199話 Fall in love fallen angel
月についてミスがありました(無視しても大丈夫)
年月は年の初めを青月とし、青→青緑→緑→黄緑→黄→橙→赤→桃→紫→紺→青月と一周します。簡単にいうと色相環です。
黄緑月(初夏)=クリスタル会議(およそ六章)。黄月(真夏)=森型ダンジョン(およそ七章)の日程でした<(_ _)>
八章は黄月からの期間になります。
黄月の下旬。
冒険者ギルド総本部から与えられた一室で、二人の老人が向かい合うように席へ腰を下ろし、武器なき戦いを静かに行っていた。
「それで貴国は考えを改めるつもりはないか? 魔物を国主の如く敬い、疎かにもダンジョンに国を興す。妖狐族とはいえ、人として誇りはないのか?」
「そうは言ってものう……儂らにはどの道、こうするしか残らんのじゃ。何とか認めてくれんか?」
一人はいかにも剛情な態度で相手を威圧し、もう一人は飄々とした態度で話を逸らし続ける。
人聖皇国ガルディアンとアスロウ王国。
ガルディアンが群雄割拠のエルドシラ大陸西部で三番目に咲く大輪の花とすれば、アスロウは花どころか路傍の名もなき草に過ぎない。
嫌われ人種の妖狐族が、真っ当な土地で信条、主義、伝統を認めてくれる国家が、ここ四、五年間探してもどこにも見つからなかった。ゆえに彼らはダンジョンで生きる道を選択した。
「であるならば、いつ我々と戦端を開いてくれるか?」
「ホッホ、儂らに戦う気なんて全くございませんよ」
これで何十回目の応答か、ガルディアンの大使もさすがに慣れ、今までの成果を示すように、情報の一つを開示する。
「ふん。いつまでも待とうぞ。もう時期、あの二国間を繋ぐ転移門が、開通するのであろう?」
真夏の黄月から秋の季節を迎える橙月の2日、アスロウ王国では遂にバルクバルド共和国ーーエルラッハ王国という西武諸国を代表する二大国家が、ダンジョンの転移門を使った超長距離移動術の交易が開始される。
人類初の試みであると同時に、転移門を閉じて半鎖国状態だったアスロウ王国が、全世界にその名を轟かせる時が来たのだ。
「我ら皇国は国内だけに問わず、国外へ派兵する兵が五万といる……冒険者としてな」
皇国ガルディアンは友好国で隣国のアイ公国から冒険者登録を済ませた後、布教活動として全世界へ魔物殲滅活動を行う稀有な国家である。冒険者の収入もピンキリが多く、死亡率の高さから決して人気のある職業とはいえない
しかしガルディアンは大小の国家を問わず、喜んで魔物退治を格安で行い、少なくない名声を勝ち得ている。
ガルディアンの活動は他国――それも公国のような小国にとっては、いい意味で必要とされている。
「彼らがいつ一般市民に紛れ、万に満たない地方都市を滅ぼすのだろうな」
「冒険者の戦時利用は違法ですぞ?」
「だから我々は、こうして話し合いの席を設けて上げているのだ」
横柄な態度も国力差があってこそ成り立ち、いくらアスロウが国際機関に訴え出ても、事が起きた後でしか動かず、その時は既に国家を滅ぼされているなんてことはざらにある。
そのため戦時中は外国人の入国を禁止する防御策がしばしば取り行われるも、アスロウ王国の立場では先ず大国の通商が生命線である以上、物と人の移動を禁止にはできない。
加えてダンジョンマスターを見張る名分から、転移門の是非をアスロウ王国の意思で左右してはいけなかった。
アスロウ王国が真っ当に戦えば負け、戦いを避ければ一般市民に紛れた敵兵士によって惨殺される。大国が本気になれば小国未満の極小国家など落とすには容易い。
「橙月9日」
「ッ……」
その日は国母神子サイカ=アスロウのご生誕の日、並びに建国の儀が行われる妖狐族にとって悲願の日である。
その日だけは、決して血で汚してはならない。
しかしバルクバルド、エルラッハなどの同盟国家の反応は乏しく、アスロウは時間稼ぎによって、静かに反撃の糸口を見つけるほかない。
「お爺様、大祖母様より文書が届きました」
「来たか」
孫のリリーチェより手渡された手紙の内容は二つ。
森型ダンジョン攻略の定時報告と、ノヴァ領からの伝言。
「ホッ……では、こうしましょう」
待っていた報告と予想外の吉報に、年老いたアルフリーチェですら悪童じみた笑みを浮かばせてしまう。
