195話 三大天
時刻は正午となり、眷属と散々語り尽くした後のことである。
アカリヤは階層防衛へ、コハクは内政方面へ、グスタフは治療のため大森林エリアへ、その他の幹部を始まりの部屋へ招集する。
天空樹の探索は一瞬で終わった。飛んで終わり、真新しい物は何もない。
残念なことに巨大な豆しか実っていなかったが、素材の旨味は今夜の夕飯に試すつもりで、今はメインディッシュを頂く。
「えー、分かっていると思うが、アカボシ、バル、メアの三人が天災級に進化できる」
俺が玉座に腰を下ろし、側でクリスタルが静粛に前方に並ぶ眷属たちを見つめている。
俺より威厳に満ちているが、藪へびになるので黙っておく。
アカボシとバルとメアが一列目、リンネルとスイレンが二列目に並び、今は楽な姿勢で立ってもらっている
どうして連座制で全眷属が一段階ほど進化しないんだよと不満を堪えながら、手短に用事を済ませる。
「休みたいのも山々だが、タロスもかなりのDPを持っていた。ぱぱっと進化をやろうか」
天災級へは一人に付き5万DPも消費するが、十分にお釣りがくる。この三人が、今後のダンジョン"クリスタル"の要になるのだろう。
「あと名前付けな」
その言葉に真っ先に反応したのはメアだ。
天災級になったら名字という名誉称号を与える約束をしており、メアがお行儀良く挙手をする。
「私も、ノヴァがいいです!」
「駄目だ、俺を倒してから言え」
「しゅん……」
テンションの落差を言葉で表すほど、メアは落胆した様子を見せる。
「娘に掛ける台詞でもないでしょうに」
「名前って、色々と大変なのですね」
その落ち込み具合に、リンネルですらメアを慰める。
リンネルにしては聞き分けが良くて、つい違和感を覚えてしまう。
「お前が事の発端だろ」
「え?」
「覚えてないんかい……」
名字はダンジョン内では名誉で終わるが、外部から見ると身分を示していることにもなる。
さらに俺と同じ名字となると意味も大きく異なる。ある日突然「え? お前に子供いんの?」なんて言われたくもないし、説明をするのも面倒くさい。
メアならば俺の仕事を世襲できるかもしれないが、今のところ組織にナンバースリーはいらない。というかクリスタルを除けば、自然とメアがナンバーツーになってしまう。後はやはり、自立を促したい。
「ところでメア、お前にダンジョンクリエイターの弟か妹が欲しいか?」
「いらなーい。一人っ子政策万歳」
何をくだらない質問をするのかと、両手と首を素っ気なく振る。
メアの独占欲は健在のご様子だ。
クリスタルが額に手を添えて落胆する。
森型ダンジョンを攻略したおかげで、木属性のダンジョンクリエイターを新たに召喚可能になった。
メアが欲しいと言えば馬鹿高いDPを払って召喚しないでもなかったが、木属性ではやや戦闘面で劣る。タロスの強さも、天災級だからこその脅威なのだ。
それに俺たちには木属性の可能性を秘めている眷属がいる。
「ま、頼もしいお姉ちゃんがいるからな」
「……阿保で私より、劣るけど」
「な、なんですってー!」
リンネルも植物種だ。
上級上位になったばかりだが、天災級になれる頃には木属性を修得していて欲しい。
「さて、先ずはアカボシからだ」
「グルオォォ!!」
怪我に耐え一跳びで、俺の下までお座りをする。
アカボシには冥府の獄狼、双頭の黒狼、星天狼の三種類のどれかが望ましい。
ケルベロスは三つ以上の頭を持ち、太しい肉体は最強の破壊力を誇る。オルトロスは双頭のぶん小柄で小回りの利いた速度を誇るらしい。
能力を競馬で例えるなら、ばん馬と短距離馬。しかしその二種には弱点がある。
「食費がやばそうだからセイリオスにしよう」
「……喧嘩も起きそうですね」
AとBの合体ではなく、AAに自分が分裂するのだ。
バルやメアのような高知能の持主なら兎も角として、アカボシはグルメで健啖家で短気である。食費と安全を預かる身としては、頭一つでもう十分すぎる。
「セイリオスの場合は『炎』属性へと進化できますしね」
「そうだ、今さら闇属性の能力を向上しても仕方がない」
近縁種というか兄弟なケルベロスとオルトロスは、共に闇属性の適性が上がるぶん火属性のままだ。
「アカボシ、お前はセイリオスとして進化させるぞ」
「グォン!!」
「あと名前は……別になくてもいいだろ?」
「グゥ……」
「今日からご飯は二割増で提供する」
「グォン!!」
これでもアカボシはペット枠である。
少し悩んだが犬に名前は二つもいらない。本人の文化的にも名はそれほど価値を持たない。
代わりに今日は、好きなだけご飯を食べさせてあげよう。
お座りをするアカボシの顎を撫でると、進化に必要な5万DPの生命力を送る。
「——眷属進化・星天狼!!」
闇に染まっていた漆黒の毛並みは、新月の夜空を彷彿とさせる薄暗い青色となり、毛先は星がキラキラと瞬くような幻想的な艶を放つ。刺々しかった毛の感触も、新生児の肌を滑らかに撫でる、最高品質の絹糸の肌触りへと格調高く変わる。
「ほほう、アカボシがアオボシになっておるのう」
まるで魔獣が神獣へ、スイレンもアカボシの気品に、口を大きく開けて感嘆する。
「は、羽、かっこいい!」
腰の辺りからはトビウオのような鋭い翼が生えており、メアも子供心に目を奪われる。
どうやら翼は折り畳み式のようで移動の邪魔にもならない。もしかして刃になったりもするだろうか?
