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ダンジョンと旅するセカイ  作者: 文月九
第七章 龍の黒森と悪魔の軍団
202/214

193話 記憶の選択

 気がつくと、俺は真っ白な空間にいた。

 一瞬、死後の世界なのかと目を疑ったが、ふわふわと浮かぶ青いクリスタルを見て、ここが白い部屋であることを悟る。

 この場に存在する者は俺だけ。

 見渡す限りの白い景色に気圧され、孤独を紛らわそうと独り言をこぼす。


「俺は、負けたのか……はあ」


 あと少しでってところで、人間を助けた事に後悔はない。

 あそこで見捨てるといった選択肢は、俺の人としての部分、人間性を放棄するようなもので、むしろ助ける他なかった。

 黒森の中には、自ら足を踏み入れた冒険者だけではなく、拉致られた村人もいる。被害者たちはもう十分に傷つき、心を擦り減らしていた。これ以上、無関係の人物を、天災に巻き込むのも酷な話であろう。

 尤も、代わりに俺が死ぬつもりは毛頭ない。俺が自身を何としてでも守る限り、頼もしい相棒が何かやってくれると信じているからだ。


「そもそも俺って、なんでここに……ああ」


 気を取り直してクリスタルに触れてみると、情報が頭の中に次々と運ばれていく。

 元々知っている、とでも言えばいいのか。

 数分先の未来から、現在に巻き戻って来たような、奇妙な既知感が物事の進行を早く進めてくれる。


「ありがとう。アカボシ、バル」


 二人の勝利によって、俺は準魔王級へと進化していた。

 魔王級に進化したら、タロスにリベンジができる。

 しかし肉体にDPが注入されていないことから、魂だけがこの空間へ呼び出された。

 ここは時間の流れが緩やかな精神世界。

 何なら修行でもしたい所だが、魂だけでは魔力は愚か、満足に体を動かすこともできない。


「ええっと、これで三人も天災級に進化できるのか。予想外の収穫だな」


 暇つぶしにアカボシ、バルセィーム、メアメントの進路を考える。

 冥府の獄狼(ケルベロス)双頭の黒狼(オルトロス)星天狼(セイリオス)、夜叉、禁忌の支配魔(デモゴーゴン)、イェグ=ハ、ダンジョンマスター、暗黒の魔女(メハシェファ)、吸血姫、ふむふむ。

