程度は可能になった。

 尤もダンジョンコアの魔力総量は俺と直結するため、俺の魔力が減っている仕組みである。


『ようこそ、冒険者組合アスロウ支部へ!』


 レトロ風味な裾の短い呉服に腰ベルトの制服を着た妖狐族の受付嬢が、アスロウ王国の諸々を冒険者に説明している。

 ダンジョンがあれば近場の街に冒険者が集まる。街は冒険者のための武器屋や酒場などの宿屋を、用意し、当然のことに冒険者ギルド支部が設立される。

 アスロウ王国の景観に合わせた屋根瓦に白壁の木造の建物は、擬洋風建築と言ったところだろうか。

 妖狐族の大工やミ=ゴウらの他に、冒険者ギルドが積極的な支援に乗り出したことから、次々と施設の建築が進められている。


『へー、使い捨ての魔法道具か。これは斬新だ』

『はい、この絵の通りに使用しますと、魔法陣が浮かび上がり魔法が発動されます!』

『面白そうだな、潜ってみるか!』


 ダンジョンの目玉賞品は魔法封印紙。

 天属性とこれまでのダンジョン攻略の成果によって、光属性以外の魔法封印紙は一定水準まで作製できるようになっている。


「ご存知のとおりダンジョンの適正ランクは四ツ星冒険者です。我々をよく知ってもらう以上、幅広い冒険者を迎え入れなければございません」


 ダンジョンの防衛にも撃退と興行の二つある。

 前者は侵入者を撃退するために全力で排除する戦争状態。

 後者は侵入者を増やすために、宝物を与えて気持ち良く帰ってもらう接待。

 今の俺たちは後者の興行に当たる。

 殺戮を極力控え、冒険者には美味しい思いをさせて帰ってもらっている。

 全ては世界一のダンジョンを築き上げるためだ。

 誰を導き、どれだけの侵入者を殺めるか。こちらが破産しないようにも注意を払わなければならない。


「とは言っても大森林を突破できる冒険者はいないでしょう」


 墓地が三ツ星、メア迷宮が四ツ星、雪原が五ツ星、大森林が六ツ星を想定した難易度となっている。

 農園まで来ようものなら、手前で天災級のバルと対峙することになろう。

 次にクリスタルが冒険者ギルド支部から、今現在メア迷宮を攻略中の映像に切り替える。


『お、ようやくお宝のお出ましか』


 迷宮エリアを探索する五ツ星の冒険者パーティーが、宝箱を発見すると中に三次元トランプが入っていた。

 相手を強くしては意味がないため、このダンジョンに魔法封印紙以外の武器系の魔法道具は存在しない。

 そして魔法封印紙は小さな用紙なので、宝箱に入れずに壁や床に貼ってるだけだったりする。


『ったくよ、いつから冒険者は遊び人なった?』

『あれ、知らないんすか? 豪商や貴族階級さまには、けっこうな人気があるんすよ?』

『いくらだ?』

『今の相場で大金貨五枚、五百万エンスっすね』


 リーダーの顔が真っ青に変わる。平民の年収を普通に超えている金額だ。

 やはり俺たちが商売を始めなくて良かった。市場が確実に混乱する。

 いつか『人型ダンジョンは人間に理解があり、文化的な側面を持つ』とか言われたいので、ダンジョンの宝には衣装、装飾品、医薬品、余った素材など、武器の代わりとなる生活必需品を多数取り揃えられている。


『……今日はもう帰ろう』

『賛成っすね。大人げなく宝を取りすぎると、怒った死神が背後から現れるって噂を聞きます』


 さすが経験豊富なベテラン冒険者だけあって、潔く来た道を引き返す。

 命までは取らなくても、装備品や回収した宝物を奪い返すことはある。

 怒った死神ことメアがダンジョン防衛におけるダンジョンマスターの役割を担い、おかげで俺はダンジョン攻略の方に集中できるわけだ。


「ちなみにですが、魔法封印紙の価格は一枚で一万から五万エンスに収まるらしいです」

「我ながら一枚0.5DPのコスパで、よく出来ている」


 ダンジョンが開通したとはいえ、ダンジョンマスターの下まで辿り着ける物はいない。

 ここ三日間で最も攻略を進めた冒険者は、メア大迷宮の五分の一ほど。

 メアによって無限にポップするアンデッド(それも魔石のない)に多くの冒険者が早々に魔物退治を諦め、宝探しに専念するほどだった。


『旦那様、来ます!!』

「産まれるのか!?」


 ちょうど見学の終えた頃、ついにコハクが動きだす。

 俺が玉座から立ち上がるとクリスタルは映像を消し、二人で経過観察に専念する。

 眷属召喚とコハク産業。

 魔物を成体で生み出すことから、二つの役割は大変似ている。

 眷属召喚には大量のDP、召喚限界もあり、厄介なことに魔神の影響を少なからず受けるデメリットがある。

 対してコハク産業は、召喚主の性質に依存しに難いいためか生産職ほど専門家が生まれないかもしれない。さらに実の父母の遺伝情報が必要になり、数も一月に数体までと限られている。

