192話 天属性
「これは……!!」
人型移動式ダンジョン"クリスタル"のDPが、444,020から500,235となる。
バルとアカボシの勝利が、緑の将軍の魂を進化の糧として吸収した。
結果、眷属である以上は魂のパスを通じて、主人の下まで全ての生命力が送られ、ダンジョンたるクリスタルはDPへと変換することができた。
肉体と魂は同価値に近い。
しかし扱いの点において、魂の方がはるかに難しい。
肉体が遺伝情報から素材としての価値がある反面、魂は沸騰する湯水のように回収を怠れば、冷えてお湯としての価値はなくなり、多くのDPが無駄となる。
それはいくら眷属が魔物を倒したからといって、パスだけでは生前の四分の一の元が取れれば十分なほどだ。
「バル、貴方はもしかして」
だがしかし、ダンジョンなどの結界空間に覆っていれば話は別である。
血戦蠱毒は闇属性の結界魔法。戦術を考案したバルは、この展開を予期していたのかもしれない。
「最高の悪魔です」
クリスタルは打開の兆しに声を弾ませる。
あとはセカイに触れて、進化を発動するのみ。
「勝った、勝ったぞォォオオ!!」
問題はいかにセカイの下まで辿り着くかである。
セカイは今、氷属性魔法によって身を氷で覆い、防御だけに徹している。
タロスは勝鬨を上げながら、大事そうにセカイの塊を根で捕縛しては、高らかと夜空に掲げている。
「今さら助けに来てももう遅いぞォ?」
タロスはクリスタルの接近に気付き、顔を歪ませる。
「間に合わせます」
氷塊は木豚の口よりも大きく、そう簡単に食べられる不安はない。
むしろタロスはセカイよりも、クリスタルを確保しようと、根を手繰り寄せてじわじわとクリスタルを捕らえようとしている。
「皆さん、どうか力を貸してください!! ——《アクセス》!!」
クリスタルは転移門を横長に広げると、一斉に仲間を召喚する。
「当然です。人類に仇なす者の前に、冒険者ギルドは立ち続けます」
紺色のローブに、天秤のロゴが入った衣装の冒険者ギルド総本部の人間が颯爽と現れる。
「戦う公務員さんも大変よね」
「ええ、普段事務仕事な分、感覚が鈍りますよ? ジグエン以外は……」
「おっほー! 暗殺者の血が騒ぎますよッホー!」
「あ、彼って、そっち専門だったのね……」
「こらこら、自分で暴露しないの」
ギルド総長のフィリアは薄く笑い、老練な魔導師を然とした
他に僧侶の格好をする秘書のドミニク、双剣使いのジグエン、杖をインルティアの計四名が並ぶ。
「依頼主のバルクバルドとしては、必ず達成してもらわねば困る」
戦闘能力のないジョージは、ただバルクバルド共和国の代表者という理由のみで、最前線に並ぶ。
「運命共同体のアスロウだって、セカイに死なれると困るのよ!!」
「その時は姫、この地の占領を宣言しましょうか?」
「はは、義姉さんの冗談はキツいですな」
「兄者も笑っとらんで、気を引き締めてください」
アスロウ王国も、神子のサイカ、リンセンとガルフスの剣士兄弟、ルルーチェの四人が代表して参戦する。
「私は人型ダンジョン。私の中には人と魔の戦力が大量に抱えております。本当のダンジョン戦は、まだ始まったばかりです!」
冒険者ギルド、バルクバルド、アスロウの三勢力が一堂に会する。
タロスの吸収を警戒して、その数は当初の半数の10名に減ってしまった。
しかし一人を除いての全員が、六ツ星冒険者に匹敵する戦力を持ち合わせている、人類の誇るオールキャストであった。
「ハッ、今さら雑魚が何人来ようが」
理由はどうあれタロスは、アカリヤとコハクの登場から、増援が来ることを予期していた。
それが人間とは予想外ではあったが、所詮は上級クラスの戦力でしかない。
創篇魔法を発動して、成長を続ける今となっては敵なしと高を括る。
「久しぶりだな、タルタロス」
しかし唯一の七ツ星級戦力のイクシオン=アイゼンが、第二の転移門から飛び出す。
彼だけは、皆とは別の入口を用意するしかない。
「い、イクシオン!!??」
タロスの目が、これでもかという具合に大きく見開く。
まるで蝋燭の灯火のように、赤い髪は青色へと変わり、白い肌を轟々と燃やす火の化身と変わり果てている。
しかし声質、立ち振る舞いだけで、イクシオンと判断するには十分なほど、彼の存在が記憶の底に根付いていた。
「君を亡くしたこと……これが私の人生で、唯一の後悔だったよ」
「ッ!?」
たった一振りで、セカイを捕縛していた根をことごとく焼き尽くし、セカイは森の茂みの奥へと落下する。