 それぞれ三つ以上の進化先があって実に面白い。

 天災級は、彼らの眷属たちも加護を同様に受けることができるそうだ。

 眷属の少ないアカボシやバルはいいとして、メアの進路が非常に悩む。

 ダンジョンマスターか、魔女か、アンデッドか。

 本人の意思を尊重するのもありだが、ここは主人の立場をハッキリとさせよう。しかし先ずはお母様(クリスタル)の意見も聞きたいので保留にする。

 天災級はこの世界に100体もいるかいないかの数である。

 同種の天災級なんてまず巡り合わせがない。

 種族特性、上位属性、創篇魔法、皆が何らかの初見殺しを持っていると考えていい。

 人類、よくも今まで滅びなかったな。いや全ては、かの魔神さまの裁量なのだろう。


「やはりルシナとは会えないのか?」


 俺は前回、魔神ルシナと出会っている。

 それは魔王級となるこの日を前借りしたようで、クリスタルの中にはメッセージだけが残されていた。


『星印さん、ご褒美です(ハート)』

「おぅ……」


 割とノリがダンジョン運営時のクリスタルに似ており、クリスタルの声で文字を再生させたため当惑する。

 可愛いんだけど、聞いているこちらが気恥ずかしいんだよな。


「どれどれ、ご褒美ってなんだろ」


 魔王級おめでと~な内容の祝辞が、軽いノリで長々と続く。

 俺は玉鋼龍バーホーベンとの談話により、ルシナに対しての敵愾心はない。

 あるのは憐情と謝意。

 人は知らない者を怖れる生物だが、旧世界の過去を知った以上は、ルシナのことを憎めるはずがない。


『この伝言の最後に、星印さんの記憶が映像として保管されています。記憶を取り戻したいですか?』

「ーーっ!?」


 全てを読み上げると画面には【はい】と【いいえ】のボタンだけが浮かび上がる。

 記憶が戻る、願ってもいない贈り物だ。

 衝動のままに【はい】の文字を押す——


「がァ!!」


 張り裂けそうな胸の痛みで押せなかった。まるで魂が押すなと暴れている。

 途端に全身の力はなくなり、クリスタルから手を離すと、どっしりと身体を床に寝かせる。


「記憶をモノみたいに扱うんじゃねぇよ……」


 泣き言しか返せない。

 正直な所、ヒョンな瞬間に記憶を思い出すものだと思っていた。

 その時はありのままの自分を受け入れようと覚悟していた。しかしこの状況は、思い出すことも、忘れるこもで出来る。かえって選択肢を与えられたことが、残酷に思えて仕方がない。

 知りたい。知りたい。知りたい。

 俺は何処に生まれ、どんな素顔で、どんな生活を送り、どうして死んでしまったのか。

 知識はあっても思い出がない嫌悪感から、早く解放されたい。

 それにバーホーベンは過去を忘れた者に、創篇魔法は使えないと明言した。

 だったら二つ返事で【はい】を押して、思い出すべきだ。

 でも、押せば後悔しそうな予感に、肌が震えて虚脱感に苛まれる。


「俺は何がしたいんだぁ!!」


 俺の声だけが白い空間に響き渡り、騒げば騒ぐほどにじわじわと孤独は心を侵食する。

 ただでさえこの真っ白な空間に取り残され、気が狂いそうになっている。今はこのクリスタルから離れたくない。

 思考を放棄して胡坐をかくと、一時間が経過した頃だろうか。


「セカイ様、お迎えに参りました」


 凛とした鈴音が優しく包み込むような、耳触りの良い声が背後から聞こえる。

 俺は目の前にあるクリスタルではなく。


「……クリスタル(・・・・・)


——はい、クリスタルです。


 後ろにいるクリスタルと向かい合う。

 クリスタルが来てくれることを、確信めいて願っていた。

 俺とクリスタルは、マスターとそのダンジョン。

 唯一無二の存在であり、魔王級への進化を前に、このクリスタルが居なくては始まらない。

 俺は朗らかに笑うクリスタルを見て、段々と落ち着きを取り戻し、おかげでこの空間が異質なものだとよく分かる。


——これは俺たちが一心同体だからか?

——ふふ、どうなのでしょうか? これといって悪い気はありませんけど。

——そう、だな。


 声を出す間もなく、心が勝手に通じ合う。

 伝えたいと思わなくても、相手が勝手に拾ってくれる。

 まるでもう一人の自分と話をしているようで、クリスタルと一つになった不思議な感覚を得る。

 相変わらずクリスタルが何を考えているまでは分からないが、感情くらいは分かる。

 クリスタルは穏やかな心で俺の冷えた心を温めてくれている。しかしその裏には、俺に似た不穏な感情も見え隠れしている。


——敗因は、人助けでしたか?

——悪いな。また苦労を掛けることになって。


 お互いの状況を即座に交換する。

 しかし笑顔から一転して、クリスタルの顔は強張る。


「違いますね。本当は口喧嘩に負けただけでしょう?」

「ぐっ……」


 心が伝わる以上、言い訳の仕様がない。

 むしろ声に出された以上、ズッシリと心の中に染み渡る。

 人間を救ったから負けた?