 そのため一概にコハク産業の方が優れているとはいえない。

 コハクはメア同様に、クリスタルが創り出した自信作だ。

 俺は世界一のダンジョンを目指して、ダンジョンマスターの仕事を眷属に任せる予定でいる。

 きっと俺の期待に応え、今後ダンジョン運営の担い手となってくれることを切望する。


『父を愛しき異形の童部よ、母の腹より出で、父母が愛しき者を守り給え!』


 コハクは自身と繋がる管をぶちぶちっと切断する。

 すると一番大きな球体が卵の殻を剥がすように、べりべりと姿の一部を下界に晒し出す。

 また音に呼応して、他二つの球体も水風船を内側から破るように、粘体から何とか抜け出そうと暴れ出している。

 まさに今、産まれている。不思議と魔物召喚時の魔法陣から現れる不安感もない。


「ヴモォォォォ!!!!」


 真っ先に動いた大型の球体が、闘牛のような野太い雄叫びを上げる。

 橙色の毛皮に鋭利な角、筋肉質の巨体を持つ彼は、ダンジョンの名番人とされる牛頭人身のミノタウロスさんだ

 教国への船旅で倒した海坊主と水棲の牛(クローマラ)の雌雄を掛け合わせて作った巨人種の魔物だ。


「メェェ、生まれたのよ!」


 次に赤黄色の髪を前髪からポニーテールに纏め、四足獣の脚部が特徴の山羊人(パーン)の少女が元気な産声を上げる。


「ハプァ、よろしく、お願い、申し上げます」


 最後は赤紫色のウェーブの掛かった長髪に、前髪で瞳を隠す人魚(マーメイド)の少女が少し遅れて誕生する。

 少女二人ともは上半身が人で、下半身は動物の姿をしているが、どことなくコハクに似た雰囲気を感じる。

 実母に半山羊半魚(カプリコーン)のエコさんのため、二人は実の姉妹といってもいい。


「ぅぅ、陸地です……見ない、で……ください」


 当然、産まれたばかりなので全裸だ。

 マーメイドの少女が先ほどまで入っていた球体の粘膜を毛布に、裸体を慌てて隠す。

 成長具合は大人組アダルトとまで呼べず、ミノタウロスが高校組シニア、パーンとマーメイドの二人は中学組リトルくらいだろうか。

 だが驚いたことに会話がまともにでき、垣間見る羞恥心からは十分な知性を感じられる。何かコハクから影響が出たのだろうか。


「恥じることは全くないぞォ!」

「産まれた時はみんな裸なのよ!」


 ミノタウロスの男とパーンの少女は、堂々と産まれたままの姿を披露する。

 ただしコハクの変態性も、ある程度遺伝していると考えていい。


「ここは王の御前、です……不敬、いけない」


 マーメイドの少女の発音がたどたどしくも、知性では一番高そうだ。


「階級は中級下位。健康状態に異常はなく、コハク産業は十分に魔物召喚の代わりを果たせるでしょう」


 知能、戦闘力、性格診断テストなど、魔物召喚と比較する点はまだあるが、先ずは名付けから始めよう。


「コハク、お前が親だ。自分で名付けろ」

「承知しましタ」


 コハクは出産で体力を消耗したのか、長身長髪の男性モードに代わる。しかし子供たちはコハクの容姿変化に驚くことはなく、親から餌を貰う雛鳥のように、コハクの名付けに深く興味を示す。


「ミノタウロスは牡牛座タウラスを縮めてウラス」

「ウラスは親父を護る盾ぞォ!」

「パーンは山羊座カプリコーンを縮めてカプリーン」

「カプリーン、素敵なお名前よ!」

「マーメイドは魚座ピスケスを縮めてピスケ」

「ピスケ……賜りました、父母様」


 地球の十二星座をもじった名前にしやがった。

 実に安直。まあそっちの方が覚えやすいしいいか。


「名付けの方法が、セカイ様に似ておりますね」

「するとメアの奇抜なセンスは、クリスタルに似たのか?」

「ふふ、そんな可愛くないところがメアとソックリなのですよ」

「……フッ」


 クリスタルと口喧嘩して勝てた試しがないので、無視して彼らに仕事を与えることにする。

 魂の回路を見ると子は問答無用でコハクの眷属になっており、コハクのことを父母と見做し、絶対の忠誠まで誓っている。それはコハクの女王アリに似た種族特性なのだろう。


「ウラスは居住区警護、カプリーンとピスケはコハクの補佐役を務めている人間の下で働け」

「「「はい!!」」」


 コハクが担当する階層は居住区であるため、基本的に防衛の役割を必要としていない。

 そのためコハクにはダンジョン運営における生産、防衛、雑用など、各階層に足りない部分を補ってもらうつもりでいる。


「縁の下の力持ちとなるように、部隊名を異界の掃除人衆ゾディアックスイーパーズとする」


 ダンジョンマスターの能力を必要としないダンジョン運営へ、これでまた一歩前進ができたのだった。


DPの集計は省略することが多くなります<(_ _)>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