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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第八章 聖天へ送る新星の勇儀
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196話 龍との友誼

週3~4を目指して、八章ボチボチと再会します<(_ _)>

 黄月30日。

 昨日、森型ダンジョン黒森を攻略したとはいえ、この領域の真の支配者との決着はまだ終えていない。

 薄暗い洞窟、硬い岩壁、魔物はおろか小動物や昆虫の気配すらも感じらない孤高のダンジョン。

 その主の放つ『気』が他の生物を排除し、最奥へと続く一本道の進路は強者のみを歓迎する。

 魔王級となってよく分かる。

 魔物としての格は同じになれど、やはり彼の持つ気概、深慮、知見などの本質的な強さが、未だに並ぶことすらできていない。

 玉鋼龍バーホーベン。

 魔王級の古代龍にして、旧世界の全容を知る数少ない生き証人。

 俺は今、そんな彼と二度目の再会を果たした。


「バーホーベン、ちょっと泣いてくれ!」

「断るである!!」


 モグラのような寸胴な図体から生えるキリンのような長い頭は、ホースのようにうねると水に代わって鼻息が吹き荒れる。


「げほっ、げほっ。ワタシの存在も忘れないでよね馬鹿!」


 この場には俺とバーホーベンの他にもう一人いる。

 アスロウ王国の現人神であり、神子として魔神ルシナの加護を受ける妖狐族(ダッキ)の少女サイカである。

 俺の隣で貞淑そうに正座をして、当てられた龍気に咳き込み、迷惑そうな目で俺を睨む。


「悪いな、出鼻は勢いが肝心だと思ってな」

「なんのよ!?」


 龍の涙が欲しい。それも魔王級の古代龍のだ。

 文献によると齢を重ねた龍の流す涙は、不老長寿の霊薬、森羅万象の元祖と謳われるほどの効力を持つ。

 ドロップアイテムならばレア度はSS。心臓の次くらいに価値のある部位だ。

 別に涙くらいは減るものでもないだろうと悪態を付いていると、バーホーベンがため息まじりに理由を説明する。


「龍の涙。それ一滴は即ち金塊の山に匹敵する。おいそれと人界に明け渡してよいものではない」

「報酬は――」

「たとえ、どれほどの美酒を積まれてもな」

「ぅぐ……」


 だったら目玉を叩いて無理矢理にでも泣かせてみようかと、体内に魔力を練る。

 だがベルクハイルと同様にバーホーベンの瞳は硬く、透明な核に覆われて眼球を傷つけることはできない。

 本気でヤるなら話は別だが、不意打ちでは不可能。

 そもそもやれば、せっかくの友好的な態度も水泡に帰してしまうため強硬策は早々に諦める。


「バーホーベン、これでも俺は冒険者だ」

「カッカッカ、ヤるであるか? それとも龍の試練をまた受けようか?」


 好戦的なのは変わりない。

 鋭い爪で地面を抉り、いつでも受けて立つと荘厳な構えを見せる。


「龍の存在、それも魔王級であることは、既に人類に知られてしまったぞ?」


 正確には冒険者ギルドとバルクバルド共和国、アスロウ王国の三勢力までであるが、折角の魔王級演出も、もう人類には通用しないと言ってもいい。

 そもそも天災級と偽っていたのは、何も恰好を付けるためだけではない。

 人類が本気を出せば、魔王級までは対処できる。