 嘘ではないが真実でもない。自分にまで本心を隠そうとするな。


『何も持たない、過去を切り捨てたお前の方が、僕にして見ればよっぽどの屑だ!!』


 魔法は精神状態に強く左右される。

 あの時タロスの本心から放たれた言葉が、強く胸に突き刺さり、魔法の出力が落としてしまった。

 結果、逃げることも叶わず敗亡となる。

 強く握り締めた拳から、己の敗因を認めたことを伝える。

 するとクリスタルは思いもしなかった口火を切る。


——精神勝負に負けたから、記憶を取り戻すというのは、果たして正しい手段でしょうか?

——何が言いたい?


 負けた原因まではいい。俺が未熟だったからだ。

 だが記憶を取り戻すことに、勝敗となんの関係がある?


——今の自我に拘る貴方では、例え記憶を取り戻していたとしても、タロスの信念を前に敗北していたでしょうね。


 クリスタルは、俺がここに来てからの葛藤を知っている。

 知って尚、心にもない(・・・・・)言葉を俺に送る。

 それは彼女の優しさか、厳しさか、言葉の真意を掴むためにも、大人しく話を聞くことにする。


——自我とは何でしょう? 自我を得るためには、前世の記憶は必要なものでしょうか? 私は"今"の貴方を知っています。

——必要だろ。俺が俺のことを一番理解していないで、どうやって戦える?

——違います。人とは個人としての記憶、他者による影響、経験の数々、感情の変質、無駄に過ごした時間、眠っている仕草、全ての総体が自我に影響を与えます。

何も自分が自分を一番に理解する必要はございません。

自身の体調ですら専門医に訊ねるしか分からないことが多いです。精神状態ですら所詮は他人による判断が正しい物です。

——自分では自我を、判断できないって言いたいのか?

——はい。自分、他者、専門家。自我とは複数人による判断が必要になります。

自分のことは自分が一番。それは道理の外側、都合の良い部分しか見つめていない人間の思い過ごしです。


 俺は頭を掻きながらクリスタルの言葉を整理する。


「やけに饒舌になるな」


 その上で怒気を含み、クリスタルを睨みつける。

 そんなの詭弁だ。

 生きた時間を、失ったものを取り戻してこそ、人は前進できる。

 少なくとも俺はそう思っている。他者や専門家の考えなんて知ったことではない。


——詭弁、それも捉えた方の一つです。ですが人が一人では生きてはいけない社会的な生き物である以上、他者や社会の評価が最も尊重されるべしとも思っております。

——いい加減に本心を言え。


 クリスタルは一呼吸を入れると、肩を小さく震えながら答える。


——貴方はこの世界で新たな生を得た。その事実がある限り、元の世界の記憶に固執する必要はないと、捉えられませんか? 記憶喪失の貴方にも、今、一つの立派な自我(いろ)が宿っています。

——クリスタル、本当は俺が記憶を取り戻すのが、反対なんだろ?