タロスはイクシオンの戦闘力を、セカイより厄介なものであると察してしまう。
「……せめてもの償いだ。今この場で、君が人を殺さないと誓うなら、今度こそ力づくで生命を保証しよう」
「なっ!? ちょっとアンタ何言ってんのよ!?」
サイカは突然のイクシオンの発言に言葉を疑う。
結果的にセカイが敗れ、クリスタルがスーパーサブに助力を求めたことから、ダンジョンの攻略権は誰の物でもなくなった。
むしろバルクバルドが冒険者ギルドに依頼、冒険者ギルドがセカイに依頼、セカイがアスロウにと続くことから、裁量権はバルクバルドに近い。
「うむ。俺が許可する」
ここはバルクバルド共和国の地であり、法はバルクバルドにあると、ジョージ=エイバフ=ローリエの存在が大きな意味を持つことになる。
ダンジョンを保護下に置くことは、政治的に判断して鉱山を手に入れたようなものだ。
「くっそが!」
「姫様、口を慎みましょう、ね? どちらに転んでも私が国益は損なわせませんから、ふふふ」
サイカは和服スカートの衣装でありながら、目のやり場に困る男勝りな地団駄を踏む。
「そ、その上から目線が一番気に入らないんだよ!」
しかしタロスは拒絶に走る。
今さら人間と仲良くしようなどと、魔物に転生した今、あるはずがない。
目的は魔神になること。タロスにとって共存の道は足枷にしか見えない。
「魔物になって、僕はやっと君と同じ強さに上がれたんだよ! 今さらこの生き方を止められるか!!」
「……すまない」
「僕は君を殺して、魔王になる!」
「っ……せめて私の手で、君を討伐する」
一粒の涙を蒸気に変え、イクシオンは再び魔力を開放する。
「我が身を裁け、火焔の罪剣」
かつて騎士階級だったアイゼン家は、慣習として当主となる男子に、イクシオンの名と剣を与えられる。
剣は決闘用のように細く、煌びやかに装飾された姿から、脅威を感じられない。
『ァァ、熱、ィ』
しかし本質は殺した者の怨念が宿る意思を持つ魔法道具の魔剣である。
魔剣はダンジョンと同じで生命力を保有でき、敵を殺せば殺すほどに能力を成長させる能力を備える。
代償として剣を抜くだけで身を焦がす灼熱の幻痛を受けることから、百年に一人の逸材とされるイクシオンですら剣を抜いて、耐えられる限界時間は僅かの8分。
その時間だけは、かの人類最強の男に比肩するとまで謳われている。
「あの、もう一度ご確認のために発言しますが……セカイ様は死んでおりませんし、まだ闘う気でおられます。皆様のお仕事は、時間稼ぎですよ?」
三勢力が盛り上がりを見せる中、クリスタルはセカイが回復するまでの足止めをお願いする。
クリスタルにも『ダンジョンマスターを倒すのはやはり私の主人がやるべきだ!』との思いが強い。
そもそもセカイがやらなければ、DPが回収できない。
「あなた方の呼ぶ旧世界の歴史を知りたいですわね」
「黒森の被害者が社会復帰できる医療支援、並びに攻略後の治安統治でどうだ」
「龍とお話がしたいわ!」
それぞれの代表が、身の丈にあった報酬を要求する。
「ええ、お安いものです。必ずや」
その気になれば今人類が協力して、クリスタルを裏切ることができる。
それでも人間が魔王となる男を救うために、命を張って協力してくれている。
そう考えれば、今まで蓄えた素材や情報を与えるくらい安い取引材料である。
今は何より、主人が魔王に進化すること。
クリスタルはタロスに背を向け、セカイの待つ方向へ走り出した。
「タルタロスは私が引きつける!!」
イクシオンが最前衛となって、タロスの注意を一身に受け止める。
炎属性の炎撃は、根を綿にでも変えたのか、あっという間に殲滅する。
「良いでしょう。私たちは人質の救出に入ります。ジグエンは護衛、インフティアさんは探知と索敵、ドミニクは回復魔法をお願いしますね」
「「「了解しますッ!!」」」
「道は私が切り拓きます——精楽大火葬!!」
鼻歌でもするように、軽々と広範囲殲滅魔法を発動する。
「姫様、ここは両方に借りを作るべきです」
「そ、そうね! ルルは冒険者ギルドに同行! ガルフスはジョージを護衛してあげなさい! リンセンはワタシの盾となれ!」
「「「姫の望むままに!!」」」
「ワタシがいる限り、休みはないと思いなさい!」
サイカは千里眼と補助魔法を掛け合わせることで、距離を無視して全員に加護を与え続ける。
「タルタロス=ロッテンよ。話は聞いている。俺はアイゼンの名誉にためにこの場に立っている」
そしてジョージは腕を組み、鋭い剣幕でタロスに語り始める。
ジョージは武装すらしていない。しても無意味だと理解しているからだ。