 悪魔や巨人といった災いの化身とは違い、龍の素材は国家予算を軽く超える存在だ。俺と同じ魔王級であっても、討伐する価値ではバーホーベンの方に幾万倍もの軍配が上がる。 

 人の皮を被った悪魔のような各国の支配者が、リターンを求めてリスクを顧みなくても何ら不思議ではない。


「お、お主が知らせのだろうが」


 バーホーベンの顔に焦りがみえる。

 あともう一声で、こちらの希望も叶えられそうだ。


「それに俺の眷属がこの度三人も、天災級へ進化したぞ」

「ななっ!? それは誠であるか!?」


 戦力が二倍どころか五倍へ跳ね上がった。

 バーホーベンは自分に勝つなら最低天災級の三体は用意しろと言っていた。

 アカボシ、バル、メアの天災級の三人――三大天に加え、魔王級の俺とクリスタルもいる。

 戦えば間違いなく勝てる。多分、バル辺りが道連れで戦死するだろうが俺たちだけで、まあコイツに勝てる。


「お、脅しであるか……?」


 ここでバーホーベンの態度が軟化する。

 やはりこいつはチキンだ。それも賢い方のだ。

 誰よりも強く、それでいて自らを驕らず、長い生を自由に謳歌している。

 文献に載っている以上、龍種がこれまで人間に退治された歴史はある。

 状況を説明すれば、戦うどころではないと龍気を沈めてくれる。

 相手が鞘を納めてくれた。

 これ以上ない礼節に応えるべく、俺は無防備な状態を曝け出す。


「いや……」


 頭を下げて、片腕をバーホーベンに差し出す。

 バーホーベンの命を助け、ひいては龍の涙も頂く方法を提示する。


「友達になろう。実は俺、友達がまだ一人もいないんだ」

「は?」


 交換条件が駄目なら情に訴えるまで。結果は同じだが、その過程を変える。

 ようは解釈の違いだ。

 どう返事をすればいいかと戸惑うバーホーベンに、態度を戻して淡々と涙を欲している目的を告げる。


「黒森のダンジョンマスターによって子産みにされていた女性およそ三〇〇人。その内の二割が無事治療に成功。三割が重傷だが俺の魔法によって命には別状ない。残りの半数は……もう、助からない」


 オークを産めばそれだけで生命力マナを枯渇していく。

 ただでさえ劣悪な環境の中で、数年も暗い地下で生かされていた。

 肉体は疎か精神の安定も、ティアルの精神感応によって険しい治療が進められている。


「龍の涙も全て使い切る。目的は被害者の救済のみだ。勿論、方法も秘匿する。どうか人を、魔物を救うと思って助けてくれないか?」


 処罰されるべきであるタロスを生かしたのは俺の完全なエゴだ。

 このまま被害女性らを救済せずに、タロスだけを生かせば道理に合わない。

 メアの禁術によって、アンデッドとして生き返らせる簡単な方法もある。

 だがそれは最終手段。やはり人は生きて、家族や仲間と元どおりの生活を送られるよう、俺に大きな責任がある。


「はあ、仕方ない。ワシがセカイの友となってやろう」

「っ!」

「だが、セカイのことは助けてやらんぞ? ワシはルシナの遊戯に巻き込まれたくない」

「それでいい。元より勝負は俺たちで蹴りをつけるつもりだ」


 ルシナの目的は掴み切れない。

 だが俺と奴を戦わせ、何かを成そうとしている。

 その戦いに友人だろうが部外者のバーホーベンは巻き込むのは酷な話だろうし、俺のプライドが許さない。魔神へ至る戦いは、俺とクリスタル、そして眷属だけで勝ち抜いてみせる。