「人型ダンジョンのダンジョンマスター並び七ツ星冒険者【新星】のセカイ=ノヴァ殿を、貴国へ派遣するのはどうでしょうか?」
「ほう? それは誠か?」
アルフリーチェの提案に、ガルディアンの大使は喜色を浮かべる。
『再来月の赤月9日からガルディアンへ旅をしようと思っている。話し合いの場を設けるのなら、何処へでも俺は構わない。時間ピッタリに到着しよう』
建国式から一月の期間を開けているのは、セカイなりのアスロウへの配慮であった。
「と言っても、談話の場所と日時を赤月の中頃辺りで決めてください。儂らでも彼の腰を動かすのはやっとなんじゃよ。こうして魔物である彼本人を貴国へ向かわせるんじゃ。儂らの誠意は、もう十分に示せたと思うが?」
「フッ、良かろう。彼を皇国に歓迎しようではないか」
ガルディアンにセカイを派遣させれば、後は煮るなり焼くなりガルディアンの勝手である。
当初は戦争で是非を問うのも、セカイを人柱にすることでアスロウは難を免れた形になる。
(あー儂は知らん。クソジジイ、とっとと震えて眠りやがれ)
当然、まともな談話にならないことは誰もが予期している。
問題はセカイが魔王級へ進化し、その実力が人類にとって未知数であることだろう。
談話が成立するか、または失敗の果てに戦争を始めるか。まさに神のみぞ知ることだった。
『アル、姫様が魔王級の龍を支配化におくことに成功しました。皇国の方はリリーに任せて、次はバルクバルドとの交渉準備に入ってください』
「あ、え、次は龍? 本当かいな……ま、これもサイカ様と孫娘の将来を思えば、軽いものか」
アルフリーチェは重い腰を上げ、再び武器なき戦場へと歩き出す。
◇◆◇◆
橙月1日。
明日からいよいよ我がダンジョンが、正式に門徒を開くことになる。
冒険者がダンジョンの宝物を求めて侵入しに来る。
歓迎の準備は万全であり、やっとのダンジョンマスターらしい活動に、にやけ顔が収まらない。ダンジョンマスターは攻め入るよりか、守り切る方が種族の特性がら好きなのだろう。
『赤月16日正午。首都オルディン近郊のロディ平原にて、有意義な会談を所望する』
ガルディアンとの戦争を回避するため、俺が直接出向くことにした。
当初の予定ではダンジョンに敵兵を招き、大戦を行うことになっていたが、ダンジョンロードの力が、俺に別の選択肢を与えてくれた。
本日は一ヶ月後の談話と明日のダンジョンの開放に向けて、重要人をマナー屋敷の執務室へ召喚する。
「ミセミア、改めて先日の治療の件について礼を言う」
「妾は自らの職務を遂行したまでです」
元ルシナエル教国の大使ファタク=ミセミア女史。
人魔種妖天族の人種であり、得意の回復魔法で危篤患者の治療に大いに尽力してくれた。
「何か要求があれば、聞いてみるが?」
「でしたら妾の素顔を隠すヴェールかマスクの着用許可を頂ければと、お願いを申し上げます」
ダンジョンでこちら側として住まわせる以上、思想信条の自由を許しても宗教の自由までは許していない。
ミセミアはルシナ教徒の顔を隠せる聖衣の着用を禁止し、黄白髪への染色も止めさせ、現在は白黒混じりの長髪を公に晒している。
「何故だ?」
「職務中に関わらず、妾の素顔をこの目にと訪問者が途絶えません」
ミセミアは美女だ。それは一視千金に値するほどの絶世の美女だ。
顔だけではない。
豊満な胸、ミントのような清涼な芳香、キラキラとした紫と金色のオッドアイ、独特な配置で白黒混じった髪色、それはもう魔神が産み落としたクリスタルを超えると、俺もついつい頷いてしまうほどだ。見た目二〇歳前半の華やかなクリスタルと、見た目三〇歳中頃の大人の色香を漂わせるミセミア、何方も最高峰の魅力を携え、好みの差だ。
「許可しよう。今までミセミアの窮状を察知できず、誠に済まなかった」
「い、いえ、千紫万紅は蝶やハチドリの他に、蛾やコウモリすら引き寄せてしまうものです。妾が美人すぎることがいけませぬ!」
「そ、そうだな。その気持ちは分かるぞ。俺も三ツ星冒険者時代にクリスタルの隣で散々陰口を言われていたからな」
天然なのか、嫌味に聞こえないのも妖天族の特性かもしれない。このまま放っておくと、天然毒舌シスターが生まれそうだ。
蛾やコウモリ扱いされた野郎共、何かすまん!