——…………。


 クリスタルは答えない。

 しかしここまで言われれば馬鹿でも分かる。

 説得をしているようで、俺を誘導している。

 俺が【はい】のボタンを押そうとした時、魂が拒否反応を起こしたのも、クリスタルが嫌だと止めたからだ。


「じゃあこの地球の知識は何なんだよ!!」

「種族特性、で良いではありませんか?」


 クリスタルは一蹴する。


——バルは生まれながら武器が大好きで、リンネルは生まれながらお花が大好き、メアはちょっと困りますけど死体、特に骨が大好きです。


 魔物召喚の検証実験を思い出す。

 彼らは召喚された時から成体であり、好み、性格、知性を携えて生まれている。

 俺の異世界転生と魔物召喚は似ている部分は確かにある。


——彼らは好きになった理由も思い出もなく、ただ魂に惹かれてこの世界で精神を宿し、肉体が生まれました。


 みんなは自分を記憶喪失だなんて微塵も考えていない。


——ですが今の彼らは空白ではございません。

今まで培ってきた思い出が、彼らの心を満たしていますから。

自分がどれだけ空白だと思っても、生きている限り空白にはなりません。しては行けません。

心に穴を空けていないで、注がれている想いを真摯に受けて止めてください。

世界に真実というものは一つも存在しません。存在するのは、ただの解釈だけです。


 これがクリスタルのずっと心に隠し持っていた気持ちなのか。

 クリスタルは異世界転生の解釈を変えることで、俺が前世に区切りを付けさせようとしている。


「……俺は、俺が嫌いだ」


 記憶喪失で、顔も違う気がして、よく思い出せないくせして、時々故郷の誰かの姿が思い浮かぶ。


——知っていますよ。だって貴方はおしゃれな服を着るとき、鏡を見るとき、いつも顔を顰めておりますから……。


 クリスタルは大きく息を吸うと、片手を胸に当てて咳き込むように叫ぶ。


「今の貴方を好きにならず、過去の貴方を見つめないでください!」


——それでは私たちとの思い出が、過去の貴方に負けて悲しいです、悔しいです。私たちには貴方しかいない。でも貴方の奥底にはいつも違う人の影がいる……私たちでは、貴方の心を満たせて上げられないのでしょうか?


 クリスタルの悲痛な願いが、嫌というほど心に伝わる。

 俺が前世を思う度に、自分たちが遠い存在と比較されているのではないかと怯えている。

 その度にクリスタルは話を逸らし、言葉を濁し、自分を見てくださいと懸命に訴えかけていた。

 あのクリスタルが俺を裏切るような、本心を語ったのは初めてかもしれない。

 これを喧嘩と呼べばいいのだろうか。

 喧嘩の決着は、惚れた方の負けと決まっている。

 コイツにだけは、連戦連敗でも悪くないなとすんなりと受け止めてしまう。それが好きだという気持ちでありたい。


「そう、だよな」


 記憶を思い出すにも順序がいる。

 自分を嫌いな人間が、過去の自分を追っていても仕方がない。

 どんなに素晴らしい前世でも誇ることはできず、どんなに最低な前世でも認めることができない。

 空虚な逃避が待っているだけだ。

 今の俺は仲間と共に満足に生きている。記憶を思い出すには遅すぎて、忘れるにしてはまだ早すぎる。

 俺には記憶なんかよりも、大切なモノがたくさんある。


「この空間なら……お前も泣けるんだな」


 血液も、体温も、鼓動もない、本当に人()のクリスタルは目から涙をぼとぼと零す。


「あ、え……え?」


 言われて気がついたのか、クリスタルは初めての動作に戸惑い、零れる涙をただ手のひらで感じ取っている。


「クリスタル、この記憶は全てが終わり、俺が自分(セカイ)を愛せた時に、一緒に馬鹿な男の生涯を観てくれないか?」


 それまでルシナには、俺の記憶を保管するようにとお願いする。

 記憶を失くした人間が、記憶を取り戻さないこと。

 この選択は正しくないのかもしれない。

 記憶喪失の俺だからこそ、大切な人々を幸せにする色に染められると、自信を持って言えることができる。


「私で、いいのですか?」

「お前がいなくて誰がいる」

「ありがとうございます、喜んで」


 クリスタルと映画デートの約束をする。

 いつの日か掴む幸せを願って、温かく湿った手を繋いで心を一つにする。

 俺たちの旅立ちを祝福するように、白い部屋には虹色の門が浮かび上がる。

 あれを潜れば、俺を待つ仲間の下へと帰ってこられる。その時は皆に、自己紹介でもしようか。


「俺はセカイ。迷宮の裁定者(ダンジョンロード)、天属性、魔王級。この世界の、少し不思議な住人だ」


 地球人だった俺にお疲れ様とありがとうを送り、この世界に生まれた俺は新たな一歩を進み出す。



これで主人公は記憶に区切りを付けてハッスルします。

異世界に転生したんなら過去のこと忘れて最初からハッスルしろ。とは思いますが、まあ少しくらい悩んでもいいじゃないか系でした。

今章はあと二話ほどで終わります<(_ _)>

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