「それでそこの小娘は何の用であるか? まさかダンジョンの娘以外に、別の女子を自慢する気ではないだろうな? カッカ」


 バーホーベンがニヤリと口角を上げ、サイカに向けて下賎な視線を送る。


「ばっか、コイツとはそんな関係じゃねえよ!」


 下世話な話も好物なのだろう。

 今のサイカは和服スカートの戦闘服とは違って、神事に使われるような袖の長い白と紺色の貫頭衣を着用しては、穢れのない様相を魅せている。


「……」


 しかしサイカは先ほどから凛とした態度のまま、自分へ巡った会話の機会に対して恭しいお辞儀をバーホーベンへ送った。


「玉鋼龍バーホーベン様。ワタクシはサイカ=アスロウと申し上げます。本日は我が王国の幼君に代わり、参上しました」

「カッカ、人と話すのは、三千年ぶりかのう」


 旧世界を知る龍は、魔神ルシナのせいによって特殊な言語を使用する人以外とは会話をできない。

 バーホーベンの温厚そうな顔色も、溢れ出る龍気と魔神の影響下では、獅子が鼠を相手に威嚇しているように見えるらしい。

 だがサイカは半人半魔の神子であり、人型ダンジョンの加護を受ける俺の眷属となっている。


「これが本当にあのサイカかよ……」

「あ゛?」

「あ、いえ、すみません」

「ごほん、失礼しました」


 俺はサイカの目的を知らない。

 ただダンジョン攻略の約束として、サイカにバーホーベンと話し合う機会を用意したまでだ。


「何卒バーホーベン様には、我らの王国を救うべくお力を、貸しては頂けないでしょうか?」

「くだらん。ワシを護神として祀りあげ、覇を唱える気であるか」

「っ!?」


 バーホーベンは汚物を見るような瞳で龍気を操り、サイカを踏みつぶそうとする。

 その威圧に身体が我慢できず、サイカの身体はガチガチと震え、額からは玉の汗がポトポトと地面を黒く染める。

 魔王級の龍気は、天災級に満たない者には毒である。先日の龍の試練では、サイカは泣き崩れてしまったので今はよく耐えている。


「それも大変夢のようなではありますが、我々の意思は別にございます」

「ほう、なんであるか?」


 願いのために頭を下げた俺とは対照に、サイカは頭を上げると内に宿る信念によって龍の威圧を押し返した。


「資源です」


 サイカの目的が理解した。

 バーホーベンは、世にも珍しい鋼属性の龍だ。

 魔法で魔力を鉄へと変換することができる。

 物質を生成でき、なおかつ攻守の戦闘にも役立つ土属性が基本四属性の中で最優の属性だと、俺は常々思っている。

 さらに土属性は恐らく際限がない。ミ=ゴウは石灰、スフィンクスは金、土蜘蛛の糸のように、極めれば作れない物質はなく、いずれは重力すらも操れるだろう。

 そして魔法を道具のように扱う人間では、身体の一部のように扱う魔物に比べて土属性の扱いに大きな開きが存在している。

 バーホーベンはまさに錬金術師。喉から手が出るほどに、サイカはバーホーベンの素材ではなく、能力を欲している。


「アスロウ王国は未だ正式に建国はなされておりませんが、今もバーホーベン様のご友人であられるセカイ様のダンジョンに、モグラなどと揶揄をされながら細々と暮らすダンジョン国家でございます。ですがそれゆえ資源には大変乏しき立場でございます」

「ダンジョンに人の国をか……それはまた奇想天外な発想である」

「事実だ。今は俺の身の安全も、サイカの存在があってのことだ」


 多少の手助けとして、サイカの肩を持つようにバーホーベンへ説明する。

 サイカと結んだパートナーの契約。

 “アスロウ”が表に立ち、“クリスタル”が裏で支える人と魔の共栄関係。

 かつて旧世界の六種族が営んだ人と魔の共存を、不安定ながらも実現している。


「国家とは一本の釘から始まるもの。釘がなければ剣は作れず。剣を持てない騎士は戦えず。騎士がいなくて戦に負け。戦に負ければ国は亡びる。全ては釘がないからです!! 何度も繰り返すが、国作りの根幹とは釘にございます。何卒バーホーベン様のご助力を頂けないでしょうか!!」


 サイカはすっと硬い地面に膝を下ろすと、額を擦りつける礼を行う。

 一国の代表、それも姫や神などと敬まれているサイカが、龍とはいえ野生の魔物に最大限の敬意をみせた。


「どうだバーホーベン、話くらいは真面目に聞いてやってもいいんじゃないか?」

「ワシも小娘を辱める趣味はない。小娘よ、立つである。それと先ほどの我が友と話した口調で喋るがいい」

「……ありがとう」


 サイカはそっと目線を俺へ向ける。

 今回、俺は資源交渉をアスロウ王国へ譲った。まあ、俺たちはいつか無人島なり未踏破地域なりを見つけて、ガッポリ資源を手に入れるつもりだったのでそれほど気にはしていない。むしろアスロウ王国には、ある程度の豊かさを持ってもらわないと、いつダンジョン生活の不満が爆発するのかの心配もあった。


「それでワシに何の利がある?」


 それも交渉が上手く行けばの話だ。

 アスロウ王国がバーホーベンの望む物を提示できるかが問題となる。


「そうね。先ずは社会的な安全ってところ? セカイが貴方を実力で守るというなら、ワタシたちは貴方を法律で守るわ」


 俺が戦うための戦力ならば、サイカは戦わせないための抑止力となる。


「先ずはこの洞窟一帯を、アスロウ王国の領土と宣言するわ」

「はあ? ジョージは何――」

「今回の森型ダンジョン攻略支援の功績に加えて、龍の洞窟(ダンジョン)を攻略したと宣言出来れば可能だと思うわ。ワタシには頼れる交渉役もいるしね」


 人型ダンジョンに加えて、龍も懐に入れる気かよ。


「カッカー甘いであるぞ。そもそもワシが人の法に縛られる謂れはない。魔王級二人と天災級三人。ワシは人類との大戦でも一向に構わぬぞ!」

「おい、俺たちに戦力が偏りすぎてる。もう少し自分で何とかしようや」

「う、うるさいわい。これから集めるのである!」


 虎の威を借る龍とかマジでヤバい。

 人龍安全保障条約を結んだのはいいが、友人なら負担はお互いに出し合おうぜ。そして俺はある一つの問題を思いだす。


「あーそれで友情に甘えてもう一つ頼みがあった」

「何であるか?」

「黒森……いや、愚者の森の統治を宜しく頼む。元から森の支配者を目指していたのだろう?」


 タロスのダンジョンマスター解任によって、黒森を越えて愚者の森に棲む魔物たちに少なからず影響が及ぶ。それを魔王級の龍の威光によって、人里に手を出さないよう平和的に解決をしてもらいたいのだ。