自らが足を引っ張っていると自覚しながらも、政治的、友情のために死地に赴く。
「君が死ぬ数日前。アイゼン家はサウラ王国の砂漠越えに失敗、唯一の肉親である父君も亡くなり、大量の負債だけが残っていた」
「ジョー!? それは——」
「黙れ!」
政治家らしく声だけをもって場を征する。
「アイゼンも一時は家宝の剣を手離そうとまで酷く落ち込んだ。遠縁の我がエイバフ家がアイゼンの後見人となり卒業は免れたが、冒険者として働く生活を何年も送った」
イクシオンはエイバフ家に恩を返すべく危険な冒険者となり、天災級災害を討伐したことで、ようやく次の人生を進むことができた。
「全ては誤解だ。あの時のアイゼンに、君を思うだけの余裕はない。君を殺した奴らも、アイゼンが法によって既に裁いている」
タロスが亡くなった日、言葉足らずに放った言葉が、タロスに向いていたのではないかと、イクシオンは酷く後悔した姿を鮮明に覚えている。
「君の敵は何処にもいない。俺の友を、これ以上傷付けないで欲しい」
これが最後通告であるかのように、ジョージは冷徹な眼差しで説得を試みた。
「ッ……邪魔です!」
行く手を阻むように、次々と根がクリスタルへと殺到する。
「「風踊り、火舞う。——紅蓮炎」」
炎の道が一直線に出来上がる。
「アカリヤ! コハク!」
鬼豚の殲滅を終えて、二人が戻ってきたのだ。
「ついに我々の王が、誕生しますのね」
「バージンロードですよー奥さま!」
それだけ言うと、あとは行けと、二人が押し寄せる根を引きつける。
クリスタルは二人に一瞥だけすると、まるで水晶に包まれているような、氷の中で眠るセカイの下まで到達する。
「硬い……今すぐにお助けします」
仮にも天災級が最後に放った特大の冷凍魔法である。
ローサとリリウムで斬りつけても、小さな破片が飛び散るだけでセカイを取り出すことは叶わない。
さらに氷はセカイの魔力が続く限り、何度も再生されて埒が明かない。
クリスタルの中にいる眷属では、天災級の氷を溶かせられる者は存在しない。
「ティアル、これは貴女にしかできません。——《アクセス》」
クリスタルはセカイ自身の意思によって、魔法を解除する方法に出る。
二又に別れ始めた生えかけの鹿角が特徴の、女鹿精霊のティアルを召喚する。
「セカイさん、引きこもっていないで、声を聞かせてください。——中級黄光回復」
光は氷の壁を透き通し、ティアルの精神感応によってセカイに敵ではないと認識させる。
「ぅぅ」
すると魔力の流出は止まり、生身のセカイが氷の中から姿を表す。
しかしセカイの意識は未だ戻らず、クリスタルは自らの手によってダンジョンマスターの魔王級への手続きを開始する。
「セカイ様、これまでの道のりは長く、険しく、決して簡単な物ではなかったはずです」
クリスタルは優しくセカイを抱きしめると、胸のコアにセカイの頭を乗せる。
「だからこそ、道半ばで倒れてしまっては、ここに眠る彼らの魂が許しません」
五十万もの大量のDPは、それほどの命を奪ってきた証明でもある。
それがセカイとクリスタルが背負うと決めた業であり、必ず生きて清算しなければならない。
「クリスタルさんの髪留めが……輝いています?」
「え?」
ティアルの訝しい口調に、クリスタルは慌てて髪留めを外す。
色天一乃華。
後ろ髪を整えるための、一輪の華を模した簡素なバレッタである。
およそ一年前に購入して以来、クリスタルにとってアイデンティティともなっている大切な品物。
特殊魔法道具でありながら、効果が一切ないとされている髪留めには、一つだけ珍しい属性を持っていた。
「『天』属性の……」
能力はただ、虹色に輝くだけの無用な物であると知る。
しかしクリスタルには、バレッタが使えと囁いている気がしてならない。
使えとは媒介にしろという意味である。
魔王級になる以上、上位属性が無くてはこの先も戦っていられない。クリスタルはバレッタもセカイに触れさせると、セカイの身体に500,000DPを注ぎこんだ。
「風よ、天と成れ————《我、願う》」
セカイの風属性が、天属性へと進化することを願い、クリスタルは魔王への扉を叩いた。
「セカイ様、お迎えに参りました」
クリスタルはダンジョンコアだけが宙に浮く、真っ白な空間に呼び出される。
そのコアの前で、両膝を抱えて座り込む弱々しい男、最愛の人物を発見する。
「……クリスタル」
一年前の始まりの日を思い出すように、二人の魂は邂逅する。
人型移動式ダンジョン"クリスタル"
DP:235