「ハァッ、ハァッ、ハァッ」
進化したアカボシが最も能力を確かめたがっている。
「性能テストはほどほどにな?」
「グォオオオ!!」
クリスタルがグスタフの休む大森林エリアへ転移門を開けると、飛び出すようにアカボシは出て行った。
まったく残り二人の上位進化に興味がない。だがそれでこそアカボシだ。
「さて、次はバルだ」
「ハッ!!」
バルは体を引きずりながら段差を登ると、丁寧に膝を着く。
近接戦闘能力が上がる夜叉、魔法適性が格段に上がる禁忌の支配魔、下級の悪魔を生成するイェグ=ハ。何にするかは決まっている、夜叉しかない。
「バルセィーム=アルドと名乗れ。俺の故郷の星……地球の別名だ」
「そ、それは……」
未練の籠った名前で大丈夫なのかと、バルはクリスタルを横目遣いで見る。
「心配するな。俺の心を託したいだけだ」
前世の俺に恥じないように生きるため、バルに見守って欲しいのだ。
「ッ、ありがたき幸せです!!」
励ますように肩へ触れ、生命力を送る。
「——眷属進化・夜叉!!」
属性は闇、風。
上位属性ではないが、コハクと同様に風属性と闇属性の扱いがほぼ同等となる。
そして種族の変わる上位進化となれば、姿形も当然変わる。
白髪黒目の褐色肌に変化はない。だが影の身体に実体ができると、夜鬼の特徴であった包帯が解かれ、遂に素顔を晒すことになる。
「いかがでしょうか!」
俺とは違った鋭い眼で柔和な笑みを浮かべ、肩まで伸びる白髪が絶妙な具合に飾らずにいる。
もし小柄であれば女性とも見間違えるほどの絶世の美青年だ。ゲームのラスボスに出てきそうな、邪悪な魅力も何処となく兼ねている。
夜叉の特徴として黒曜石のような輝きを持つ一本の角が、額の上より程よく伸びている。
こりゃモテる。性格も抜群に良いものだから、俺の知る誰よりもモテる。
「ば、バルや。女性には気を付けろよ」
「ご安心ください! バルセィーム=アルドは主君であらせますセカイ様一筋です!」
「それはもっと困るぞ!」
バルの方は戦闘の傷も酷く、進化を終えると居住区の自宅へ眠りに帰った。
「さて、最後にメアだ。ダンジョンマスターにするぞ」
魔女や吸血鬼も捨て難いが、やはりダンジョンマスターとして成長してほしい。
「ん、千年に一人の逸材のような、天使すぎる美少女になる」
不老不死の吸血鬼や魔女では、成長も止まってしまう。
もしダンジョンマスターで姿が変わっても、低学年を引いてしまった場合は、一生子供の扱いを受ける。
「いや、千年に一人の逸材のような、鬼畜すぎるダンジョンマスターになれよ」
「ん、母様のようなビー86になる!」
メアの不可解な台詞にクリスタルが慌てて黙るようにとジェスチャーを送る。
「何故知って……あ、いえ、何もありませんよ!」
そうか。もはや思い残すこともない。
「71と76は確実に超える!」
「凍らすぞボケェ!」
「肥溜めに埋めて上げましょうかぁ?」
メアは全方向に喧嘩を売り、さっそく鬼畜の片鱗を見せると、逃げるように段差を登る。
「父様、お願いします。ついでに17歳くらいの私、想像してね?」
俺の手を小さな両手でぎゅっと掴み、愛くるしい眼差しでお願いする。
想像するくらいは別にいい。嬉しい気持ちも十分に伝わる。
「あーはい、分かったよ——眷属進化・迷宮の王!!」
だがメアよ、それはフラグだぞ?