「お詫びとして下級天使四姉妹にミセミアに似合う衣装を作らせよう。三寸のために用事が終われば、仕立て屋へ向かうといい」
「天使様に出逢えますのね! ご厚意、感謝いたします」
教国で育って人間は天使種を絶対視する者までいる。
ミセミアはアルルたちとは何度か会ったことはあるが、贈り物まではさすがにない。
「それで今日はここに呼んだのは、お前の智慧を頼りたいからだ」
「大王様、妾に何なりとご命じくださいませ」
呼び方が大王様にグレードアップしているのはもう無視しよう。
「一つは人聖皇国ガルディアンの国状についてだ。軍事力、経済力、政治思想から建国の理念、知っている限りを教えてくれ」
「ご期待に添えましょう」
自由三ヵ国の外交官をしていた以上、情報はこのダンジョンにいる誰よりも握っているはずだ。
ガルディアンに冒険者ギルドは存在しない以上、冒険者をしていては情報が入らない。
ミセミアという識者を与えた教国には、感謝してもし足りない。
「もう一つは。我がダンジョンの防衛力を、ミセミアに分析してもらおうと思ってな」
机に置いてあった資料の束を、風属性魔法を使ってふわふわと浮かし、ミセミアの手に届くようにする。
「それは……宜しいので?」
さすがのミセミアも困惑を隠せない。
資料にはダンジョンの階層設備や罠の配置、眷属の種族から階級や属性、魔法道具作製の質と量など、ダンジョンを攻略する上でのダンジョンの全容が詳細に書かれている。
ダンジョンの戦力を攻める側の冒険者ギルドに教える馬鹿はいない。人類ではパートナーのサイカですら知り得ない情報は、お金には変えられない莫大な価値が含まれていよう。
「構わん。これから攻略される以上、ある程度の情報流出は免れんからな。予め知っておき、備えた方が良いと結論付けた」
「委細承知いたしました」
尤もクリスタルの本体については書かれていない。ダンジョンの内側だけだ。
資料はコハクによって製作され、要点だけを上手くまとめ、解決のしようのない致命的な弱点はしっかりと省かれている。
「第二階層の迷宮は、四倍の大迷宮になられましたのね」
「ああ、メアは天災級になったからな。『ここがお前のダンジョンだぞ!』って冗談で言ったら、休むことなく迷宮作りに励んでくれたぞ。ハッハー」
残念、メアのダンジョンは候補としてしっかり上がっている。
俺を謀った罰は、しっかりと受けてもらうつもりだ。
「大森林エリアも、森型ダンジョンの力によって樹木を植えられましたか」
森型ダンジョンのおかげで大森林エリアは楽々完成した。
今は兵の練度を上げるため、グスタフがオークに武術の手解きをしているほどだ。
「それで我がダンジョンは攻略可能か?」
「上級上位の魔物討伐者にだけ入隊の許される【大妖連邦の百鬼万血隊】と、生産力に優れ一般兵でも中級魔物を容易く葬る技術の【フリージア帝国の魔殻騎兵】の二ヵ国が、お互いに手を取り合えば三日と掛からず攻略が可能でしょうぞ」
魔王級が一人、天災級が三人のダンジョンでも、自由三ヵ国を敵に回せば死を覚悟するのか。
単体戦力を百人ほど揃えた大妖連邦と、全体的な兵の質を魔法道具で高めたフリージア帝国は、片方だけでも楽観視できないほどの戦力を揃えている。
「教国は不要なのか?」
「【ルシナエル教国の神子の奇跡】は天候支配、海流操作、地震発生などの戦略兵器や、人心操作、読心、思念同調などの対人兵器でございますゆえ、ダンジョン攻略に役立つものではございません。ご安心くださいませ」
教国の方が何気に危険だと思うのだが、今回は助かったことにしよう。
自由三ヶ国はどれもヤバい。伊達に人類を牛耳っているだけはある。
「不躾ですがこの度の増兵により、食糧の不足が懸念されます」
そう、我がダンジョンは食糧が足りていない。
魔獣と蟲系の魔物は巨体もあってか人よりも消費が激しい。空腹が三分の一になる加護がなければ、とっくにダンジョン運営は破産していただろう。
「農園での魔植物以外にも、トロルの精霊油、土蜘蛛の魔糸、アルラウネの精力剤や麻酔薬、ユニコーンの角粉薬などは、恒常的に必要とされている素材でございます。余り物はアスロウ王国の商会を介して、交易を始めてみては如何でしょうか?」
我がダンジョンの弱点を見抜き、幅広い見識で改善案まで用意してくれる。