「カッ、安心せい。早速今朝、土蜘蛛とトレントの二名がワシに助けてくれと首を垂れてきたぞ!」


 龍気に耐えられるモノは上級以上しかいない。つまりその二名はグスタフたちが相手にした奴らだろう。


「仲間に入れてくれたのか?」

「バッチリ、ドラゴントレントと、ドラゴンスパイダーに種族変化させたぞい」

「早いっ、何その育成ゲームのノリ!?」


 種族変化――上級の位階を下位まで戻すことで、眷属は進化せずに、種族を変えることができる。育成に失敗した時の巻き戻し機能だ。

 俺も魔王級となってその能力を得たが、今のところ使い道はない。

 俺とバーホーベンで今後の統治のことで話を盛り上がったところで、サイカは作戦がまとまり次なる交渉材料を提示する。


「ワタシは神の目を持つ神子よ。視ればバーホーベンの年齢が、とっくに還暦を迎えているくらい分かるわ」


 そういえばサイカは相手の年齢までを、見ることができていた。


「ワタシはね、セカイの加護によって、寿命もまだ一万年はあると思うのよ。数千年のあなた以上にはね」

「ムゥ……」


 沈黙が答えとなる。いくら龍とはいえ数万年を生きてきたバーホーベンの寿命は、限界へと近づいているようだ。

 生物には必ず寿命が存在する。

 俺の眷属の中にも、数百年、数千年、わずか数十年の寿命しか持たない種族だっている。

 それは避けようのないお別れ。むしろ天寿を全うできたことを、祝なければならないのかもしれはい。


「貴方の寿命が尽きるまで、ワタシが面倒を見るってのはどうよ? 勿論それまで歌も踊りも、絵も文字も、料理も伝記も、人が創る楽しいことを、皆んなワタシが教えてあげるわ」


 提案としては面白い。

 龍は古来より芸術を愛する。しかし魔神の呪いにより、人との干渉を避けるしかなくなった。

 だから龍と唯一まともに会話のでき、祭事を司る巫女でもあるサイカが、龍の娯楽を満たす役割としてはうってつけだ。

 そして寿命のことで一番悩んでいたのは、他ならぬサイカなのだろう。

 妖狐族の平均寿命はわずか百歳程度。彼女にとっては、それはあまりにも短すぎる。

 今はまだ良い。サイカのことを知る人間が沢山いる。

 だけどいずれは見守られていた立場から、永遠に見守るだけの立場へと移り、深い孤独を抱えてしまうかもしれない。そうなれば俺は、サイカをダンジョンのこちら側へと迎え入れるかもしれない。

 眷属や妖狐族の寿命を思うと、つい目頭が熱くなってしまう。


「だからねバーホーベン、んーんん……お爺ちゃん、で駄目かな?」

「……は?」


 この女狐のトンデモない猫撫で声に、俺は呟かずにはいられなかった。

 おい、人のシリアスを返せや。

 そして対象のバーホーベンは、新境地でも開いたかのように震え――


「……いーよ!」

「良いのかよっ、この色ボケ爺い!」


 目がハートになっていた。


「ありがとう、お爺ちゃん!」

「グフッ、ワシも暇を探してからな」


 サイカは龍の首元へ抱きつき、エロ爺さんは満足そうに受け入れている。

 龍の威厳も、神子の尊厳もあったもんではない。

 こいつら、孫が祖父にお小遣いを貰うノリで、鉄資源を貰うことになるのかよ。

 これで良いのかよ。本当に良かったのか。まさかの終わり方に、タロスを倒した時の疲労が蘇る。


「ったく……おいバーホーベン、最後に一番知りたかったことを質問する」

「おう、なんであるか?」


 老後の心配よりも、来年生きていられることが、今の俺たちにとっての重要な問題である。


「今から俺たちが三帝領へ出向いても大丈夫か?」

「それは――」



 人型移動式ダンジョン"クリスタル"

 DP:313,050



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