神様は人を小馬鹿にする者に、手厳しいお方だ。
黒い光の中から、案の定幼女が現れる。
「ああ……残念」
身長は十歳から十二歳へ変わった程度か。
メアはギリギリ幼女のままである。
足取りは重たく、ゆっくりと定位置へと戻っていく。
「ほれ見たことか! バチが当たったんじゃあ! くくは、はっはっはー!」
「アンデッドのお姫様らしく、ずぅっと60代を彷徨ってなさいっ! あーははははっ!」
悲しい争いだ。
他人を卑下したからって、自分が成長するわけでもないのに、二人は寄ってたかって最年少の失敗を嘲笑う。
「……ん?」
しかしメアはただ黙って堪えている。
いつもなら生涯現役ロリババアだとか、出荷に遅れたお花畑だとか言い返しているはずだ。
「セカイ様、しっかりとメアを視てくださいぃ」
メアの様子に訝しんでいると、クリスタルが濁った声色で話し掛ける。
【メアメント 階級:天災級 属性:死属性 種族:ダンジョンクリエイター】
と浮かび上がり、しっかりと天災級になっている。
問題は無……ダンジョンクリエイター?
「はっ!? まさか……」
「でしょうね。我々の落ち度ではあります。突然の胸囲の会話は、このためのカモフラージュだったのでしょう」
メアはダンジョンクリエイターのままだった。改めてメアの狡猾さを実感する。
一つのダンジョンに、二人のダンジョンマスターは必要ない。
それが教育方針であり、親としての願いでもあった。メアの今後をしっかりと説明しなかった俺も悪いが、この反抗には俺も怒らずにいられなかった。
「メェェェアァァァァ! 勝手にBボタン連打しやがったなぁぁああ!!!!」
玉座を蹴とばし、メアの背後に急接近する。
「なんじゃ!?」
「ひぇっ!?」
ついでに喧嘩両成敗でスイレンとリンネルを強風で吹き飛ばし、両の拳骨でメアの側頭部で挟むと、そのまま身体を持ち上げて身体を回転する。
「痛い、痛い、ごめんなさい父様ぁぁああグリグリローリングは止めてぇぇ!!」
「「ぅぁ゛」」
メアのパンツに染みが出来上がり、リンネルとスイレンのドン引きする声が聞こえる。
「能力値ではダンジョンマスターとクリエイターはさほど変わりません。種族特性の差異も、戦術面での遅れはございませんでしょう」
「……そうか。だったら尻叩きはいいか」
「は、反省して、ます……これ以上は、勘弁して……父、さ、ま……」
体罰に堪えたのか、今にも心臓麻痺で死にそうなほど体を小刻みに震えている。
「メアメント=ヘスペルス。これがメアのもう一つの名前だ」
「……夜明けの、令嬢?」
賢い頭であらゆる言語を模索して、込められた意味を探し当てる。
「大好きだって意味だ」
「私、も……ふふ」
メアもまた、深い眠りへと入った。
クリスタルがメアを抱き上げて寝室まで運ぶ。
これで三人の天災級——迷宮三大天の進化が終え、俺たちは次のステップへ準備を始める。
◇◆
「へぇ、広域接続。アンタらはまた便利なダンジョンになったものね」
「一度転移門を開いた場所なら、直径三〇〇キロメートルに一つだけ召喚が可能だそうだ!」
しかし履歴機能にも限界があって、およそ一ヶ月までである。
おかげで進化の儀式を始めてから一時間で、玉鋼龍バーホーベンの棲むダンジョンに潜れている。
広域接続はクリスタルが転移門を潜れないことから、俺はサイカと二人だけだ。
「十分十分よ、いやーこれ絶対に人類堕落するわぁ」
「人を堕落させて文明を支配する。まさしく魔王の所業だ。そう思わないか魔王軍女幹部・二又ノ狐巫女、災禍明日Lowよ?」
「その気取った言い方やめてよね! 豆腐メンタルの魔王が!」
「なんだとプリンヘッドが!」
「天使の輪っかって呼びなさいよ!」
龍気を魔王の覇気で相殺することで、サイカも洞窟を愉快に散策することができる。
ここが薄暗い洞窟であるが、お互い部下の目や責任の重圧から解放されて晴々しい気分でいる。
ついでに火属性魔法で道先を照らし、ぬかるんだ地面を歩く時は手を添える紳士っぷりだ。
「……ところで待たせたな。おかげでダンジョンは攻略できて、俺は魔王級になれた」
「遂に我々の戦う時が来たのね」
アスロウ王国は今、魔物である俺たちと同盟関係を結んだことから、人聖皇国ガルディアンとの交戦中にある。
約束通り、俺たちの次なる戦場はダンジョンから国家へ移行する。しかし——
「事情が変わった。ガルディアンとの戦争は、回避しよう」
「は、はぁー!?」
そりゃ勝ち戦だろうが、避けられる戦争は極力回避しようぜ、人としてな。
サイカの頓狂声が響きながら、俺たちは洞窟の最奥へと到着した。
人型移動式ダンジョン"クリスタル"
DP:465,050→313,050(天災三人+上級上位二人の計-152,000)
今章の補足のような、閑話が一つ入ります<(_ _)>
これで七章はおしまいです。