やはりミセミアは必要な人材だ。どの素材も眷属を殺さないで採取できる点が素晴らしい。
「ダンジョンはダンジョンだ。侵入者を誘い、冒険や試練を与える。悪いが商売まで始める気はない」
「でしたら親善を名目にアスロウ王国のみと、物々交換を行ってみるべきと具申致します」
金はいいから食料をくれ。
俺たちが人類の経済活動にまで介在すると、それこそ敵対視されかねないらしい。
ミセミアより魔法道具の販売は控え、侵入者の冒険者を優遇するようにと意見される。
これでリンネル農園の増築はせず、のんびりと農作業を楽しむ方向に進む。
「うむ、それでいこう」
恰好つけて組んだ手を顎の前まで持っていき、「うむ」とか言ってみる。
「ただしアスロウを儲けさせすぎるな」
「良好な関係性は対等であること、ですね?」
「話が早くて助かる。数日後に人員を新たに与える。そいつらの教育もミセミアに一任する」
魔物を人の配下に置く。人と魔の共存共栄に向けて初期段階を実行する。
「それは……産休中のコハクさんと何か関係がございましょうか?」
「そうだ。もう時期母なる原初性粘体の、第一世代が生まれる。くく、楽しみだ」
コハクは最下層のダンジョンコアの側で、琥珀色の球体となって、母胎の機能に専念している。
生まれてくる魔物はほぼ成体の状態で、魔物の成長過程も観察できる。
このコハク産業は出産の数日前に産休を入れるだけで、一ヶ月に数体の兵士を産める。
また森型ダンジョンの攻略時のように、暫くは本体から切り離して戦うこともできる。
「元ルシナ教徒として、生命を創ることに軽蔑したか?」
「いえ、この身、心の全ては疾くに誓いましたから」
美女にそこまで言われると男として鼻が高い。
「よろしい。あとは皇国について……ぉ?」
言葉の途中で背後の窓ガラスがガタガタと揺れて、冷たい隙間風が執務室の空気を入れ替える。すると突如、一人の男性が姿を現す。
「セカイ様、只今二十四部族連合、傭兵国家フーヴァル、ギヴリア王国、エルラッハ王国の旅路で帰路いたしました!」
白髪に褐色肌、額からは黒曜石の一角が伸びる美青年のバルがお使いから帰って来た。
三大天のアカボシはクリスタルの護衛、メアはダンジョン防衛の代理指揮者、バルは西部大陸の東側を迂回するようにエルラッハ王国へ向かい、道中に未踏破区域や天然ダンジョンの調査を簡単に行ってもらっていた。
「おう、早かったな。てっきり建国式の前日くらいに戻るものだと思っていたぞ」
「風に乗り、空を飛べば、千里の道も一里に等しいです。それに念願のダンジョン開通日には、間に合おうと急ぎました!」
「そ、そうか、報告は後でいいから休憩か……暇なら眷属の稽古でも付けてやってくれ」
「ハッ!! 闘技場へ行って参ります」
バルは臣下の礼を送ると再び姿を風に変えて、ミセミアより先に部屋を後にした。
「あのう、先程の殿方は誰でしょうか?」
「バルセィーム=アルド。報告書に記載されていた夜叉とはバルのことだ。航海中に顔合わせくらいはしただろう?」
進化をすれば容姿も変わる。
バルの場合は包帯も外れ、素顔を晒すことになったためより顕著だ。
眷属の繋がりのない人間は魂で判断できないため、一々説明する手間が出る。
「バルセィーム=アルド様、バルセィーム=アルド様、バルセィーム=アルド様……」
「は?」
ミセミアは美女らしからぬ可愛いらしく胸に手を当て、独り言を何度も呟く。
「何でしょう、堕天使の血が騒ぎます……この胸の疼きも生まれて初めて……妾は、妾は……一体!?」
「おい、それって、まさか……!?」
透き通った雪氷の白肌は燃える大地の真っ赤に染まり、胸を大きく上下させて吐く荒い息は、治まる気配が一向に感じられない。
世界が一転したようなその驚きに、俺もつい椅子を蹴飛ばして素の自分を出してしまう。
「……これが恋慕、でしょうか?」
その身、心は俺に誓ったんじゃねえのかよ、別にいいけど。
「一目惚れだな。勝手によろしくやってろ」
「はい、好きにやらせて頂きましゅ」
重症だな。
バルよ、お前がこの先何人の女性を落とすのか、俺はワクワクしてきたぞ。
人型移動式ダンジョン"クリスタル"
DP:297,000→295,290(迷宮エリアの増築1000、森林エリアの改装500など)




